たまには足元を見て歩く。
東京の桜はもう終わりですね。
花散りし幹より出る新芽あり吾の若葉らも◯◯◯◯◯◯◯
いろんな人が来て隣に座っては立ち、去って行く。
夢多かりしあの頃の想い出をたどれば
懐かしい友の顔が一人一人浮かぶ
重いカバンを抱えて通ったあの道
・・・学生時代♬
中学に入ってすぐに雨に降られ、
傘を持っていなかったため、ずぶ濡れになり、
その時の悔しさから、中学3年間、
毎日傘がカバンの中にありました。さらに、
同様の経緯でその他諸々、そんなカバンの内状ゆえ、
重いカバンを抱えて通ったあの道♬…は、
そのまま私の学生時代。
小中高と通学時間は徒歩15分以内で、憧れは定期券。
まあ、夢は叶いましたが、この歳になってから
片道、定期4回かざして(昔なら見せて)1時間40分とは!
カバンはさらにスマホの充電器なども加わり、重い重い。
昨日「学生時代」を歌ったペギー葉山さんご逝去。
「学生時代」、全部の歌詞はこちらです。
写真は我が故郷、足利。
小中高の時代は早川農園だった、あしかがフラワーパーク。
この間の日経新聞の「春秋」に、徒然草のくだりが取り上げられていました。
吉田兼好は、花(桜)は満開の時だけ愛でるものなのだろうか、
これから咲きそうな枝先や、花びらが散っている庭もまた良いものだ、
と書いている…と。
「不完全の美」だそうです。心に刺さります。
どこまで完全、完璧を求めるのか。自らにも課すのか。
私は、ご飯を食べるのも、片付けるのも、次の行動に移るのも、
ぐずぐず遅いよねえ、仕事以外はね…とこの間身内に言われ…(・_・;
でもその通り!そうなのですよー。
昨日の仕事中に思いがけずいただいた、端午の節句の和三盆。
思わず、ほっこりした(最近流行ってますね、この言葉)瞬間、
本来ののんびり、ぐずぐずした自分を感じたりします。
桜、電車の中からしか見ていないので、
やっぱり満開のうちに、この週末にでも…ですね。
イースター、今年は、4月16日だそうです。
卒業生がスウェーデンからかわいい卵を持ってきてくれました。
(ついでにその翌日の卒業式にも出てくれたのでその写真も。)
この間行ったアメリカでは、
あちこちでイースターのグッズを売っているのを見ました。
あ、毎年学校でイースターのイベントしてるなと思い、
お土産に、卵に色付けするキットを何箱か買って帰ったのですが。
イースターを、ハロウィンと混同していたことに気づきました。
→インターカルトではイースターのイベントはしていなかった。
中学の英語の教科書(三省堂の『TOTAL ENGLISH』)に、
ヴィンセントとスタニスラスとグロリアとヘンリエッタが
イースターでどうだこうだという話題があった(と思う)のだけれど、
イースターが何たるかを、その時にはっきりと習った記憶なし。
語学の勉強って、言葉そのものを習うだけでなく、
その背景の文化にも興味を持てると、
習得の度合いがずーっと違いますよね。…残念。
アメリカでお土産にいただいたウサギ。
ウサギ=イースターという認識も、ほぼありませんでした。残念すぎる。
去年、インドネシアに行った時、同じ飛行機に乗っていたヨーダ。
ANAのスターウォーズ便、なかなか粋でした。
こちら、エジプトのヨーダ。
覆面の中には、日本語教師としてケニアからエジプトに渡った、
インターカルト日本語教師養成講座修了生のMr.俵先生。
その俵先生の教え子が、4月から東京工業大学に国費留学だそうです。
今朝、ウィークリーコースの教室で会った朴さんは、
おじさんとおばさんがインターカルト日本語学校の卒業生、
…というだけでなく、私が教えた学生たち。もう20年以上前に。
子だの甥だの教え子だの、関係者が続々と。ありがとうございます。
(東工大の教え子さんは、学校に遊びに来てくれる…です。)
“No. Try not. Do. Or do not. There is no try.”
