• 101月

    子供のころ思い描いていた私の将来は、
    着物を着て、割烹着をしてしゃがんでお風呂に薪をくべている姿。
    それがずっと頭の中にあったので、
    結婚してすぐに、ハクビ着付け教室に通いました。

    一応、お嫁さんの着付けというような段階までしたのですが、
    その後、自分で着物を着るチャンスなし。
    それが、日本語教師に転職して何年かしたところで、
    卒業式に着物を着ましょう!という話がいきなり起こり、やったー!と。
    それから、入学式、卒業式、スピーチ大会、海外での留学フェア等で、
    積極的に着物を着るようになり、現在に至る…です。

    本日、2017年1月生の入学式。

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    あの、毎日着物を着ている嫁を目指していたころ(!?)、
    まさか22もの国の学生たちと一緒に写真に収まることになろうとは!

    何がどう役立つかわからないものですよね。
    そして今日の赤い着物、外国人学生を相手にしているこの仕事だから。
    普通、この年の人は着ませんよね。黒柳徹子さんくらいしか。ねえ。

    ということで、いつ、どこで、何が、どう役に立つかわからないから。
    今日、入学してきた皆さんも…。

  • 091月
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    平日、朝7時台に特急はなく、いつも急行で40分かけて新宿まで。
    さらにそこから大江戸線に乗り換え、計、片道1時間40分。
    それが、成人の日だけれど出勤日の今日、
    なんと7:30発の特急あり。新宿までなんと20分!それも座れて…。
    こんなことなら毎日、休日出勤したいものだと思った京王線。

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    そして、着いた新宿。想像以上に人がいなくて、
    日々の通勤に費やす時間、
    私にとって一体何なのだろうと本気で考えてしまいました。

  • 081月

    諸事情により、今朝、七草粥…のようなもの。

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    七、7、なな、しち。
    他の数字より、登場回数多いですよね。

    ラッキー7、七福神、一週間=7日、北斗七星、
    七人の侍、ウルトラマンセブン、白雪姫と7人の小人、
    七不思議、親の七光り、7音=ドレミファソラシ、
    七転び八起き、セブンスター、女性セブン、
    セブンイレブン、七味唐辛子、
    人間は短期記憶として7個のことを覚えられる。

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    冬〜って感じの寒さですね。
    午後2時ごろの空。水墨画のようでした。冷えてます。

    世は三連休ですけれど、インターカルトは明日出勤日。
    1月生の一斉来日日なのですが、明日の気温は7℃。
    暑い国から来る学生たちは…ねえ。どうしましょうねえ。

  • 071月

    今年も1月5日を経て、1月6日。
    昨日はインターカルト日本語学校の年の始めでした。

    朝、専任教職員全員で朝礼。
    新入生来日、日本語教師養成講座の授業スタートのため、
    短めに一人一人、一年の抱負を。
    今年は、日本老人学会から一昨日発表された、
    「高齢者は75歳から」というニュース
    (ちなみに、65歳から74歳は「准高齢者」)を受けての、
    健康がテーマの一言が極めて多し。
    准に準ずる年齢層、及び健康に懸念のある人多しの象徴
    …ですかねえ。。

    夕方から有志で、今年で5回目となった浅草寺参拝。

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    その後、インドネシア、Daruma Educationラマさんの
    送別会を上野で。

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    すべてすべての「終わりなき♪」を祈って始まった2017年。
    私は、広げてきたことを一つ一つ、
    丁寧にきちんと形にする年に…いたします。ᕦ(ò_óˇ)ᕤ

  • 041月

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    いちごを潰して、お砂糖と牛乳をかけて食べたくなり…。
    昔、日光いちご(って栃木県民のみ知る?)の時代の食べ方。
    今、とちおとめ(は知ってますね?みんな)の時代は、
    どこのも十分甘いから、こんな食べ方はもうしないのかも。
    でも、かつてはいちごの正しい食べ方…でしたよね?

    スプーン、隠れてしまっているけれど、いちご用のです。
    潰しやすいようにいちごのタネの模様状に平らになっている、
    と書いて、この、柄(え)じゃないところの名称わからず。

    調べました。「つぼ」でした。
    先端のとがった部分は「先(さき)」、
    くぼんで液体などをためることができる部分は「つぼ」、
    柄の部分はそのまま「柄」、
    柄の端っこの部分は「柄尻(えじり)」…だそうです。
    利口になった。

    で、このスプーン、今でも売っているんですね。→ここ

  • 031月
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    ピカチュウ、初ゲット。
    ここ何ヶ月か、飽きてしていなかったのですが、
    実家に帰って(ポケモンが日課の!?母に触発され)、
    久しぶりに。

    ゲット、車の中ですけど、運転中ではありません。
    お年始に行ったお寺の駐車場…念のため。

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    夕方、三が日が明けて東京に戻る地元の方達に混ざって、
    一泊二日で私も帰ってきました。
    年始休み、あと二日。あっという間ですね、きっと。

  • 021月

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    2017年2日めの日が落ちかけた頃の南西の空。
    月の左側にあるのは、金星…ですよね?

