Archive for 2021年5月7日

語意の拡大化現象番付 (平成・令和版)

語の意味の中の、不当に軽い用法、拡大用法は、

今、巷にはびこりつつあります。
実は、8年前にこの誌上で扱ったのですが、確実に勢力を確固たるものにしているので、
令和3年現在の、番付を発表したいと思います。私 神本選です。

横綱  大丈夫
大関  号泣
関脇  秘境
小結  ヤバい
小結  こだわる
前頭  担保する
(新入幕)

 

「大丈夫」は、本来の「具合悪そうですね。一人で帰れますか?」

「えぇ、大丈夫…」の用法も、もちろん使われていますが、何かを断るときの使い方は、若者に限らず超高齢の方以外の人々に、広く使われています。
ファミレスで、長く談笑している席に、水をつぎに来たウェイターに

「大丈夫です」を連呼しているお客たちがいます。それが、60代後半ぐらいのグループで、びっくりしたことがあります。ここまで来たかと‥

また、笑っちゃうのがありました。秋葉原駅の昭和通り口近くに、ひとかたまりのいわゆる風俗店があって、呼び込みのスタッフの

「お兄さん、キャバクラいかがですか~?」に

「ダイジョブで~す!」と、とてもリズムよく声をそろえた、                              若い男子三人組。
「僕たちに、そんなキャバクラの心配してくれなくても、                                  気にしてくれなくても大丈夫」
と言っているようで、笑っちゃった。
ことほどさように、広く、各世代に浸透していて、もう大横綱の貫禄です。

「号泣」は、甲子園球児が試合に負けて、特にエラーをした選手が、

ワ~ワ~大声をあげて仲間に抱きかかえながら、去っていく様を表す言葉なのに、
「美人女優、号泣!」というタイトルで、ただ涙ぐんでいるだけのシーンをテレビなどで見ます。

数年前に、兵庫県の県議がカラ出張を疑われ、「私は知りません~ワ~ワ~」と号泣して、疑惑を否定している会見が報道されていました。大人が、県会議員という偉い人が、人目もはばからず、見苦しい泣き場面をせっかく見せてくれたので、おかげで「号泣」の誤用ともいうべき拡大用法は、  姿を一時消したと思われました。それがまた、盛んにやられている。みんな、特にテレビ局の人は記憶力が悪いんですね。               結局、「涙ぐむ」とか、「涙する」という雰囲気のある言葉が消えていくのでしょうか。

関脇の「秘境」は、今やただ単に交通の不便な山奥を、センセーショナルに言っているだけの言葉になっています。

しかし、今、広い世界のいずこかはいざ知らず、日本には、秘境はないと言えるのではないでしょうか。
死語は、例えば「アベック」、見ばが悪いの「見ば」のように、実体はあっても「古くさい」感じを与えるもの以外に、実体がないために死語になったものがあります。「ポケベル」「ブルマー」のような語です。

今や「秘境」は、「ポケベル」と同じ運命なのでしょう。しかし、「秘境」という字面から来る神秘性によるのか、拡大用法がまかり通っているのかもしれません。

小結の二語については、息が長いおなじみのものなので、説明は割愛。

 

新入幕の「担保する」は、今回、番付を作ろうと思ったきっかけの語ですが、

ここ1~2年でしょうか。ビジネスの世界で、見かけるようになりました。

・安全性を担保する(医薬品メーカー)
・公平性を担保する
・経営の独立性を担保する
などなど。
初めて耳にしたとき、「おや!」と感じましたが、

要は、安全性を保証する/保障するの意味。

担保というと、「借金のかたに、家屋敷を取られる」の「かた」の意味で、やや古い感が否めないのですが、

「安全性を担保する」というと、保証するより物々しい感じ。
意味も強度アップです。
それで、いつの間にか、市民権を得つつある用法になったのかもしれません。

これは、使い慣れた語には、従来あったインパクトがだんだん薄れ、

より衝撃が強い新しいものが求められることになるということでしょうか。

皆さんはテレビのCMで、Y倉R嬢が濃いピンクと赤を組み合わせたスーツで、元気に叫んでいるのをご覧になったことがありますか。私はあれを見て、実はとても衝撃を受けました。もともと、赤とピンクの組み合わせは、合わない組み合わせだと長く思っていたものだったのに、その違和感が、 とてもかっこいいと思ったのです。新奇なるものが持つパワーでしょうか。「マゼンタ色と赤」の新しさ。新奇なるものは、語意拡大化の要因の一つだと言えると思います。

語彙は、カタカナ語を中心に、新しい言葉が増え、また、意味の拡大化現象も、多く見られます。言葉は生きているとつくづく思います。

今回は、長期コース教師の神本令子でした。

マゼンタと赤