• 146月

    「覚えてますか」と言って、
    パープルヘアをおさげにした学生が持ってきてくれました。
    数秒間、脳みその中の記憶分子が宙をめぐった後に蘇りました。
    オーストラリアのお菓子!

    ラミントンという名前で、彼女のお手製だそうです。
    バッグと手提げ袋の中に、
    クラスメイトと先生にあげるのが、たくさん入っていました。

    経緯を少し。

    入学式で、新入生の出身地紹介のために、
    その地の有名な料理の写真を順番にスクリーンに写します。
    たいていは、「はい!(私の国です)」とか、「おお!」とか、
    時に、あまりにステレオタイプすぎる写真に失笑「あはは」とか。
    それが私の挨拶(厳粛さはない校長挨拶)での恒例なのですが、
    今年の4月、初めて「ちが〜う!」という異論の声が後方席から。

    式の終了後に、
    「オーストラリアの紹介をするなら料理じゃなくて、
    ラミントンとかパブロバとか、デザートの方がいい」という
    アドバイスをくれた、その彼女のお手製ラミントン。
    (よかったらご参照を→「紹介の移り変わり」)

    ラミントン(Lamington)は、
    四角いスポンジケーキにチョコレートソースを染み込ませ、
    乾燥ココナッツをまぶした、オーストラリアの国民的な
    スイーツだそうです。

    家に帰ってからいただきました。
    ◯◯冥利入りの味わい深いお菓子、とても美味しかったです。

  • 235月

    日本語教師の国家資格取得につながる、
    登録日本語教員養成機関になって、1年半たちました。
    今、東京本校のほか、福島、山口、福岡、沖縄、
    そしてマレーシアの連携協定校で、実習の授業が受けられます。

    その、国内外全校の養成課程受講中の皆さんに向けて、
    毎月第三日曜日の午前中、
    「総論」という名前のオンライン双方向での科目があり、
    開講以来ずっと、椿先生と二人で担当しています。
    日曜日での設定は、仕事をしながら受講している人が多いから。
    それにしても、皆さん日曜日に偉い!(ま、私たちも偉い!)

    総論は、文科省の登録日本語教員養成課程コアカリキュラムの、
    5つの区分を一つずつ、それぞれの解説をするわけではなく、
    もしかしたら難しいかもしれない理論と、実践とを結びつける、
    その後に続く実践課程や、日本語の先生になった後をイメージ
    できるような内容を毎回。

    グループに分かれてのディスカッションの時間もたっぷりあり、
    あちこちで学ぶお仲間、老若男女でする毎回の交歓の時間は、
    皆さんにとって、ものすごく意義と楽しみがあるようです。

    前回は「総論1」。区分1「社会・文化・地域」で、私は、
    ここのところの政府の外国人政策の変化と、なぜそうなったか、
    (これ、私自身にとっても、整理のよいきっかけに…!)
    そしてそこからの日本語教育・日本語教師の役割について。
    結局、日本語ができるようになるって、どういうことなのか。

    ・日本語教師は、ことばを通じて、人と人、人と社会をつなぐ仕事。
    ・ことばができるようになることは、人の人生を豊かにする。
    ・日本語教育は安全保障にも通じる。
    ・日本語教師は、世の中の状況や世界の動きを知ることが大切。
      :
    などなど、終了後に出していただいた皆さんのレポートを読み、
    ちゃんと私の思いを受け取ってくれてありがとう…でした。

    椿先生のパートでは、インターカルトの10人の初級の学生たちが
    それぞれグループ活動に入ってくれて、学生たちとの実際のやり取り、
    レベル感などを、実習を控えた受講生たちに体感してもらいました。

    で、最後に私の状況報告。体調はまだまだ。鼻、喉、目はほぼいい感じ。
    でも新出の耳が両方とも中耳炎と相成り、今、かなりの難聴状態です。
    その中でした実践研修課程の授業での私の「工夫」は、次回に。

    写真は、島根の出雲大社の大しめ縄。
    これは去年撮ったのですが、おかげ様で今年も、しまね国際センターの
    「SICにほんごコース日本語教師養成講座」を受託しました。
    やる気みなぎる受講生、地域日本語教育を牽引するスタッフの皆さん、
    今年もよろしくお願いします。

    全国、そして世界中の、日本語教師を目指さんとする皆さまには、
    何はともあれ健康第一で、ぜひとも日本語教育のフロントランナーに。

  • 115月


    土曜日は、学生たちがお祭りに参加。
    御神輿かつがない?と声をかけてくださった町の皆さんに、
    まずは三三七拍子、そして、かつぎ方、足さばき、掛け声、
    色々教えてもらって、いざ出発。

