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2009年02月28日

今日は34℃かと思ったら17℃

台湾からです。

今回の出張の同行者は、成田で会った時からずっと、
台湾の気温を気にしていました。
北国の出身で、暑いのが苦手なのかなと思ったら、
低⇔高という急激な気温差に対応するのが大変なのだそうです。
台湾は今とても暑くて、34℃くらいあるらしいんですよ、と何度も。

北関東の出の私は、出に関係なく、低→高でも、高→高でも、
高温なら何でもよく、昨日の2℃から抜け出せると思うだけで幸せ、
台湾の高温を思い浮かべてうきうきしていました。

が、しかし、着いた先の台北は、気温17℃。雨。
北国出身も北関東出身も、何だか結構寒いですね、と口々に言いながら、
ちょっと鳥肌立てて、元気に出迎えてくれた台湾事務所の孫さんと、
夕飯を食べに。

s-200902282104000.jpg
(店頭の料理見本(本物)。不景気?嘘でしょう?というほどの賑わいでした。)

行ったお店に、明日参加する説明会の主催者玉氏と、
北海道と兵庫の日本語学校の人と、東京の学校の台湾事務所の人が。
「元気そうでよかった」と玉氏が言ってくださったのですが、
それは、私がこのブログで忙し自慢をしすぎるから。反省。

おかげ様で元気にしています。
でも、電気全部つけてもパッとは明るくないホテルの部屋の鏡に映る
目の下に、クマができてるように見えるので、さっさと寝ます。
こちら、23時48分。日本より一時間前、日本はもう3月1日ですね。

2009年02月27日

今日は2℃

朝は雨、間もなく雪。寒い一日でした。

090227.jpg
   (梅の花に降る雪)

朝一番で飯田橋、打ち合わせの後、日振協。そこでも打ち合わせ。
秋葉原に行って、タイの学校の採用試験。
いいですね、皆さん、自分の未来を賭けた一番勝負。
人間、時々こういった試験を受けてみて、今の自分を見直してみるの、
いいと思いません? 特に、今に慣れてしまっている人。固まらないために。

そして夜は、
タイと、明日採用試験があるベトナム、両方の学校のトップの方たちと食事。
国は違っても、学校経営は正真正銘の真剣勝負、は同じ。
寒い晩が熱い晩になりました。

明日から暑い方面に出張です。
今、インターカルトで最もホットな人と、まず台湾へ。
そして香港で飯田橋の元香港教師二人と合流して、木曜日に帰ります。

2009年02月26日

華奢

華奢と書いて「きゃしゃ」と読む。きゃしゃ。何と、いい響き。
かつて、私は華奢でした。

s-2008_0514_363.jpg

これは、かつての写真ではなく、日付を見ると20080514。
去年私は華奢だったわけではなく、
確か新宿駅の地下、京王新線と大江戸線の間の改札前にある円柱に、
円柱だから、とても細く映った足。嬉しくて思わず撮ったのでした。

かつて私は、円柱に映らなくてもこうでした。

そして今、望みもしないのに横に成長した私は、「華を去り実に就く」。
華は「きゃ」ではなく「か」。
みかけの華やかさを求めないで、地味で堅実な態度を選ぶ。
という意味です。

でも、地味で堅実なのだけれど、ぴょんとひとっ跳びは狙ってます。
(嗚呼、書くこと思いつかなくて、やっと書いたのがこんなこと。。)

追伸。
携帯にニュース速報が送られてくるように設定しているのですが、
今届いたニュース。

「オバマ米大統領は初の予算教書で、2009年度の財政赤字が
過去最悪の1兆7520ドルになるとの見通しを発表した(ワシントン時事)」

嗚呼、そちらが良くなってくれないと、こちら跳べません。

2009年02月24日

夢のような仕事

私も応募したかった。グレートバリアリーフの島の管理人。
採用1名に対して、、
200カ国以上の国から3万5000人近くの人が応募したそうです。
半年間管理人として働きながら、グレートバリアリーフの島々を旅して、
その体験をブログで報告するという仕事。
報酬、半年で約900万円。

