• 252月

    A80CF8D1-FEC8-44CB-B8B5-FD3E91D5B102

    今日の懐かしい写真は、2013年タイ。
    秋山さん(佐々木さん)と共に、から始まり、木戸さんを経て、
    坂本さん、…と続いた、留学フェアに着物で臨む、の時代。

    写真、後列右側の赤いはっぴの卒業生、ムックさんが、
    かつて雑誌のインタビューで話してくれた記事を偶然見つけました。

    —-
    ホームステイ先のホストママ(お母さん)に
    「うれしいわ」の “わ” はお嬢様言葉だと聞いたのに、
    ある日パパが「俺、寝るわ!」と言ったので
    “パパがお嬢様言葉⁉︎” とビックリしました!
    —-

    こんな、学生のビックリを集めるの、好きです。
    10代の頃から何度もインターカルトで勉強してくれたムックさん、
    ついこの間、日本で”お嫁さん”になったそうです(祝!)。

    卒業生が、結婚して、その子供がインターカルトに入学、
    ということ、今までに何度もありました。
    いろんな口コミがありますが、親が子に、自分の母校を勧めるって、
    それ、花丸もらった以上にうれしいことだと、その度に思います。

    (追記)
    故郷、足利の山火事、まだまだ延焼の途中。
    せめて大雨が降ってくれたら。

  • 112月

    9C70CF65-D464-4B3A-B4DB-627F95518F45

    野村克也さんが旅立たれてから、今日で一年だそうです。
    野村さん、言葉をたくさん遺してらっしゃるんですね。
    私が、いいなと思った言葉。

    ・戦いは創造と修正の連続である。
    ・言い訳は進歩の敵。
    ・進歩とは変わること。変わることが進歩である。
    ・無駄な努力はするな。正しい努力をしろ。
    ・いいフォームだからストライクが入るのではない。
     ストライクが入ったからいいフォームなんだ。
    ・職業は野球選手だが、仕事は勝つことだ。
    ・組織の力量は、リーダーの力量以上にはなりえない。

    データ重視のID野球と言われた野村さん。
    勘と勢いで生きながらえている私も、遅ればせながら、
    でも、野村さんの歳まで20余年、データ重視に転向〜!
    と、思っただけでなれないのは重々承知で、新たな進歩。

    今日は、旧暦の大晦日。
    写真左下は、5年前に丑年の今年のために⁉︎撮りました。
    上は8年前の台湾での同窓会に参加の新旧教職員一行17名。
    ああ、もう8年になるんだ。この中にも丑年数名。
    で、右下は20年前。孫さんもWindyさんも私も若い。

    最後に、野村さんが好んで引用したという後藤新平の言葉。
    ・財を残すを下、仕事(事業)を残すを中、人を残すを上とす
    私のこれからは、最後の「人」に注力します。上ですね。
    中は、勘と勢い、時々データで自分用に。
    下は、これ無理だから考えない。

    でもね、何より大事なのは健康だって思います。
    攻めも大事だけど、自分の身体は最大限の守りでですよね。

  • 301月

    2553AADE-6D51-46CA-B9B5-0A27145C2128

    願わくば、さりげなく生きていきたいと願っているのだけれど、
    さりげなくって、それは無理か。

    …と昨日書きましたが、こういう場面で私が「さりげなく」という
    言葉を使うようになったきっかけは、山口百恵です。
    「精一杯、さりげなく生きていきたいと思います」と言って、
    舞台にマイクを置いて引退した山口百恵。

    私は山口百恵の一つ下の学年です。※学校違います。
    山口百恵と桜田淳子と森昌子が中三トリオだったとき、中二でした。
    NHKでさっきまで放映していた引退コンサートは、
    間の1時間、zoomミーティングのため見られず。
    今思い出してもほんとに楽しかった中学時代の思い出に浸りながら、
    現実と行ったり来たりって、まさに自分そのもの。

    自分の引退はいつなのだろうと思います。
    そもそも引退って何を指すのか。人生最後の日が引退の日のようにも。
    まだまだしたいことがいっぱいありすぎて、
    でも自分は一人しかいなくて、時間も1日24時間しかないのに、
    どうしましょうね。優先順位つけられないから。

    写真は、季節外れですが曼珠沙華。山口百恵の歌では「まんじゅしゃか」。

  • 291月

    87622CB7-255B-4FEC-BC1D-E155F51EE93A

    昨日ここに「勘と勢いで生きながらえてきた私…」と書きましたが、
    「生きながらえる」の『大辞林』の例文がふるっていて、
    「生きながらえて老醜をさらす」。私、大丈夫か。

    5年ほど前に、内部の先生たちの勉強会「語りを聴く」というのに
    呼んでもらったときに、話しながら引用した我が拙歌、
    2015年前後に詠んだのを並べます。

