日本語教師になって2年目、ピヨピヨのひよっこだった1990年、
初めての出張、初めての韓国でお目にかかりお世話になった宋さんと。
数えてみたら、あの「初」からちょうど25年、四半世紀。
昨日まで、そして明日からを思ったひと夜でした。
そして、
数えてみたら、2000年に今の私の立場が始まってからちょうど15年。
私の前任だった小川さんが12月1日に84年の人生を全うされたと…。
色々色々を省みる。深く哀悼の念。
2015年、あと15日ですね。
教え子なんていう言い方をするのは口はばったいのですが、
私が授業を受け持った学生は、外国人だけでなく、
日本語教師養成講座の受講生だった日本人たちも。
名前と顔、もしくは名前か顔、ほぼ全員覚えているつもりなのですが、
中でも、様々な理由で際立って鮮明に脳裏に焼きついている人たち…。
その中の一人、養成講座修了後にケニアに渡って十年以上、
日本語教師等々をして、今年帰国したMr.tawaraさんが、今度また、
エジプトに日本語教師として行くことになったという知らせが。
人と関わる仕事だからこその、このありがたい縁。
そして、彼の五年くらい後輩のもう一人、Mr.tsuzukiさん。
養成講座修了後、インターカルトの先生になり、その後韓国に、
帰国後大学院に入り、そこで知り合った人たちと会社設立。
その会社、セミオシスが開発したFinger Boardというアプリでの
教材開発を今一緒にしています。
今年の年末には、Finger Board Proで共同作成した『Magic Kit』
という、日本語教師のための製品版電子教材を公式に発売予定。
何より、受講生だった彼とこんな組み方ができたことに、
とっても感激しています。
小学生の時の授業参観の日、子供たちはよく、
教室の後ろに並んだ親の顔を、ちらちらと振り返って見ていたような。
なぜ、そんなことを思い出したかと言うと、
今、私は教室の後ろに座って授業参観をしていて、
学生たちにちらちらと振り返って見られているからです。
いい大人の外国人の彼らがちらちら見るのは、ほんと可笑しい。
今日までに30クラス、授業の後には先生たち一人一人とフィードバック。
慌ただしい日々はそのままで、これをするのは大変は大変ですが、
でも、普段なかなかできない、それこそキモの話ができて二重丸◎。
学生たちの目、先生たちの目、変える勇気、変わる勇気。
参観はまだまだまだまだ続きます。
写真は「新宿の目」。
1966年から新宿西口の地下を見つめているそうです。
私の修学旅行、
中学は、京都・奈良・大阪、高校は、広島・山口・京都でした。
修学旅行生は、インターカルト日本語学校にも来ます。
今までも日本各地から来てくれましたが、今日は、ここ数年、
毎年日程に入れてくださっている東京都立神津高校の皆さん。
東京…ですが、伊豆諸島の神津島、船で12時間のところから。
修学旅行生を受け入れるたびに思うのですが、
日本の若い中学生や高校生たちと触れ合えることは、
外国人の学生たちにとって、とても良い機会。ですが、
それ以上に、日本の若い子たちが、先入観のない若いうちに、
普通に外国人たちと会って、日本語で喋って、なぁんだ同じだと、
普通に体感できる良い機会なんじゃないかと。
たとえば将来、どこかの国の良くないニュースを見たときに、
その国をそのまま判断するのではなく、あ、あの時の◯◯さんの国だと、
そこに暮らす人を思える大人になってくれたらいいなと思います。
来たときの緊張した顔から一変、笑顔で帰って行く子たちを見て、
ちょっといいことしたような気分に…今日もなりました。