« 2008年11月 | メイン | 2009年01月 »

2008年12月31日

いろいろありました。2008年。

26日の晩、私は実家の家族5人と鉄板焼きのレストランにいました。
そこですべての食事を終えてから12時間の間に起きたことを書きますね。

食事を終えたところで、突然電気が消えました。
最初は、そのお店だけの停電だと思っていたんですが、
いや、このあたり一帯、いやいや違う、全島停電らしいと。全島?
どうして全島で電気が消えるわけ? ただの停電?
とっても嫌な予感が襲ってきました。
全部の電気を断って、何か起こす?

恐いっていうのと、家族の安全のために決断をしなければというのと、
真っ暗闇に懐中電灯の明かりだけのお店で、待つこと数十分。
支配人が来て、セキュリティーがビルの閉鎖を望んでいると言います。
たくさんのテナントが入っているビル、強盗団が来るって?
早く出たい、しかしホテルまでの道は安全なの?おそらく暗闇。

携帯でホテルに電話をかけると、クローズしていない、部屋にも入れます、
しかし電気も水も止まっています、気をつけて戻ってきてください、と。
(携帯からは、まもなく電池がなくなるというアラーム音。)
ええいっと外に出ました。
すると目の前にワゴンタクシーがいるではないですか!
こちら6人、普通のタクシーではダメなのですよ。
なんと、ついていること。

とにもかくにもホテルに着くと、ホールには人が溢れていました。
嘆きの人、ハイテンションの人、
どうにでもなれとウィスキー飲んでいる人、
38階まで歩いて上れない、どうしようと、なぜか私に言う新婚?の旦那さん。
そして、8歳から73歳までの私の一族は、何かを察知して緊迫ムード。
ホテルの中の小さなショップで、店員さんに誘導してもらって、
数日分のペットボトルの水と食料と懐中電灯6本購入。

真っ暗闇の非常階段を懐中電灯の明かりだけを頼りに、
16階の部屋まで、両手に物凄い重量の買ったものを提げて、
一列になって、途中で休憩をとりながら上りましたよ、
コンクリートの階段を。

部屋に着くと、妹のどちらかが水が流れないトイレの使用方法の説明、
水、食料を分配して、各自の部屋に。暗闇に懐中電灯の明かりだけ。
原因は不明、復旧の見込みは立っていないと館内放送。

こういう時、何を思うと思います?
非常時に備えて、日頃からちゃんと必要なものを揃えておかなくちゃ。
でも、とりあえず私たちはちゃんとした食事で満腹でよかったよね。
ああ、朝が待ち遠しい。太陽の光がほしい。
おお、日本でこのことをどう報道しているんだろう。
知らないのは私たちだけで、
実は大きな何かが起こっているんじゃないか。

(中略です。なぜかというと、皆、とても長い一日に疲労困憊で爆睡。)

私は実は、テロが起こるんじゃないかと思っていました。
次の大統領のO氏も来ているということを、ニュースで聞いていたので。
が、真相は落雷による停電だったようです。
12時間後の、朝の7時半過ぎに洗面所の電灯がパッとつきました。

081231.jpg
   (今年の締めくくりは「虹」。)

お~、紅白見ながらこんなことをグダグダと打っている間に、
今年の残りが30分を切ってしまいました。本日無事に日本です。

危機管理は必要。
年末のいい教訓でした。今回の停電のように、その時は大変でも、
振り返ってみたらいい思い出になりました、みたいなのがいいですね。

今年は、終盤かなりキリキリしてしまったと反省。
来年は、何があろうとも率先して明るく前向きにいきます。
2009年も、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。
皆様に、いいことがたくさんありますように!

