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「羨ましい」について

今、自分のまわりに、その生き方を人から「羨ましい」と言われる人が
何人かいて、その人たちがぼそっと言うのは、
「羨ましいと言われることのために、それ相応の犠牲があるのに」。
努力だってしていると思う。
それを見ずして、知らずして、表面だけを見て「羨ましい」と言う。
「じゃあ、あんたもすれば?と言ってやりたい」。
できないのですよね、できないから羨ましいのですよね。
それを知っている人は、人のことを羨ましいとは言わないのです。

「うらやましい」の「羨」という漢字、
日本語教師養成コースの恩師、就職後の上司であったH子先生が、
「羊の下は「次」ではありませんよ。「にすい」ではなく「さんずい」です」と
よくおっしゃっていました。
そう、「羊」+「よだれ」から成る会意文字です。
人の人生を見て、たら~っと涎(よだれ)をたらすっていうのは、
ま、かっこはよくないですね。

ここのところ、変化が多い分、考えさせられることも多い毎日です。
ぐっと飲み込むことも?喜びも楽しさも、ちゃんと多いんですけどね。
人生是…なんだろ。

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