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2009年09月30日

「留学生30万人計画」のスタートに立って

日本語教育セミナー(京都) 第1日

今年で13回を数える、日振協主催の教員のためのセミナー。
初めの頃は箱根で、途中から京都で。

11時から事前打ち合わせというので、7時前に家を出ました。
(が、少々遅刻。)本番は、午後1時から。

テーマは、
「留学生30万人計画」のスタートに立って
~教育の充実とそれを支える教師の育成~

59校から63名の校長、教務主任たちが集まりました。
(うち3名がインターカルトから。tsutsuiさんとnumataさんと私。)
パネルディスカッションでの話、これ!というところにピンクのラインマーカー。
私(たち)の課題が満載でした。日本語学校にも養成研究所にも。

2009年09月29日

2009年度4月生 修了式&パーティー

日本語教員養成研究所のタマゴ先生たち、
めでたくニワトリになって、皆、元気に巣立っていきました。
1階ラウンジでのパーティー、よく食べよく飲み、たくさん語り…。

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私たちは一人一人、花束と似顔絵付きのカードをいただきました。

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kumasakaさん、クラスメイトたちの似顔絵も全部描いて、
全員がそれぞれに向けてのメッセージを書いて、手渡していました。

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  ↑
はは、特徴とらえてますよね、私の顔。
これが私の‘代表的な表情’なんだ。(笑ってるんですよね。)

taniguchiさんの似顔絵。…美しい。(ご本人、とても満足していました。)
  ↓
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皆、元気でね。また会いましょ。いつでも帰ってきてください。

現地ゼロ泊

オリンピックの開催地を決定するIOC委員会に出席するため、
鳩山首相に続き、オバマ大統領もコペンハーゲンへ行くことに。
自身の出身地、シカゴをアピールするためだそうです。
「現地ゼロ泊」とアナウンサーが何度も何度も言っています。

国を背負うのは大変。並大抵の体力ではダメですね。
「体にだけは気をつけてね」と、家族は言っていることでしょう。

2009年09月28日

内憂外患

外交デビューに続いて土俵にもデビュー、
内外に元気と存在をアピール、超多忙な鳩山首相ですが、
内憂外患とは、その鳩山内閣を指してニュースが言っていた言葉です。

首相が変わるたびに、その人の好き嫌いにかかわらず必ず思うのが、
大変だよね、です。なんとなく、わかってしまうのです。

そして、なんであれ大変だよねと思うのはスポーツ選手。
韓国オープンで優勝した伊達公子さんは凄すぎる、
凄いイチローも、怒る時は怒って退場、
朝青龍の優勝はやっぱり凄い、
思わずガッツポーズしたっていいんじゃない?と思いますが。

多かれ少なかれ、大変ですよね。みんな。…嗚呼、内憂外患かあ。

2009年09月27日

1992年・インドネシア時代から

以前、自分が書いた文を引用します。

「いつか海外でも教えてみたい。教師になって四年後に
インドネシアのジャカルタにインターカルト日本語学校の分校ができることになり、
「はい」と手を挙げました。マネージャーとして派遣され、
教師業よりも学校運営に忙しい日々でした。
インドネシア人スタッフと一緒に学生をたくさん集める方法を考え、
企業向けの営業も経験しました。すべてが初体験の実り多い一年でした。」

学校の名前は、Widhia Pratama Intere-Cult Indonesia 。
あの時から今日までの間に、インドネシア繋がりの「縁」がたくさんできました。

1992年に信濃町校に入学したDavidは、大学卒業後、日本の企業に就職。
営業マンとして、日本を拠点に世界を股にかけて活躍しています。
彼は、私の初の学生募集活動の成果なのですが、あの時に実感したのは、
学生一人入学させるって、こんなにも大変なことなんだということでした。

私の後任の後任としてジャカルタに赴任したsudaさんは、
学校を閉じる大変な仕事を担当した後、結婚して、今もジャカルタに。
(ちなみに、私は開校時の勢いのあるラッキーな部分を担当…)

その時代に日本語教師としてインドネシア校にいたのがkaikiriさん、
今は、インターカルトの提携校「JCC(Jakarta Communication Club)」を主宰。

そのkaikiriさんが、赴任前に通っていたインドネシア語講座のクラスメイト、
shimogawaraさんは、sudaさんの友人で、kaikiriさんを紹介してくれた人、
今は社労士になっていて、法務関係でお世話になっています。