2008年12月25日

世界中の国々から

2000年10月に日本語教師として採用されたMr.Nbsさんとランチ。
2000年10月に現職に就いた私が、教師会で、
「学生の国籍を10ヶ国にします!」と言ったのを聞いて、
そんなぁと思ったと言っていました。

当時、出身国・地域は4つ。韓国、台湾、香港、中国。
宣言後、すぐに目標をクリア。次の年にまた目標値を上げ、
その後、最多国籍数29ヶ国だったかなと思っていたら、もっとでした。

去年の10月に信濃町にオープンし、今年の10月に飯田橋に移転した
ランゲージセンターのウィークリーコースは、
この1年の間に32カ国・地域。多い順に書きますね。

台湾 韓国 タイ アメリカ フランス ドイツ イタリア 香港 スペイン
イギリス シンガポール カナダ 中国 アイルランド スイス ベルギー
マレーシア ブラジル オーストラリア ラトビア メキシコ マーシャル諸島
ペルー ドミニカ チリ スウェーデン サウジアラビア キプロス インド
オーストリア インドネシア イスラエル

やるぞと心に決めて、本気でやったら、できるのですね。
本気で集めてくれた皆さんのおかげです。

そして、昔のそんな日のことを思い出させてくれる人の存在はありがたいです。
夜は、私も知らない日本語学校の昔を知っている方たちとディナー。
というわけで、本日無事、今年の忘年会の類の会すべて終了いたしました。

お仕事は明日まで。
(ちょっと早いですが)今年一年間、どうもありがとうございました。
新しい年も、引き続きどうぞよろしくお願い申し上げます。

日本語教師の皆さんへ

2009年 新コース開講のお知らせ

ビジネス日本語教師養成コース

3日間集中 初級の教え方講座

2008年12月24日

人は、認められて、強くなる。

今日のニュース。

『THE BIG ISSUE』という雑誌、買いましたよ!
この雑誌が何者なのかを教えてくれたKさん!…皆さん、知ってます?
「ホームレスの仕事をつくり自立を応援する」と表紙にあります。
御茶ノ水駅を出たところの橋の上で売っているのを見たのが最初。
どうしてこういう人(ホームレスの方でした)が、雑誌をかざしているんだろう、
と思っていました。今日買ったのは、新宿駅南口そばで売っていた人から。
詳しくはこちらを。

飯島愛さんが亡くなったというニュースは、ショックでした。
結構好きだったので、引退してからも時々ブログを見ていました。
書いている内容から、普通の状態じゃないなあとは思っていました。
誰も、助けられなかったのでしょうか。誰か。ね。
何とも言えない気持ちです。

さて、今日のタイトル。「人は、認められて、強くなる。」は、
夕方、中央線の車内で流れる映像広告で見ました。
オデッセイ コミュニケーションズ、エドはるみさん出演のです。
本当にそう、と思って、脳みそにメモしました。

まずは認めること、とても大事だと思います。
認めてもらって、自信が持てて、リラックスもして、それでうまくいく。
成長もする。だと思います。
認める。学生を、新しい先生を、スタッフを、隣に座っている人を。
自分自身、たくさんの人に認めてもらって、褒めてもらって、
時におだててもらって今日まできたと思っているので、心からそう思います。
優しくなりましょうね。厳しさも必要だけれど、萎縮させてしまったら始まらない。
新しい年を迎える今、自分の“人に対する行動”のチェック時かも。

今日は、いつもよりさらに色々な人に会って、
それで行く道が見えてきたような気持ちになっています。

外に出ること、必要です。
自分の専門以外の人の話を聞くこと、必要です。
一歩下がって自分のいる世界と自分自身を眺めてみる余裕、持ちたいですね。

2008年12月23日

クリスマスイブイブ

日本は今日、天皇誕生日のためお休みです。
気温は低いのだけれど、お天気はいいので、
窓拭きをしたらいいんだろうなーと思いながら、まだしていません。

081223.jpg
(無錫のクリスマス。by Mr.I in China.)