宣伝文句、「夢のような仕事」だったそうです。確かに。
(一昨日が締め切り日。発表は5月の初めだそうです。)

でも、する前から「夢のような」なんていう仕事、あるんでしょうかねえ。
いい夢にするか悪夢にするか、それはね、自分でしょ、
と思って日々仕事してます。私は。

で、バタバタ。

2009年02月23日

ん~? 「やればやるほど英語嫌い」?

今日の朝日新聞、私が見たのはasahi.com

携帯から見たこの記事に、目を疑いました。
「先行実施した小学校ではどんどん英語嫌いが増えている」
「面白いものをやろうとすれば1時間の授業に準備が4日かかる」。

ちょっと待ってください。
準備に時間かけられない→つまらない授業しかできない→
だからどんどん英語嫌いが増えている…って、そういうことでしょうか?

小学校の時から英語をすることの是非は別の問題として、
英語嫌い増やしてどうするんですか。
やるからには、準備ちゃんとしなさいよ。

こういう記事を読んでると、ほんと、やんなっちゃうなー。

いつだったかここに、
「どうして日本語の先生だけ大変なの?」ということを書きましたが(ここ)、
それとは意味合いが違うこと、ご理解いただけますよね?

英語教えて英語嫌いを増やしている、
私、こういうどうしようもないことが起こるの、本当に嫌いです。

* * * * *

asahi.com、割と早めに記事が削除されてしまうので、
下に残しますね。(残していいんだろうか?あくまで引用。)

asahi.com(2009/02/23)によると、

「学習指導要領の改訂に伴い、今春から多くの小学校で始まる高学年の英語活動をめぐり、広島市で開催中の日教組の教育研究全国集会(教研集会)で、そんな報告が学校現場から出た。

 案が出た当初から「そこまで必要?」と異論が根強い「小学生の英語」。必要な人員も配置されない現状では、実のある内容にするのは無理だ――。参加した教員からは、そんな声が相次いだ。

 22日にあった外国語教育の分科会。神奈川県南足柄市立南足柄小の中村有佐(ゆうすけ)教諭はロープを取り出し、5年生向けの授業を再現した。片方を参加者に持ってもらって延ばし「何メートルあると思いますか?」と英語で質問。走り幅跳びの世界記録であることを説明すると、会場から「なるほど……」と声が漏れた。

 北京五輪に引っかけて「奥林匹克(オリンピック)」「排球(バレーボール)」といった中国語のカードを示し、「何だと思う?」と英語で質問も。中村さんは「単純に会話を繰り返させる『リピート・アフター・ミー』では、小学校高学年は興味が持てずついてこない」という。ただし、準備には相当な手間がかかり「担任を持っている教員がやるのは無理です」と語った。

 東京都の中学教諭は、新入生に英語への意気込みを尋ねた結果を報告。勤務する区の小学校は数年前から英語の授業を実施しているが、「英語は好きじゃない」という子が年を追って増えているという。小学校で内容が理解できないまま終わっているケースが少なくないといい「そんな意識を中学の3年間で一掃する英語教育を目指している」と話した。

 意見交換でも、「報告があった取り組みは成功例。全国で同様にできるとは思えない」「予算が少ない中では、(充実した授業ができるかは)教員の『善意頼り』だ」と否定的な意見が続いた。

 小学校の英語活動は、11年春から5、6年生で必修となる。今春から前倒しすることも可能とされ、実際に多くの小学校が始める予定だ。」(片山健志)
                              ↑  
                  この記者さんから取材を受けたことあります。

