朝一でかかってきた電話、開いたFacebook、zoom会議、
・・・しみじみと思い、考えることの多き今日でした。
日本語教師養成講座は、
{ とうとう やっと ついに } やってきた今日、
外国人学生を前にしての初級実習。
感無量。理由は二つあって、
一つは、コロナのトンネルをくぐり抜けての今日、
そしてもう一つは、
東京と福島サテライト、実習の担当講師たちが、
私の現役第一線の頃の養成講座での教え子たち。
写真にその姿を見つけて、しみじみと、感無量。
フィクションよりノンフィクションの方が好きだな、
と思うのは、そこに在るのが真実だから。でも、
エッセイの方がいいなと思うのは、リアルが過ぎないから。
今朝の日経新聞の記事の中に、茨木のり子さんの名前があり、
そういえば、前回書いた『浮浪雲』からの引用と同じように、
茨木のりこさんの詩もよくここに書いたなあと。
「自分の感受性くらい」。ここにも、ここにも、ここにも。
昨日の夕方、久しぶりに行った学校の帰り、
あ、やってると思って久しぶりに寄った新宿のお蕎麦屋さん。
午前中の出先からの移動でお昼ご飯を食べる時間がなく、
空腹とは無縁の在宅勤務生活に慣らされた胃袋が、
ど根性ガエルのTシャツのピョン吉のように、率先して店内に。
三組しかいないお客さんの一人の質問に答える店員さんの声で、
6月1日にお店を再開したことを知りました。
インターカルトの日本語教師養成講座、4月生たちは、
初日からzoomだったので、実習授業が始まった今週が初通学。
開講3ヵ月目にして初めて会う同期に歓声が上がり、
教室のテレビ越しに福島サテライトの同期たちとまた歓声を上げ。
オンラインも悪くない、と事務局のMs谷口は連日連発。
オンラインとオフライン、そのメリハリが一つのハーモニーに、
なのかもしれませんよね。
向田邦子と、山口瞳と、内田百閒。
エッセイスト、と呼んでいいのかどうかわからないけれど、
このお三方が好きです。
天災は忘れた頃にやってくる。
以下、天災以外も含む。
新型コロナ、東日本大震災、リーマンショック、新型インフルエンザ、
SARS、アジア通貨危機、地下鉄サリン事件、阪神淡路大震災、・・・
学校経営に大きな影響を与えた、
私の日本語教育史上で起こっ{た/ている}こと。
2007年、リーマンショック直前の絶好調に乗じて、
ウィークリーコースのための校舎を飯田橋駅前に出しました。
しかし、当てにしていた欧米系のビジネスマンがごそっと帰国、
内装にかけたお金をどう回収するか、と苦手な計算をしつつも、
でも、どうにかなるんじゃないかという、得意の楽観主義的性格。
そのとき、「すぐに引き上げなさい!」
私の人生で、親にもあんなに怒鳴られたことないという怒号。
90年代に私たちの経営危機を救ってくださった当時の株主、i弁護士、
あの時に、「引く」勇気を教えていただきました。
(が、その後も私は「押す」専門^^;)
そして、コロナ真っ只中のつい先日、そのi弁護士から突然の電話。
「加藤さん、インターカルトは大丈夫ですか。みんな頑張ってる?」
大きな病気をされて少し出にくくなっている声が、
顔と一緒に受話器から飛び出てくるかと思うような、
好好爺の声。涙。
いつかこんな好好婆!?になれるよう、もう一踏ん張りするしかない。
写真は、今もう好好爺、好好婆であろう恩ある方たちと。
2004年の株主総会後。於 明治記念館。
加藤さんは私のジェダイマスター、と言っていただいたんですが、
ジェダイマスターって何? え?もしかして、この人?と、ギョッ。
スターウォーズは知っているものの、映画はほとんど見ないので。
数年前に、ジャカルタ行きの飛行機でご一緒したこの方、
名前はヨーダ、でしたね。教えてもらったサイトを見たら、
マスター・ヨーダ、さまざまな名言を残しているのでした。
その通り!と共感できたので、メモとして残しがてらご紹介します。
(みどりさん、ありがとうございました!)
1.覚えたことを、全て忘れるのも大切
2.「やってみる」ではダメ。やるか、やらないか。
3.逃げるな。挑め。
4.忍耐強く。忍耐強く。
5.恐怖に打ち勝つ。
6.すべては解釈次第。
7.知識は大切
8.負けたら工夫する
9.考えるな!感じろ!