明日のクリスマスイブは仕事が入ってしまったので、
今晩、イブイブパーティーをするべく、さっき買い物をしてきました。

「ジングルベ~ルジングルベ~ル、すっずがーなる~」
という音楽が、そこいら中で流れています。
世はクリスマス、そして年末、間もなく新しい年…ですね。

2008年12月22日

すっ

〔「す(素)」の促音添加〕名詞・形容動詞・動詞に付いて、その意味を強める。
東京語などで多く用いられる。「―ぱだか」「―とんきょう」「―飛ばす」
(goo辞書)

なぜ「すっ」かというと、
教師会をしている6階の教室から3階の事務所の階に下りる階段で、
さっき、すっ転んだからです。階段3段か4段、右足の膝と脛の部分で。
落ち方、下手ではないので、ちょっと擦り剥いただけです。

でも、どうしてすっ転んだか。
理由、なんとなくわかっているのです。
でも、どうしたらいいかわからないところが問題。

今日、気温19℃。明日は9℃だそうです。

2008年12月21日

逝きし世の面影

昨日買った『週刊エコノミスト』、
表紙に大きく「2009年日本経済総予測」。←だから買った。

その中に、中井久夫さんという精神科医の方が書かれたインタビュー記事、
「転換期はカーブをゆっくり曲がろう」というのがあり、
その中で、中井さんが紹介されていたのが、今日のタイトルの本です。

逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー)
渡辺 京二
4582765521

昨日手に入れたばかりなので内容の詳細は全然わからないのですが、
この年末年始に読む本にします。

この間もここに書いたように、「脱懐古趣味」―
‘昔を振り返って、昔のようになろうという方向性は間違いだと認識する。’
これは今もそのように思っています。
けれど、「温故知新」もまた必要なのだと思います。今。

中井さんはインタビューの最後に、今の時代、
「むやみに『発展』をめざすより、『存続』することが大切です」と言っています。
そうですね、確かにそうなのだろうと思います。

でも、ちょっとすみません。
「存続」を「今のまま」と取り違える人がいるかもしれないので、
その人たちに敢えて言いますね。
「今のまま」は「存続」ではありません。「今のまま」は「停滞」。
世の中は、時間は、今は、少しずつでも前に進んでいるのです。
その中で立ち止まっているのは、それは後ろに下がっているのと同じ、
「存続」するためにも、「発展」はしなければならないのです。
世の中、時間、今と、少なくとも同じ速度で。

「停滞イコール後退」
これはどんな状況になろうとも私の信念です。

昨日から今日まで、13時間半眠り続けたため、
私の頭、冴えてます。(通常の+10時間ですから。) はは。

2008年12月20日

紙漉き体験

日本語教師養成コースの説明会、現コースの授業を終えた後、
学校のサーバーの中を散歩(?)していたら、
行事の写真フォルダに、先週行った紙漉き体験のがありました。

081220.jpg

その前、行くつもりで行けなかったと、ここに書いたB大学コースの最終日、
そのことは、STAFF BLOGにshimazaki先生が書いていました。
もうサヨナラ」。

以前は、行事でも人との話でもなんでもかんでも、
私が私がと思って首を突っ込んでいたのですが、最近は…。
しかし、これでいいのか自分のポジションと、迷いながらの毎日毎日です。

2008年12月19日

こりゃ どうなるか。

飯田橋の校舎で、仕事の話をしている最中に携帯にメール。
旅行社からのメルマガ、「KOREA(こりゃ)チャンス!」。なんだそれ。
日本人が韓国へ、の逆バージョンの私たちは「こりゃ 困った」です。

さて、今日の忘年会のテーマは「日本の師走」でした。
(食事にテーマを設けることがお好きな方のご招待。)
素敵なお店、楽しいお話、お料理大変おいしゅうございました。
我らの新しい企画が、新しい年に花をつけ実を結びますように。

ところで今日嬉しかったのは、少々難しい病気で入院していた友達から、
退院したという連絡がきたこと。お正月を家で迎えられてよかった。
それと、うちの母。こちらは暢気な話なんですが、
胃カメラ飲んで検査をしたら、20代の胃と言われたのだそうです。

さてさて明日も仕事、養成コースの説明会と授業。
早く寝なければ。zzzzz

2008年12月18日

もういくつ寝ると…

あと13日ですね。お正月まで。
大晦日に、年末ジャンボ宝くじが当たったりなんかしちゃったら、
そりゃあもう、本当に嬉しいだろうなと思います。

2008年12月17日

ちどり足、危険!

