
9月の大阪を皮切りに、福岡、広島、東京、名古屋とまわり、
最後、今日の仙台で、ひとまず行脚終了となりました。
全てを一緒にまわり、セミナーをしてくださった日振協の評議員、
山田先生(ミッドリーム日本語学校校長)、ありがとうございました。
集まってくださった、経営担当役員、校長、主任教員、事務統括、
総計438人の皆さまにもお礼と、今後も何卒とお願いして、

本日、仙台駅構内のお店で食べた海鮮丼。立派でした。

とにかく眠くて眠くて、たくさん寝られるのです。
そういうことを言うと、その年でと羨ましがられますが、
家に帰ってご飯を食べた後、場合によっては帰宅した途端、
バタっと倒れるように。週末は当然、8時間超えのことも。
これまで、日々3時間程度しか寝てこなかったので、
そりゃあびっくりです。
身近な人々は、疲れてるからと案じてくれるのですが、
これ、どういうこと??と検索したら、
高齢者が寝てばかりいる(傾眠傾向)のは、
老衰の前兆の1つと言えます。 と。
老衰の前兆????? 老衰がいきなり身近になりました。
写真は、鍼灸院の本棚にあった本。思わずkindle版を購入。
年齢と共に悩みは変化するのですね。
30代までは見向きもしなかったタイトル。
それより、ちょい太超えてますよね、今もう。涙涙涙。

11月3日連休最終日、旧知の小山ゆうなさん演出のミュージカル。
1987年に上映された映画も観ていないし、
事前にあらすじを読むというようなこともしないので、
まっさらな気持ちで観たこれ、温かい思いを反芻しながら帰宅。
花總まりさんと森公美子さんの主演お二人が本当に素敵で、
舞台上にいる生の音楽隊や、さりげないいくつもの演出に、
ゆうなさんを感じながら観ました。
それぞれの言葉と国籍と、背負っているこれまで。
で、私も世界観というか何というかと、今の思い…かな。
ことばは架け橋 人は光 時は風
信頼と共創のなかで 静かに未来を照らしたい
インターカルトの事務局に3人のニューフェイス。
男子2人と女子1人が、いい雰囲気を醸し出してくれてます。
皆それぞれ他業種からの転職で、それがまたいい。
先輩たちも自ずといい顔に…が、さらにもっといい。
久しぶりの新しい顔で、学生たちも喜んでいるように見えます。

先に入った2人の男子は、先週、日振協の生活指導担当者の
初任研修に参加しました。
よそにも仲間ができるのは、ものすごくいいことです。

以下はおまけ。
この間、私が新卒で勤めた大学の退職者の集まりがありました。
44年前に入職した私たちが最年少で、あとは皆さん先輩たち。
同期のうち5人が参加していて懐かしかったのですが、
新しいキャンパスができた時の大量採用組だった私たちは、
いつでもどこでも大騒ぎの、おそらく大ひんしゅく新人軍団。

私は、女子の中で最後の退職で、
(「日本語の先生になります」と言って退職しました)
全職員での送別会で同期の男子たちに胴上げされました。
人生初、その後はなしの胴上げ。スカート履いていたのだけれど。
いや、それより何より、今より15キロくらい軽かったあの頃。
インターカルトの新人たちには、
新人ゆえの今を存分楽しみながら、色々たくさん吸収して、
新たな時代を作っていってくれたらと心から願っている私です。
すべてはこの日から。8年前の夏、
大学院のゼミ友と行った福島でのフィールドワーク。
技能実習生を受け入れる東栄産業さんの、
会長さんとインドネシアからの皆さんへのインタビュー。

それを縁に、会長さん、部長さん、実習生たちとの交流スタート。
「インドネシア人て料理に物凄い量の唐辛子を入れるんですよ」
とおっしゃっていた会長さんが、なんと!自分の家の庭を唐辛子畑に!

そして。今年の夏、
初代から数代後の実習生たちが、そこで収穫した唐辛子を私にと、
彼らの日本語授業をしている佐藤先生を介して。
しかし、こんなにたくさん消費できっこない!(瓶の中身は一部)
ということで、私はそれで七味唐辛子を作ることにしました。

まず、ネットに入れて吊るしてカラッとするまで2週間の陰干し。

先週末。
281個一つ一つの、茎を取って、種を出して、皮をミルで粉末に。

七味唐辛子の作り方をあちこち見たら、九味になってしまいました。
・唐辛子 ・山椒 ・麻の実 ・白ゴマ ・黒ゴマ
・青じぞ ・ケシの実 ・ゆずの皮 ・みかんの皮
ほとんどの材料は持っていなかったから、Amazonで買いました。
完成。

