前提を疑え
去年の暮にあった日振協のトップセミナーで、
いくつかの外国語のコースを持つ学校の校長先生が、
「どうして日本語の先生だけあんなに大変なの?」と言いました。
ご自分の学校の先生たちを見ていての疑問でした。
「どうして、毎回毎回導入を最初から考えなくちゃいけないの?
私、全然理解できない。」と。
教師のことについて話す分科会の席で、
「先生じゃないからわからないの」と言って投げかけられたその質問に、
「いえ、日本語の教師は特別に大変なんです。」とは答えられませんでした。
日本語教師は、学生は、日本語学校は、「~ものである」というの、
全部が全部、本当にそう?
やり方変えたら、見方変えたら、考え方変えたら、
必ずしもそうじゃないんじゃないか、そうはならないんじゃないか。
そのことがずっと脳みそにへばりついています。
そういう、今まで当たり前と思ってきたこと、前提としてきたことを、
一度白紙に戻してみてもいいんじゃないか。

(今日は一日、ようこそ!ジャパン。)
前提を疑え。
不合理な前提を変えさせる説得力と行動力。
父がいつも言っていた言葉です。実は今日、二十三回忌です。