しぼしぼ冷たく降る雨の中、今日も一日あっちこっち。
そして、会う人会う人から前向きな示唆をいただきました。

081217-1.jpg

国分寺駅の、新しくできた階段の壁に貼られたポスター。
足元怪しく、階段から落ちそうになりながら撮りました。

私がここでダイエット宣言をしたのは、いつでしたっけ?
忘年会忘年会忘年会のせいで、…頓挫です。

2008年12月16日

20年後の記憶

火曜日はいつも、日本語教師養成コースの授業です。

21年前、私が今の皆さんと同じように養成の学生だった時、
(まだ20代だったのですよ。後半でしたが。)
実習をしたのは、サバイバルジャパニーズの郵便局のところ、
TMJ(楽しく学ぶ日本語=FJの前身)は「~つもりです」、
中級は「色に関係あることば」という課。
文法Ⅱの授業では、「だけ、ばかり、しか」の違いを考えて発表。

などなどなどなど、自分がしたことのあれこれが、
昨日のことのように鮮明に頭の中に浮かびます。
あの頃、本当に充実していました。

ところで、今の受講生の皆さんは、
20年後に、今私がしているこれらのことを覚えていてくれるでしょうか?
(20年後にするべき質問ですね、これは。)

時々、百年に一度くらい(!)、
何かの場面に遭遇して、そこで私の言った言葉を思い出したと、
わざわざ連絡してくださるありがたい方がいるのですが、
そういう時は、もう本当に嬉しくて、
メールだったら消せないようにロックをかけて保存してしまいます。

A「60才を過ぎたら、どのように?」
B「暖かいところで…
 過ごしたいと思っています/過ごそうと思っています/過ごすつもりです。」

081216.jpg
  (60過ぎたらこんなところで)

上の三つ、どう違いますか?(今日の授業で)
それにしてもAの問いかけをした私。「60過ぎたら」って何なんだか。
その想定、対象=私でした。

2008年12月15日

かつては「日本一」だった。

霞ヶ関ビル。
1968年に、日本初の超高層オフィスビルとして完成。

081215.jpg
  40年後の今日の霞ヶ関ビル
  (バックの青空が美しい!)

今日は、朝イチで飯田橋のランゲージセンター。
さっと用事を済まして虎ノ門に移動、文化庁で日本語教育小委員会。
ここで霞ヶ関ビル撮影。終了後、代々木へ。
日振協で、来年度の日本語学校教育研究大会専門委員会。
夜は、文部科学省認定・日本語学校共同組合の理事会。

あわわわ言っている間に、一日が終わりました。

さて、話を戻して霞ヶ関ビル。建設当時、地上36階は日本一でした。
そして今日は54階。夜の理事会が行われた新宿のビルです。
世の中は、こうやって日々進化しているのですよね。

最近聞いた話。(by V社のNさん)

「脱懐古趣味」
昔を振り返って、昔のようになろうという方向性は間違いだと認識する。

「進化を拒んだ古代魚と陸に上がったカメの話」
ずっと変化し続けるこの世では、
進化をするか、しないかというような選択の余地はない。
生き残りたければ、進化をするしかない。
(『なぜ、エグゼクティブはゴルフをするのか』という本の中にあるそうです。)

