潔い
「潔い(いさぎよい)」という言葉、
ずいぶんとたくさんの平仮名を当てたものだなと、
この漢字を習った時に思いました。
「承る(うけたまわる)」とか「奉る(たてまつる)」と同様に。
美徳という言葉、今はあまり好まれないようにも思いますが、
「潔い」は、ある意味、私にとっての美徳なのだと思うようなことが、
ここのところ続いています。
要は、ええい!みたいなことです。
ごちゃごちゃ言うのは面倒だからやっちゃえ!というような。
それで自分をもっと大変にしてしまっているのだけれど、
自分にとっての美徳だからそれほど苦ではない。不思議と。
体と精神が分離しているので、
体が疲れているほどには、気持ちは疲れていません。
そ、気の毒なのは、「潔い」につき合わされている私の体。
と、すみません、自分のこと。