忙しいのによくやると、家族たちには呆れ顔で褒められました。
ネットで見た「休養学」という記事によると、
家でごろごろしていても、疲労は回復しないのだそうです。
私はここのところ、この唐辛子三昧以外は、
暇があったら寝て寝て寝る…寝て満足、だったのですが、
必要なのは「攻めの休養」という主旨の内容。
ああ、休養でまで攻めちゃうのが何とも自分に合ってる。
で、九味唐辛子なり。
昨日から広島です。

乗換案内のアプリによく出てくる広島の「府中」。
この標識を見上げながら、
日振協の中国・四国地区対象のセミナーを一緒にする、
評議員の山田先生と共に、会場の広島YMCAに。

当たり前のことなんですが、
ここにもこんなにたくさんの日本語教育関係者が!
文科省の調整官も東京から来てくださり、皆皆皆…で。
とにかく、認定目指して皆で駆け抜けようの会。
また参ります。
そして、一夜明け。

起きて、シャワーあびて、FBをちらっと開いたら、
なんと!小林先生が広島にいると書いてある!
インターカルトの先生を経てアメリカに渡って30有余年。
今、奥さんのベッツィーさんと日本旅行中、ということは
知っていましたが、まさかの至近距離に。
で、急ぎ支度して、歩いて6分の小林ご夫妻がお泊まりの
ホテルのロビーでしばしの再会を果たしました。
小林先生は、インターカルトの養成と先生としての先輩、
縁は続くよどこまでも。
今日の「ニュースステーション」で言っているのを聞いて、
初めて知りました。「蟋蟀在戸(きりぎりす とにあり)」
冷え込みが増すにつれて、あたたかい場所を探して、
家の中にも入りこむコオロギの習性を詠んだ、
暦に従って生きる農民の一年の詩の中の一節だとここに。
虫の音、聞こえるだろうかと家の10階のベランダに
出てみたら、はるか下の地面で鳴く声が聞こえてきました。

で、今日の話題は、その10階です。
これは、6階の階段の途中にどなたかが置いてくださった椅子。
ここで皆さんに報告していませんでしたが、
9月3日から今日17日までの15日間、リニューアル工事のために、
マンションのエレベーターが24時間完全停止していました。
…ってことは、その間、階段で上り下りをしていたってことです。
うち、10階。
まだ膝が悪くないから下りは大丈夫。
慣れていく中で、所要時間も2分半から1分半に。
しかし上りは、この椅子があった6階で一度バテるのです。
息も切れてきて、次8階、そして10階まで一気に。
毎回、階段を前に時計のストップウォッチをかけ、
上りは結局、最後まで2分半の壁を破れず。
なんてことを毎日していた私は、やっぱり常に挑戦するんだと、
家族その他に褒められ?ました。
今日の帰宅時から、息絶えることなく楽々と、…住人在戸。
新しいエレベーターの乗り心地は非常に良いです。
日本語教師になったきっかけを聞かれたら、
「言葉が好きだったから」。
「例えば、私は、暇があったら国語辞典を見ているような、
そんな子どもでした」と答えると、皆さん「へえ」と。
これがその国語辞典です。本邦初公開。
ぼろぼろになって、ばらばらになりそうだったので、
いつだったかデニムの生地でカバーを作って、コクゴと刺繍。
(ぼろぼろではないけれど、カンワ(漢和)もあります。)

インターカルトの私たちの名刺には、各自それぞれ、
写真とメッセージを載せています。
今の私のには、
「「人と人、人と社会を言葉でつなぐ」をライフワークに」と。

こちらは、「ことば」でも「こころ」でも「こだわり」でも
つながっている、いつかデニムのカバーが必要になりそうな、
ありがたい方たち。
長すぎた、猛烈な夏が終わって、ようやく秋ですね。

「人が本になり、その人の生き方や人生を語ります」と説明に
あるように、『日本語学校物語』に登場した皆さんと一緒に、
今日は本になりました。
日本語学校物語のきっかけとなった第1回箱根会議の1997年、
その前の、インターカルトで日本語教師の勉強を始めた1987年、
そういう懐かしい時代の方々との再会と出会いがあった一方で、
とても嬉しく、頼もしく思ったのは、
日本語教育専攻の現役の大学生が何人も参加していたことです。
次の時代を日本語教師として担ってほしい人たち。

市ヶ谷駅前の外濠の向こう側の武蔵野美術大学が会場でした。
この外濠はもともと江戸城を守る防御の堀で、川のように
自由には流れない。こういう堰き止められた水のことを
「構造としての水」と言うのだそうです。
が、「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」。
ライフストーリーという伝記、歴史の中で語られつつある自分は、
引き際をちゃんと定めなければいけないと思いながら、
でも、今はまだ、しなくちゃならないことがあるからあと少し。