• 104月
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    私の記事の右上の小山暁子さんが、
    これをFBにシェアしてくださり、ああ、こんな時代もあったなと、
    思わずしんみりした気持ちになっています。

    2011年、15年前の『月刊日本語』のインタビューでは、
    目指すは「歌って踊れる日本語教師」とは言っていないのですが、
    振り返ってみると、歌うも踊るも、あれするもこれするも、
    よし!これだ!と思い立っては、本当にいろいろしてきました。

    記事によると、
    教師になって早々、三校を目いっぱい掛け持ち。
    授業のない夜と週末は、とにかく準備準備。
    多国籍と欧米人中心と中国人だけという三つの学校。
    テキストも、インターカルトのオリジナルと、
    『An Introduction to Modern Japanese 』と、
    『日本語の基礎』。とあります。
    …とにかく場数を踏もうと思ったからでした。

    その、私の日本語教師デビューの年、1988年に発刊された、
    アルクのこの『月刊日本語』は、2012年から休刊のままです。
    終わっていない、という生き方もいいのかもしれない。


    ところでこれ、昨日の晩の高田馬場でのお酒。
    学生時代に行っていた、村さ来(むらさき)とか養老乃瀧とか、
    あと、清瀧とか、あの頃のそういうところの日本酒は、
    今から考えると、悪酔いしかしないのだったから、
    いい思い出はなく、日本酒は嫌だなと思ってきたのですが、
    大人になって、いや、大人になりすぎた今頃になって、
    日本酒って美味しいんだなと気づいている、のんびりした奴。
    いいお酒だと、歌って踊りはしないのですよね。