2009年02月22日

月日は百代の過客にして、行き交う年もまた旅人なり

日曜日の朝です。
先週の今日は、タイのバンコクで留学フェアでした。
あれからもう1週間。ちょっと復習。

090222.bmp
<フェア運営スタッフの皆さん。(すみません画像拝借。)>

そして学校(前日)。

090222-0.jpg
<PCを使ってビジネスコースの授業をする山口さん>

090222-1.jpg
<13~31才の学生に元気に授業をしていた府川さん>

本日のタイトル、
「月日は百代の過客にして、行き交う年もまた旅人なり」
とつけましたが、そんな悠長には過ぎていませんね、
私の月日。次の日曜日は台湾、そして香港です。

2009年02月21日

金曜日のことを中心に

今日は2月21日(土)ですが、
これから書くのは20日(金)のことです。
このようにこのブログ、時々次の日に前の日のことを書くことがあり、
さっきも、一昨日のことを書いた昨日のブログを読んで、
「昨日も忙しかったのですね」というメールをくださった方がいるのですが、
それは昨日ではなく一昨日のことで、昨日のことはこれから書くことです。
(って、どうでもいいですね。そんなこと。)

20日(金)。
雨の中、秋葉原の日本語学校の学生たちは鴨川シーワールドへ。
養成コースと飯田橋のランゲージセンターは通常通りの授業。
夕方まで、私は養成の谷口さんと秋葉原にいて、
たまった仕事を片付けようと思ったのですが、いやいや。
電話とお客さん、結構来るもんなんですね。あっと言う間に夕方。

19日の阿部先生に続いて、
20日はカッケンブッシュ先生とお昼ごはんをご一緒しました。
谷口さんと、とっても長い日本語教育歴のほんの一部分をお聞きしました。
二日続けて、温故知新?…じゃないか。

夕方、飯田橋のランゲージセンターに行って打合せ。
これからのこと、いろいろ。

夜は、養成の修了生たちとイッタリアン。
一人は、ボランティアで日本語を教えている人だったのですが、
日本語教育の真髄を見た(いや、聞いた)気がしました。
非常に厳しい状況にある子供たち(専門用語は年少者)に、
ボランティアで日本語を教えています。

日本語教育の範囲は非常に広くて、いいも悪いも上も下もないのですが、
私たちがしているのって、何だかとっても甘いっていうか何ていうか、
さらに大学での研究とか省庁主催で行われている公的な会議、
地に、現実に、足着いてる?と思うような話でした。
そういう私も、話だけで、本当のところは全然知らないのですけれど。

日本よ、きちんとするべきことしなさいよね、
というような気持ちで終わった昨日、20日(金)でした。

090221.jpg
(今一番気に入っているデザート)

21日(土)は、ここに書くほどのことは何も。
近所のコジマ電機にプリンターのインクを買いに行って、
その帰りに、パキスタンの人がするカレー屋さんに行って、
と、それで終わりました。

2009年02月20日

今日は雨、学生たちは鴨川。

昨日は、朝一番で北浦和の国際交流基金に行って目から鱗、
お昼に秋葉原の校舎に戻って、阿部先生の送別お食事会。
教師養成コースで23年にわたって国際関係と文化を語ってくださった
阿部汎克先生、今期限りでご勇退です。
その後、タイ出張前からたまりにたまった雑多な色々、
そして来客、新たな出会い、私たちの新しい姿が垣間見え、
勇気と希望が湧いてきました(!)。
その最中に、改善しなければならない課題の連絡がメールで、
どうにかしなければ。必ずどうにかいたします。
もう一つ、業界活動のこと。ちゃんとちゃんと。
最後、別件新しいパートナーシップについて、内部ミーティング。
win-win、一時期流行のように使われた言葉ですが、
いやぁ、やっぱりこれじゃあないでしょうか。
単体でwinに導くのはむずかしいです。お互いに補い合って。
1+1=100以上。

