それぞれの基準
18か19の時、
青森出身の友人(Ms)と山形出身の友人(Mr)との間で、
どちらの故郷がより都会かという言い合い勃発。
「じゃあさあ、国道まで何分?」
青森は八戸ならぬ七戸の出の彼女がおもむろに曰く。
「え・・・・・」
そこにいた全員が、それを都会の証とするか…と言葉を失いました。
彼女のご主人が北京の日本大使館にいた時、
たまたま出張で行ったあちらでちょっとだけ会ってから十年近く、
どうしてるかなと思い出したのは、今日が彼女の誕生日だからです。
(昔の記憶は鮮明なのです。
名前、誕生日、人によっては電話番号まですらすらと出てきます。
なのに、最近のことが出てくるまでの時間、・・・嗚呼。) これ、老いの基準。
基準、人によって違うんだなと思うこと、よくあります。
何がよくて何がよくないのかよくわからない、ことも多い。
ところで、今日8月22日は母の誕生日でもあります。
自分の年もそうなのだけれど、親の年を改めて考える時、
なんとも言えない感慨を覚えます。いつの間にそんな年に。。
何をもって年寄りとするか若いとするか。よくわからないけれど、
私の母に関する限り、かなり若い組に入るといつも思っています。
でも、もう○○歳。
(母、ケータイでこのブログをチェックすると思うのでここで。“祝誕生日”)