こんな日はニラレバ炒めだ!と一人ランチ。
今日は朝からN協がする事業の評価委員会。
話を聞いたりしたりしているうちに、にょきにょきと前向きになり、
未来に向けてのいい発言をしてしまいました。
私は基本、前向きなんだとちょっと感動。知っていたことだけど。
クリスマスローズとヒマラヤユキノシタという名の花らしい。
向かいの奥さんに、庭に咲いたのをいただいたと、
実家の母から写真が送られてきました。
今まだ自分の言葉として私の脳みそに格納されていない、
たとえばワーケーションとかワークバランスとか、
そういう言葉も、いろんな人が私との話の中に織り交ぜて
くるので、その度に私は一旦立ち止まって、
自分の中の日本語の意味と照らし合わせて話を続けます。
この間の沖縄での数日がワーケーションで、
私は、これあり!と思ったのですが、半リタイア後のスタイル
なんでしょうかねえ、管理優先の日本では。
それとまあ、対面が前提の私たちのような稼業では難しい。
ワークバランスは、仕事とプライベートのバランスってこと?
仕事が趣味と言われて大否定できない過去は過去でいいとして、
私のこれからのこと、考えてしまいました。
三つ子の魂なんとかだから、考えることに意味ない気はしつつ。
雨だけでなく、バリバリと激しく雷も鳴っていますが、
かかあ天下とからっ風、雷の聖地みたいな環境に生まれ育ったので、
別になんとも、だから何です。
今朝はなんだかものすごく早く目覚め、そのままぼうっと考えごと。
睡眠の長さや深さを記録してくれる時計をしていないと気づいて、
そのあとトイレに行ったら置いてありました。
いつか、冷蔵庫にお財布が入ってたりするんじゃないかと心配に。
雨。この大雨で、まだ鎮火宣言の出ていない足利の山火事が収まると
いいなあと思っています。あれ?まだだったの?ですが、まだみたい。
足利市長が出したのは鎮圧宣言で、
山火事を鎮圧したって一体何だろうと思うけれど、和泉さん(市長)、
いいじゃん!と思いました。
写真、どうやったら雨粒が撮れるだろうと考えて、
ベランダの雫に焦点を合わせました。向こうがぼやけてしまったけれど、
たまには目の前だけ見るのもいいのかも。
遠い先は見えてきたら見ればいいのかもと、こじつけのように思って、
ちゃんちゃん。
今日は、午前午後、
こんな向きに座ってzoomでミーティングをしていました。
手前の黒いのはパソコン。窓の向こうにあるのは海。
2011年3月11日からちょうど10年。
あの日、学生たちと一緒に近くの公園に避難して、
地面が揺れるのを足と体全体で感じながら、しばらくそこに。
隣の幼稚園でも庭の真ん中に子供たちがかたまって座っていたので、
「これからどうするんですかー」と先生らしき人に大声で聞いたら、
「おうちの人が迎えに来るのを待ってるんですー」という答え。
このとき、私たちの学生たちに迎えに来る家族はいないんだ、
守るのは自分たちなんだということを明確に認識しました。
その後学校に戻って、その晩は学生たちと一緒に学校に泊まり、
地震が起こる前に授業が終わった午前クラスの学生たちの安否確認を、
翌日のお昼過ぎまで夜を徹して。
それぞれにそれぞれの3.11。
自分の体験なんか被災地の人たちに比べたらどうでもいい程度。
なのだけれど。
振り返ると、あれから本当に色々な出来事が私(たち)を襲いました。
コロナの真っ最中、思いがけず沖縄に出張することになり、
一度自分を整理しなくちゃ(実は毒出しをしよう)と思って、
今日までそのまま残って過ごしました。
結局何回もzoomの会議をしながらの滞在だったのですが、
でも、有意義な時間でした。ちゃんと毒が出たかどうかは…???
私たちの未来、果てしなく広がる海のごとしと信じます。
『きらめく拍手の音』手で話す人々とともに生きる
イギル・ボラ 著 矢澤浩子 訳(リトルモア)
訳者の矢澤さんから、
「手話は言語であり、聾はひとつの文化であると教えてくれる本書は、
二つの言語と二つの文化の間で生きる私の胸に響いたように、
異文化・多文化、そして言語教育に携わる加藤先生にも何か伝わる
のではと思い、お送りしました」という手紙と共に届いてから2ヶ月、
読み始めた先週金曜日と今日とで読み終えました。
矢澤さんが書いてくれた通りでした。
今まで私が言ってきた異文化間理解だったり、多文化共生だったり、
その中に当たり前に在ることなのに、意識の中に置いていなかった。
本当にもう、今の今、それに気づかせてもらったという気持ちです。
正確に言うと、気づいたのは先週の金曜日、沖縄に向かう飛行機の中。
285ページ中まだ83ページまでしか読み終えていなかったのに、
あ、これ、同じことだと、土曜日の文化庁の日本語教師初任研修で
(トークショーのように)最終回の講座をする中で突然思い、
衝動的に画面の向こうにいる受講生の皆さんにこの本の話をしました。
写真に印字された日付によると、1996年7月26日。
当時委託されていたアメリカのある大学からの交換留学生クラスの
学生たちとの小旅行。どこだったかな。
緑の西田先生と、ピンクの私と、白の矢澤先生が矢澤さん。
今、自分の時間が止まった、いえ、止めたからできた時間です。
そこで本を読み、自分を振り返り、これからを考え…。
こんな時間、そしてこの本、どうぞ皆様も。
南国から北国に帰って行った人から送られてきた写真。
やっぱり日本は縦に、いや斜めに?長い国なんですね。
しかし、なぜ、
「南国」は音読みで、「北国」は訓読みなんでしょう。
シーサー、
左の口を閉じているのがメスで、
右の口を開けているのがオスだそうです。
これは「あ」「うん」、「阿吽」を表わしているのだと。
さらに、沖縄のシーサーはケンカをしない、
おおらかで、一緒にがんばろうという意味の「ゆいまーる」
の精神を大事にしている…と調べた先にありました。
一緒にがんばるけれど、
つい余計なことを喋る、仕切りたがる、決めつける、
ケンカする、おおらかじゃないことが結構ある自分には、
目指すところがありすぎだなあと思います。
ちゃんと毒抜いて帰らなくちゃ…、まずは阿吽の吽(うん)。
今日の沖縄での講座とセミナーに、私が着て臨んだかりゆし。
かりゆしはこのシャツのことで、沖縄の正装、
言葉そのものは「めでたい」とか「縁起がいい」という意味
なんだそうです。
日本中、世界中がコロナ禍で超最悪なこの一年ですが、
けれど、この文化庁の普及事業とその一環でしたセミナーの
おかげで、今まで以上にたくさんの方たちと知り合い、
繋がることのできた貴重な一年ともなりました。
登壇者のアルベルト城間さん(ディアマンテスのボーカル)の
素晴らしい歌声が、国内外で視聴する皆さんの心に響き渡って、
福島、東京、名古屋、久留米、那覇という連携した地域ブロック、
就労、難民、児童、留学生、日系人という生活者のカテゴリー、
それぞれの役割を担い去年の12月から5回にわたって開催してきた
セミナーが無事に終了しました。
皆皆皆皆皆皆皆さん、ありがとうございました。
今日は、新しい明日の始まりです。