靠走廊的座位
人のために立つことは苦ではありませんが、
自分のために人を立たせるのは、大いなる苦です。
なので、飛行機に乗る時は、いつも通路側を希望して座ります。
今回、北京から上海への移動は、中国語ができる人の同行なしの一人。
チェックインの時、国内線のため英語は通じず、「通路側」と紙に書いて見せました。
が、「???」という顔。
そして、「どういう意味?」という追求なく、さっさと発券。
結果、久しぶりの窓際の席となりました。

だから撮れた雲の写真。
中国では漢字を見せれば意味が通じる、
ひいては、中国人学生は漢字の国だから、板書すればわかる、
読解問題も、漢字を拾って大意はつかめるはず、
…などなど、これは大いなる誤解、思い込みです。
(もちろん、できる人はたくさんいますけれど。)
今回の出張で最も考えたことは、そういう思い込みや前提についてです。
中国はこう、何はこう、これこれはこう、そして学生募集はこう…。
まずそういう思い込みを捨て、前提を疑い、真実を見て、
他人の眼鏡を通した判断ではなく、自分自身の考えを持たなければと思いました。
(実は、とっても当たり前のことなんですけれどね。)
前提を疑え。
不合理な前提を変えさせる説得力と行動力。
(ある人の言葉です。)

朱さんと。

上海の夜景。
「靠走廊的座位」、
中国語の「通路側の席」は、日本語とは似ても似つかないものでした。
帰りは、朱さんにこれを紙に書いてもらって見せ、
難なく通路側の席に座れる予定…だったのですが、
なんだぁかんだぁ色々あって(省略)、人と人との間っこの席でした。
日本語教育、日本語学校、インターカルト、そして日本よ、
いつ、いずこに、いかように。
色々考えた今回の出張でした。
…というわけで、無事帰ってきました。
この前のエントリー分にも写真入れました。
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