• 066月

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    フィクションよりノンフィクションの方が好きだな、
    と思うのは、そこに在るのが真実だから。でも、
    エッセイの方がいいなと思うのは、リアルが過ぎないから。

    今朝の日経新聞の記事の中に、茨木のり子さんの名前があり、
    そういえば、前回書いた『浮浪雲』からの引用と同じように、
    茨木のりこさんの詩もよくここに書いたなあと。
    「自分の感受性くらい」。ここにも、ここにも、ここにも。

    昨日の夕方、久しぶりに行った学校の帰り、
    あ、やってると思って久しぶりに寄った新宿のお蕎麦屋さん。
    午前中の出先からの移動でお昼ご飯を食べる時間がなく、
    空腹とは無縁の在宅勤務生活に慣らされた胃袋が、
    ど根性ガエルのTシャツのピョン吉のように、率先して店内に。

    三組しかいないお客さんの一人の質問に答える店員さんの声で、
    6月1日にお店を再開したことを知りました。

    インターカルトの日本語教師養成講座、4月生たちは、
    初日からzoomだったので、実習授業が始まった今週が初通学。
    開講3ヵ月目にして初めて会う同期に歓声が上がり、
    教室のテレビ越しに福島サテライトの同期たちとまた歓声を上げ。

    オンラインも悪くない、と事務局のMs谷口は連日連発。
    オンラインとオフライン、そのメリハリが一つのハーモニーに、
    なのかもしれませんよね。

    向田邦子と、山口瞳と、内田百閒。
    エッセイスト、と呼んでいいのかどうかわからないけれど、
    このお三方が好きです。

  • 016月
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    ・雨の日は雨のように(2011/11/28)
    ・雷雨の日には(2014/6/24)
    ・霧の日には霧の日のように(2018/1/18)
    ・足跡(2018/9/2)
    ・晴れの国から(2018/12/21)

    2003年から書き始めたこのblogの中で、
    ジョージ秋山の『浮浪雲』の一節を引用した日とタイトル。
    引用したのはすべて同じところ、
    第七章「彼岸の人」の中での渋沢先生の言葉です。

    自分の意にそわぬという時に苦となります。
    求めても得られざるところに苦がございます。
    人の世は思うようにはならないもの。
    それを思うようにしようとするから苦になります。
    思うようにならないものを思うようにしないこと。
    お天気の日はお天気の日のように。
    雨の日には雨の日のように。
    天地の通りにおやりになったらよろしい。
    そのほうが道は開けましょうなあ。

    「漫画家のジョージ秋山さん死去」というニュースが今日。
    かつて、まず『浮浪雲』を知り、
    その後、同郷らしいということを知ったのでした。
    ・・・正確には、10歳から15歳までを栃木県足利市で。

    スマホの中を「空」で検索して出てきた写真の中の一枚。
    2017年7月21日、山梨県の清里、学校の一泊旅行での一枚。
    一泊旅行、今年は「なし」と決まったようです。

    天地の通りに生きるなんてできないから、私は、
    渋沢先生のこの一節を何度も書いてきたのだと思います。

    勝とうと思うから負けがあるんです。
    勝とうと思わなければ負けはありません。
    落ちない絶対の方法はでんす、飛ばない事でんす。

    ・・・それでも私は飛びたいでんす。
    ジョージ秋山さんのご冥福をお祈りいたします。

  • 285月
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    幼なじみから、アマビエの飴が届きました。

    コロナがなかったら、アマビエは知らぬままでした。
    4月に入ってから、在校生とまだ来ぬ新入生に向けてしていた
    朝礼と昼礼で、明日は何を話そうと考えていた時に見つけました。

    今、大流行りですね。アマビエもびっくりしていることでしょうねえ。

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    この間また一つ年をとり、新たに始まる一年について考えました。
    私のこれからの人生のための大事な一年に、点点点、どうでしょうね。
    いろんな意味で、価値観や人生観、変わらない方が変ですよね。
    ねえ。

  • 245月
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    今、目に入ってくるネット上のいろんなセミナー、
    ほとんどが無料。広報宣伝目的のものはもちろん構わない。
    じゃなくて結構なメンバー揃えているちゃんとしたセミナー。
    それらが無料。それでいいのか。
    大都市在住でない方が気軽にセミナーを聴く機会に恵まれる、
    それはもちろん歓迎。

