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「教科書やカリキュラムから授業計画を考えるのは危ない。」

『外国人の子どもたちの学習支援を考える市民フォーラム』、
不覚かつ不謹慎にも遅刻して会場へ。
足を踏み入れ、席についた瞬間、私は固まりました。
まさに昨日、学校で話題になったことが語られていたからです。
(全教職員に向けて4月からのカリキュラム変更について話す会を実施。)

耳に飛び込んできたのがタイトルの言葉、
水谷修先生が、壇上で基調講演をしていらっしゃいました。

授業計画は、クラスの一人一人を見て立てるのですよね。
そうしないと積み残し、つまり落ちこぼれが出る。それは教師の責任ですよ。
それぞれの能力、哲学指針に合った教育をしなければなりません。
言葉の勉強は、自分がどう生きていくかということ、
能動的な行動能力を身につけさせることです。

文法や語彙の知識だけがあっても、使えないでしょ?
目的に最も結びついた表現を、自分で選択できるようにすることが重要。
役に立つ言葉の考え方を身につけさせたいですね。
たとえば、発音指導の時、
正しい方法、正しいやり方を押しつけてしまうと、
いつまでたっても、生き抜いてゆく自信が身につかない。

システムは、できるとバラバラになっていく、学習者のためではなくなっていく。
将来何をするか、今何に苦しんでいるのか、
それを本人の力で解決してゆける力をつけることが重要ですね。

と、こんな感じにお話は続きました。
30年前にインターカルトのカリキュラムの元を作ってくださった水谷先生、
昨日の私たちの会のやりとりを、まるで聞いていらしたかのよう…。

カリキュラムはもちろん重要。
私たちも、学校だからスタンダードとしてのカリキュラムがあります。
でも、カリキュラムは絶対ではない。
そこにいる学生たちによって、クラスによって、柔軟であってよい。
柔軟でなければならない。もちろん、教科書ありきでもない。

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(文化女子大の20階からの眺めは良好)

西原鈴子先生の、今日のフォーラムの最後のまとめには、
素晴らしいと拍手する人あまた。涙が出ちゃったという人もいました。
その他、地域に携わる方々、日本語教育界の様々な方がたくさん。
インターカルトの先生や、養成修了生、在校生も何人も。

フォーラムでは話題にならなかったけれど、
日本語学校の地域への貢献の可能性も大いにありと思っています。
これからの展開について、一緒に行ったtaniguchiさんとあれこれと。

夜は、神楽坂で楽しい会。
沼津の人と、柴又の人と、葛西の人と、新宿の人と、府中の私。
10年前のことを昨日のことのように思い出しながら、たくさん笑いました。
笑う門には福きたる。

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