というようなことをしている間に一日が終わりました。ε=┏( ・_・)┛

今日は天気予報が言っていたとおり、雨です。
日本語学校は「日帰り旅行」、鴨川シーワールドに…です。
前に旅行の統括をしていた頃、天気よければ全てよしと言っていました。
が、今回は腕の見せ所でしょうか? この雨をどう吉に変えるか。
皆さん、行ってらっしゃい。私は別件があるため、お留守番であっちこっち。

2009年02月18日

春の風物詩対策

何となくぐずぐずしながらも、気づかない振りして過ごしていたのですが、
一昨年から本格的な本物の花粉症になりました。


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自力で治した花粉症ーキーワードは1円も使うべからず!
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体にいい寄生虫―ダイエットから花粉症まで (講談社文庫)
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皆様どうぞお大事に。春が去るのを待つしかない。

2009年02月17日

ヒラリー・クリントン

昨日のヒラリー・クリントンさん来日の時、
宇宙飛行士の向井さんたちが出迎えたのはどうしてなんだろう、
と思っていたら、今朝のニュース番組で、
「彼女は若い頃、宇宙飛行士になりたかったのだ」と言っていました。
加えて、「運動選手にもなりたかった」とも。

なんたること。

私が、次に生まれた時になりたいものと日頃言っているのは、
宇宙飛行士と、オリンピック選手、…同じです。

まずいなあと思いました。

タイでは、のどかに微笑みを浮かべて仕事をしていたのですが、
帰ってきたら、ここはやはり日本。いなかった分と、
時差の2時間までも取り戻すような勢いで一日を過ごしました。
非常にまずいです。(回りに対して。)

なりたかったものが同じ人とは、性格的にも共通点があるだろうか。
あるような気がする。まずいです。
ヒラリー・クリントン国務長官、性格きつそうですよね。

よせばいいのに干支を調べてみたら、それも同じ。猪突猛進。
(血液型と星座は違った。)

さらに、なりたいというのではなく、
もし大統領になるならという想定での話だったと思うのですが、
「なるならアメリカの大統領」と言ってたらしいです。私は。
(あんまり記憶にないんですが、言ってたよと言われた。)
最悪。

2009年02月16日

宿題

タイから帰ってきました。

出張の時はいつも、その国で色々なことを考えて、
色々な思いつきや閃きなんかもあって、うきうきした気持ちで帰国します。
今日も帰りの飛行機の中で、ノートにあれやこれやと書いてみました。

自分で描いたこれらのこと、自分で自分に課そうと思ったこの宿題、
帰国後の日常業務に紛れて、後回しにしないように、
結局しなかったということのないように、夢物語に終わらせないように。
…実はいつも、そういうことにしてしまうことが多いのです。

しかし、今回のこの宿題は絶対にそうはしないぞ。

090216-1.jpg
(日本留学希望者と私たちをつないでくれている人たち)

090216-2.jpg
(今回、私にヒントをたくさん与えてくれた先生たち)

宿題といえば、フェアのブースに来てくれた4月生申請の男の子の質問、
「宿題はたくさんありますか」
日本に行ったらしたいことがたくさんあるので、宿題が多いと困るそうです。

そういえばもう一人、別の4月生申請の女性は、
「学校の寮の二段ベッド、下の段の予約ができますか」
その場で私が下の段の予約を受け付けることはできなかったのですが、
そうですよね、住むところは一番重要なことですよね。

こういう学生からの質問の一つ一つにも、
大事な宿題の材料が含まれていると思います。

2009年02月15日

留学するということ

タイでの留学フェアが終わりました。

留学や、フェア、そして日本。
それらがまだまだ一般的でなかった時代に、大事だったのは周知。
なので、自ずと成功か否かの物差しは集客数だった。のかも。

それが、(努力の甲斐と世の中の流れのおかげで、)
今、留学もフェアも日本も、ごく普通のことに近くなったように思いました。
そうすると、ただ、数じゃあない。
質。言い換えれば、本当に日本に行きたい人がそこに来ているか。

