
28の時に入学した日本語教師養成講座(インターカルトの!)。
老若男女入り混じるクラスメイトの中に、伊達さんという、
考えてみると、今の私くらいの年齢の年上の男子!がいました。
当時のインターカルトは高田馬場にあって、
駅まで一緒に帰る道の途中で、「プリン食べて行かない?」
と誘われて、二人で喫茶店でプリンを食べたなあと、
今日、疲労の果てに入ったお店で、一人プリンを食べながら
思い出しました。
伊達さんだからDATE(デート)日本語学校を作ったらいいと、
若者たち(私たち)は勝手なことを言っていたのですが、
知り合いの学校で日本語を教えているということを年賀状で知り、
しかし、10年か15年か経った頃、息子さんから訃報が届きました。
私は、いつからか日本語教師養成講座で教える立場になり、
ここ数年は、私と同年代の方たちが学ぶ人として目の前に。
ちょうど会社をリタイアし、さあて次はと、この仕事を選ぼうと
してくださっているからだと思います。
今、私がしたい、しなくちゃと思っていることの一つが、
この方たちの出口(活躍の場)を作ることです。
日々、次々と打ち出されている共生社会に向けての施策の中で、
その実現を画策しているのですが、なにぶんにも私自身も、
第二の人生相当年齢ゆえ、疲れては一休みしながらなのです…。