「やってみる」ではダメ。やるか、やらないか。
ヨーダの名言だそうです。
やらないのは0、やったら1、0と1の違いは大きい。
0は永久に0、1歩進んだら2にも10にも100にもなる。
これは私の信条〜。
NHKの教育テレビ(Eテレ)で、懐かしい数え歌。
「いちじく にんじん さんしょに しいたけ ごぼうに
むくろじゅ ななくさ はつたけ きゅうりに とうがん」
いや、子供のころ私が歌っていたのは、
「いちじく にんじん さんしょ しいたけ ごんぼ むかで 七草ほい」
確か。
八と九と十がないではないか。
それに、むかで(百足)? なぜに食べ物の中に虫。
六に関しては「むくろじゅ」ではなく、「むかご」という地域もあるとか。
とすると、「むかご」が「むかで」になったと考えられます。
人生、半世紀を過ぎて気づく誤り。まだまだありそうですよね。
それで、ついでに思い出したジャッキー吉川とブルー・コメッツ、
『ブルー・シャトウ」の替え歌。
「森と泉に囲まれて静かに眠るブルー・シャトウ」→
「森トンカツ 泉ニンジン かーコンニャク まれテンプラ
静かニンニク ねむルンペン ブルーブルー ブルーシャトウ」
…って(得意になって)歌ってましたよね。と、同世代に同意求める。
変化の多い毎日だから?呑気な話題。写真は今日買ったプチトマト。
高校の後、さて…という時に、
4年も大学にいったらお嫁にいき遅れるから短大に、と母。
父は、とにかく一度は東京に出て東京で生活しなさいと。
結局、大学に進み、結果、東京での生活を最大限謳歌し、
伴侶にも出会い、将来は物書きにと密かに志す。
しかし、いきなり物書きで食べられないのは百も承知、
なので一応、大学4年の10月解禁という当時のきまりに従って
就活もどきのことをして、物を書く時間が取れそうな仕事、
と思って受けた東京隣接県の大学に入れてもらう。
教務課3ヶ月の後、情報処理センターの開設準備室に異動。
IBMでコンピューターの研修、フォートランとかコボルとか、
確かピーエルワンとかベーシックとか、
おかしな話だけれど、通信でプログラミングの講座を受けたり、
新しもん好きなので、毎日わくわく楽しい4年間でした。
でも、情報処理センターの運営が軌道に乗り一部門になると、
私は本来コンピューターには興味がないのだから、
必然的に、ただの受付と事務のお姉さんに。
そこに現れたのがその大学の中国人留学生で、
日本語が流暢な彼にパソコンのログインの仕方を教えながら、
ん?誰が彼に日本語を教えたのだ!?!?
それがきっかけで、私は日本語教師を目指すことにしたのでした。
その後の、前職を辞めて日本語教師養成講座に通うまでのこと、
養成講座受講中のことも色々ありますが、〜中略〜。
日本語教師になって10年経った頃、
大学、そして大学院に日本語教育の専門課程が設置され始め、
私も、資格はないよりあった方がいい(よろしくない理由)、
でもそんな時間ないな、と思っていた確か2001年、
他校の校長先生が、放送大学が大学院を開設するらしいよと。
それで受験して大学院の一期生に。競争率7倍には後日びっくり。
文化科学研究科教育開発プログラムというところで、
とても素晴らしい担当教官と他分野で活躍するゼミ仲間に恵まれ、
これまた有意義な、仕事をしながらの2年間でありました。
そして、それが縁で、では全然ないのですが、
精神的にも履歴的にも密接な関係にある放送大学とご縁があって、
この度、当校日本語教員養成研究所は、
連携協力プログラムをスタートさせることになりました。
(で、…物書きの夢は何処に。)
今日の写真は、本文とはまったく関係ない、
当校のオリジナルテキスト『Weekly J』シリーズの著者たちです。
めったに、というか、ほとんど緊張しない私が、緊張した瞬間。
これは、この間のアメリカの会場で、隣のブースの方に突然、
鶴の折り方を教えてと言われ、完成した時の写真ですが、
ここに至るまでの過程で、
あれ?折り方これでいいんだっけ? これ、鶴じゃなくて風船だったっけ?と、
皆に見られる中で込み上げてきた緊張感。あれ、私も緊張するんだと。
鶴、普段、冷静に折れば折れるのです。
でも、突然のことで、さらにアメリカ人と日本人の注目の中で動転。
授業で緊張すると言う新任の先生たちに、
万全の準備をして臨んだら緊張はしないはずと常々言ってきた私。
つまり、準備が足りないと、不意の質問に怯える、不安になる、
その自信のなさが緊張につながる、というかなり強気の論理なのですが。
この間の私はまさにそう。
なんとなく世渡りが上手くなって緊張感なくしている私のような人間には、
たまにはこういう機会が必要だと強く思った、突然折り紙頼まれるの一件…。
ところで、今日の午前中、議員会館で行われた日本語学校の未来につながる
会議のことは、日を改めて記したいと思います。