そうですね。進化しなければ。しかし、昨日聞いた話。(by J校のKさん)
「変化は進化より難しい。」 確かに。

このわずか3ヵ月くらいの間に、世の経済は大逆転。
今、私たちは進化などと悠長なことを言っている場合ではなく、
この環境の変化にちゃんと対応して、変化しなければ生き残れない。

嗚呼、大変。でも、停滞はイコール後退ですから…ね。

2008年12月14日

自由の女神達@お台場

今日は、ずいぶん前から、
「海が見えるレストランでランチ」ということが決まっていて、
ぽかぽかと暖かい日差しの風景を空想していたのですが、
とーっても寒かったですね。

081214-1.jpg
    
冷たい雨の降る、どんよりとした空と海を眺めながら、
ジャカルタから一時帰国したMs.Kと二人、
夕刻までの熱いランチタイムでした。

会談の成果はまた後日。
そう、日が暮れる少し前、雲が切れてさっと日が差しました。

2008年12月13日

おかげ

「種の周りの実、花のお陰の結実、根のお陰の花、と巡りますね。
 もう一つ大きな要因は根の育つ大地と花の触れる大気かな。。。」
(…by 友人タマランチ氏)

世は未曾有の大不況。
困難をチャンスに変えることを日々思考中、ですが、
あれもこれもみんな、心身のためによいわけがない。
だから、そんな時だからこそ、なおさら「おかげ」を強く感じます。

081213.jpg

写真は今日もタイのアユタヤです。
木の根っこというか、幹にある仏様の顔。

昨日は、B学院大学の交換留学生たちのコースの最終日でした。
行くつもりだったのに、行けませんでした。
でも、這ってでも行くべきだったと、今とても後悔しています。
去年はこんな感じ。今年は、もっと凄く良かったらしいです。
学生たちのその姿、見たかった。
凄く良かったようなのだけれど、先生たち皆でちゃんと反省会もしていて、
その報告もまとめてちゃんと送られてきて…。
新しい先生たちにも、自信につながるコースになったようです。
時間差で「おかげ」を実感しました。

今日はこれから、姑のお見舞いです。
私、これでも一応、惣領の嫁ですので。
姑は、本当にいい人。なのに、ほんとに不肖の嫁。

2008年12月12日

今年の漢字は「変」

変。
「change」の意味だそうです。私は「へん」かと思いました。
なるほど、今年は本当に変よねぇ…と思いながら読み進めたら、
「変わる」の「か」の「変」でした。

081212.jpg

ここに載せる変な写真は…と考えて、思い出したのがこれでした。
タイのアユタヤの遺跡にあった注意書きです。
なぜか日本語だけ。
ここに顔を乗せて記念写真を撮りたくなる気持ち、
少しわかりますよね。やってはいけないこともわかっているけれど。
でも、そういうことするの、日本人だけなんだろうか?

今日も朝からバタバタ、そしてやたら心臓がバクバクした一日でした。
でも、ウチソトあらゆる皆さんに支えられて、無事一日終了。

今年もあと2週間とちょっとですね。

2008年12月11日

説得ではなく、納得を得る努力

今日訪問した、ある企業の会議室の壁に貼ってあった言葉です。

081211.jpg

皆に見える「花」、誰にも見えない「根」、誕生の「芽」、終わりの「種」、
自分のポジションというのがあります。
私は「根」になりたい。(…と、自遊人氏)

世の中には2種類の人しかいない。
「やめたほうがいい」という人と、「やってみましょう」という人。
「やってみましょう」という人を見つけて一緒にやるのがいい。
考えすぎない。やれない理由をみつけない。今すぐやる。(…N氏)

やれない理由をみつけない。これ重要だと思います。

時に、土の壺とか赤いバケツとか南瓜になってしまいたい時があります。
でも、やらなきゃあ。人間なので。

2008年12月10日

冬のもみじ

12月も10日だというのに、
今日の東京は18℃まで気温が上がりました。

081210.jpg

暖かかったですねえ。
ダウンのジャケットなんか着て出てしまって、
それが一日中大荷物でした。

夜は、レタスしゃぶしゃぶ。
昔一緒に仕事をした懐かしい人と、今年の年末の会、第一弾でした。
インドネシア校のマネージャーだった時、何才だったの?と聞かれました。
32才。
そのあたりの人たち(今風に言ったらアラサー?)、
年齢に、若すぎるっていうことはないと思います。要は、するかしないか。
散る前に、どう咲くか。かな?

