運、縁、努力
努力とか、頑張るとか、最近はどちらかというと敬遠している言葉です。
息張らない、自然体、さりげなく生きたいなぁと思っています。
(さりげなく生きてるっぽいのだけれど、ちゃんと足跡を残す、という感じ。)
↑これ自体が、全然さりげなくないのだけれど。
今日会った人に、「運、縁、努力」という話を聞きました。
インターカルト日本語学校に関して言うと、
世界中の運と縁を引き受けたと言っても過言ではないほどの運と縁。
でも、運と縁だけではそれっきりで、
ちゃんと努力をすることで、その先に道が開けるという話です。
努力、言葉は好きではないけれど、努力は皆がしてくれていると思います。
仕事をしている人たちも、学生たちも。
自分の進むべき方向をちゃんと持って、
それに向かって、ちゃんと進んでいくことが今するべきことだと思っています。
(と、ここで、インターカルトに勤めて最初に学生にされた質問が、
「ちゃんと」って何ですか?だったと思い出しました。ボストンのフィルさん。)
中学生の頃は、努力という言葉、好きでした。
勉強机の前に「たゆまぬ努力」とか「心頭を滅却すれば火もまた涼し」とか、
書いて貼ってました。
なんでもいいから、ちゃんと前に進まなくちゃ。
現状維持というのは、後退と同じです。
まわりは前に進んでいるので、止まっているのは後ずさり。
なんであれ、なんであれ。