鍛冶屋の神様
水洗トイレが一般的になった今の子たちには、
小学校のトイレに「お便所の神様」がいる、というような話、
ないのでしょうね。いや、ないのでしょうか。
汲み取り式オンリーだった私の子供の頃には、
便器の中から手が出てくるというような話もよくありました。
その頃、「トイレ」と言う人はたぶんいなかった。
私たちは、家では「お便所」と言っても外では「お手洗い」、
あ、でも、女の子たちの間で「ご不浄」と言うのが流行ったような。
と、どうしてこんな話をしているのか。
全然違う話です。でも、「神様」という言葉からの連想で。
9月から始まる「ヴルカヌス・イン・ジャパン」というプログラムの
事前ミーティングが、午前中にあったことから…。
EU加盟国の理工系大学・大学院生対象のインターンシッププログラムで、
その日本語研修の部分を、去年から受注しています。
今年の参加者は46名、資料によると、
スペイン、イタリア、ポーランド、オーストリア、エストニア、チェコ、フランス、
ハンガリー、フィンランド、リトアニア、ルーマニアからとか。
で、どうして「神様」なのか。
このプログラムの名前の「ヴルカヌス(Vulcanus)」、
ラテン語で「鍛冶屋の神様」という意味なのだそうです。
“「鉄は熱いうちに打て」の格言通り、
今後の日欧経済関係を担う若人を対象にしている意味を込めています。”
ミーティング中に、パンフレットにそう書いてあるのを読んで、
それでなぜか冒頭の思い出に連想が及んだという、
ヴルカヌスにとっては、かなり迷惑な、申し訳ない話です。
担当の皆さん、「鍛冶屋の神様」、どうぞよろしく。