同じく講座クラスメイトのohiraさんとshinoharaさんは小説家と漫画家さん、
インターカルトのクリアファイルのデザインをしてくださいました。

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これを持って、来週末、ジャカルタに行きます。
10月の第一週は、日本大使館が定めた「JAPAN WEEK」なのだそうです。

その初日に、kaikiriさん主宰の大学生による日本語劇団「en塾」が、
ジャカルタの芸術劇場で『かぐや姫』を公演、そこにちょっと登場。
(劇には出ません)
さらに別途の学校説明会、大学キャラバンなどをしてくる予定です。
(その資料作成で、Davidとsudaさんに大変お世話になりました。)

でも、その前に、
水曜日と木曜日、日振協の「日本語教育セミナー」で京都泊。
金曜日の午前中、10月生の入学式に出てから成田に行きます。
タイ経由でインドネシア、その後タイに滞在して帰国です。

『かぐや姫』、en塾公演のお知らせはこちらです。お近くの方はぜひ。

クリアファイルは、
en塾公演と同日にバンコクでnumata先生が行う講座の参加者にも。
その後も、国内および11月のイタリアをはじめ各所で…。

以上、日曜の涼しい風吹く午後に長々と。

2009年09月26日

今、日本語学校ができること、すべきこと

~地域における外国人児童生徒のための日本語教育について~

日振協の「専門能力開発研修会(東京地区)」@東大駒場キャンパス。

基調講演は、
「認知革命とことばの教育」 佐伯 胖先生(青山学院大学)。

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佐伯先生の認知心理学のお話、劇的に(!)おもしろかったです。
「統合による分析」により「知」を生成する-という、
難しい話をこれだけわかりやすく楽しくおかしく話せるものか。
小さい世界にだけいてはいけない、外から見るからわかる自分の世界。
それは、自分の学校、自分のクラス、自分の教え方、考え…、
すべてにおいてそうですね。そうですよ。

シンポジウムは、
「外国人不就学児童・生徒に日本語教育ができること、すべきこと」。

野山広先生(国立国語研究所)、石井恵理子先生(東京女子大学)、
拝野寿美子(NPO大泉国際教育技術普及センター)がシンポジスト、
佐伯先生がコメンテーターで、司会は木村哲也先生(杏林大学)。

インターカルトが文化庁から委託された、
地域の日本語教育事業の企画をしているTさん、Hさん、Oさんと共に参加、
教務のH先生、大学院で年少者教育を専攻しているK先生もいました。

「皆でこういう話を聞いたらいいですよね」というTさんの言葉は、
まさにそのとおりだと思いました。
明日からの授業が変わると思います。今まで信じていたことも。

なんであれ、
日本語学校ができること、すべきことが垣間見えた今日でした。

「やる」か「あげる」か

「野良猫にエサをやらないで下さい」

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今朝、うちのマンションのエレベーターにあった貼り紙です。
書いたのは、管理人の大林スミ子さん。
誰かが猫にエサを提供して、困ったことになっているみたいです。
(寝に帰っているだけの私は知らない。)

エサをやるか、あげるか。教師養成の授業をしていると、
「‘やる’は今は使わない」というような声も聞きます。
でも、使ってますね。使いますよ。
頭に、自分の家のかわいいペットの顔を浮かべると、それはそうかも。
でも、野良猫にだったら、(その野良猫が困った相手だったら)、
この貼り紙のように「やる」の方が自然ではありません?
さらに、ペットにだったら「エサ」ではなく「ご飯」って言いますね、きっと。

おっ!と思って、思わず携帯で写真を撮ったのですが、
ふと見ると、エレベーター内の私に向かってカメラのレンズが…。
防犯用のカメラ。後で誰か見るようなことがあったら、
1002の加藤さんちの奥さん、何撮ってんの?だなと思いました。

2009年09月25日

喜寿

AJALTの理事長、西尾珪子先生の喜寿のお祝いの会。

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歩んでいらした七十七年を、
短い言葉でまとめられた冊子をいただきました。
西尾先生は、私が憧れる女性のお一人。素敵です。

2009年09月24日

学期の終わり

あちこちの色々な活動に携わったり、首をつっこんだり、
引きずり込まれたり、自ら入り込んだりしていて、
正直、身動きが取れない…に近い状態に陥っています。

‘あちこちの’というのは、文字通り、学校の中にとどまらずで、
そういう状況の中、今日のように一日中学校にいて、
教師会を中心に、専任の人たちと事前の打ち合わせをしたり、
新任の人たちと話したり、海外に派遣する人たちの勉強会をしたり、
というようなことをして過ごすのは珍しいことです。