    「おっ、おっ」とも、「ほいっ、ほいっ」とも聞こえた、
    いわゆる「わっしょい」。その語源は、
    「和(=和みの心)」を担ぐ(背負う)からの、わっしょい、
    皆で一ところに集まり協力することを指す「和一処(わいっしょ)
    からの、わっしょいとも。


    下谷神社大祭の和。
    学生たちが、たくさんの近所のおじさんたちと、
    おじさんたちも、たくさんの‘外国人‘たちと、
    語り、笑い、肩組んで写真に収まる風景、いいなぁと。


    話があって、作って、貼り出して、すぐに満員御礼。

    間を取り持ってくださった地域コーディネーターの方や、
    近所のお兄さんと喋りながら御神輿の後をついて歩いただけ、
    なんですが、なぜだか風邪ひいて声が出なくなった私は、
    無言で、皆さんにありがとうです。

  • 074月

    2026年度4月生の入学式でした。
    20の国と地域から、在校生たちと合わせると49。
    その紹介の仕方の変遷を、
    今日の余韻があるうちにと思ったので、連チャンで書きます。

    昔々は、校長先生の挨拶、そして…みたいないわゆる入学式。

    20年くらい前からは、
    国の名を言ったら、その国の学生たちが立ち上がる。
    「(皆の国では)「こんにちは」は何て言うの?」と聞いて、
    会場の皆で、元気にその国のことばで挨拶を。

    しかし、立ち上がらせることによって、
    どのくくりで国と言っているの??という空気を一部に感じ、

    12,3年くらい前からは、
    学生の出身地の有名な風景の写真をスクリーンに写し、
    どこでしょう…みたいなやり取りをしながら紹介。

    しかし、戦争勃発。
    紹介する写真の建造物が破壊されている可能性もある。

    それで4年前から、
    有名な食べ物の写真で紹介、に変更しました。
    いわゆるステレオタイプの写真も、それな!と、笑って
    くれるのが常だったのですが、今日はオセアニア女子から
    ちが〜う!の声。…でも、終了後に教えてくれました。
    デザートの方がいい。ラミントンとかパブロバとかと。

    なんであれ、こんな感じの私の挨拶から始まり、
    クイズ仕立ての学校紹介、通訳担当の在校生たちの自己紹介、
    そのあとは、教師、スタッフ、新入生たちも、全員が、
    前に立って自分の紹介。スタッフ一名ビートボックス^^
    …という、今回もみんなで元気に…の入学式でした。

  • 143月

    今日は、登録日本語教員の実践研修最終日。
    420時間最初からの人たちと、45時間からの人たち、
    それぞれの老若男女たちが巣立って行きました。

    やれば必ずできると信じる、高度成長期に育った私と数名。
    何をしてもだめという中で育った、就職氷河期世代。
    そしてゆとり世代、さらにその下の世代。
    その皆での振り返りは、実に深く、おもしろかったです。
    皆々に幸あれと心から祈ります。

    夕方からは、
    インターカルトを卒業して、大学、大学院と進み、
    日本で就職して、さまざまな経験を積んでいる最中の、
    ブライアンさんと新宿でイタリアン。

    日本語を学んだ学生と、日本語でこんな深い話ができるって、
    本当に幸せなだなとしみじみした気持ちになりながら、
    私もあともうひと頑張りしようと思いました。

    柱の話を聞いたので、写真は2012年に行ったバチカンの柱。
    ブライアンさんの未来にもたくさんの幸がありますように。

  • 123月

    今日は、学校でIT-BCP(IT業務継続計画)訓練でした。
    15年前の昨日の地震のようなことが起こったことを想定しての、
    あの頃はなかった、特にIT業務に焦点を当てた訓練。

    あの時の、色々が蘇りました。
    校舎がぐらぐらと揺れる中、列を乱さず階段を降りてくる学生たちを
    下で迎えながら、避難訓練、する意味があるんだ!と思いました。

    あれから15年たった今日、初めて聞いたんですが、
    一時避難した公園から戻り、校舎の上の階の窓から下の道を見ていた
    学生たちが、「校長先生が逃げた!」と言ったのだそうです。
    私は走って出て行った、らしい。でも、少しして戻ってきた、らしい。

