新宿西口地下広場でタクシー待ち。
なかなか良き構図。
代々木のオリンピック記念青少年センターへ。
目には涼しい、と無理して思う。
日振協 日本語学校教育研究大会ポストセッション、
「ICTと日本語教育」に出展。
スーパー日本語、Finger Board、トレパJ。
灼熱の霞ヶ関ビル近辺に移動。ふうーっ。
もはや言葉なし。
こうして今日が終わりました。9570歩。
一歩外に出たら、過酷なフライパンの上状態。
熱気で焼け焦げるか、蒸されてしまうか。
昨日と今日。
Finger Boardのセミオシスと、fmfふくしま多言語フォーラムと、
インターカルトEdTechセンターで合宿ミーティング。
セミオシスの都築さんとfmfの佐藤さんは、
インターカルトの日本語教師養成講座2000年4月期の同級生です。
私にとって最も印象深いクラスの教え子たちで、
20年前に20代だった彼らは今、当時の私と同年代です。
そして今日。
30年前にインターカルト早稲田校で共に先生をしていた宇多さんが、
ロンドンから一時帰国し、娘さんたちはウィークリーコースを見学、
授業で来ていた当時の先生たちが集まって、しばし思い出に浸る。
みんな不思議と変わっていない。(写真上)
(写真下)合宿ミーティングで来ていた二人、
インターカルト高円寺校で新人だった時代の先輩先生と遭遇。
そして夜は。
8月のサマーコースの引率で来日していた台湾事務所の孫さんと。
孫さんもまたインターカルト草創期の卒業生。
こうして今週が終わったのですが、
7月最終日の水曜日は福島で企業訪問をしていました。
技能実習生を受け入れている会社の社長さんへのインタビュー。
外国人と日本人が共に生きる社会で
異文化間の衝突や対立が起こった時の、
日本人の思考の転換をサポートする仕組みを考えたいです。
マイナス事例ばかり報道されているけれど、
良い実例をもっともっと世間の人々に知ってもらいたい。
その上で日本の未来を共に考えたい。それを願う今日この頃です。
私の現在進行形の恩師の著書。
先月、日経新聞朝刊の「やさしい経済学」に、
「IoT時代のイノベーション」という連載をしていらした先生です。
自分のしていることの科学的裏付けのためにと思って始めた勉強ですが、
いやいや、そんなに甘くはなかった。なにより時間捻出問題 >_<

で、裏付けがほしい自分のしていることはこれです。
インターカルトの三つ目の柱。
ベストエフォート、最善の努力。
理想を求めるのではなく、限られた制約の中で最善の努力を尽くす。
何を優先して何を割り切るか。うーむ。
あれもこれも、やりたいことが優先席に鎮座ましましている感じなのです。
ところで、おまけ。
写真の左下。一緒にピースしているのは、
私の亡父の亡姉の亡息子の長男。平たく言うと私の従兄の息子。
昨日、EDIXの会場で遭遇。ほんとびっくりしたので載せました。
ベストエフォートについては、
今のドタバタが収まったら冷静に考えようと思います。が、いつ?
縁をつなげていただきました。
縁は、自ら進んでつなげるもの、もしくは自然に偶然につながるものと
思ってきましたが、自分の周りの人たちがかつてつながっていたという、
そういう縁で、自分を含むその後の人たちがつながりました。
さかのぼること30数年前。
今回訪ねた沖縄の学校ICLCを創設した金城先生が、
インターカルト日本語学校の創設者、故山内理事長に縁を投げかけ、
私の養成時代の恩師であり上司となったインターカルトの先生たちが、
その学校の日本語教師養成講座創設期に講師として赴いて講座を担当した、
という歴史、縁。
それから30数年。
この間の日振協のトップセミナーの分科会でたまたま隣の席になった
金城先生が私に声をかけてくださり、それで再びつながった縁です。
ああ!そういえば、私が駆け出しの教師だったころ、
中村壽子先生や山田先生、酒入先生、中川先生が、
沖縄に行くと言って出かけて行っていたなあと記憶がふぁあっと。
インターカルトを作った山内理事長も、縁を投げかけていった人でした。
日本語教育といったら水谷修先生だ!(と誰かに聞いたのだと思う)、
訪ねて行って、日本語教師を養成する学校を作りたいのだけれどと話し、
それで41年前に、インターカルト日本語教員養成研究所の土台が、
水谷修先生のご指導によりできたと聞いています。
縁を結ぶという方が美しいけれど、縁を投げかけるという、
より主体的な行動が、新たな縁を作っていくのですね。
そしてそうやって作られた縁は、一度途切れてもまた、
こうやって強くつながるのだと実感した沖縄でした。
韓国→台湾→(一日置いて)→沖縄。
タフなのか無茶なのか、ですよね、まったく。
