本日、本気で休み。
昨日の夜11時前から今日の夕方4時くらいまで、
爆睡、熟睡、繰り返して、12時間近く寝ました。
当然のことながら頭が痛い。
去年の9月から飲んでいないビール、
解禁初回はものすごく酔っ払うんでしょうね。
桜の頃には…。٩( ᐛ )و
4年前に行ったヒューストン、私、細く写ってますね。
ここで目の当たりにした大学での日本語教育、
EducationTechnologyを当たり前に駆使している様子に
衝撃を受け、それがインターカルトのEdTechセンター再考、
そして自分の大学院での勉強へと繋がりました。
あの頃は燃えていたなと懐かしく思うほどに、今、疲労。
何事にも興味津々、なんでもやってみたいと思う気持ちは
変わらないのだけれど、行動が追いついていない。
立春を過ぎて、春一番も吹いて、
でも実はこれから冬本番の寒さがやってくるのに、
毎年この時期になると嬉しくて、季節先取りの薄着をして
大風邪、ときにインフルエンザにかかってきた過去。
コロナ禍の今年は自粛して薄着度を弱めたのですが、
でもやっぱり今日は、すかすかと寒かったです。
あちこちで何度も言ってますが、次に生まれてきたときは、
宇宙飛行士か、オリンピック選手…。
アメリカ在住の元カル(インターカルトで仕事をしたことがある人を
暫定的にそう呼ぼうと今思った)のMr.小林さんがシェアしていた
記事のマスクの写真。2枚重ねのマスク、やはり推奨しているんですね。
さっきこっちでもテレビで特集していました。
その投稿に対して、
>もう空気を信用していないので、私もalreadyダブルマスクです!
という軽いコメントをしたら(私がです)、
オーストラリア在住の元カル、ほとんど同期のMs.明子さんに、
>Kato Sanaeさん
>オーストラリアは昨日パースで帰国者が入るホテルで働いていた人
>1人が感染したのでパースは5日間のロックダウンになりました。
>今日から国会が始まるんですが西オーストラリアからの国会議員は
>これが決まった時もう機上の人だったんですが、
>5日間のロックダウン中国会に入れません。このくらいしないと
>感染は防げないってことを日本も認識しないとオリンピックほんとに
>やるんだったら大変なことです。
と。
台湾の感染防止対策の凄さは、よく報道で話題にしているけれど、
オーストリアも、Ms.明子さんから聞くだけでも、その徹底ぶりは凄い。
いや、凄いって称賛してる場合じゃないんですよね。
ms.明子さんのコメントに、
私は、スガ総理でも、モリ五輪大会組織委員会会長でもないのですが、
そのお言葉しかと・・・という気持ちでした。
マスクを二重にしているだけでは、感染者数聞いて一喜一憂だけでは。
7年前の一昨日、
>今日は、プロポーズのお手伝い。
>在校生のMs.キュウさんに彼女の教室で結婚を申し込みたいという
>大学生の彼からの希望に応えて、セッティング。
ここに書いていました。
授業中のプロポーズを許しちゃう、だけじゃなく皆で乗っちゃう、
今論議されている日本語教育機関の類型化の一つに、こういうのも。
勉強だけが留学じゃない、これも日本語学校(と発言はしないけど)。
写真は、実家の母からLINEできたピカチュウゲットの写真です。
ポケモン、数年ぶりのマイブームのようで、車で近所をまわって…。
集中することがあるのはいいことですよね、でも85歳、
今年の誕生日で免許返納するそうです。当然の年齢だけど思い複雑。
母とは24歳違い。同じ血をまるまる引き継いでいたら、
私もあと24年以上、好きなことに熱中できるということだなと、
ほっと嬉しかったピカチュウゲット。
ところでプロポーズ大作戦の二人、今どうしてるのかな。明日確認。
願わくば、さりげなく生きていきたいと願っているのだけれど、
さりげなくって、それは無理か。
…と昨日書きましたが、こういう場面で私が「さりげなく」という
言葉を使うようになったきっかけは、山口百恵です。
「精一杯、さりげなく生きていきたいと思います」と言って、
舞台にマイクを置いて引退した山口百恵。
私は山口百恵の一つ下の学年です。※学校違います。
山口百恵と桜田淳子と森昌子が中三トリオだったとき、中二でした。
NHKでさっきまで放映していた引退コンサートは、
間の1時間、zoomミーティングのため見られず。
今思い出してもほんとに楽しかった中学時代の思い出に浸りながら、
現実と行ったり来たりって、まさに自分そのもの。
自分の引退はいつなのだろうと思います。
そもそも引退って何を指すのか。人生最後の日が引退の日のようにも。
まだまだしたいことがいっぱいありすぎて、
でも自分は一人しかいなくて、時間も1日24時間しかないのに、
どうしましょうね。優先順位つけられないから。
写真は、季節外れですが曼珠沙華。山口百恵の歌では「まんじゅしゃか」。
昨日ここに「勘と勢いで生きながらえてきた私…」と書きましたが、
「生きながらえる」の『大辞林』の例文がふるっていて、
「生きながらえて老醜をさらす」。私、大丈夫か。
5年ほど前に、内部の先生たちの勉強会「語りを聴く」というのに
呼んでもらったときに、話しながら引用した我が拙歌、
2015年前後に詠んだのを並べます。
22歳、新卒で就職した職場時代
・百歩前いでてゴールで一等賞取ってようやく男と並ぶ
・課長いる?男はほかに誰かいる?その要件をなぜ吾に言わぬ
日本語教師初期、インドネシア時代、ビジネス部門時代
・はしたない仕事の対価言うなかれ女の前に女はだかる
・呑み食いで仕事はせぬと電話切る打ちっぱなしも三度でやめる
・ニッポンの女は凄いとサムスンの男言いしをしかと受け取る
そしてごく最近
・第一線退いたならこの鎧シールを貼って火曜に出すべし
・引き時と言いつつ我は澱のごと瓶底にあり時に漂う
・棺まで持ちゆくことの随分とたまれり春の還暦間近
今もこれからも
・隔てなきたった一つの太陽を七十億の民が眺むる
生きながらえて老醜をさらすことのないように、
願わくば、さりげなく生きていきたいと願っているのだけれど、
さりげなくって、それは無理か。
写真は今朝の朝焼け、うちのベランダから。