虫のいろいろ
もう何度も聞いて聞き飽きたという方もいらっしゃるかと思いますが、
今日もこの話を人にする機会があり、
したら、「ううん」と感心してもらえたので、改めてここに紹介します。
以下、尾崎一雄『虫のいろいろ』からの引用です。
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また、虫のことだが、蚤の曲芸という見世物、あの大夫の仕込み方を、昔何かで読んだことがある。蚤をつかまえて、小さな丸い硝子玉に入れる。彼は得意の脚で跳ね廻る。だが、周囲は鉄壁だ。散々跳ねた末、若しかしたら跳ねるということは間違っていたのじゃないかと思いつく。試しにまた一つ跳ねて見る。やっぱり駄目だ、彼は諦めて音なしくなる。すると、仕込手である人間が、外から彼を脅かす。本能的に彼は跳ねる。駄目だ、逃げられない。人間がまた脅かす、跳ねる、駄目だという蚤の自覚。この繰り返しで、蚤は、どんなことがあっても跳躍をせぬようになるという。そこで初めて芸を習い、舞台に立たされる。
(中略)
「丁度それと反対の話が、せんだっての何かに出ていましたよ。何とか蜂、何とかいう蜂なんですが、そいつの翅(はね)は、体重に比較して、飛ぶ力を持っていないんだそうです。まア、翅の面積とか、空気をうつ振動数とか、いろんなデータを調べた挙句、力学的に彼の飛行は不可能なんだそうです。それが、実際には平気で飛んでいる。つまり、彼は、自分が飛べないということを知らないから飛べる、と、こういうんです」
「なるほど、そういうことはありそうだ。―いや、そいつはいい」私は、この場合力学なるものの自己過信ということをちらと頭に浮べもしたが、何よりも不可能を識らぬから可能というそのことだけで十分面白く、蚤の話による物憂さから幾分立ち直ることができたのだった。
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暢気眼鏡・虫のいろいろ―他十三篇
尾崎 一雄 高橋 英夫 
高校三年の時、現国(現代国語)の橋本という先生から聞いて以来、
私が、とてもとても好きな話です。
PS.今日、この話をした方へ。ハエじゃなくてハチでした。
コメント
蚤と蜂。何だか他人事とは思えない身につまされる話しですねえ。
我が足下をふと見ると、全くの空間。あるいは跳ねる事を思い出して壁に激突の痛感。どれもこれも人生ですねえ。むむ。
Posted by: 玉屋 | 2007年04月04日 09:58
私自身は、まぁとりあえずは飛んでみようと上記蜂の気分でパタパタと飛び回っているつもりなのですが、もしかしたらそれは思い込み、一歩離れて見てみたらさらに外側にしっかり鉄壁があったりして・・・。むむ。
Posted by: skato~玉屋さんへ | 2007年04月04日 23:45