• 053月

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    明日開催するセミナーのために、沖縄に来ました。

    1年ぶりの、ちょっとドキドキしながらの遠出、
    飛行機、好きじゃないのに、
    離陸して、ぐうんと上昇するときの窓からの景色を見ながら、
    ああ、私はこれがしたかったのかもと、なぜだか思いました。
    1年365日のうちの3分の1くらい、
    あちこち飛んでいた生活から一転しての巣篭もり生活。

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    明日のセミナーは「生活者としての日系人と“Nikkei”」
    13:40から、zoomのウェビナーでの開催です。
    が、その前の午前中、私は、
    「「生活者としての外国人」に対する日本語教師初任研修」
    の最終回、90分×2コマ、沖縄からお送りします〜。

  • 043月

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    (旧 台湾事務所のカウンター)

    猫たちは何を招き入れようとしているのか。
    オリンピック選手? 留学生? 働く人? 観光客?

    私たちに、継続的、恒常的な安定はありません。
    不安定と不安定の隙間にたまに安定があるって、そんな感じ
    じゃないかと確信したくなるほどの、特にこの一年です。

    あの新聞どこにしまってあったっけ?と思って探したら、
    本棚の本と本の間に、他の新聞と一緒にがさっとありました。
    「日本経済新聞」2002年4月10日の夕刊。
    ドキュメント挑戦 日本語教育の新世紀…⑧
    「新校長、世界にらむ」というタイトルの脇に私の写真。

    探していたのは「ドラスティック」という言葉です。
    「・・・日本語の需要が政治、経済の変化でドラスチックに
    変わることを身をもって学んだ」と記事にありました。
    学んだのは私です。
    1996年のあのときは、アジアの通貨危機でした。

    今また、政治でも経済でもないものから学んでいます。
    学ぶのもう十分、もう結構なんですが。
    「ドラスティック」(記事ではドラスチック)という言葉、
    この、取材を受けたときの記事で初めて知りました。
    ドラスティック:徹底的で激烈なさま。(大辞林)

    記事を書いたのは、当時、日本経済新聞の編集委員で、
    現在は、国際教養大学名誉教授の勝又美智雄さんです。
    日振協でご一緒する勝又さんとの出会いもここからです。

    記事の最後に、
    「「日本語人口を世界に増やしたい」と構想を練っている」
    とあります。練っていたのは私です。

    今も練っています。
    練っているのですが、嗚呼、寝落ち寸前zzz… また明日。

  • 033月

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    今日の文は少し長いですが、
    これからの日本語教育どうなるの? 国はどう進めていくの?
    文化庁の協力者会議って何なの? どうなるの?と思っている方は、
    最後まで読んでいただけるとありがたいです。
    いえ、読んでください。ぜひ。

    まず、タイトルの「留学」「就労」「生活」は、
    今、文化庁が設置する協力者会議で話し合われている
    日本語教育機関の類型化の「案」として示された三分類です。

    元々この会議は、日本語教師の資格(公認日本語教師)について
    を検討項目として、去年の7月に始まりました。
    そして第2回が、その後半年の期間をおいて開かれ、そこで新たに
    日本語教育機関の類型化という検討項目が加わりました。

    なぜ項目が追加されることになったのか、というのが疑問として
    浮かぶのではないかと思います。それについて書きます。

    それは、公認日本語教師という新たな資格創設にあたっては、
    公認日本語教師とそれに付随することの定義が必要となるからです。
    そもそも公認日本語教師って何の仕事をする人なの?
    公認日本語教師が働く場にはどういうところがあるの?
    そして、働く場となる日本語教育機関って具体的にどこどこなの?
    と、そういうことを明らかにする必要があるということになって、
    それでこの項目が追加された、という経緯です。
    (そう、そう簡単に法律を作るってあり得ないのですよね。)

    この、公認日本語教師が働く場が、
    例えば留学、例えば就労、例えば生活者を対象とした機関です。
    では、それらを明らかにすると、どういうことに繋がるのでしょうか。

    まず、それぞれの機関の目的別分類が見える化されます。
    それによって、日本語を学びたいと思う人が、
    自分が必要とする学習の場や機会を適切に選択できるようになります。

    では、見える化させるものは何か。というと、それは当然のことながら、
    提供される教育の内容ということになります。
    しかし、ただ何でもかんでも内容を並べればいいというものではない。
    並べる教育がちゃんとしたものだという「質の保証」が必要になります。

    以上のような流れで、
    日本語教育機関の範囲と評価、日本語教師の資格の論議を合わせて、
    この会議で話していきましょう、ということになったという流れです。

    話を元に戻して、留学、就労、生活という分類についてですが、
    私たちが担う留学は、ビザという在留資格を伴うため、すでに法務省の
    告示基準等の法律と共に在るけれども、
    就労や生活は、その基準の中で考えるられるものではなく先例もない。
    だったらまずは留学から考えるのがいいのではないか。

