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時が滲む朝

「芥川賞発表」という文字につられて、今朝、府中の駅で買って、
学校まで、学校からの帰り、帰って来てから、・・・で一気に読みました。
楊逸さんの受賞作、『時が滲む朝』。

文藝春秋 2008年 09月号 [雑誌]
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(賛否真っ二つに分かれたという評価の)
否側の選者の指摘と同じものを感じつつも、一気に読ませたのは、
この物語の展開と完全にだぶった私の思い出によるものだと思います。

   * * *
(2004年6月4日に私がここに書いたこと)
あの天安門事件から、この6月4日で15年になるそうです。
15年前、私は高円寺の旧校舎で選択必修の授業をしていました。
お昼のNHKニュースをリアルタイムで見ながらする授業で、
その日は教室に入りきれないほど中国の学生が集まってきました。
天安門はもちろんトップニュースで、
学生たちは最初黙ってじっと画面に見入り、続いて叫び、机を叩き、
教室中で激論が始まりました。もちろん中国語で。
全く日本語の授業にはなりませんでしたが、「今日はこれでよい」と思いました。
   * * *

この物語の始まりである1988年は、私の今に続く日の始まりの年で、
登場する人々は、当時私の目の前にいた私と年の変わらない学生たち。
あの時の、時代の裏側を見るような気持ちで読んだのだと思います。
当時、私は今以上に無知でした。

ここのところ、目くるめくという表現がぴったりの日々を自ら作り出し、
まわりの人のみならず、自分までそれに翻弄されそうになる中、
今日のこの本は、今日の日をちょっと違う今日にしてくれたように思います。

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コメント

無理しないでくださいね。
勉強した、新宿の日本語学校は特定出来ないのでしょうか。
新聞は悪いことが大きく出ますが、なかなか良いことは出ませんね。
トップセミナーでお呼びして、日本語学校(留学)時代の話をしてもらうのはどうですかね。

まだまだ事の重大さが わかっていなかったころの私。
早稲田校で教えていました。教室の窓から 中国人学生が書いた垂れ幕が おりていたのをねこやのそばから眺めたことを 昨日のことのように覚えています。

湾岸戦争が始まった日に 聴解用のカセットデッキのラジオをFENにあわせ、蒼白になってニュースを聞いていた5人の米国人学生のことも同時に思い出しました。あれからこんなにときが流れたのに 世界は平和に近づいているのでしょうか、、、

H明子さん、
ああ、早稲田校にいたんですね。ねこや、懐かしい。
おばさん、元気かしらね?私たちがまだ早稲田にいる間に、
遠くの娘さんだか息子さんだかの家に身を寄せると言ってお店を畳みました。

平和。どうなんでしょう?
世界の全てが変化しているのは確実に感じるけれど。

戸田自遊人さん、
新宿の歌舞伎町の日本語学校だったと書いてありましたね。
聞くところによると、当時あった日本語学校は500とも1000とも。
日振協もない時代、今はもうない学校ではありませんか?
楊さんをトップセミナーにという件は、理事長に直談判を・・・。

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