
こちらです。

こちらです。

この週末、今まで思い出したこともなかった人まで登場してきた、
種々様々な夢をみたのは、たくさん寝たからだと思います。
Apple Watchの記録によると、なんと!
昨日12時間57分、今日10時間13分。
耳がほぼ貫通!と喜んでいたら、また喉の痛みと鼻水と咳という、
2クール目に突入したかのような症状を止めるための強力な薬による、
強烈な睡魔がもたらした結果かもしれません。
「夢」という言葉には、この、寝ている間にみる夢と、
もう一つ、将来の目標や希望という二つの違う意味がありますよね。
12年前にタイのフェアでポッキー君と一緒に書いた写真の「夢」は、
後者、我らの輝く未来の「夢」。
彼は今、どこかで夢をかなえているでしょうかね。
そして私は、あのとき何を夢みて「夢」と書いたのだっでしょう。
好奇心旺盛の血筋ゆえか、今も、これだ!と突然何かひらめいては、
その夢実現のためアクセルを踏むのですが、
こういう思考や行動は、誰でも彼でもそうではない…らしい。。

28の時に入学した日本語教師養成講座(インターカルトの!)。
老若男女入り混じるクラスメイトの中に、伊達さんという、
考えてみると、今の私くらいの年齢の年上の男子!がいました。
当時のインターカルトは高田馬場にあって、
駅まで一緒に帰る道の途中で、「プリン食べて行かない?」
と誘われて、二人で喫茶店でプリンを食べたなあと、
今日、疲労の果てに入ったお店で、一人プリンを食べながら
思い出しました。
伊達さんだからDATE(デート)日本語学校を作ったらいいと、
若者たち(私たち)は勝手なことを言っていたのですが、
知り合いの学校で日本語を教えているということを年賀状で知り、
しかし、10年か15年か経った頃、息子さんから訃報が届きました。
私は、いつからか日本語教師養成講座で教える立場になり、
ここ数年は、私と同年代の方たちが学ぶ人として目の前に。
ちょうど会社をリタイアし、さあて次はと、
この仕事を選んでくださったからだと思います。
今、私がしたい、しなくちゃと思っていることの一つが、
この方たちの出口(活躍の場)を作ることです。
日々、次々と打ち出されている共生社会に向けての施策の中で、
その実現を画策しているのですが、なにぶんにも私自身も、
第二の人生相当年齢ゆえ、疲れては一休みしながらなのです…。

まもなく一泊旅行。今年は山梨の石和温泉ではなく、
初日、日光東照宮、鬼怒川温泉泊。翌日は日光江戸村。
毎年、壮観な宴会の風景を見ては心に溢れるものを感じます。
きっと今年も。※下の写真は 2017.7.24,。

日光といえば、東照宮。
栃木県出身ゆえ子どもの頃から何度となく行っているのですが、
老いるに従い「見ない」「聞かない」「言わない」…の三猿に、
重いものを感じるなぁと思う今日この頃です。

見るべきものを見て、
聞くべきことを聞いて、
言うべきことだけを言う。
・・・ができたらいいのだけれど、思い通りにできないのが人間。
人にも物にも凸凹があって、だからこそ取れるバランス。ですよね。
7月16日に久しぶりに猿の姿を拝んで自らを振り返ろう、
と思うのですが、やっぱり明日に向かって突っ走ろうなんて、
陽明門の下かなんかで決意を固めちゃうんですよね。きっと。

「覚えてますか」と言って、
パープルヘアをおさげにした学生が持ってきてくれました。
数秒間、脳みその中の記憶分子が宙をめぐった後に蘇りました。
オーストラリアのお菓子!
ラミントンという名前で、彼女のお手製だそうです。
バッグと手提げ袋の中に、
クラスメイトと先生にあげるのが、たくさん入っていました。

経緯を少し。
入学式で、新入生の出身地紹介のために、
その地の有名な料理の写真を順番にスクリーンに写します。
たいていは、「はい!(私の国です)」とか、「おお!」とか、
時に、あまりにステレオタイプすぎる写真に失笑「あはは」とか。
それが私の挨拶(厳粛さはない校長挨拶)での恒例なのですが、
今年の4月、初めて「ちが〜う!」という異論の声が後方席から。