2008年12月09日

豚もおだてりゃ木に登る

その典型的なタイプです。私は。

081209.jpg

写真、上手だと褒められたので、調子に乗って今朝も撮りました。
「午後から雨」という予報の、今朝の東の空はこんなでした。

雨が続けば、次は必ず晴れる。晴れたら、またいつかは雨に。
天に貸し借りなし、だそうです。晴れてほしいですね、早く。
日本も。世界も。

2008年12月08日

一身にして二生を生きる

ディスクの奥の方から引っ張り出した、この写真。

070727.jpg

2007年7月27日、台湾の台北駅で、
高雄行きの新幹線を待っている時に、偶然見つけた東国原知事。

好きです。言動にぶれがない(と思う)から。

その東国原知事のブログ「そのまんま日記」に、
 自分がもう二人欲しいな~と思うときがよくある。
 しかし、それは叶わない。
 よって自ずと「一身にして二生を生きる」生き方になる。
 これは欲張りで行き急いでいる感じがするが、
 そういう生き方しか出来ない人間もいるのだ。
とありました。ここです。

東国原さんほどでは全然ないのだけれど、
一身にして二生、少しわかる気がして読みました。
(全然全然、全く全く、もう一人の私なんて要らないんですけれどね。)

そして、もう一人、最近好きになった人。
ノーベル賞の益川先生が今日言いました。

「これから英語の勉強しますか?」という記者の(くだらない)質問に答えて、
「しません。」
「どうしてですか?」
「高校の時に決心をした。まだ実現していないけれど、
『日本語の論文書いて世界中の連中に読ませてやる』と…」

いいな。益川先生。(奥さんは大変でしょうけれど。)

そうですよね、
日本語の論文、世界中の連中が読めるようになったらいいですよね。

2008年12月07日

冬の空。

冬はもう、本当に寒くて寒くて嫌なんですが、
空と空気はきれいでいいですね。

朝。東の空。
081207-1.jpg

081207-2.jpg

夕。西の空。
081207-3.jpg

081207-4.jpg

今日は、少し泳いで、少し歩いて…。
外国人の皆さんは、日本語能力試験でしたね。

2008年12月06日

決意

今日は教育実習コースの最終日でした。
皆さんとっても一生懸命な方たちで、本当に名残惜しかったです。
期間が短いのと、人数も多くないのとで、
ぎゅっと凝縮されている良さというのもあると思います。

最後なので、みんなで食事しましょということで、石焼ビビンバ。
美味しくて、完食。

ここのところ、胃袋が目一杯拡大した状態です。
石焼ビビンバの3時間後に、行った先で、
クリームシチューにマカロニサラダにガーリックトースト、等など。

原因は、たぶん学校でとるようになったお弁当だと思います。
前にここに書きましたよね。お弁当は栄養満点、量も多し。
(さらにご飯の大盛りを頼んでいる人が結構いて、びっくりなんですが。)

よって重量++。それで明日から「レコーディング・ダイエット」を再び。
これもまた以前確かここに書いた、岡田斗司夫さんのです。

それでタイトルの「決意」ですが、ダイエット突入の決意ではなく、
昨日書いた、‘ふり’をしないと書いたことについて。
あれ、書いてから考えたのですが、頂点を極めた益川さんだからOK、
でもまだ私は、もうちょっと突っ張って生きなくちゃなと思ったという、
そういう決意です。