    22歳、新卒で就職した職場時代
    ・百歩前いでてゴールで一等賞取ってようやく男と並ぶ
    ・課長いる?男はほかに誰かいる?その要件をなぜ吾に言わぬ

    日本語教師初期、インドネシア時代、ビジネス部門時代
    ・はしたない仕事の対価言うなかれ女の前に女はだかる
    ・呑み食いで仕事はせぬと電話切る打ちっぱなしも三度でやめる
    ・ニッポンの女は凄いとサムスンの男言いしをしかと受け取る

    そしてごく最近
    ・第一線退いたならこの鎧シールを貼って火曜に出すべし
    ・引き時と言いつつ我は澱のごと瓶底にあり時に漂う
    ・棺まで持ちゆくことの随分とたまれり春の還暦間近

    今もこれからも
    ・隔てなきたった一つの太陽を七十億の民が眺むる

    生きながらえて老醜をさらすことのないように、
    願わくば、さりげなく生きていきたいと願っているのだけれど、
    さりげなくって、それは無理か。

    写真は今朝の朝焼け、うちのベランダから。

  • 241月

    79B934F8-52CB-4E7B-BB29-FF191A06EF20

    「業態」という言葉について、
    今までかなり無造作に何も考えないで使ってきたなと、今朝、気づきました。

    「業態」とは「小売業や外食産業などの商業で使われる、顧客のセグメント・
    対象とする生活場面・その来店頻度などによる分類」とネット上にあります。
    「例えば小売業の業態には小売店・コンビニエンスストア・スーパーマーケット
    ・百貨店・セレクトショップ・ネットショップなど」がある。なるほど。

    小売業や外食産業でなくても、
    どのような戦術や戦略、営業方法でビジネスを展開するか、利益を上げるか…と
    考えることは、とても重要なことですよね。

    日本語学校における「業態」。
    いやいやそもそも、と教育をビジネスの線上で考えることに否定的な方もいる
    かと思いますが、教育もビジネスの視点を持たなかったら、自己満足に陥る危険、
    さらには、自分のしていることの淘汰に自ら進んで出るようなものだと思います。

    タイの長谷川さんのブログから、勝手にバトンを受け取って書いています。

    >「いかに我々は「業態」に対して試行錯誤してこなかったか」
    >「語学だけでなく、すべての勉強は、もっと美味しくなる必要がある」

    これらに大いに賛同しながら、敢えて異を唱えるなら、
    食べ物の目的は、腹を満たす
    ことばの目的は、身につける
    料理と語学、いや、食べ物とことば、目的はこれなのかなあと。

    ことばを身につけることはゴールではなく、ゴールはその先にある。
    次のステップに進む、願いや希望に近づく、人生を豊かにする。
    そう、それが美味しさで、そのために学び、我々はそれを提供する。

    そうか、その美味しさの分類が日本語学校の「業態」?? ん?

    すみません、夜も更けてまいりました。今夜はこの辺でお開きということで。
    明日は重要な会議に出席することになっています。
    公認日本語教師の資格と、日本語教育機関の類型化とその範囲を話し合う
    文化庁が主催する調査研究協力者会議。

    奇しくも、(いや、ふと思っただけですが)、
    この会議の二つ目の議題と、長谷川さんが提起したここでのこの話、
    とっても近いことなんじゃないかと。
    ああ、私の思考回路ではそれこそ同じ線上にあります、これとこれ。

    上の写真は2020年2月、コロナ渡航制限ギリギリのところで行ったバンコク。
    2020年最初で最後の出張、そして最後の海外での会食…です。

    2B5B63CB-A2E0-4539-B0F6-791A97ED5474

    ついでに、インターカルト日本語学校の創立40周年記念大同窓会の動画
    ここに載せてほんとにお開きに。長谷川さんも出ています。
    この40年の積み重ねの過程で、私たちは私たちの業態を模索してきた、
    今目指そうとしている私たちの形、コロナを経たことでさらに明確になった、
    それが、ああ、そういうことかもしれないと、今思いました。

  • 011月

    B8D32AE6-7ADF-4F81-A543-23626C7C2BBC

    「よき年」を「良き年」ではなく「佳き年」と書く理由は、
    「良い」は、比較対象があって、それに対してよいという印象で、
    「佳い」は、それそのものがよいという印象、というこだわりからです。
    No.1であることを最優先にするのではなく、only1でありたい、
    っていうのと似た気持ちかも。…ってお正月早々理屈っぽいか。

    D054B8D0-09F6-4B2D-8987-1ADC83437F6B

    2021年の初日の出。朝7時ごろ。

    550C4C1E-3A5C-4A7B-A1BB-EBAF25C87F28

    西側に見える富士山。午後3時ごろ。
    両方とも、出かけずともうちのベランダから見えるのでありがたいです。
    通勤に片道1時間40分もかかって不便だけれど、こんな便利はあります。

    あけましておめでとうございます。
    丑年。だからといって、牛の歩みではなく、性分の猪突猛進で。
    でもまずは健康一番。2021年もご贔屓に。よろしくお願いいたします。