式の終了後に、
「オーストラリアの紹介をするなら料理じゃなくて、
ラミントンとかパブロバとか、デザートの方がいい」という
アドバイスをくれた、その彼女のお手製ラミントン。
(よかったらご参照を→「紹介の移り変わり」)
ラミントン(Lamington)は、
四角いスポンジケーキにチョコレートソースを染み込ませ、
乾燥ココナッツをまぶした、オーストラリアの国民的な
スイーツだそうです。
家に帰ってからいただきました。
◯◯冥利入りの味わい深いお菓子、とても美味しかったです。

学校は1985-1986年頃から、私自身は1990年から始まった
韓国との縁です。40年、35年、長いです。
すごいなと思うのだけれど、改めてつくづく思うのは、
どう続いてきたか、続けてきたか。それが大事。
そのときそのときの世の中の流れを読み、ときに身をまかせながら、
縁(えにし)をつなぎ続けていらした韓日協会の宋院長が、
今年、旭日中綬章を授与されました。
1990年、私の恩師であり上司でもあった中村壽子先生たちと共に、
韓国での父母会開催のため、初めてソウルに来たとき、
お父さんのような存在感で迎えてくださったのが宋さんでした。
(その後、ちょっと年の離れた兄と妹程度の年齢差だということが判明^^)
続けるのは事業だけでなく、人生。そしてそこにある自分の思い。

その時代から大きく変わり、大きく発展したソウルの街。
でも裏通りに入ると、こんな、老夫婦がやっているお店も。
こういうお店、これからどう続いていくのでしょう。
5月の誕生日は日本語学校協同組合の総会の後に祝っていただき、
43回目の結婚記念日は、実は今回のこの出張初日、
このお店で、同行の崔さんとカムジャタンを食べました。
もちろん、そんな日だとは言っていないので普通に、美味しいねぇと。
続く、続ける、その秘訣は、特別に頑張らないことなんじゃないかなと、
ちょっと長く生きてきて思います。
ときに時の流れに身をまかせる。自然体でいる。でもそこに思いと信念。
ではでは以上、今回の任務終了につき、お昼の便で帰ります。

留学フェアに参加するため、韓国に来ています。
左耳はまだ半分お椀を被せたような聞こえ具合ですが、
飛行機での移動、着陸時の不安は耳栓と水とガムのおかげで問題なく。
昨日の朝5時に家を出たときから、眠くて眠くて眠くて眠くて、
リムジンバス、飛行機、到着後のタクシー、すべての中でほとんど爆睡。
夜も、カムジャタンを食べた後、ホテルに戻ってすぐ寝て、朝まで爆睡。
若い頃からコロナの前までずっと、毎日の睡眠時間は3時間くらいで、
ナポレオンと同じ、ショートスリーパー!と豪語していたのだけれど、
コロナで往復3時間の通勤時間がなくなったことで寝るようになり、
今や、1日10時間から12時間寝るという大谷翔平ほどではないけれど、
毎晩、以前の倍は寝ています。かわいそうに、私は寝たかったのですね。
上の写真は、フェア会場のCOEXの下の階にある有名な図書館。
SNS上で見かけては、どこだろうと思っていたのだけれど、
まさか毎年来ている建物のここだとは!こういうの、私の常。

こちらの写真はインターカルトのブース、
日本から一緒に来た事務統括の崔さんと、韓国で日本語の先生をする、
卒業生の李さん。夕飯は3人でホルモン鍋。・・・で、さらに元気に。
今日も眠いので、これを書いたら寝ます。まだ10時前だけれど。
大谷翔平くらい寝たら、私もまだホームラン打てますかね。…期待。

