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現地&度胸

1992年にジャカルタに住むことになった時、
突然の赴任決定だったため勉強間に合わず、行く前に覚えたのは、
「おはよう(スラマット・パギ)」と「ありがとう(テリマカシ)」だけでした。

行って1週間くらいの間に、
私は「サヤ」、インドネシア語は「バハサ・インドネシア」だというのを覚え、
2週間めのある日の午前中、一人でタクシーに乗って、
インドネシア語のクラスがあると聞いたアトマジャヤという名前の大学へ。

タクシーを降り、門番のおじさんに、
「スラマット・パギ! サヤ・・・・・・バハサ・インドネシア」。
日本語訳は、「おはようございます! 私・・・・・・インドネシア語」、
「勉強する」と「~したい」という言葉を知らなかったため。
そんなでも、通じるのですよね(たぶん)。
広いキャンパスのあっちの方の校舎を指差すので、
「テリマカシ(ありがとう)」と言ってそっちの方へ。
その後は、校舎の前にいた人、校舎内の学生、掃除の人、と色々に、
上記同様の、「私・・・・・・インドネシア語」という台詞を言って、
おそらくインドネシア語クラスの受講受付をしてくれると思われる
事務所にたどりつきました。

「私・・・・・・インドネシア語」。通じた。
が、しかし、いつから勉強したいの?クラスで?プライベート?等など、
たぶん聞かれたのだと思うのだけれど、もちろんさっぱりわからず。
事務の人は、確か英語でも言ってくれたように思うのだけれど、
示された金額の妥当性が判断できなかった。(そりゃそう。まだ2週間。)
その段階で、こりゃあ、申し込むのは無理だと気づき、
「出直してきます」と言いたいけど言えず、何か言って帰ったのだと思う。

その後、再びアトマジャヤを訪ねたのは4ヵ月後(また一人で)、
そこでどうにか手続きをして、晴れてプライベートレッスンの学生になりました。
4ヵ月後に、何であれそれだけできるようになったのは結構凄いのだけれど、
身についていたのは完全喋り言葉、なので先生は大変。
不完全な文法で喋りまくる、ほんと、嫌な学生だったと思います。
(日本語の学生にもいますよね。)

と、なぜアトマジャヤのことを書いたかと言うと、
JCCのkaikiriさんの「よもやま日誌」に、アトマジャヤの文化祭に参加とあり、
思わずあの日のことを思い出したからです。

語学学校やってますけれど、外国語を最も速く身につける秘訣は、
現地に行ってしまうことと、度胸だと思っています。
けれど、正確さについて言うと、まったくのゼロの状態でちゃんと学校に行くこと。
じゃないと、一生、恥ずかしい言葉しか話せない、私のように。

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コメント

 加藤先生もいろいろな経験を
なされているのですね。

 「スラマット・パギ! サヤ」この言葉が懐かしく思い、またコメントしてしまいました。

 遠い昔ですが、お友達があちらで
日本語学校に勤めていた関係で、実は私も日本語を勉強するようになりました。

 そして、あちらの言葉を少しですが、勉強をした事がありましたが、今では歳を重ねすぎて、忘れてしまいました。

 先生のおっしゃるように、覚えようと思うには、やはり現地に行く事でしょうね。 頑張ります。

 

そうでしたか、Ibu Katoはアトマジャヤ大学でインドネシア語を勉強したんですね。

現地でどっぷり、そして度胸。
まさしくそうです。

私の英語はいつ、なんとかなるのでしょうか。

いつか英語留学したいと思いつつ、すでにこの年。

せめて今のインドネシア語ぐらい話せるようになればなぁ…。

怜悧さん、
え?お友だちがインドネシアの学校で先生をしていらしたんですか?
それで、怜悧さんが日本語の勉強?(日本語教師になる勉強?)
怜悧さんこそ、いろいろな経験をされているのでびっくりしています。

Ibu Kaikiri、
そうなのですよ、アトマジャヤでです。
言葉もできないくせに、一人でタクシーに乗って、
ちゃかちゃかとどこへでも行ってました。
現地&度胸…そして何と言っても若さ!だったと思います。
となると、これから新たな語学は難しいかなぁと思いますが、
でも、Kaikiri様のパワーをもってすれば。。。きっと。

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