10.子供のように曇りなき心を。
今日は、日本語教師養成講座の受講生たちと、
日本語学校の在校生、コロナで未だ母国待機の新入生たちとの
「こんな状況だからこそオンラインで話そう会」。
スウェーデン、オランダ、アメリカ、メキシコ、インド、中国の学生と、
養成講座の東京校、福島サテライトの日本人の受講生との交流会。
途中、参加者23人が4つのブレイクアウトルームに分かれて密に話も。
入学前の母国にいる学生たちとも、こういう風に繋がれるんだ、
というのは発見。コロナ終息後も、したらいいですよね。
午後のオンラインクラスがある在校生たちは、終了後クラスに行きました。
ヨーダの教え6、すべては解釈次第。コロナも解釈次第。
「こんな動画授業を作っています」というのを、
アメリカから送ってくださった方がいて、
これ、いわゆる日本語の授業の動画ではないんですが、
(あ、でも言葉は日本語です^^)
昨日と今日、二日続けて、朝、起きがけに見ました。
構成とか、作り方とか、話し方とか、全てが勉強になります。
でも、何より、その方の動画が成功してるなと思えたのは、
1本20分なんですが、早送りなどすることなく20分、
思わずじっくり、真剣に見入ってしまったからです。
日本中、世界中の先生たちが奮闘しているのですよね、今。
インターカルト日本語学校の先生たちも、
zoomでの双方向の授業と、動画での授業の制作、それを日々。
皆皆皆皆皆さんに、拍手です。
インドネシアの姉妹校、Jakarta Communication Club、
JCCの「Weekly Report」の真ん中右側の
「Conversation Room」のゲスト、Next Week、
いえもう、This Week、明日登場します。
こういう時期のこういうお声がけ、ほんとに嬉しいです。
Terima kasih! ありがとうございます。
ああ、去年はこんなことしてたんだったなと、
スマホの写真フォルダ開いて、思い出に浸ってる人、
結構いるでしょうね。
家族を訪ね家族と行った東欧。
去年の今日はブラティスラヴァ、スロバキア。
「来年はオリンピックだから、夏は東京混むよねえ」
なんて、大声で話していたんだったと思います。
まさかね、の今年。
状況を嘆かない、結果論を言わない、
そして自分たちの進め方…他所と比べない。です、私は。
この連休中も、
新しい形の授業の準備をしている一人一人の先生たち、
それをまとめている先生たち。
先行きどうなるかわからないから帰ってきなさいと言われ、
言い返す言葉を持たない学生たち。
その学生一人一人の対応をする学校のスタッフたち。
入管からは、まもなく7月生の交付、10月生の申請も。
みんな粛々と。
養成講座は、一昨年からの新しい試みの積み上げが今、
とてもありがたい。
日本語学校の今のみんなの粛々も、いつかの礎となりますね、
きっとね。そして、来年はどんな来年に…。
1987年まであったインターカルト日本語学校目白校。
古い旅館の建物で、私が初めて出た教師会はここででした。
玄関の右側の学校名の脇に「日本文化塾」とあります。
Cross Cultural Communicationsを理念として掲げ、
Interculturalの頭のIntercultを学校名にした、
インターカルト日本語学校は、今年で創立43年です。
今までも幾多の困難を経験したインターカルトですが、
今回のコロナは、五指に残る試練だと思います。
震災とその翌年を経た卒業式で、
教職員が壇上で卒業生に贈る歌を選んだとき、
♪負けない事・投げ出さない事・逃げ出さない事・
信じ抜く事 駄目になりそうな時 それが一番大事♪ の、
「それが大事」が候補に挙がりました。が、
♪ここにあなたがいないのが淋しいのじゃなくて
ここにあなたがいないと思うことが淋しい♪
・・・
♪それでも生きていれば いつかは逢える♪
この歌詞が辛すぎて、無言でボツにしたのだったなと。
当時言えなかったことを、今言いました。
「STAY HOME」
今日の、学生たちとの朝礼と昼礼で言いました。
「家にいることが、誰かの命を救っている」ということも。
画面の向こうの顔顔顔…が、わかったと言ってました。
東京で家の中にじっとこもって過ごす在校生も、
中国、マレーシア、スウェーデン、オランダから参加した、
まだ来ぬ新入生も。
今は、今、大事なことを。
インターカルト日本語学校は、連休明けの5月7日から、
こういう形態で授業を行います。
教室の ドアも恋しや テレワーク
自粛疲れならぬzoom疲れで、朝から腰と背骨一体が痛い。
普段、基本デスクワークではなく、あちこち歩き回り。
ゆえに今、万歩計の進みが恐ろしく遅い。
退化が進んだらいやだな。
クラウド上にあった写真、おそらく2002年とか3年とか。
教師養成をテーマに、日本語教育学会のシンポジウムに、
ああ、このメンバーで出たのだったなと。
私もだけれど、隣の江副先生も“超ワカ”ですね。
来年の今頃、世界は、日本は、私たちは、どんな姿に。
写真事業消滅の危機から、構造転換をして、
スキンケア商品の開発成功を果たした富士フィルム、
プルプルの赤いジェリー状の美容液、絶賛。
変わらずに 未来に残れる 保証なし
変わればよいと いうものでもなし