    戻ってきた私は、食べ物が入った袋を抱えていたそうです。
    そう、必ず買い占めが起こると思った私たちは、近くのお店に、
    皆で手分けして、食料の買い出しに行ったのでした。
    あの晩、学生たちと私たちは揺れる学校に泊まって夜を明かしました。

    大好きなスイカジュース。I’m crazy about watermelon juice!
    東南アジアの国に行ったら必ず飲みます。私の平和の象徴。
    訓練は、訓練だけでいいですね。本番はいらない。


  • 262月

    薹(とう)の立った芸妓ですが、
    お座敷がかかったら、嬉しくてあちこち出掛けて行きます。
    それで本気で疲れているんですが、また、いそいそと。

    インターカルト1階の学生ラウンジに作った和室。
    今の場所に引っ越してきた2008年、
    18年前はこんなにきれいだったんですよね。

    お座敷がかかるうちが花。
    疲れたときは寝るに限る。お風呂はぬるめがいいそうですね。
    アロマディヒューザーの出番。今宵もレモングラスで。

  • 142月


    大阪から戻った午後、
    令和7年度「生活者としての外国人」に対する
    日本語教師[初任]研修報告会。
    研修の受講生、修了生、外部の皆様はオンラインで参加。


    半年にわたって共に研修を企画・運営してくださった、
    北海道、東北、東京、中国、九州の各ブロックの皆さんは、
    アルカディア市ヶ谷の会場に全員集合。

    研修評価委員の西原鈴子先生、伊東祐郎先生、
    しまね国際センターの仙田武司さんと。


    地域の日本語教育。
    これから、私たちは何を目指すのか、どう関わるのか。
    ちゃんと考えて、改めてお話ししますね。
    この研修については、大の視点と小の視点、両方持って。

    今日の詳細は、谷口隊長が別途報告してくれると思います。
    で、今晩東京泊の皆さんは今、報告会後の懇親会中…。
    皆さま、ありがとうございました。

  • 201月

    本日、東京商工会議所台東支部の新年賀詞交歓会でした。
    懇意にしている北区の学校の先生からの紹介で入会して数年、
    初めて参加しました。

    会場の浅草ビューホテルは、インターカルト創立40周年の時の
    大同窓会をしたところ。来年はもう50周年です。光陰矢の如し。

    台東支部の会員さんには有名どころがたくさん在ります。
    上野動物園、今半、バンダイ、松屋浅草、東天紅は私の結納の場所。
    去年、新会長になられた仁木会長さんは、リーリーとシンシン
    (パンダです!)を上野動物園に呼んだ立役者のお一人で、
    今月中国に返還されるシャオシャオとレイレイの名付け親なのだと。
    挨拶の方たちの口からも、パンダの話題が出てくる出てくる。
    ああ、台東区はパンダなんだなと。

    私にとっての台東区は浅草です。
    故郷、足利からは東武伊勢崎線の終点浅草が、東京の入り口。
    「浅草こそが東京」で育ったような、です。

    インターカルトが台東区に引っ越してきてから18年です。
    どうしてだか、観光・サービス分科会の評議員を拝命してます。
    ちゃんと貢献もしなくちゃなと思った今宵でした。

  • 121月

    今年度の文科省委託事業、現職日本語教師プログラム普及事業の、
    中国ブロックのセミナーも終わりました。
    今日の講師の橋本直樹さんは元経産省、今、Kumanomics代表。
    ビジネスと政策の接点をデザインする。社名、クマノミクスの由来は、
    クマノミとイソギンチャクの互いに利益をもたらす関係性からだと。
    平山由佳さんは九州経済産業局勤務の傍ら、橋本さんとのお仕事が副業、
    自らの中にクマノミとイソギンチャクを有する方でした。

    お二人は、こうして様々なところで人々の心に火を灯しているのですね。

    で、山口のお店では、フグのひれ酒に本当に火を灯していました。
    昨日飲みました。一言、美味い(うまい)。

    新山口駅前の会場、維新ホールは、知らなかったのですがKDDIので、
    新山口駅は元、小郡駅。小郡駅は高校の修学旅行で降りた駅でした。
    まず、新幹線を小郡で降りて、秋吉台、秋芳洞、松下村塾。
    その後、広島の原爆ドーム、記念公園、安芸の宮島。
    そして、京都(…は、中学の修学旅行とかぶり)だったと思います。

    20時前に無事羽田空港に着いて、今はリムジンバスの中です。
    同行の谷口さんは、2本前のキティ号で帰って行きました。

    お疲れ様でした。疲れました。

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