今、マレーシアに行っていない。
西尾さんに会っていない。
コロナ飲んでいない。…けど、この写真。
今、コロナビールだけじゃなく、アルコール全般、
帯状疱疹の薬のために、9月から飲んでいません。
日常的に晩酌していたわけではないのだけれど、
飲めないと思うと、飲みたくなるものですよねえ。
今、飲む機会がほとんどないのは、不幸中の幸い。
飲むのが習慣の人、
こんな状況になったとき、我慢できるんでしょうかね。
福島の友達が送ってくれた自家製の干し柿と市販の干し芋。
昔、子どもの頃、干し芋のことは乾燥芋と呼んでいて、
色は濃い灰色で白い粉がふいていて、結構硬かったような。
長く東京に住んでいるというだけで、都会人ではないため、
私は、小洒落た洋物より、こういうのが好きです。
ところで、この「小洒落た(こじゃれた)」の「小(こ)」。
(以下、「大辞林」より)
(A)意味を和らげたり、親愛感を加えたりして、主観的な感じ、
印象を添える。どことなく…の感じだ。
「━粋」「━憎らしい」「━ざっぱり」「━しゃく」
(B)一人前ではない、大したものではないの意を表す。
また、卑しめる意を表す。
「━坊主」「━ざかしい」「━才」「━面」「━役人」
「小洒落た」はどっちでしょうね。
上に「小洒落た洋物」と書いた時の気持ちは?ですよね。
親愛の気持ちを込めてだったら(A)…、でも、
「わあ、素敵!小洒落てますねえ」とは言わないから、
(B)ですよね。ちゃらちゃらした洋菓子なんてという。
(少なくとも私の上の使い方においては)
…って、こういうこと考えることが好きな人、welcome!!
新しいコースのこと、まもなく皆様にお知らせします。
上段の真ん中あたり、私の「夢」です。
2月の中旬に行った、2020年最初にして最後の海外出張、
バンコク留学フェアの会場で、学生たちに混じって書いたお習字。
その時はもうマスク着用で、出発の羽田で携帯用の消毒液を買い、
無事帰国の翌日にタイ政府から日本渡航の注意喚起発表。
そのとき初めてコロナを本気で身近に感じました。
私たちも、その1週間後から通学時の感染を避けるため授業の時短。
そのあとはもう・・・語るまでもなく。
この間、来年度のことを考えていると書きましたが、
電卓とExcelがよく働いてくれて、一応どうにか考え終わりました。
このご時世、近未来のことは誰にもわからないのだけれど、
2021年はもうコロナを理由に「できない」は、なしだよね、に、
若干強気に、それはそうだと言ってはいるものの、うーむ。
アフターコロナって、そういうことなんですよね。
「夢」、あのとき一体、何を考えながら書いたのだったか。
学校のホームページに載っている、
単身赴任していたインドネシアから帰ってきた翌々年の写真です。
南国では、ざんばら髪にバティックワンピースの自由人姿、
日本語学校の教務に帰任すると思いきや、
海外企業からの日本研修受け入れ部門のマネージャーになってしまった頃。
少しでも大人っぽく見えるように、スーツ、パンプス、髪は一つにまとめて、
年齢も地位もバックグラウンドも、日本語以外はすべて自分よりずっと上の、
主に韓国の大企業の偉い方たち相手に、日本体験のプログラムを考えて、
教材作って、東京と大阪を行ったり来たりしながら研修をしていた、
結果的にですが、自分が一番輝いていたかもしれない30代半ばの時代です。
人とつながるための言葉。
心がつながりを求めて、言葉がついていく。
と、昨日、福島でした公開セミナー、
「外国人就労者と日本語教育〜わかりやすい日本語でコミュニケーションを〜」
で、登壇者やまぐちさんがおっしゃっていました。
関わる人たちの目に見えぬ力を感じ、
人とも、時代とも、つながっていることを思った昨日でした。
トップバッター、福島の皆さま、お疲れ様でした。
次のセミナーは来年1月17日(日)、東京ブロックの私たち担当、
「生活者としての難民の皆さんと共に〜日本語の学習が人生を豊かにする〜」
です。
あっという間の12月、いよいよトナカイの登場。
イースターのウサギと並んでしまっている、うちの下駄箱です。
イースターって、確か4月でしたよね。
ウサギもトナカイも、ヒューストンのTomokoさんからの頂き物、
とってもお気に入りで、思わず出しっ放し。…じゃないか。
で、書いてしまってからナンですが、下駄箱って今も言いますか?
