20年後の記憶
火曜日はいつも、日本語教師養成コースの授業です。
21年前、私が今の皆さんと同じように養成の学生だった時、
(まだ20代だったのですよ。後半でしたが。)
実習をしたのは、サバイバルジャパニーズの郵便局のところ、
TMJ(楽しく学ぶ日本語=FJの前身)は「~つもりです」、
中級は「色に関係あることば」という課。
文法Ⅱの授業では、「だけ、ばかり、しか」の違いを考えて発表。
などなどなどなど、自分がしたことのあれこれが、
昨日のことのように鮮明に頭の中に浮かびます。
あの頃、本当に充実していました。
ところで、今の受講生の皆さんは、
20年後に、今私がしているこれらのことを覚えていてくれるでしょうか?
(20年後にするべき質問ですね、これは。)
時々、百年に一度くらい(!)、
何かの場面に遭遇して、そこで私の言った言葉を思い出したと、
わざわざ連絡してくださるありがたい方がいるのですが、
そういう時は、もう本当に嬉しくて、
メールだったら消せないようにロックをかけて保存してしまいます。
A「60才を過ぎたら、どのように?」
B「暖かいところで…
過ごしたいと思っています/過ごそうと思っています/過ごすつもりです。」

(60過ぎたらこんなところで)
上の三つ、どう違いますか?(今日の授業で)
それにしてもAの問いかけをした私。「60過ぎたら」って何なんだか。
その想定、対象=私でした。