そういう意味で、今日のフェアでは数の満足感ではない、
質の手応えがあった。(ような気がしました。)

要は、現状に決して満足することなく、
オールウェイズ、トライ、トライ、トライ、ということなのだと思います。
だって、世の中が動いているのですものね。
動きを見ながら、こちらもそれに合わせて動かなくてはね。

200902151240000.jpg
(トールさん、ボウさん、今回もブースを仕切ってくれてありがと。)

フェア終了後の参加校の懇親会の最後に、
主催者が、今までを振り返ってのスライドショーを流してくださいました。
その中で、日本留学を終えてタイで働く、元学生たちが、
「留学して本当によかった。チャンスがあったらまたしたい」と言っていました。

昔の自分の小さな留学経験を思い出し、
留学ってまさしくそういうものなのだと思い、ぐぐっとなぜかきてしまい、
(なぜここでぐぐっとなのかと思いながら見ていたのですが。)
留学って、何物にも代えがたい、一生忘れない思い出となって心に残るもの。

学生たち皆から、改めて「留学中の一番の思い出は?」を聞き出して、
それをこれからの皆にも提供できたらいいだろうなと思いました。
聞き出してみたら案外、
学生たちのそれと、今まで私たちがそうと思ってしてきたことが、
食い違っているかもしれない…とも思いました。
(いや、かもじゃないかもしれない。)

以上、常に常に、学生の方を見続けていきたいという思いを強くした、
今回の留学フェア、そして最後のスライドショーでした。

では、明日の朝8時40分の飛行機(早い!)で帰国いたします。

今日は留学フェア

今日は、バンコクでの日本留学フェアです。

一つのイベント、特にこういう大規模なことを実現するためには
大きなエネルギーが必要で、
すでに、今日の開催までの間にたくさんのスタッフの皆さんが
知恵を絞って、意見を出し合って、計画を練り上げて、
…という、大きな力を投入してくれています。

一つの目的、目標に向かって、一つになって、
皆で一つのことを成し遂げるまでの過程、そして成し遂げた時の達成感、
それが次に向かっての大きな力になるのだと思います。

私たちも一つになって、今日のフェアを成功させて、
そして次に向かって大きくジャンプしたいと思います。

(ただ、一つとても重要なことは、このフェアはゴールではなく、
このフェアをしたことによる結果を出して、初めてゴールだということです。
主催者側も参加する私たちも、かなりシビアな気持ちであることを、
一応ここに記しておきます。…ね。)

が、まずは楽しむこと。
信頼し合って楽しんで、そうするとだいたいのことがうまくいくと信じています。
それでは、行ってきます。

2009年02月14日

この時間の差

昨日、タイに来ました。

道がどこもかしこも混んでいて、
事故車や物を売る人や屋台や歩く人を車窓から眺めながら、
渋滞で時々動くだけの車に乗って、空港からホテルまで来ました。

そのゆったりした感じ、いつか着くでしょ、どうでもいいじゃない…という
なんとも言えない感じが、なんとも落ち着きます。
運転手さんは、バックミラーからしきりに私の顔を見るのだけれど、
(おそらく日本人はせっかちだから)
それはまったくの「マイペンライ(大丈夫、大丈夫)」なのでした。

日本にいたら、きっと腹を立てているのだと思います。
今回は木戸さんと一緒で、ずっと喋っていたから時間を忘れた、
でももちろんないのです。

時差は2時間。

200902140914000.jpg

それを知っていながら、携帯のアラームをかけ間違え、
朝5時に起きてしまい、外が暗いのを確認してまた寝て、
さっき起きました。

日ごろ、私の心身を構成する細胞を、
「どうにかなるでしょう」で成り立たせていると思う私は、
こういうところに来ると、実にしっくりと落ち着いてしまうのでしょう。

時差の2時間は、ただ後から追いかけている2時間なのだけれど、
今の今、日本は9時17分、でもここはまだ7時17分。
この時間の隙間、時間の余裕、そこにふうっと溶け込んでいるのは、
とても心地が良いです。