    しかし無料。
    公教育におけるICTの活用と、教育ビジネスにおけるそれについての
    議論や主張、それらを混同すると、後者が成り立たなくなる。

    オンラインはタダが当たり前っていう感覚になるのは危険。
    会場に出かけて行くのだったら何千円、何万円出して聴くセミナー。
    金額は、そのものの価値なのだから。

    今、無料でオンラインセミナーに登場している偉い先生たちも、
    世の中が平常に戻った時に同じようにタダで仕事を引き受けるだろうか。

    欧米留学、オンライン授業を受けるために留学したわけじゃないと、
    留学生たちが授業料減免や返金の要求をするも、受け入れられず、
    …というような記事を読みました。それって、
    今は大きな声では聞こえてこないけれど、日本留学だって同じ。
    「留学」も変わる。留学する価値は何か。つまり。

    私たち。
    3月の突然の緊急事態宣言の時、いち早くしたzoom授業への転換。
    通学が怖いという学生たちのために、その同時配信もした。
    4月の1ヶ月間、帰る帰らない帰れない含めて、
    彼らに何を提供することが一番の価値なのかを考えに考えた。
    そして、それに基づいて決めた配信する中身と方法と授業料の扱い。
    そして5月の連休明け、授業料もらうのだったら最低でもここまでは、
    という教務の強い意思と、やりましょうと頑張ってくれた先生たち、
    私は、本当に凄いな、でも大変だろうなと思って見ているだけだけれど、
    私たち、同じ価値観で動いている…という確信に近い気持ち。

    しかし、忘れてはいけない。
    今の私たちの原動力は、コロナという非常事態の後押しによるもの。
    提供するものの「価値」があるのかないのか、何を価値とするのか、
    とりあえず作ったこれをどう進化発展させるのか。
    それを私たちはちゃんと考えなければいけないのです。
    もう、元の状態に戻るっていう選択がないのはわかっていること。

    そんな中、世の発信力のある方たちの、この勢いで推進しよう発言、
    ちょっとそれ、能天気じゃないですか。などなど。
    思うけれど、私がネット見るのやめればいいんですよね。おそらく。

    明日、東京も緊急事態宣言解除…らしいので、自戒を込めて。。

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    今日は、香港に向けての留学説明会を学校から。
    現地に行かなくても、海外にいる人たちとやり取りすることが
    普通のことになった。これは本当にありがたい展開です。
    というわけで、今月二度目の出勤でした^^

  • 215月
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    新たな写真を撮る機会がほとんどないので、
    スマホの画面を上へ下へして、昔のから探るしかない。
    2015年のタイ。

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    今思う。通勤や移動の時間があったから、
    ちょっと気分を変えたり、メリハリつけたりできたかなと。
    でも、あのぎゅうぎゅう詰めの通勤電車に乗る意味は?
    今、24時間がまるまる自分の手元にある気がします。

    PCに向かって資料やら何やらをパシパシしているか、
    PC越しにドアップの顔を見せて見てする相談や話し合い。
    私たちに関わるニュースや、更新された国の方針に、
    主観的になったり客観的になったり。
    飲みに行かないから、ビール少しがあっという間に体に回る。

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    私の日振協デビューの頃、1999年。と20年後。
    山本さん変わらない。本当に変わらない。見た目も生き方も。
    江副先生髪が黒かった。しかし江副先生こそ変わらない。
    停滞ではなく、“変わらない”、お二人。
    私細かった。たぶん私も変わっていない。信念とかこだわりとか。

    緊急事態宣言が解除されなかった東京。
    解除されたら、いつから、何を、どう、どの程度、・・・、
    そういう話もたくさんした今日でした。

  • 175月
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    この間、映画はほとんど見ないと言いましたが、これは何回も、
    歌の部分だけだったら何十回も見てるな(聴いてるな)と思い出しました。
    「天使にラブ・ソングを…」。
    今朝、起きがけにiPad開けたらこんな記事!キャストが25年ぶりに再集結。
    元気に今日が始まりました。

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    一人で旅するという趣味もないのだけれど、(出張は別です。)
    コロナが終わったら、どこかにふらっと一人で行きたいなと…。
    最初はなんとなくロンドンと思い、でも海外はしばらく控えるべきだね。
    国内だったら北海道か沖縄かな、でも東京から行ったら迷惑だよね、とか。