仕事が追いつかないというのは、専任教師の皆もほぼ同じで、
なかなか全員が揃って話をする時間がとれず、
先週は、始業前の早朝会議をしました。

そんなこんなで迎えた今日の教師会、総勢60人くらい?
机を取り払い椅子だけ並べた6階の教室が、人人人…でした。
人人人の中の一人の自分。
これからもっと、教えること、教える人たちの中に入り込みます。
入り込んでその中で、ちゃんと身動きとれるように。
…しなくては。

2009年09月23日

哀しきマグロ

豪州に住む友人のblogに、
「築地市場にならぶマグロのような立派な体格」と書いてありました。
彼女自身のことです。なかなか上手な形容ではありませんか!

彼女とは最近会っていないのですが、きっとそうなのでしょう。
連休の間、ちょこちょこと仕事はしていたものの、
いつものように食事をする暇もないということは全くなかったため、
私もです。

2009年09月22日

ダッピー & ががまる

この‘シルバー・ウィーク’中に試そうと思っているもの。「ダッピー」。

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インターカルト関係者の一部で流行っていると聞いて、
通販で買ったものです。「ダッピー」は、言うまでもなく「脱皮ー」。
足の裏の角質が、ベロンと取れる優れもの(という噂)。

それにしても、すごい名前ですね。過去にも、
シールを剥がす「ハーガス」とか、階段の滑り止め「スベラーズ」とか。
他にもいろいろありましたよね。

と、これを打っている今、テレビから「ががまる」という名前が…。
大相撲秋場所、グルジア出身の力士の名前だそうです。「臥牙丸」。
(ニックネームの「ガガ」からの命名だそうです。)
そういえば、前にここに書いた「右肩上り」はどうしているでしょう。

ま、右肩上りも臥牙丸も、
人生まだ先は長いのだから、気長にやってください。

今日の〆はこれ。

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昨日に続き、ミャンマーの仏様の、今日は足の裏。
チャウタッジパゴダ涅槃像。
いろいろな絵が書かれています。たぶん仏教の教え…。
(クリックすると大きくなります。見てみてください。)

2009年09月21日

BBクリーム

私のまわりに「BBクリーム」を知らない人、皆無。
しかし、私が知ったのはつい最近、先週、本家本元の韓国でです。
皆さんは、いつ、どうやってそういう情報を得るのでしょう。

「BB」の意味もちゃんと…わかっているのですよね。
(知らない人のために)ええと、「Blemish Balm」の略だそうです。
欠点・キズ(Blemish)を補う(Balm)。

女心をくすぐりますよね。いや、男性用もあるようですが、
なんであれ、これも韓流ブーム、政策の一環なのでしょうか。
先日の出張の時にも聞いたのですが、ブームの仕組み、凄いです。

BBクリームを最初に日本に伝えたのはIKKOさんらしいですね。
こうやって、こういうところで紹介している私も、
すでにその政策を後押ししているっていうことなのですよね。
いや、実はもう韓国で買ってきちゃっているのだけれど。

090922.jpg (仏様の上半身像こちら

BB塗らずともツルツルお肌のミャンマーの仏様。
まつ毛もすばらしい。羨ましい。凄いなあ。
(不謹慎ですよね、こういう発言。でも載せちゃう。)

シルバー・ウィーク、三日目終了。

2009年09月20日

古稀

人生七十古来稀(杜甫「曲江」)。

今日は、凡人社・田中社長の古稀を祝う会でした。
古くは、七十年生きる人は稀(まれ)だったのでしょうが、
なんのなんの、堂々それ以上の方がたくさんいらっしゃいました。

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 (江副隆愛先生 田中社長ご夫妻)

ほんとに、どうして皆さん、そんなにお元気なんでしょう。
次から次へとくる、あれやこれやに追われて、追いつかなくて、
へとへとになっている私より、十も二十も三十も年を重ねていながら、
ほんとに元気。…ま、私も元気に見えるらしいんですが。。

あ、明日は「敬老の日」。

トウモロコシの「ひげ茶」

韓国に出張する前に、
トウモロコシの皮をはぎ、頭についている‘ひげ’をむしりながら、
捨てられてしまうそれらを「もったいないな」と思っていました。
時代が時代なら、これも当然食べるのだろうなぁと。