    …というのが、前回、第3回までの流れです。

    今、決めるべきことは決める。進めるべきことは進める。
    だけれど、コロナ禍で先の見えない今、
    拙速に事を進めるべきではないということも同時に強く思っています。

    以上が、先週の金曜日に、改めて書きますねと言ったことです。

    写真は2011年、東日本大震災の数日後の卒業式。
    ほとんどの学生が母国に緊急帰国する中、
    親御さんからの「帰ってきて/きなさい」という声を振り切り、
    卒業式まではと残ってくれた学生たちと一緒に撮りました。
    泣く泣く国に帰った学生たちのことも頭に置いて臨んだ卒業式でした。

    留学という人生の一大事に関わる私たち、
    日本を選んで学んでくれる留学生たちのために、必要なことは何か、
    どうあるべきか、ということをまず考えたいと思います。
    協力者会議の今までと今後の行方、こちらで見られます。

  • 023月
    Categories: 雑感 Comments: 0

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    上の写真に見覚えがある人は、
    きっと、事務局側の席に座っている私とzoomをしたから。

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    こんな感じに、私の後ろにあるぬいぐるみと葉っぱ。
    バーチャル背景だの、リボンつけたりヒゲ生やしたりだの、
    それなりに楽しみながらの日々のミーティング。
    (いつもじゃないです。ヒゲを生やすのは特別な日だけ^^ )
    zoomだけでなく、その他様々なオンライン会議ツール、
    もう、ごくごく当たり前のこととなりました。

    そんな、当たり前のことが今後及ぼす影響、
    一つは、さらなる発展のためのそれらの活用ですが、
    もう一つ、リアルでしてきた私たちの根幹が、
    揺るがされることはないのか、そもそも留学とは?という、
    今後おそらく、いや当然変わるであろうその定義について、
    これから深く考えていこうと思っています。
    ですが今日は、・・・という予告で失礼します。

  • 013月

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    ロドス島から届いたオリーブオイル。

    ロドス島はギリシャのドデカネス諸島の最大の島で、
    ビーチリゾートや古代遺跡の他、十字軍として島を占領した
    聖ヨハネ騎士団が築いた建造物などで知られています。
    ・・・とネットにあります。

    こんな、調べなければわからないほど遠い島ですが、
    元インターカルトの先生Tomokoさんと、
    元インターカルトの学生Sotirisさんと、
    息子さんが住んでいるので、いきなり身近な島になりました。

    お二人のほかにも、これまでの間に、
    先生と学生、学生と学生、そして先生と先生、
    何組ものカップル(って今言いますか?)が生まれています。

    この間ミーティングをした、
    ある会社の日本支社の社長になったというイタリアの卒業生は、
    インターカルトで知り合った台湾の女性と結婚して、
    今、彼女と生まれたばかりの赤ちゃんと日本で暮らしています。

    公認日本語教師や日本語教育機関の類型化の話に、
    今日もたどりつけていないのだけれど、
    でも今日の話題は、実はちょっと近づいているのです。

    が、まずは、オリーブオイルとたくさんのお菓子を送ってくれた、
    Tomoko先生、ありがとうございました!

  • 282月
    Categories: 雑感 Comments: 0

    今日の足利、両崖山の山並み。鎮火間近と中学の同級生から。

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    さて、新聞は、日経のデジタル版です。
    毎朝まず、一面の「春秋」を読んで、
    次はいきなり最後のページ、文化面の「私の履歴書」に飛びます。

    今月のホリプロの堀威夫さんが、
    最終回の今日、冒頭に書いた井上ひさしの言葉、

    むずかしいことをやさしく
    やさしいことをふかく
    ふかいことをおもしろく

    これ、胸にきました。
    最初の、難しいことを易しくは、話をするときに常に心がけていること。
    真ん中の、易しいことを深くは、奇しくも昨日話した人が言っていた、
    歳とったら苦なくできることを続けてするのがいい、とかなんとか。
    最後の、深いことを面白くは、本当にそうありたいと強く思いました。
    毎日の生活でも仕事でも勉強でもなんでも、まずは面白くなくちゃあ。

    ひょんなことから今年の1月3日に買うことになったコンデジで、
    昨日の満月を撮りました。
    (コンテジ=コンパクトデジタルカメラ…の略らしい。)
    カメラの世界はおそらく深いです。そしてすでに面白いです。

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    大きな月。
    38年前まで、私は大月早苗でした。

  • 272月

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    コロナ感染拡大の初期も初期のころ、飯田橋で飲んだコロナ。
    本当はこんなので乾杯したかったんですが、
    お昼に学校近くの「班家」、和牛カルビ定食で打ち上げ。
    本日、文化庁委託事業「海外に赴く日本語教師初任研修」の
    最終日でした。

    今日は、タイJeducation 長谷川さんの「イベント企画」に続いて、
    私の「マネジメント」⁉︎という授業と「振り返り」で、
    その最後の最後に、今の皆さんの気持ちを一言で!と言って、
    zoomのチャットに書き込んでもらったら、

