• 0812月
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    三省堂が選ぶ「今年の新語」、大賞は「タイパ」。
    「タイムパフォーマンス」の略で時間的な効率のことだそうです。
    「コスパ」(費用対効果)にならって作られたとか。
    うーむと思いつつも、なるほどねとも。
    直近で言うと、必要あって動画の倍速視聴、いや1.75倍速視聴を、
    ここ2ヶ月、日常的にしていました。

    今年、「村神様」が大賞になった「新語・流行語大賞」と違い、
    今後、辞書に載ってもおかしくない言葉を選んでいるそうです。
    そうして選ばれた「タイパ」。

    今日の会食は中華料理でした。
    最後に出てきた、お湯を注ぐと花が咲くお茶。
    花が咲くまでなんとなく待った時間のように、
    遅送り100倍くらいにセットした、何も考えない時間が必要。

    考えようで、それはものすごいパフォーマンスですよね、たぶん。

  • 0311月
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    新宿の京王デパートの前で売っていた美しい和菓子。
    もったいなくて食べられないなと思って賞味期限を見たら、
    来年の3月3日。ずいぶん先。とりあえず食べないことに。

    目の保養。
    インドネシア語では、チュチマタ(cuci mata)でした。
    cuciは洗う、mataは目。
    ジャカルタに住んでいたとき(ちょうど30年前!)、
    暇に飽かして、きれいな男の人が女装して立っている通りに、
    目の洗濯!をしに行ったものでした。もちろん見るだけ〜。

    目の保養。
    中国語では、眼福(目の幸福)、
    英語では、eye candy(目の飴)!…嗚呼、知らなかった。
    ほんと、日々是勉強だなと思います。

    ところで、文化の日の今日は、チラシを2枚作りました。
    これ、結構、かなり好きな仕事。

  • 186月
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    大阪で泊まったホテルのエレベーターにあった黙乗。
    以下、コロナ禍から生まれた黙◯。Wikipediaより抜粋。

    黙トレ、黙浴、黙煙、黙買、黙歩、黙走、黙ラン、黙式、
    黙援、黙勉、黙トレ、黙買い、黙歌、黙カラ、・・・。

    「沈黙は金、雄弁は銀」とは、
    沈黙の方が、雄弁よりもまさっているという意味。
    ですが、喋ってなんぼ、主張してなんぼで生きてきた、
    自分の結果は、まぁいろいろ^^;

    男は黙ってサッポロビール。と三船敏郎は言ってたけれど、
    男も女も、黙るか黙らないかは自分で決めればいい。
    コロナでなんでもかんでも決められちゃってるのが窮屈。
    だけど、忘れちゃいけない口は災いの元^^;^^;

    今日が土曜日でよかったです。今日は黙休、黙眠。
    三日間の立ち仕事はきつすぎ。足が痛い痛い。身体が重い重い。

  • 056月

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    日曜日の夜に、漢字のクイズを出してもなんですが、
    さっき偶然、あ、そうなんだ!と思った読み方があったのと、
    書くことないのとで、以下問題。読み方を答えてください。

    ①強い ②強いる ③強か ④強ち ⑤強い

    答えは

     ↓
     ↓
     ↓
     ↓
     ↓

    ①つよい ②しいる ③したたか ④あながち ⑤こわい

    今日の紫陽花(あじさい)は、去年の今日ここに載せた写真です。
    花言葉は?と調べたら、移り気、浮気、無情。
    そうだった、花の色が変化するから。

    そこから、「したたか」という言葉が浮かび、あれ?漢字は?
    そうしたら、③強か。あ、そうだったっけでした。
    ほかにも、あ!って読み方ないかなと調べたら、④あながち。
    ⑤強い、これは強面(こわもて)の、こわ。

    明日からまた新しい一週間、
    コロナが明けて、なんだかいきなり大混乱状態の色々色々。
    雑にならないように、一つ一つ丁寧に、と、自分に。

  • 235月
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    話の中でこれらを普通に使ったら、
    それ、久しぶりに聞いた!と言われた、
    言葉というか表現。

    ・すっとこどっこい
    ・金輪際(こんりんざい)
    ・口八丁手八丁(くちはっちょう てはっちょう)

    ・・・と、ここまで書いて爆睡。朝。

  • 025月

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    「気が置けない」(『大辞林』)
    気遣いする必要がない。遠慮がない。
    〔「気が許せない、油断できない」の意で用いるのは誤り〕

    昔々、上級のクラスで、こんなことも教えていたのですが、
    日本人でも間違えるこういうことが本当に必要だったかどうか、
    と今さらながらに思います。

    が、なんであれ、
    気遣いをする必要がない、気の置けない人というのは、
    性別、年齢、勤め先、業界、立場などは関係ないものです。

    コロナは収束していないけれど、コロナと共に暮らすことが
    日常になり、それと共に、かつての日常も戻ってきていて、
    気の置けない人と会って話すような機会も普通にあるように。

    そろそろ自由に海を越えることができるでしょうかね。
    この大型連休中に、たくさんの人が海外に飛んだようですが、
    私はまだちょっと。でもきっと、あとちょっと。

  • 164月
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    「猪突猛進」は。
    いい意味なのか、よくない意味なのか。
    向こう見ず、先のことを考えない、ではなく、
    行動力がある、実行力がある、と考えたい。

    「お節介」は。
    迷惑な、余計なお世話ではなく、
    すり鉢の内側についたものを落とす道具という語源から、
    細かいところまで気づくから、人の中に入り込んでいくのだ、
    と考えたい。