そうしたら、韓国で‘ひげ’が商品になっていてびっくり。

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(夜間、ランプの下の空ボトル…なので、写りが悪いです。)

とても香ばしくて、とてもとても美味しかったです。
日本ではまだ商品になっていないようなので、
新事業のチャンスと思ったのですが…。できないので誰かして。

通販では韓国のを変えるようです。これ
煮出し用は日本のもありました。これ

2009年09月19日

‘ことば’は楽しい。

ソウルでのこと。一緒に出張した事務局のMs.kimが、
日本語勉強中の従弟(いとこ)に、「日本語話してみて」と言ったら、
「おでん」。

「ほかには?」…「つめきり」。
「ほかには?」…「ずぼん」。

と答えたそうです。(在韓中、二人で、思い出しては笑ってました。)
勉強したというよりも、これらは韓国に浸透している日本語とのこと。

因みに「おでん」は、台湾では「おれん」という音で浸透しています。
(「おでん」が「おれん」と聞こえて…かと思ったら、
台湾語の「黒輪」(おでん) の発音が 「 おれん」 …なんですってね?)

話を韓国に戻して。「手配」という言葉、
日本語では「会場の手配よろしく」という時の「準備・調整」という意味と、
「指名手配」というような時の「手配」の意味と二つありますが、
韓国語では、後者、指名手配の「手配」という意味しかないそうです。
(だから、前者の意味で「手配」を使うと非常に変な意味になってしまう。)

反対に「譲歩」という言葉。
日本語では「相手の意見と折り合いをつけること」が主な意味ですが、
韓国語では、それに加えて「お年寄りに席を譲歩した」とも使うようです。
これは、学生の作文によく出てきます。が、日本語では誤用。
(「譲歩」ではなく、「譲る」と和語にしたら「席を…」と使うのですが。)

出張中に、初めて韓国を訪れたという人と会いました。
彼は、日本にいる友人に、韓国の人との話のきっかけづくりとして、
「チョヌン‘パンデモリ’イムニダ」というセリフを習ってきていました。
韓国語、間違っていますが、意味は「私は‘パンデモリ’です」。

「デモリ」は、毛がない。「パン」は、おそらく「半」。
まったく誰が教えたんだか…ですが、このセリフを彼が言うと、
聞いた韓国人たち(主にインターカルト卒業生たち)は、
「ん?」としばし考えた後に、皆一様に「ぶふっ」と噴き出していました。
成功。

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      (Mr.パンデモリ 於:釜山・海雲台の海岸)

と、こんな話を面白いと思う人は、日本語の先生に…どうぞ

2009年09月17日

先輩たち

ありがたきは先輩たち。
今回の韓国出張で、改めて強く思ったことです。

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私がいくら上手な営業トークをしようとも、
すばらしい学生募集ツールを準備しようとも、
卒業生の一言には勝てない。
あっちの学校とこっちの学校、どっちがいいかと迷わせない。
「インターカルトでお願いします!」 (!?)

ありがとう、先輩たち。
その一言を言わせられるかどうかは、・・・私たち次第。

2009年09月16日

スピーチ大会 '09

スピーチ大会でした。(年1回開催の‘第28回’。)

今回の出場者は、
香港3人、韓国5人、台湾5人、中国1人、オランダ1人、アメリカ2人、
インドネシア1人、フランス2人、タイ1人の9カ国から。

【午前の部】 中級~上級クラス
 最優秀賞 チャウ・ヨランダ(かえで)さん 〈オランダ〉「NO RAIN, NO RAINBOW」
 優秀賞   朴 上希さん          〈韓国〉  「わかってください」
 優秀賞   劉 紹廷さん          〈台湾〉「俺はまだ本気を出していないだけ」

【午後の部】 初級~中級クラス
 最優秀賞  鄭 可カンさん         〈台湾〉  「店長の「くぅ~」」   
 優秀賞   ファーマン・エリックさん   〈アメリカ〉「家族の価値」
 優秀賞   陳 其吟さん          〈台湾〉  「働いているお年寄り」

賞はほかに、クラス代表賞(代表者全員)、
学生審査員賞(かえでさん〈オランダ〉、アドリアンさん〈フランス〉)、
養成研究所賞(姜さん〈韓国〉、アドリアンさん〈フランス〉)、
吉野家賞(マンディさん〈香港〉、花岡大輔さん〈アメリカ〉)、
サクシーオ・ホームステイ賞(孟さん〈中国〉、ピンさん〈タイ〉)。