    希望 刺激的 愉 達成感 期待 前進 不安 進歩 柔軟に
    道が開けた 未来 広 可能性 自信・・・次々とコメント欄に。

    実は、今回の研修にはオプションで海外研修がついていたのですが、
    コロナのためにもちろん実行できず。
    収束したらみんなで!と話して、一旦お開きとなりました。

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    この研修の企画・運営を担当した、
    インターカルトGC(グローバルキャリア事業部)文化庁海外チーム。
    この皆の今の気持ちを一言で!と聞くのを忘れましたが、
    和牛カルビ定食の食べっぷりにやり切った感・・・お疲れ様でした。

  • 262月

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    長い一日でした。
    朝一で「日本語教師の資格と日本語教育機関の類型化・範囲に
    関する調査研究協力者会議」がzoomで。
    それに学校から参加するため、混雑を避けて京王ライナーで。
    府中6:46発、新宿7:10着。そのまま学校に行っても…なので、
    新宿のいわゆる喫茶店でモーニングセット。こんなの久しぶり。

    朝一の会議の後、会議だの会議だの会議だのの後の最後の会議、
    本当に申し訳ありませんでした。すっかり忘れてしまった。
    今朝、自分で海外2カ国に声をかけて招集したのに、すっかり。
    許していただきました。

    一昨日くらいの出来事だったと思える今朝の会議のことは、
    また改めて書きます。

    明日は「海外に赴く日本語教師初任研修」(文化庁)の最終回。
    私はいつも、初回と最終回担当。がむばります。

  • 252月

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    今日の懐かしい写真は、2013年タイ。
    秋山さん(佐々木さん)と共に、から始まり、木戸さんを経て、
    坂本さん、…と続いた、留学フェアに着物で臨む、の時代。

    写真、後列右側の赤いはっぴの卒業生、ムックさんが、
    かつて雑誌のインタビューで話してくれた記事を偶然見つけました。

    —-
    ホームステイ先のホストママ(お母さん)に
    「うれしいわ」の “わ” はお嬢様言葉だと聞いたのに、
    ある日パパが「俺、寝るわ!」と言ったので
    “パパがお嬢様言葉⁉︎” とビックリしました!
    —-

    こんな、学生のビックリを集めるの、好きです。
    10代の頃から何度もインターカルトで勉強してくれたムックさん、
    ついこの間、日本で”お嫁さん”になったそうです(祝!)。

    卒業生が、結婚して、その子供がインターカルトに入学、
    ということ、今までに何度もありました。
    いろんな口コミがありますが、親が子に、自分の母校を勧めるって、
    それ、花丸もらった以上にうれしいことだと、その度に思います。

    (追記)
    故郷、足利の山火事、まだまだ延焼の途中。
    せめて大雨が降ってくれたら。

  • 242月

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    (YouTube ことばの教育にかかわる人へのインタビュー)

    昨日、早稲田の細川先生から、
    「こんなのもあります。よろしく」とYouTubeのリンク先がポンと
    送られてきました。細川先生、久しぶり。

    日本語教育学会のホームページによると2004年、
    会員研修と実践研究発表会が統合されて、実践研究フォーラムが
    初めて行われた年の委員会が、細川先生との初めての出会いでした。
    前年度までで委員を退任された京都日本語学校の西原先生から
    (義務やルールではなく、日本語学校の存在感を示すという意味で)、
    「日本語学校の人が委員として入っていなければいけないの」
    と言われて、ほとんど何も考えずに引き受けたのでしたが、
    「おお、久しぶり」「ここでも一緒になったわね」等々と言いながら
    委員会の部屋に入ってらした大学の先生、関連機関の方たちを見て、
    え?私、誰も知らない! とんでもないところに入ってしまった、
    と思っても後の祭りの、その委員会の委員長が細川先生でした。

    感想の観点が違うかもしれませんが、細川先生の深く熱い思いを受け、
    反論も含めた議論をしながらそれに応えていた委員の皆さん、
    その中で生まれ、育っていったように見えた一体感、
    委員としては超微力ながら、そこに自分がいたという経験は、
    その後の私の組織への臨み方に多分に影響を与えた…と思っています。
    まさに先生がおっしゃる(…でいいですか?)対話の中で考える。

    昨日のYouTubeでのインタビュー番組では、
    細川先生の、変わることのない生き方、考え方に久しぶりに触れました。
    ソクラテスが言った、well-being=善く生きるとは、
    善と書くけれど悪の反対ではなく、十分に、十全に生きるということと。

    あの頃はこういう、新たな第一歩がたくさんあったのだったなあ、
    ということを思いがけず思い出させていただきました。
    嗚呼、初心忘るべからず。今も変わらず熱い細川先生に感謝です。

    今、自分がしようとしている、人と人、人と社会をつなげるということ、
    そして、言葉を学ぶことが人生を豊かにするんだ、という信念、
    それらを大事に、私はこれからも粛々と生きていこうと思います。

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    長くなりついでに、
    日本語教育学会のシンポジウムデビュー、2002年のころ。若かった。

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