• 246月
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    28の時に入学した日本語教師養成講座(インターカルトの!)。
    老若男女入り混じるクラスメイトの中に、伊達さんという、
    考えてみると、今の私くらいの年齢の年上の男子!がいました。

    当時のインターカルトは高田馬場にあって、
    駅まで一緒に帰る道の途中で、「プリン食べて行かない?」
    と誘われて、二人で喫茶店でプリンを食べたなあと、
    今日、疲労の果てに入ったお店で、一人プリンを食べながら
    思い出しました。

    伊達さんだからDATE(デート)日本語学校を作ったらいいと、
    若者たち(私たち)は勝手なことを言っていたのですが、
    知り合いの学校で日本語を教えているということを年賀状で知り、
    しかし、10年か15年か経った頃、息子さんから訃報が届きました。

    私は、いつからか日本語教師養成講座で教える立場になり、
    ここ数年は、私と同年代の方たちが学ぶ人として目の前に。
    ちょうど会社をリタイアし、さあて次はと、この仕事を選ぼうと
    してくださっているからだと思います。

    今、私がしたい、しなくちゃと思っていることの一つが、
    この方たちの出口(活躍の場)を作ることです。
    日々、次々と打ち出されている共生社会に向けての施策の中で、
    その実現を画策しているのですが、なにぶんにも私自身も、
    第二の人生相当年齢ゆえ、疲れては一休みしながらなのです…。