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実は、出張疲れと寝不足続きとで、
スピーチを聞きながら居眠りしちゃったらどうしようと、
「眠気スッキリ BLACK★BLACKガム」や缶コーヒーを準備したのだけれど、
なんのなんの、シャキッと瞳全開、ほんと~によかったです。

私はまた、・・・日本語を教えたくなりました。

韓国に行っていました。

パソコンがうまくつながらず、しかし、その原因究明の時間なく、
大変ご無沙汰しました。

15日(火)午後9時近くに成田に着き、日にちが変わる少し前に帰宅。
留守中のメールを、が~~~~っと開いて読んで、返信して、
(返信しきれなかった方、すみません。追って…。)
ようやく一通り終えて時計を見たら、2時をまわっていました。

韓国における日本留学、変容しているように感じました。
何が…は、また。

明日はスピーチ大会です。午前の部、午後の部。
共にちゃんといなければならない審査員です。
早く寝なくちゃ。。

2009年09月10日

ステファンを知っているか?

先週出席した新しいコースのパーティーで、
イタリア人学生とした会話。彼は来日したばかりです。
「先生は、ステファンを知っていますか?」
「え? ステファン? ステファンは、誰ですか?」
「私の友だちです。ミラノ出身です。今、東京に住んでいます。」
「え?。。。。。ええと、あのう、ごめんなさい、知りません。」
「あ、そう。残念だなあ。」

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いいなあ、純粋で。

私は、明日から韓国です。出張前日はだいたい、…夜なべ。
♪かあさんは夜なべ~をして、手ぶく~ろ編んでくれた~♪
手袋は編まないで、終わらない仕事とカバンの準備です。

2009年09月09日

日本語教育を専らとする者として

その国の人が多く住む町で、その国の言葉を使って生活し、
その国の人ばかりがいる工場で、その国の言葉を使って働く。
日本なのに日本語が使われない、使わなくても生きられる、
それがごく当たり前である地域が、日本各地にいくつか…。

それでいいの?という懸念、すでに社会問題と化しているところも。
しかし、そこにいる人たちにとっては、それでも別に大丈夫、
日本語できなくても大丈夫、という現実がありました。

それが、突然起こった経済危機で解雇の憂き目、
その対象となったのは、主に日本語がまったくできない人たちでした。

「日本語ができなければ日本で安定した生活は保障されないのだ、
それが、一瞬にして明らかになったのだ、
今こそ、この状況と日本語教育とをきちんとリンクさせる時」と、
ある経済界の人が言うのを聞き、そのとおりだと思いました。

地域の日本語教育に対して、問題点は見えていたつもりでいても、
そこで孤軍奮闘する無償で日本語を教える先生たちと接点を持ちつつ、
私たちにできることは何なのかという私の迷いが、
昨日あったある委員会での、その発言で目の前の霧が晴れました。

有償で日本語教育を提供している私たちは、専門家集団、
その私たちは、この現状にリンクされてしかるべき存在なのですよね。
国の政策、制度がそれを支持することは、前提の前提です。
だから、国もまた、形式を超えた形でリンクされるべき存在。

時同じくして、今年、私たちは地域における日本語教育事業を、
文化庁から委託されました。(これです。)
地域の日本語教育に携わっている養成講座修了生たちが、
コーディネーターとして講座開講の準備を進めてくれているのですが、

私自身も、ちゃんとリンクされました。
現実と需要と目的と意義と私たちが…ちゃんとつながりました。

上に書いた某経済人氏は、「時代を斬り取る」という言葉を使っていました。
日本語教育もまた、時代と共に在るのだと改めて。

2009年09月08日

~て、~て、~て、…。

なんだか、いろんなことがたくさんあった一日でした。
午前中は、日振協で「日本語学校教育研究大会」の反省会、
午後、学校に戻ってからは、人が来て、話して、計算して、
その合間に電話がたくさんかかってきて、会議をして、…。…。

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山梨で撮った巨峰の写真を載せて、本日終了。

2009年09月07日

三毒

夏目漱石、『草枕』の一節。

「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。
意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」