    83D6A523-3F0C-42F5-B0FA-435E5F53A1D6

    追記。午後7時です。

  • 1712月

    6F9463C8-B7C9-4539-B718-3491D4210AAE

    福島の友達が送ってくれた自家製の干し柿と市販の干し芋。
    昔、子どもの頃、干し芋のことは乾燥芋と呼んでいて、
    色は濃い灰色で白い粉がふいていて、結構硬かったような。
    長く東京に住んでいるというだけで、都会人ではないため、
    私は、小洒落た洋物より、こういうのが好きです。

    ところで、この「小洒落た(こじゃれた)」の「小(こ)」。
    (以下、「大辞林」より)
    (A)意味を和らげたり、親愛感を加えたりして、主観的な感じ、
    印象を添える。どことなく…の感じだ。
    「━粋」「━憎らしい」「━ざっぱり」「━しゃく」
    (B)一人前ではない、大したものではないの意を表す。
    また、卑しめる意を表す。
    「━坊主」「━ざかしい」「━才」「━面」「━役人」

    「小洒落た」はどっちでしょうね。
    上に「小洒落た洋物」と書いた時の気持ちは?ですよね。
    親愛の気持ちを込めてだったら(A)…、でも、
    「わあ、素敵!小洒落てますねえ」とは言わないから、
    (B)ですよね。ちゃらちゃらした洋菓子なんてという。
    (少なくとも私の上の使い方においては)

    …って、こういうこと考えることが好きな人、welcome!!
    新しいコースのこと、まもなく皆様にお知らせします。

  • 1312月

    55C5F6C5-B99C-41FB-9036-8F3C5EC84A77

    あっという間の12月、いよいよトナカイの登場。
    イースターのウサギと並んでしまっている、うちの下駄箱です。
    イースターって、確か4月でしたよね。
    ウサギもトナカイも、ヒューストンのTomokoさんからの頂き物、
    とってもお気に入りで、思わず出しっ放し。…じゃないか。

    で、書いてしまってからナンですが、下駄箱って今も言いますか?
    下駄箱で検索したら、シューズボックスって出てきました。
    確かに下駄ではなく靴を入れてるけど、シューズボックスって
    とっても違和感、と思いながら、そういえば昇降口は?と。

    それも調べてみたら、なんだか若い人には通じないらしい。
    昇降口、校舎などの出入り口で、上履きと靴を履き替えるところと
    辞書にはあったけれど、今、もしかしたら履き替えないのかな。

    昔々、小学生のとき、学校の床をまず濡れ雑巾、次はから拭き、
    顔が映るくらいぴかぴかに磨きなさいと言われて、
    本当にそれくらい一生懸命、学校の掃除をしていました。
    今、掃除って誰がするの? 子どもがするとしても雑巾で??

    母校の柳原小学校、
    今は史跡足利学校として整備されたところにあった東小学校と
    統合されて、けやき小学校に。足利市は来年、市制100周年らしい。

  • 0912月

    FCEFD20E-A4AB-4B34-AD56-3F454C021744

    今日の健康診断、
    私のメニューに肺活量の検査はなかったのですが、
    その該当の人たちに、今のこのコロナの状況から云々、
    なのでキャンセルしていただくことできますか云々と、
    スタッフの人が一人一人に了承をとっていました。
    唾(つば)、飛び散りますもんね。

    言葉は生きている。
    新しい言葉がどんどん生まれる一方、消えていく言葉も。

    「口角泡を飛ばす」はどうなるのだろうかと。
    「こうかくあわをとばす」とは(念のため)、
    →口の左右の端から唾液の泡を飛ばさんばかりに口を動かして、
    激しく喋りまくったり、議論したりすることの形容。

    人の唾が顔にかかるの、ほんとに嫌なんですが、
    そんな場面がこの世の中からなくなってしまうとしたら、
    それは寂しい。

    ところで、
    この葉っぱが立派な大根は、学校に行く途中の八百屋さんの。
    大根の葉を炒めたのがものすごく好きなので、ほしいのだけれど、
    買って、1時間40分かけて家に持ち帰るっていうのはさすがに…、
    という、毎年、ほんとに残念な大根の葉っぱです。

  • 2911月

    4B5511BA-E23F-4174-BFBB-4B04789F5343

    ゾウは大きいです。
    ネズミは小さいです。
    ・・・って言えますか?と聞かれたとき、
    ん?何聞かれてるの?って思いました。

    ゾウは大きい? でも、恐竜よりは小さい。おそらく。
    ネズミは小さい? でも、バッタより大きい。
    ・・・って、そういうことで、
    ただネズミの絵や写真を見せて、
    「ネズミは小さいです」と言って「小さい」を教えるの、
    それ違うでしょ、ということでした。

    なるほど!と、こういうことから始まった私の今。
    日本語教師は多文化共生社会の要、
    と最近はそんな主張をたくさんしているんですが、
    日本語教師の魅力はまず、言葉のおもしろさとの共生、
    と思っていると、一応ここで言っておこうかなと。

    Aウディさん、Bウさん、登場いただきすみません。