この心の余裕、うまく日本に持ち帰れないものか。

2009年02月12日

卒業生と再びつながる。

今日、ソウエイさんという中国の女性から電話がありました。
ソウエイという名前と声とですぐに、顔と、名前の漢字まで思い出しました。
インターネットで学校を検索して、私を見つけて電話をしてくれました。
10数年前の卒業生、と思ったのだけれど、19年前だそうです。
本当にありがたい。

ソウさんは、日本で仕事をしているとのこと。
当時同じクラスで、他に今も日本にいるのは台湾のキョさんだけ、
中国のオウさんは、上海に帰って大手の日系企業に勤めているそうです。
今でも連絡を取り合っているというこの二人に、HPからコピーをした、
当時クラスを持っていた宮島先生と私の写真をファックスで送ったとか。
感激です。三人とももちろん覚えています。

ついこの間は、やはり学校のHPで私を見つけたという、
こちらは21年前のデビッドさんがアメリカから電話をかけてきてくれました。
私は席にいなくて、またかけてくれるという伝言を受けただけなんですが。
またの連絡を待っているところです。

文明が、過去と現在との見えなくなっていた糸をつないでくれました。

それにしても私の記憶力。昔のことははっきり思い出せるのですよね。
インターカルトに入った頃は、すでに昔のことになりました。

明日からタイに出張です。できたら更新します。

2009年02月11日

時間を操れる人、奴隷になる人

「本当に毎日お忙しそうですね。」と言われて、
「見てもいないのに、どうして知ってるの?」とその度に思うのですが、
それは、私がここに書いているからです。
ひっそりとこれを読んでくださっている皆様、ありがとうございます。

ブログってすごいですね。
私が飯島愛さんが亡くなったことに強く心を動かされたのは、
彼女のブログを時々読んでいて、心の動きを垣間見ていたから、
東国原知事を勝手に同志と仰いでいるのは、
彼がブログで心の内を語っていて、それに共感しているから、
そして、
今月初めからインターカルトのメンバーになった富樫さんとの縁が続いたのは、
彼が世界一周をしたり、台湾徒歩一周や中国を自転車で縦断した時に、
時々彼のブログを覗いてはその消息を確認して連絡を取り合っていたからです。

ブログという言葉を初めて聞いたのは、カイの山本さんが始めた時です。
山本さんのブログの初日にあるように、私に触発されて始めたようなのですが、
私がこれをブログという形式にしたのは2006年の4月からです。
今でこそ、ブログと言って知らない人は少ないでしょうが、
本当に最近できたもの、最近できた言葉、最近できた文化です。

ところで、この文頭に書いたように、
人に言われるまでもなく、本当に時間に追われる毎日です。
昨日も、1時10分までの養成の授業が終わったと同時に学校を出て、
地下鉄三本乗り継いで霞ヶ関へ。
経済産業省のビルの前にたどり着いた時には貧血起こしそうでした。
2時から4時近くまで、フィリピン看護師・介護福祉士の受入れ説明会。
速攻でまた学校に戻り…。

夜は、学校の1階、学生ラウンジで富樫さんの歓迎会。
ちゃんこ鍋やら火鍋やらちゃんちゃん焼きやらの準備を、
有志たちがしてくれて、学校の最上階までそのにおいが充満。
思いがけず外からゲストもいらして、楽しい会でした。

しかし、
私の体は正直で、すでにバッテリーもガソリンもほとんどパーの状態、
完全に風邪の兆候、途中でこっそり抜け出して家路につきました。

090211.jpg
(これは、1月23日にあった老酒会の写真)

地下鉄の中で見た『PRESIDENT』という雑誌の吊り広告によると、
今週号の特集は、「時間を操れる人、奴隷になる人」
何が書いてあるのかわかりませんが、下手をすると私は奴隷だなと思いました。

