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1992年・インドネシア時代から

以前、自分が書いた文を引用します。

「いつか海外でも教えてみたい。教師になって四年後に
インドネシアのジャカルタにインターカルト日本語学校の分校ができることになり、
「はい」と手を挙げました。マネージャーとして派遣され、
教師業よりも学校運営に忙しい日々でした。
インドネシア人スタッフと一緒に学生をたくさん集める方法を考え、
企業向けの営業も経験しました。すべてが初体験の実り多い一年でした。」

学校の名前は、Widhia Pratama Intere-Cult Indonesia 。
あの時から今日までの間に、インドネシア繋がりの「縁」がたくさんできました。

1992年に信濃町校に入学したDavidは、大学卒業後、日本の企業に就職。
営業マンとして、日本を拠点に世界を股にかけて活躍しています。
彼は、私の初の学生募集活動の成果なのですが、あの時に実感したのは、
学生一人入学させるって、こんなにも大変なことなんだということでした。

私の後任の後任としてジャカルタに赴任したsudaさんは、
学校を閉じる大変な仕事を担当した後、結婚して、今もジャカルタに。
(ちなみに、私は開校時の勢いのあるラッキーな部分を担当…)

その時代に日本語教師としてインドネシア校にいたのがkaikiriさん、
今は、インターカルトの提携校「JCC(Jakarta Communication Club)」を主宰。

そのkaikiriさんが、赴任前に通っていたインドネシア語講座のクラスメイト、
shimogawaraさんは、sudaさんの友人で、kaikiriさんを紹介してくれた人、
今は社労士になっていて、法務関係でお世話になっています。

同じく講座クラスメイトのohiraさんとshinoharaさんは小説家と漫画家さん、
インターカルトのクリアファイルのデザインをしてくださいました。

s-090927.jpg

これを持って、来週末、ジャカルタに行きます。
10月の第一週は、日本大使館が定めた「JAPAN WEEK」なのだそうです。

その初日に、kaikiriさん主宰の大学生による日本語劇団「en塾」が、
ジャカルタの芸術劇場で『かぐや姫』を公演、そこにちょっと登場。
(劇には出ません)
さらに別途の学校説明会、大学キャラバンなどをしてくる予定です。
(その資料作成で、Davidとsudaさんに大変お世話になりました。)

でも、その前に、
水曜日と木曜日、日振協の「日本語教育セミナー」で京都泊。
金曜日の午前中、10月生の入学式に出てから成田に行きます。
タイ経由でインドネシア、その後タイに滞在して帰国です。

『かぐや姫』、en塾公演のお知らせはこちらです。お近くの方はぜひ。

クリアファイルは、
en塾公演と同日にバンコクでnumata先生が行う講座の参加者にも。
その後も、国内および11月のイタリアをはじめ各所で…。

以上、日曜の涼しい風吹く午後に長々と。

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