日本語教育を専らとする者として
その国の人が多く住む町で、その国の言葉を使って生活し、
その国の人ばかりがいる工場で、その国の言葉を使って働く。
日本なのに日本語が使われない、使わなくても生きられる、
それがごく当たり前である地域が、日本各地にいくつか…。
それでいいの?という懸念、すでに社会問題と化しているところも。
しかし、そこにいる人たちにとっては、それでも別に大丈夫、
日本語できなくても大丈夫、という現実がありました。
それが、突然起こった経済危機で解雇の憂き目、
その対象となったのは、主に日本語がまったくできない人たちでした。
「日本語ができなければ日本で安定した生活は保障されないのだ、
それが、一瞬にして明らかになったのだ、
今こそ、この状況と日本語教育とをきちんとリンクさせる時」と、
ある経済界の人が言うのを聞き、そのとおりだと思いました。
地域の日本語教育に対して、問題点は見えていたつもりでいても、
そこで孤軍奮闘する無償で日本語を教える先生たちと接点を持ちつつ、
私たちにできることは何なのかという私の迷いが、
昨日あったある委員会での、その発言で目の前の霧が晴れました。
有償で日本語教育を提供している私たちは、専門家集団、
その私たちは、この現状にリンクされてしかるべき存在なのですよね。
国の政策、制度がそれを支持することは、前提の前提です。
だから、国もまた、形式を超えた形でリンクされるべき存在。
時同じくして、今年、私たちは地域における日本語教育事業を、
文化庁から委託されました。(これです。)
地域の日本語教育に携わっている養成講座修了生たちが、
コーディネーターとして講座開講の準備を進めてくれているのですが、
私自身も、ちゃんとリンクされました。
現実と需要と目的と意義と私たちが…ちゃんとつながりました。
上に書いた某経済人氏は、「時代を斬り取る」という言葉を使っていました。
日本語教育もまた、時代と共に在るのだと改めて。
コメント
私たち「オヤトコ」、頑張っています。
しゃぼん玉をしたり、歌ったり、踊ったり、折り紙をしたり、楽しそうに見えますが…楽しいです!
同じ教室でこの間まで、文法が…教案が…実習が…と言っていたのが、信じられません。
うれしいことは「手伝わせて」「人手が足らない時は声をかけて」と言ってくださる方がいること。とても心強いです。
楽しいですが、やはり初めてのこと、不安だらけですから…。
Posted by: noosaki | 2009年09月10日 08:29
ヨーロッパでは、試験をして今いる国の言葉ができない移民には、出て行ってもらう政策をとる傾向だそうですね。もちろん、彼らのことだから、それなりの教育は用意してあるのでしょうが・・・。
私の住む団地でも、外国語での会話が聞かれるようになりました。同じ人間、隣の人たち。地域で受け入れることが大切だよね、って思います。
Posted by: かもいぬ | 2009年09月10日 11:44
noosakiさん、
明日から出張なので帰ってきてからになりますが、
ぜひぜひ「オヤトコ」(親と子の日本語…)軍団の進捗状況をぜひ。
楽しく準備しているのは、見ていてわかります。リーダーがいいのですね、きっと。
Posted by: skato~noosakiさんへ | 2009年09月11日 00:32
かもいぬさん、
中京地区のある市には、子供たちの70%が外国人という学校があると聞きました。
かもいぬさんのご実家もそちらの方でしたよね?
子供時代とは、おそらくとても違う風景なのでしょうね。
>同じ人間、隣の人たち。地域で受け入れることが大切だよね、って思います。
同感です。私たちの今回の委託事業も、元々は地元に根づきたい(移転して
まだ1年と少し)というところからスタートしています。
Posted by: skato~かもいぬさんへ | 2009年09月11日 00:40