昨日、少し早く帰って、パソコンも開かずに寝たおかげで、
最悪の事態にはならずに今朝を迎えることができました。
けれど、明後日からタイに出張。絶好調の状態で行かなければ。絶対に。

と言いながら、長々と。しかしこれを書くのは私にとっては良い気分転換です。
おつき合いくださっている皆様に心から感謝しています。

2009年02月08日

3分30秒

今日は、強風、突風。

土曜日の午後、法事のために実家に帰って、
日曜日の今日の夕方、こちらに戻ってくるために乗った特急列車。
「強風のため、現在3分30秒の遅れが出ております。
お急ぎのところ大変申し訳ありません」と、何度か車内放送。

3分30秒。秒単位で把握しているんだ。凄いなと思います。
でも、3分30秒ぐらいどうでもいいんじゃないか。
そんな放送を聞いているだけで、
人間が小さくなってしまうような気がしました。

でーんと、どかーんと生きましょ。゚゚゚゚゚-y(^。^)。o0○

2009年02月07日

「教えるチャンス」はこうしてつかむ

今日は、アルクで「日本語教師就職支援セミナー」があり、
私たちもそれに出展するため、永福町に行きます。
タイトルの“「教えるチャンス」はこうしてつかむ”は、
今日のそのセミナーの副題です。

今のこの時代、
その辺にチャンスが落ちているという状況ではありません。
なんだ、そうなんだと思う人はやめたほうがいいです。

“目の前にぶら下がってきたチャンスはとりあえずつかめ”、
私の信条です。
けれど、本当は、“チャンスは自分で取りに行け”。

(ははは、まったくもう今日も朝から強気。(いや、朝だから強気。。))
今日も一日お元気で。(^_^)/~

2009年02月06日

前提を疑え

去年の暮にあった日振協のトップセミナーで、
いくつかの外国語のコースを持つ学校の校長先生が、
「どうして日本語の先生だけあんなに大変なの?」と言いました。
ご自分の学校の先生たちを見ていての疑問でした。
「どうして、毎回毎回導入を最初から考えなくちゃいけないの?
私、全然理解できない。」と。

教師のことについて話す分科会の席で、
「先生じゃないからわからないの」と言って投げかけられたその質問に、
「いえ、日本語の教師は特別に大変なんです。」とは答えられませんでした。

日本語教師は、学生は、日本語学校は、「~ものである」というの、
全部が全部、本当にそう?
やり方変えたら、見方変えたら、考え方変えたら、
必ずしもそうじゃないんじゃないか、そうはならないんじゃないか。

そのことがずっと脳みそにへばりついています。
そういう、今まで当たり前と思ってきたこと、前提としてきたことを、
一度白紙に戻してみてもいいんじゃないか。

090206-1.jpg
(今日は一日、ようこそ!ジャパン。)

前提を疑え。
不合理な前提を変えさせる説得力と行動力。

父がいつも言っていた言葉です。実は今日、二十三回忌です。

2009年02月05日

たまには外を見てみたら…?

日比谷線に乗りました。
広尾、六本木、・・・銀座、東銀座の次に、
築地、八丁堀、茅場町、人形町、小伝馬町と、いきなり渋い。

八丁堀では、銭形平次が出てくるんじゃないかと思いました。
しかし、「ぜにがた」と携帯に入れると、銭形平次は出てこない。
自動変換のリストには、ルパン三世の銭形警部しか出てこない。

090205.jpg
 (日比谷線に乗った中目黒の風景)

一歩外に出ると、外も見えるし、外から自分も見ることができます。
自分のいる所、そこにしかいないと、
そこしか見えない、そこしか知らない井の中の蛙になってしまいます。
気をつけましょ。くわばらくわばら…。