2008年12月05日

9月の末、スピーチ大会で賞をとった学生たちへのご褒美、
座禅の会の写真を、今突然ここに載せたくなりました。

081205.jpg

「ZEN」は、ヨーロッパでも通じる言葉でした。

今日、入管に来年4月生の申請。
海外の皆さん、日本の皆さん、お疲れ様でした。

(写真をクリックしてみてください。大きくなります。)

‘ふり’して生きない。

「英語ができなくても物理はできる。」

そう言って、ノーベル物理学賞受賞の益川先生は今日、
授賞式参列のため、スウェーデンに発たれました。

式での講演は日本語でだそうです。
かっこいいですねえ。

「緊張なんてしない。そんなことで緊張するようなタマではない。」

私も、めったなことでは緊張しないのですが、
誰もが英語でスピーチするなら、無理してでも英語で話します。

「英語を喋らないのではなく、喋れない」のだそうです。益川先生。

‘ふり’して生きるのは大変ですものね。
でも、出来ないことも、やったら出来るかも。
やってみないことには、出来るか出来ないかわからない。
私の信条です。

「あきらめなければ夢は叶う」
そう言ったのは、マラソンの高橋尚子さんでした。

生き方いろいろ。
でも、‘ふり’して生きない。いいかもしれない。

2008年12月04日

ほら、そこにゴールは近づいてる♪

英語の商談で多分そうだろうと思い、“Yes”と答えたら
後日、違う商品が納品された。

ベルリッツの広告。

今まで、ベルリッツといえば、
教師と授業の質の高さonlyだったように思うのですが、
手法を変えたんでしょうか。(違うかな?)

でも、いいよいいよいいよと言われ続けるよりも、
具体的でわかりやすいように思います。
要は、何ができるようになるか(can-do)ですね。

嗚呼、私は何ができるのか。
毎朝、京王線から大江戸線に行く新宿西口の地下は、
ZARDの「負けないで」に合わせて行進。

何がおきたって、どうにかなるサと…♪

2008年12月02日

トップセミナー終了

北は北海道、南は沖縄まで、全国から135校、131人参加。
(人数より学校数の方が多いのは、複数校持つ学校があるため。
日振協加盟校、私も去年までは一人で二校だったんですけれど、ね。)

081202-2.jpg

第一日目、パネルディスカッションのテーマは、
「留学生30万人計画の実施と日本語教育機関の果たす役割」。
パネラーは、
文科省 大学改革(兼)留学生交流室長、
法務省 法務専門官、
外務省 首席事務官、
経産省 産業人材政策室長、
そして大学と専門学校から各1名の計6名。
企画&司会は、日振協佐藤理事長。

私たちが現状を把握するという意義はもちろんですが、それ以上に、
各省庁に日本語学校の存在を再認識させ(=してもらい)、
壇上で、日本語学校への期待を語らせた(=語ってもらった)ことは、
とても大きな意味があったと思います。
(私たちが良識をもって臨むことを前提とした期待であることは、もちろん。)

第二日目、分科会。
共通議題は、
「中国認証システムの活用促進について」、
「「留学」「就学」の一本化の実現推進について」、
「ガイドラインの見直しについて」、
「看護師・介護福祉士の日本語研修の対応について」。

そして選択議題。私が司会をした分科会は、
「教員の育成・確保と処遇の改善について」。

たくさん考えて、たくさん語った二日間でした。
ここに私の写真を載せている人あり。
皆さん、お世話になりました。M社のnirasawaさんも(←一緒に会場探した方)。

しかし30万人計画、追い風の兆しのはずだったと思うんですが、
今の金融危機、経済不況、どう関係してくるでしょう。(とっても真面目な話。)

去年の昨日

去年の12月1日の写真です。

081202.jpg

あれから1年。早いですね。まさに光陰矢のごとし。
今年は創立31周年、来年は32周年。

インターカルト、100年後も200年後も永遠に、のために、
今、私(たち)は何をしたらいいのか、しなければならないのか。