下駄箱で検索したら、シューズボックスって出てきました。
確かに下駄ではなく靴を入れてるけど、シューズボックスって
とっても違和感、と思いながら、そういえば昇降口は?と。
それも調べてみたら、なんだか若い人には通じないらしい。
昇降口、校舎などの出入り口で、上履きと靴を履き替えるところと
辞書にはあったけれど、今、もしかしたら履き替えないのかな。
昔々、小学生のとき、学校の床をまず濡れ雑巾、次はから拭き、
顔が映るくらいぴかぴかに磨きなさいと言われて、
本当にそれくらい一生懸命、学校の掃除をしていました。
今、掃除って誰がするの? 子どもがするとしても雑巾で??
母校の柳原小学校、
今は史跡足利学校として整備されたところにあった東小学校と
統合されて、けやき小学校に。足利市は来年、市制100周年らしい。
小学生のとき、習わせてもらえなかったもの。
そろばんと柔道。
前者は、これからはそろばんの時代じゃないからという理由、
後者は、女の子がするものではないという理由。
今、計算が苦手な(元)女の子が、
電卓やらExcelやらに数字を入れて来年度の計算をしています。
目標を立ててそれに向かって走るのは好きなのだけれど、
先の見通しが立たない中での計画はスリルありすぎですよね。
許されて習ったピアノもバレエも、結局中途半端だったなあと
思いながら、久しぶりの11時過ぎの電車に乗っています。
そこそこに混んでます。でも酔っ払いは皆無。
2021年、ほんとにもう、どうなるんでしょうねえ。
って、最近、こんな締めくくりばっかり・・・。
今日の健康診断、
私のメニューに肺活量の検査はなかったのですが、
その該当の人たちに、今のこのコロナの状況から云々、
なのでキャンセルしていただくことできますか云々と、
スタッフの人が一人一人に了承をとっていました。
唾(つば)、飛び散りますもんね。
言葉は生きている。
新しい言葉がどんどん生まれる一方、消えていく言葉も。
「口角泡を飛ばす」はどうなるのだろうかと。
「こうかくあわをとばす」とは(念のため)、
→口の左右の端から唾液の泡を飛ばさんばかりに口を動かして、
激しく喋りまくったり、議論したりすることの形容。
人の唾が顔にかかるの、ほんとに嫌なんですが、
そんな場面がこの世の中からなくなってしまうとしたら、
それは寂しい。
ところで、
この葉っぱが立派な大根は、学校に行く途中の八百屋さんの。
大根の葉を炒めたのがものすごく好きなので、ほしいのだけれど、
買って、1時間40分かけて家に持ち帰るっていうのはさすがに…、
という、毎年、ほんとに残念な大根の葉っぱです。
一昨日の帯状疱疹の話の続き、というか、その前段階の話。
実は、コロナ騒動に隠れて、
9月初旬に、胆石に端を発した胆嚢摘出手術のため入院しました。
経過順調で5日ほどで退院したんですが、同時に帯状疱疹を発症し、
翌週再び入院。そして、9月下旬近くに退院、現在に至る…です。
入院、1回目と2回目の間にあった、
日振協の主任研修とインターカルトのスピーチ大会は予定通りに。
心頭滅却すれば火もまた涼し・・・なれど、
世紀の踏んだり蹴ったり、泣きっ面に蜂、満身創痍の2020年。
ここにたびたび登場している私が唯一信じる占いによると、
2021年上半期、私は、
最強の無欲の人となり、ひとつの物語のクライマックスを迎える
らしいです。私の人生、まだまだ続くよどこまでも。