    テレワークのおかげで進められている仕事があって、でもそこに、
    重たいのがドンと割り込んできて、そういうのやめてよね、という気分。
    朝から掃除機かけて洗濯機まわしての日曜日。やればできるの日曜日。

  • 105月
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    日経新聞の「私の履歴書」、今月は岸恵子さん。
    3、4日前の記事に、高校の数学の先生に言われたという言葉、
    「好きなことをやれ。人生は短いんだ。苦手なものはやらなくていい」。
    自分のことを言われているようでした。

    年をとったからか、何なのか、
    ライフストーリー(的)なことを話す機会が何度となくありました。
    それらを経て思うことは、
    突き進みどころが、人とは少し違うかもしれない。
    腹の立てどころは、十代のころから変わらない。三つ子の魂百までか。

    しかし、こんな風に一日の行動範囲が狭すぎると、
    腹を立てることもあまりなく、私が私じゃないような気になってきます。
    でも、こうやってずっと家にいるのも悪くないな、とも。
    第一、5時に起きて7時に家を出て、片道1時間40分もかけて通勤、
    なんて、そんな生活、できるとは思えなくなってきています。

  • 055月
    Categories: 雑感 Comments: 0

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    マニキュアを塗っていない爪が元気です。
    えいやでやってきたこと、なんとなく済まされてきたけれど、
    いやあ、済まないなと思ったり、
    生姜とお砂糖とレモン、漬けて寝かしておいたのと、
    炭酸水混ぜて飲んで、あーこれがジンジャエールと気づいたり。

    この有益な無駄な時間。

  • 025月

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    ああ、去年はこんなことしてたんだったなと、
    スマホの写真フォルダ開いて、思い出に浸ってる人、
    結構いるでしょうね。

    家族を訪ね家族と行った東欧。
    去年の今日はブラティスラヴァ、スロバキア。
    「来年はオリンピックだから、夏は東京混むよねえ」
    なんて、大声で話していたんだったと思います。

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    まさかね、の今年。
    状況を嘆かない、結果論を言わない、
    そして自分たちの進め方…他所と比べない。です、私は。

    この連休中も、
    新しい形の授業の準備をしている一人一人の先生たち、
    それをまとめている先生たち。
    先行きどうなるかわからないから帰ってきなさいと言われ、
    言い返す言葉を持たない学生たち。
    その学生一人一人の対応をする学校のスタッフたち。
    入管からは、まもなく7月生の交付、10月生の申請も。
    みんな粛々と。

    養成講座は、一昨年からの新しい試みの積み上げが今、
    とてもありがたい。
    日本語学校の今のみんなの粛々も、いつかの礎となりますね、
    きっとね。そして、来年はどんな来年に…。

  • 214月
    Categories: 海外, 雑感 Comments: 0

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    (今は、家の近くでさえ出歩くのが難しいですが)
    その前は、いろんな国で夕日に遭遇する機会がありました。

    写真は、マレーシアのコタキナバルの海に沈む太陽。
    この夕日がぐるっとまわって、翌日、朝日となって現れる不思議。
    地球上のあらゆるところで、七十億と言われる世界中の人々が、
    この、同じ太陽を見ているという不思議。

    昨日は、写真左端の西尾さんがするオンライン授業に潜入、
    この状況のすべてを許容し、それに順応する先生と、
    その中で安心して授業を受ける学生たち。心地よき時間。
    4月にインターカルトに入学する予定で、
    今、マレーシアで待機中の学生も授業を受けていました。

    彼は、毎日、インターカルトの午前のオンラインクラスに出て、
    お昼からそのマレーシアのクラスに入り、
    その後またインターカルトの午後のクラスに出席。凄いな。
    彼が、普通に日本に来られる日が早くきますように。
    でも、アフターコロナの「普通」は、今と同じ「普通」なのかな。

    隔てなき たった一つの太陽が 七十億の 民を眺むる

    6年前にこれを作った(詠んだ)ときは、
    富める者、貧しき者、安穏とした平和な国、戦闘真っ只中の国、
    その誰に対しても、どこに対しても、隔てなく照らす太陽を思った。

    しかし今、境遇の違う七十億が、ある一点で同じ境遇に。
    今日もあまねく世界を照らす太陽、我らを眺め、何を思うのか。