そうですね。今日はなぜだか、
人と人との距離間について考える機会が何度もありました。

煩悩の根源は、貪欲・瞋恚・愚痴(とんよく・しんに・ぐち)。
これら三つを合わせて、三毒と呼ぶそうです。
欲張らない。怒らない。愚かでない。

難しいですよ。自分ではそのつもりなくても、
結果的にそうなってしまう、もしくは、人にそうとられてしまう。
きっとそれは自分も同じで、人に同じ思いを抱くこともあるはず。
さらに今は、立場という現実もありますから。

人生是・・、なんでしょうね。

夕方、とても遅いお昼ごはんを買いに行った学校近くのコンビニで、
「お姉さん、こちらのレジにどうぞ」と言われたその一言が、
瞬間的にですが、充電されたような心地にさせてくれた出来事でした。
(注:‘お姉さん’の部分です。)。

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  (石和橋の笛吹権三郎像)

三毒。時に三猿。

「ブログでお探しの「謎の猫」うちの猫です…。」

9月5日に、ここに書いた猫の写真の結末の報告です。

猫の写真を「結果的に」私に送ってくださった方から連絡がありました。
「結果的に」というのは、送ろうとして送ったわけではなく、
この間会った時に、携帯の赤外線で連絡先の交換をしたのですが、
その時に一緒に送られてきてしまった…と、そういうことだそうです。
で、私の操作なしに自動的に「マイピクチャー」に保存されていた。。

ケータイからケータイへ。
「便利~」って言って携帯と携帯の頭をくっつけっこしたのですが、
行っちゃ困るものが行っちゃうということも、起こり得るわけですよね。

この間から、一緒に物作りをしている人です。作品公開は10月。
なんであれ、一件落着。お騒がせしました。

2009年09月06日

記念日

去年、骨髄移植手術をした友達から、
昨日、「移植一周年」というタイトルのメールが来ました。
昨日が‘第二の誕生日’、そのご挨拶とありました。

大きな病気の知り合いがほかにも何人かいて、
時々会ったり連絡したりするたびに、月並みな言い方だけれど、
健康のありがたさを心から思います。

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昇仙峡の岩の間には、一円玉がたくさん挟まっていました。
右の写真の十円玉は、一円玉がたまたまなかった私のです。
隣にいた学生が、自分の一円玉を私に差し出してくれたのですが、
「私のお願いは私のお金で」とありがたくお断りしたら、
「あ、でもこれ母のお金…」。
この間ここに書いた38歳のお母さんの一円玉で彼はお願いしていました。

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昇仙峡の風景。心穏やかな気持ちになれます。
みんなみんな、まずは健康第一。心身ともに。
何に注意をしたら、何を防げるのかわからないのだけれど。

2009年09月05日

私に猫の写真を送ってくださった方

すみませんが、この猫の写真、どなたのでしょうか。

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携帯の「マイピクチャ-」に、これが保存されているのを発見。
え?何これ、身に覚えがないのです。どうして私の携帯に?
送られてきた写真を保存すると決めている、
「INBOX」というフォルダーに入っていたので、どなたかの猫かと。

この顔に心当たりのある方、いらっしゃいませんか。

最近、ほんとに物忘れが激しいのです。問題だなあ。
完全にボケないうちに、ちゃんとやることやらなくちゃ。

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  (山梨のハーブ庭園のおじさん)

でも、健忘症じゃなくて、いつの間にか入っていたのだったら(怖っ)、
やだなあ。…しかし、ほんとに何でしたっけ。この猫男くんか猫子さん。

2009年09月04日

一泊旅行から帰ってきました。

全校挙げての一泊旅行、無事終わりました。
天気予報は自信をもって「雨」と言っていたのですが、一瞬小雨に遭っただけ。
心がけ、良いのですね、私たち。以下、順を追って。

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ガイドさんの説明good。 ぶどう狩り→満腹。   BBQの後ハーブ庭園。

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昇仙峡は暑かった。   みんな浴衣着てました。 カラオケ大会。

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ロビーで炭坑節。      太鼓を叩く学生。    今日は富士急ハイランドへ。

私にとっては、学生がとても身近に感じられた旅行でした。

行きのドライブインで、「加藤先生は私のおばあさんの先生でした。」
と、学生に唐突に話しかけられ、びっくり。
「おばあさん」は「おばさん」の間違いだったのですが(ー_ー)!!、
38歳のおばさん(卒業生…覚えてます)の薦めで入学したと言っていました。