    あけましておめでとうございます✨✨✨

    私にとって、金星といえばラッキー金星。
    今、LGと言っている韓国の財閥企業のかつての名前です。

    あの時があるから今があるという時期が、
    私にはいくつかあって、
    その一つがサムスン(当時は三星)、LG(ラッキー金星)、
    現代、大宇、起亜、POSCO(浦項製鉄)といった企業の
    研修を、インターカルトの新規事業開発部門だった、
    ILCという部門で受けていた時期。
    私はそこのマネージャーだったのですが、
    日本語研修ではない「日本研修」のプログラムと教材を、
    メンバーと一緒に夜も週末も惜しんで作った30代半ばのあの頃、
    今思い出すと、私が最も輝いていた時代だったように思います。

    が、その時代にはオチがあり、これらのプログラムは、
    1997年のアジアの経済危機で、まさに一瞬にしてゼロに。
    言葉の需要が外的要因によってドラスティックに変わることを
    身をもって学んだ瞬間でした。

    ついでに、もう一つのあの時があるから…は1992年。
    上の韓国企業の前のことです。
    インターカルトの分校がインドネシアにできることになり、
    その、ほぼ立ち上げ隊としてジャカルタに渡りました。
    当時は日本企業が東南アジアに勢いよく進出し始めた時代。
    今以上に日本語の習得に大きな期待もメリットもあり、
    私はそこで、本当に多くのことを学びました。

    (ジャカルタは、日本語教師こそ私の天職!と舞い上がっていた
    教師5年めの時なのですが、行ってみたらマネージャーだったそこで、
    まずした日本企業への営業。それがものすごくうまくいって、
    なーんだ、私の天職は営業だ!と。→現在に至る。)

    あー、お正月から長々と失礼しました。
    以下、Facebook で公開した、東に初日、西に富士です。

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    今年もどうぞよろしくお願いいたします。

  • 3112月
    Categories: 雑感 Comments: 0

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    養成講座の初級実習で、形容詞の導入を習ったとき、
    ゾウの絵を見せて「大きいです」ってダメですよ〜と…。
    ネズミと比べたら大きいけれど、恐竜と比べたら、
    いや、恐竜という例だったかどうかは忘れたけれど、
    ゾウは小さいでしょ〜と。…なるほど!と思いました。

    事物(じぶつ)も物事(ものごと)も、
    それだけを見て、こうと判断できないってことですね。
    大きいも小さいも、きれいも汚いも、凄いも、偉大も、
    周りに比較する対象があって初めて言える。

    香港に行く途中で見えた富士山。
    一昨日はその姿だけを載せましたが、
    ズームをせずに最初に撮った、取り損ないと思ったこれ、
    改めて見ると、その存在の大きさがよりわかります。

    来年も周りの皆さんと切磋琢磨していきたいと思います。
    そう、周りあっての切磋琢磨、一人ではできませんから。
    一年間、どうもありがとうございました。

    —–

    切磋琢磨は、
    せっさたくま。せっさぶたまろじゃありません。
    良いお年を〜!

    ブログもメルマガも、来年もよろしくお願いします。
    メルマガ→こちらです。よかったら登録を!

  • 3012月

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    香港&マカオでの、
    「若手の先生時代」にタイムスリップした3日間は、
    あっという間に過ぎて、もう帰りの飛行機の中です。
    最年少、20歳だった学生が50になっていました。
    30年の日々も、振り返ってみるとあっという間、
    けれど記憶をたどると、一年一年はやっぱり重いです。

    インターカルト日本語学校は、来年、創立40周年、
    40年分の卒業生たちが東京に集合!…を企画中です。
    ※詳細、決まったらお知らせしますね。

    1977年にY理事長が興したインターカルト、
    その後、色々色々、本当に色々を経ながら、
    T本部長、O社長の後、2000年に私が引き継ぎました。

    2002年の25周年の時は、創設以来の教職員の方々を招いて、
    それまでのお礼と、これからは私たちが!宣言の会をし、
    2007年の30周年の時は、お世話になっている外部の皆さん、
    他校、進学先や業者さん、そして応援団の方々を招いて、
    私たちはこういう学校を目指します!のような宣言の会を。
    2012年の35年目の年は、震災の翌年、そして…、
    すべてにおいて原点に立ち返る年となり、会はもちろんなし。

    そしてこの間、11月にした教職員の自己評価のシートに、
    40周年記念に何を?…を記入してもらったところ、
    今までの“卒業生&教職員”で大同窓会!が断トツという結果。
    …よって、来年します。

    目的地(羽田)までの飛行時間 1:05。
    大晦日に、日にちが変わる前に大急ぎで家に帰ります。

    香港の皆さん、ありがとうございました!
    皆がいた2つのクラスを持てたことは、本当に幸運でした。

  • 2812月

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    インターカルトで教え始めて間もない頃、
    教えることにも、準備にも、学生と遊ぶことにも、
    100%ずつ、計300%全力投球していました。

    その頃の学生たちが今年、日本留学30周年で、
    その非公式!同窓会のため、香港に向かっています。
    彼ら彼女たちとは、20周年も25周年もしていて、
    今は他校で教える、当時一緒にクラスをもっていた
    ochiai 先生と、今回も一緒に(違う便で^^ )行きます。

    あの頃のように、なーんのしがらみもなく、
    ほとんど年の変わらない元学生たちを前に、
    ピュアな日本語の先生に戻るのは、
    今年の締めくくりとして、とってもありですね。

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    窓下に見えた富士山の姿も絶好調!でした v(^.^)v