昨日は、今年の4月生たちの「先輩と話す会」。
学校中の教室が言語別の部屋に変わり、
新入生たちはそれぞれ自分の母語の教室に行って、
同じ言葉を話す先輩たちとあれやこれや。
私たちは何を話しているかわからない、が、それでいい。
つい3ヶ月前に新入生だった学生が、
先輩の顔して参加しているのもまた、とても良い光景。
そして今日は、さまざまな思い出を一気に蘇らせてくれた、
ミャンマーのレイレイさんが9年ぶりに。
あの時があったから今がある。
あの時があっても今がある。
お昼に一緒に焼き肉食べられて幸せでした。
で、あと9年後、
私はいくつになっているかと考えるとぞっとし、
私はどこで何しているかと考えると、それはそれで
それなりにわくわく。
9年前と今とそんなに変わっていないのだから、
9年後も誰彼構わず思いを語って、夢追いかけて、
でももういい歳だから、嫌がられてるかもしれない。
いや、本当に~_~;
「アジア・太平洋地域 輝く女性たちの多様な生き方・働き方」
写真の下段左から二番目は、西尾亜希子さん。
マレーシアで、語学学校ATOZ Language Centreを経営する、
インターカルトの日本語教師養成講座修了生。
養成講座の、おこがましいけれど私の教え子です。
(私、ものすごく厳しい先生だったらしい。)
何百はいる教え子の中には、何人もの「出藍の誉れ」がいて、
西尾さんもその中の、かなり目立つ部類の一人です。
この西尾さんへのインタビュー記事のこの部分、
「ロールモデル」は、この私だとお知らせをもらって、
いやいやそんな、と思いながらも、
結構、かなり、とても、すごく、非常に・・・。
藍ももうひと頑張りして、青よりさらなる青を目指そうかと。
最近は以前にも増して、いつ寝たかわからないほどの寝付きの良さ。
だからiPhoneとiPadのアラームで起こされた時も、
当然、朝という自覚あまりなく、気づいたら、あらもう今日!の毎日。
水曜日の、香港HELLO JAPANのエディさん来校打ち合わせと会食。
昨日の、久留米ゼミナール理事長、学科長来校打ち合わせと、
日本電子専門学校の理事長はじめ皆様合流してくださっての会食。
どこにでも参加して食べて食べての私。
口に入れたものは、ただひたすら肉となり肉となり。
ε-(´∀`; )
ところで、若い頃からずっと、
明日がくるのが、一年後にどうなっているのか、とても楽しみでした。
それが、変化も刺激も挑戦もルーティン化し、
なんとなく人生のゴールもちらちら見えてきているように思う今、
(そういうことを言うなと皆々に言われるが)
しかし、どどっと老け込むこともなく、
今まで通りの自分の気分でいられるのは、
暖かくお相手してくださる皆様のおかげなのですよねー。
m(._.)m
インフルエンザの後の大風邪の時に消えた声が、
未だ完全に戻らぬ今、四月の寒気。
冬物一切合切を、週末に張り切ってクリーニングに出したため、
薄物の重ね着で寒さを凌いでおります。春よ来い早く来い。
しかし陽気に関係なく、春は春で、様々新しいことがスタート。
その中の一つ、
文科省「スーパーグローバル化牽引型大学」に採択されている、
東洋大学の事業の一環で開講される、4キャンパスでの
日本語課外講座を当校が受託、その講師たちも動き出しました。
そして今日は、日本語学校の4月生たちが団体で来日、
日本語教師養成講座420時間コースの開講式もありました。
と、景気のいいことを言っているけれど、実は様々反省点あり。
ああ本当に、「これで完璧」っていうことは簡単にはできない。
しかししかし、
可能性は♾(無限大)ーChallenge your limit!
(※東洋グローバルリーダープログラムのパンフレットより)
この春開講の日本語教師養成講座 久留米サテライトでの
実習担当、久留米ゼミナールの先生方がいらして、
授業内容をはじめとする打ち合わせ。
やっぱり、面と向かって膝付き合わせて話をすると、
一気に距離が縮まるものですね。
私は外で大きな会議があったため、夜の懇親会から参加。
学校の近くの台湾料理「新竹」、今日も心落ち着く味でした。
アルコールは、連日の呑みでさすがに体が受け付けず~_~;
一昨日の晩放映のWBS、ワールドビジネスサテライト。
福祉大のことを含め、留学生を取り巻く問題を、
冷静な目で広い視点から捉えて伝えていきたいという
ディレクター氏の思いを信じて取材を受けました。
今まで何度かメディアに裏切られてきたのだけれど、
…杞憂。反対に番組制作の皆さんとの良き出会いにも。
日本に来ることを望まない人たちが世界中に増えたら、
日本が成り立たない。
住みたい国、人に勧めたいと思ってもらえる国に、日本。