38歳といえば、お母さんが38歳という学生もいて、それにもびっくり。
というより、がっくり。なんだかね、まあ、そうなのですよね。
そういう年の人の子供が、もう入学してきてるのですよね。はあ。。

で、私は今朝、富士急ハイランドに向かうバス8台を見送って帰京。
夜は、EUのコース「ヴルカヌス・イン・ジャパン」開講のパーティーへ。
担当の先生たちと一緒に。来週からクラスが始まります。

最後に、しつこく再度、昨日の宴会会場。
(歩いているのはM観光のNさん。今年もお世話になりました。)

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学生が集まってくる前の、五百畳の大広間に広がるこの景色。
もう慣れたはずなのに、いつも新たな気持ちで、じ~んときてしまいます。

2009年09月03日

中央フリーウェイ、右に見えるのは。

今日の晩は石和温泉泊で、更新ができないので、
今のうちに書いておきます。

で、その一泊旅行ですが、7時45分に学校に集合。
東京の東側にある学校に集まるためには、
西側に住む私は、6時10分に家を出なければなりません。

で、それは仕方がないのですが、
家を出てから3時間も後に見える、私の家。(山梨はうちの西。)
♪中央フリーウェイ、右に見える競馬場、左はビール工場…♪
いつも釈然としない思いで眺める競馬場の向こう側。

行ってきます。

2009年09月02日

同じ物差し

日本列島、静岡県の富士川を境に電気の周波数が違うの、
ご存じですよね。関東側は50ヘルツ、関西側は60ヘルツ。
今の家電は50/60Hzと両方に対応しているので、
気づいていない人もいるかもしれません。特に若い人。

今日の午後、外であった会議は、ほぼ全員が若くない人で、
「スタンダード」の話から、周波数の話になりました。
ある先生が東京から京都に引っ越したその日、
東京から持って行った電気時計の針がぐんぐん進んでびっくりしたとか、
レコードの回転数がとても速くなったとか、そういう話です。

話題戻って、今年、ドイツでの教育学会に出た先生は、
様々な人が様々な教育について発表しているにもかかわらず、
その到達度に関しては、皆、ヨーロッパ共通参照枠で示されている指針、
「A2」、「B1」という同じスタンダード(物差し)を以て話していた。と。

日本語教育ではまさに今、「日本語教育スタンダード」の構築中。

共通の、同じ物差しは、どんな場合にも必要だと思います。
たとえば、会議でも組織でも、誰かとの立ち話でも、
違う物差し持ってでは、時間が無駄に過ぎてゆくだけ。
ちゃんと前に進みたかったら、同じ物差しを持つ努力をするしかない。

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(地下鉄大江戸線の駅ホームの、今とても好きな看板。)

ところで、どうして日本には2つのヘルツ地区があるのか。それは…、
関東の50ヘルツはドイツから、関西の60ヘルツはアメリカから、
発電機が輸入されたからなんだそうです。

はっきり言って、なんだそれ。

* * * * *

私たちの学校は、明日と明後日、全校挙げての一泊旅行です。
ぶどう狩り、ハーブ園、昇仙峡、石和温泉で宴会して一泊、
翌日は富士急ハイランドで一日遊んで、夕方帰ってきます。

2009年09月01日

日本語教師になる皆さんへ

「今、このチャンスを逃したら…」、相談に来た人が言いました。
日本語教師になる以上、一度は海外で教えたい。

それが海外であれ国内であれ、いえ、日本語教師であれ何であれ、
目の前のチャンス、その時につかまなかったら、次はいつくるか。
まず一歩踏みださなかったら、永遠に二歩めはないのですよね。

今、日本語教師養成コースの人たちの就職相談が楽しいです。
人一人の人生の岐路なんて、そう何度もあるわけではなく、
人の相談に乗りながら、その人の将来に関われるのは得した気持ちです。
そう考えたら、日本語学校で進学相談をしている先生たちも…そう?

今日、9月1日。コースは今月末までですが、
初級実習の授業、私が担当する分は今日が最後でした。
わずか5か月前の入学の時から、目を見張るほどの大きな進歩。
でもこれからの道の方がずっと長く、さらなる進歩の可能性も無限大。
だったら、どこまでいけるか、とことんやってみたらいいですね。

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いざ船出。いや、あと1か月。
なんであれ、楽なだけの道なんてないと思います。
楽と楽じゃない、両方あるから、楽を楽と感じられる。楽しくも感じられる。
ですね。