    「出る杭」は。
    出過ぎた行いをすると、頭を叩かれる。
    しかし、出る杭は打たれるが 出すぎた杭は打たれない。
    これを私に言った人、すごい!うまい!と感動したのですが、
    松下幸之助の名言だと、この間サイトで見つけてびっくり。
    出すぎた杭になってしまえば、邪魔しようにも打つことさえ
    できなくなる。

    強気だけれど、気にしいなので、自分の言動に結構疲れます。
    ま、今さら人にどう思われたいでもないんですけどね。

    写真は、本文とは関係ない名古屋の元気な人たちと。
    5年前の初春、アメリカのオースティンで^^;

  • 311月
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    なんかついてるよと言われて、見たら糸くずが。
    ああ、ちんからもん、と私。
    でも、そんなこと言わないんだそうですね。
    ちんからもん。小さなゴミみたいなもののこと。

    調べてみたら、群馬弁とか上州弁とか。
    私の故郷は、栃木弁ではなくこの言語圏です。

    ふるさとの訛なつかし停車場の人ごみの中にそを聞きにゆく
    (石川啄木)

    見たり聞いたり話したりするのも面倒くさいくらいに
    忙しない(せわしない…と読む)。

  • 1011月

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    2003年2月26日、このブログを始めた日。まもなく19年。
    2020年11月23日、これから一日も欠かさず書くぞと決めた日。
    連続アップ記録、まもなく1年になります。

    なぜ私は書くのか。
    元の元をたどれば、書くことが好きだからです。
    じゃあ、このブログ、好きという理由だけで19年も書いているのか。

    3日前、「したいことをしている」というタイトルで、
    >自分にとって仕事ってなんだろうと思います。
    >少なくとも義務じゃない。したいことをしているだけ。
    >その俗称がたまたま仕事。かな。
    と書いたら、
    写真の本、『自分の〈ことば〉をつくる』の著者、細川英雄先生が、
    「自分の「好き」こそ、well being 善く生きるの元ですね。」と
    コメントをくださいました。

    するべき仕事をちゃんとしながら、でもちょっと時空を超えたところに
    逃避してみている今、読みかけのままだったこの本を読み終えたので、
    読みながらつけた付箋のところに書かれていることをたどりながら、
    私の「好き」「well being」の分析を、ちょっとしてみます。

    「好き」というのは、自分が生きたいように生きたいという自由の感覚で、
    この漠然とした感覚こそ、人間が生きていく上で最も大切なものだと。
    そうすると、私の「好きだから書く」というのは、
    私にとって、生きていく上でとても大事なこと、ということになります。

    しかし、好きだから書くということだけだったら、自分しか見ないノートに
    書いたっていいのに、なぜそれをオンライン上で公開するのかというと、
    私の生の充実のために、自分が考えていることを他の人に示して、
    お互いに表現し合う必要があるからだということらしい。

    では、私は19年間何を書いてきたか。
    もちろん、今日は何した、何食べたということも書き連ねてきたけれど、
    でも、そこにも私を込めて、私のことばで書きたいと思ってきた気がします。
    もしかしたらそれが「主張のオリジナリティ」?・・・だったらいいな。

    表現活動の一つの目標は「自分で自分を納得させるため」というのは納得。
    考えながら書き、考えては消し、さらに考えたことを書く。
    実は、ブログ一つ書くために毎日毎日それを繰り返しています。
    そうしていると、書き始めたときとは違う内容だったり結論だったりに
    行き着くことも結構あって、それがまたおもしろいなと思っています。

    「一番大切なことは単に生きるのではなく、善く生きることだ。」
    というソクラテスのことばが冒頭に、お孫さんに向けて記されています。

    私は、「一度しかない一生」だからと思って日々生きています。
    その生きた証として私は書くのかもしれません。私のwell beingのために。

    ※カバーを外して持ち歩いていて、今、この異空間にそれがない。
     加えて雨に濡れて赤い紙のインクが白いところにうつってしまった…写真。

  • 0411月

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    昨日も書いたインターネットの工事のために、
    仕事から帰宅後の今もあと少しすることがあるのに、
    またぐずぐずしています。どうにかしたい、この性格。

    写真は、今日も足利の鑁阿寺、市民の通称、大日様の
    今日は太鼓橋。屋根がある太鼓橋は珍しいのだそうです。

    さて、太鼓橋。太鼓の胴のように半円形に反った橋。
    太鼓腹。太鼓のように膨らんでいる腹。
    太鼓判。絶対に確実だという保証。
    太鼓持ち。人にへつらい、機嫌をとるのに懸命な者。

    へつらう。お世辞を言ったりして、気に入られるように
    ふるまう。おもねる。

    おもねる。気に入られるようとする。へつらう。
    (以上『大辞林』より)

    こんな風に、一つの言葉の意味を調べて、次の新たな言葉、
    さらに次の言葉を調べる、というようなことが、
    子どもの頃から好きで、いつも国語辞典を見ていました。

    そして、日本語教師養成講座で勉強し始めてからは、
    じゃあ、「へつらう」と「おもねる」の違いは何?という
    ことを考えることのおもしろさを知り、これはやめられない
    と思いました。しかし、思った割には、日本語教師だけに
    専念した期間、結構、かなり、とっても短かったですね。
    うーむ。

    ということで、ぐずぐずするの、ここまでで。