2009年02月04日

今日から春

春は名のみの 風の寒さや
谷の鶯 歌は思えど 時にあらずと 声も立てず(早春賦

今日は立春。
午後は、他業種の方たちと一緒のセミナーに出ました。
感じるところ、いろいろありました。
が、なんであれ、まずは春。そう聞いただけでわくわく。

2009年02月03日

哈日杏子さん来校、そして節分

台湾の「哈日(ハーリー)」族=「日本大好き」族。

哈日杏子さんは、哈日族という言葉を作り、台湾に広めた人。
その哈日杏子さんが、インターカルトにいらっしゃいました。
急遽来てくださることになったので、
慌てて、写真を撮ることを思いつきませんでした。
ですので、こちら。こんな人。

今月からインターカルトで仕事をすることになった富樫さんのお友達で、
名古屋外大などで講演をして、東京に立ち寄ったところ…だそうです。
またぜひ来てくださいね。

ところで、富樫さんはこんな人こんな人

090203-2.jpg
↑こんな人。

 * * * * *

そして今日は節分、移転後初めての豆まき、1階の学生ラウンジで。
豆まき担当、午前は萩原、島崎、午後:山崎、米山、
鬼は、岡田、富樫。(以上、敬称略)

豆を受ける学生たちの間を縫って、
一生懸命撮ったのですが、唯一撮れた写真、ぼけてます。

090203-4.jpg
米山先生は、↑こんな人。

世界に、日本に、インターカルトに、いいことたくさんありますように!
福は内! 鬼は外!!

2009年02月02日

電車に乗っている間、

目を閉じる。寝る。本を読む。音楽を聞く。だいたいそんなところですが、
携帯に保存してある愛犬の写真を見るという人の話を聞き、
だったら私はと思い出したのは、
携帯に保存してある嬉しかったメールを見る。

嬉しかったメールというのは、PCにでも携帯にでも、
読んで嬉しかった、幸せな気分になった、光栄だった、褒めてもらった、
そういう、自分に届いたいいメールが保存してあり、
ちょっと気分が晴れない時とか、稀に落ち込んだりした時に読む。
そうすると、まあいいかという気分になれる、そういうメールです。

ぼーっと自分の世界に浸って、
音楽聴きながら考え事するのが、ここのところの私の通勤電車内なのですが、
今朝は、「は~っくしょん!」と思いっ切りくしゃみの唾を浴びせられました。
明日からは絶対にマスクするぞ!あんたもしろ!の今朝でした。

2009年02月01日

中国地方(日本)にお住まいの皆さんにお知らせ

インターカルトの提携校JCC(Jakarta Communication Club)の校長、
甲斐切さんが「歌謡バラエティ」(RCCラジオ)に出演します。

本日、2月1日(日)夜の8時~RCCラジオで、
ミュージカル「かぐや姫」のオリジナル音楽CDと、
en塾の活動についてゲストトークするそうです。

甲斐切さん、去年11月にジャカルタで行われた大イベント「日本の祭」で、
大学生たちによるミュージカルを成功に導き、それを受けて、
今度は学生劇団を作ってしまいました。それがen塾です。
いやぁ、すごいパワー。

今、甲斐切さんはジャカルタにいますが、
これは、年末年始に帰国した時に収録したものだそうです。

日々是勉強

昨日行った神楽坂のスペインバルで出てきたカプチーノ。

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バリスタ(barista)という職業があること、初めて知りました。

知らない人のために。
 イタリアのバール(喫茶店)におけるバーテンダーや給仕人のこと。
 狭義にはエスプレッソを抽出する職人をさし、イタリアでは資格制度も
 実施されている。(goo辞書)

その、バリスタと呼ばれる人が、こういうクマの顔も作るのだそうです。

今日は、10年くらい前の養成修了生たちとの新年会。
そのために、女性二人は静岡と福島から、それぞれ出てきました。
あと一人は東京の男性。計4人で、なぜかこの4人で時々会います。

20代前半だった彼女たちは30代前半になり、
30代半ばだった彼は40代半ばに、そして私は…。あああ。ああ2月。