お子さんを留学させる親御さんが、よく学校見学にいらっしゃいます。
今日はインドネシアから、7月生の申請をしている学生さんのお母様。
なんともチャーミングなTシャツ^^ 日本刀は人気なのでしょうかね。
そういうインターカルトも、2月18日のアクティビティは「刀剣博物館見学」。
欧米人学生を中心にすぐに満員御礼…だったそうです。
日本刀のお母さん、とっても明るく、
私と一緒の写真もポーズを変えて何枚も撮って帰られました。
お子さんのご入学を楽しみにお待ちしておりますね〜。
中島みゆきの「時代」という歌が好きで、
クラスでカセットでかけては学生たちと歌っていた時代がありました。
あの(日本語学校では有名な)上海事件があった直後、1989年の頃。
昔ながらのナポリタンがあるような喫茶店は、近くにファミレスができて、
八百屋さんは、近くに大手スーパーマーケットができて、
文房具屋さんは、”明日(あす)来る”の出現で、
お寿司屋さんは、接待という習慣が会社からも働く人の意識からも消えて、
そういう、環境の変化によって存続が危うくなったという話を、
ここのところ続けざまに見聞きしています。
♬
そんな時代もあったねと いつか話せる日がくるわ
あんな時代もあったねと きっと笑って話せるわ
♬
時代だから、と言うのは簡単だけれど、
それを生きてきた証とし生活の糧としている人たちがいるわけだから、
そんな単純な話ではない。…が、どうにもできない。
かつてあった電車の切符切りの仕事、
かつてなかったアプリ開発という仕事、
でも、それが現実。それが時代。
♬
めぐるめぐるよ 時代はめぐる 別れと出会いをくり返し
今日は倒れた旅人たちも 生まれ変って歩き出すよ
♬
と、しみじみ、時代の流れとその結果の切なさを感じた今宵でした。
冒頭の写真は、1930年代のオランダ時代から続くという、
ジャカルタのアイスクリーム屋さん。時代を超えて、今なお在る、もある。
ジャラン ラトゥハルハリ ノモル スンビランブラス。
(ラトゥハルハリ通り 19番地)
今日は、予定の業務が少し早く終わったので、
我儘を言って、思い出の地に連れて行ってもらいました。
いつも呪文のように唱えている1992年、
インターカルトのインドネシア校があった場所です。
当時の学校。あの時があるから今の私がある…その象徴。
今もう学校の建物はなく、弁護士事務所に建て替わっていましたが、
前の道、木々、物売りのおじさん、それらは昔とまったく変わらない感じ。
びっくりしたのは、Daruma Educationのラマさんの家が、
目と鼻の先だったということ。
当時2才だったラマさんと、日本語を教えていた私、
その辺りですれ違っていたかもしれないのですよー。
ということで、郷愁を胸に明日ジャカルタを発ち、バンコク経由で帰ります。
羽田着は明後日の朝です。
昨日は朝から夕方まで、
ジャカルタのDaruma Education Teamとミーティング。
計画Plan→実行Do→評価Check→改善ActionのAとPを集中的に。
普段、DoDoDoDo!の私にとって、
顔つき合わせて腰落ち着けてじっくり話し合う時間は大事です。
夕方からJCC、Jakarta Communication Clubに。
25年前に築いたWidhia Pratama Intercult Indonesia、
インターカルト日本語学校インドネシア校で教師をした
Ms.甲斐切さんが、その閉校の後に魂を引き継いでくれた学校。
夕飯を一緒に食べながら、
今も加藤さん(私!)が言った三原則をJCCに貼っていますよ!
と甲斐切さんが言ったそれは、
1.ホスピタリティ hospitality 心からのおもてなし
2.コンテンツ content 教育の中身
3.システム system 仕組み、制度 …。
30そこそこの自分がそんなことを言ったとは、なんともですが、
でも、今聞いてみて、正しいよそれと思った昨日の晩でした。
バンコクのセブンイレブンの前で売っていたこれ、
ざくろですよね。実の表面が赤ではなく黄色ですけど。
子供の頃、身近にあった木になる実。
いちじく(無花果)、びわ(琵琶)、ざくろ(柘榴)。
だから今も、買って食べるものではないとは思うのですが、
その環境にないがゆえの懐かしさで、1年か2年に一度、
スーパーで・・・買うのはいちじくとびわです。
ざくろは、食べるところが少ない上に酸っぱくて、
これの何が美味しいんだろうと思いながら、
でも、小学校に上がるか上がらないかの頃は、
赤いところをしゃぶって食べて、
種を道にぷっぷっと、してたかどうだったか。
で、昨日ももちろん写真を撮らせてもらっただけです。
昨日、バンコクに現れたクアラルンプールの西尾さん、
フェア会場で全国あちこちの皆さんとの交流を深めて、
夜は二人で喋って飲んで、今もうバンコクの空港。
今日の午後からの授業目指して帰って行きました〜。
バンコクでの2日間のフェア、無事終了。
今回は通算30回目だったのだそうです。継続は力なり〜。
それで私は本日、午後の便でインドネシア、ジャカルタです。
สวัสดี ค่ะ!サワディーカー!
昨日の早朝、寒気のTokyoから、暑気のBangkokに。
東京→バンコク、4610.33キロ…と書いてもピンときませんが、
だいたい7時間くらいで。
あ、耳の鼓膜に開けた穴に刺してあったプラスティックの通気ピン、
一昨々日、無事外してもらいました。というか外れて浮いていた。
なので、空路、耳も無事。
夜、ホテルの部屋のテレビをつけたら稀勢の里。
毎年、節分に我が府中の大國魂神社で豆まきをしてくれるのですが、
横綱になって初でニュースに!成田山新勝寺から約100キロの移動。
こちら、王様崩御の服喪中で、街行く人は白いシャツの人以外は皆、
概ね黒っぽい服装をしています。私も今回は黒系で、ふぁいと。
豆まきスケジュールというタイトルの、
豆まき分担表という添付ファイルのついた専任教職員宛ての
一斉メールが夕方きました。
明日は節分。
「豆まきの作法」(!?!?)というサイトに、
1.福豆を準備します
2.豆まきは夜にします
3.豆をまくのは一家の主人です
4.「福は内!鬼は外!」と豆をまきます
と書いてありましたが、
私たちのは2と3が作法にかなっていませんねー。
2.豆まきはお昼過ぎにします。
3.豆をまくのは、分担表の先生とスタッフと学生たち皆で。
豆まき以外に「かぶりもの担当」という役割もあります。
私は、豆まき第1部が始まる少し前の飛行機で2017初出張。
人から、大変でしょうと言われるけれど、
一人で苦労を背負ってるわけでは…まったく。
人より少し口八丁手八丁だから、というのも多分にあり。
出張に持っていくものを準備したり、
講座の代講をしたり、
豆まきやかぶりもの=鬼の担当の人たちがいてくれるから、
遠出ができるのだと…(日常業務しながらイベントは大変!)
だから私は、福をお土産に帰ってくる(決意)。