今日で5月が終わるわけですが、ご存知のように惨憺たる5月でした。
そんな中、難聴状態のまま出席した理事をしている組合の総会の後、
誕生日を祝っていただきました。
私が生まれたとき、私は祖父母にとって初孫だったので、
嬉しさのあまりだと思いますが、祖母が俳句を詠んでくれました。
おとめさび薫る若葉よ産湯の日
祖母は93まで生きましたが、祖父は66まで。
この産湯につかった子が、おじいちゃんの年を超えました。ふう。
近ごろは指折り数ふ旅の果て もうひと舞いと願ふ吾もあり
返歌ではないけれど、今の心持ち。
困ったことに、体が弱っていると心も連動しますよね。
だけれど、
課題は残すところ左耳だけなので、気持ちはほぼ、もうひと舞…。

耳のことばかり書いていてすみません。今の私の一大事で。
でも、以下、そこからの学びです。
木曜日に、右耳の鼓膜の切開をしました。
子どものころ、風邪をひいては中耳炎にかかり、
診察の椅子に座ったまま切開された記憶があるんですが、
学校から徒歩3分、公園脇の耳鼻咽喉科では、
ベッドに寝て、鼓膜の麻酔が効くまで15分、スタート。
痛くはないのですが、ごごごご、ざわざわ、ぐさっ、
という音が怖かったです。
怖かったのだけれど、
今からすること、何のために、どんなことが起こるのか、
そういう説明が逐次あると、恐怖心が随分と少なくなる。
鯉は、まな板の上で考えていました。
授業や会議、プロジェクト、人に仕事を教えるなどなどは、
目的や方法、ゴールがわかっているのといないのとで、
それに向かう意欲や効果が大きく違うのだ。
と、こんなことを考えながら気を紛らわしていた…。
写真は、耳は耳でもパンの耳です。
私が2021年8月25日に、おそらく新宿で撮った写真。
右耳の鼓膜の奥に溜まっていた液が流れ出たおかげで、
鼓膜が正常に機能。だいたい聞こえるようになりました。
でも、左耳は外耳炎がひどくて切ることができず。
なのでまだ、うっすら聞こえるだけです。
困ったはまだ続いているけれど、あと少しという予感の、
来週から6月ではないか!です。

両耳が中耳炎に、という事態についてはすでにお伝えした通りです。
先週の土曜日の日本語教師養成の実践研修の授業の前々日に、
私の耳は教室授業でちゃんと役に立つのか、いや、怪しい…と思い、
夜更けに急ぎ調べたら、AppleのAirPodsに耳の機能ありと。
早速、翌日配送で購入。金曜日に到着。
iPhoneで拾った音をAirPods(イヤホン)を通して耳に飛ばしてくれる。
教室では、まず発表者の前に私のスマホを置き、
その後の、受講生たちからの質問やディスカッションでは、
私がスマホを持って声を発する人のそばに行って声を拾って聞く。
私は自然に、スマホを「私の耳」と呼びました。
いやぁ便利。…でももちろん耳鼻咽喉科での治療はしています。
しかし、今日の午後の広い部屋での会議で、この私の耳の限界発覚。
遠くにいる人の声が拾えない。会議だからその人のそばまで行けない。
が、再びしかし、その「ライブリスニング」という機能に、
拾った音の文字起こし機能があることに気づく。
これはいい。…でも、声のスピードに文字が追いついていないのです。
調べました。
AIは、①音を聞く、②音声認識する、③文として区切る、④意味を推定、
⑤文字化、というように、聞こえた瞬間に理解しているわけではない。
一方、人間は、表情、文脈、次にきそうな言葉、関係性、空気、
これらを同時に使って、半分予測しながら聞くのだそうです。
だから、多少音が悪くても、リアルタイムで会話ができる。
人間、素晴らしいじゃないか。
この、私の耳機能、音声の補助としてはかなりいい。
しかし、同時完全同期は、まだ人間ほど自然ではない、ということか。
しかししかししかし、これは今のこの瞬間の「AI」の話です。
あ、と言うか言わないかのうちにまた、進化して現れるのですよね。
両耳中耳炎=難聴のおかげで、また一つ利口になりました。
が、一刻も早く聞こえるようになってくれないと、本当に困ります。