鳥の巣に思うこと
2008年8月8日開幕の北京オリンピック、
準備は着々というか、遅々というか、なんというか、
今まだ工事が行われている様子が放映されていました。
北京。初めて行ったのは、10年くらい前。
中国人民大学で行った養成コースの海外研修の引率ででした。
町全体が砂っぽい、何色?と聞かれたら、茶色、
道行く人々は、私がイメージしていた通りの中国の人々、
そういう北京という町、市全体が歴史だと思いました。
何千年もの歴史をそのまま残しているように思えました。
オリンピックのメインスタジアムとなる鳥の巣状の建物、
‘Wikipedia’によると、
「凝ったデザインが災いし、鉄骨を鳥の巣のようにくみ上げた構造は、
定期的なメンテナンスをしなければ腐食する恐れがあるとされ、
維持費に年間5,000万元かかる」そうです。
高額の費用をかけて、残す必要があるのでしょうか。
いや、鳥の巣があってもなくても、
昔ながらの北京の町、北京の道は、もうないのですよね。
と、他人の国や町のことで感傷的になるのは、
旅人や無関係の人間の自分勝手、エゴだと言います。
その国、そこの人々にとっては、大きな発展の始まり、きっかけなのに。
でもね、やっぱり。
整備された会場や道路に元あった家や、そこに住んでいた人は、
今、どこでどうしているのでしょう。・・・と思ってしまいます。