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2007年08月31日

日本学のすすめ

今年もBukyoGakuin大学の「Multi-lateral Student Exchange Program」がスタート、
今日はその開講式でした。
アメリカ15、マレーシア2、カナダ1、計18人、見るからにワクワク、ドキドキの学生たち。
すみませんけど私は気分一新。大いなる気分転換。

式終了後のパーティーでは、このプログラムで「日本学」を担当する先生とお話。
清水良衛先生。

いやぁ、先生のお話、本当におもしろかったです。
世界の各地で生活をした際、そこで日本を説明する必要に迫られた。
説明するためには、自分が正しい日本の知識を持たなければならない。
そこから生まれた先生の日本学。

あんまりおもしろかったので、先生が書かれたという本、
学校に帰ってきてすぐにamazonで注文してしまいました。

4893840290日本学のすすめ―共存的国際理解を深めるために
清水 良衛
北樹出版 2000

by G-Tools

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日本語の先生も、ちゃんと「日本学」の知識を持つべきだと。
言葉の向こう側に文化があるのだから。
「学」とは「学」。○○観の次、○○論の次が○○学、日本学、だそうです。

清水先生、ルバング島で小野田さん捜索にも参加した経験があるとか。
話の中で、私と同じ生まれ年(亥年)だと気づきました。
それを申し上げたら、「え?あなたも昭和10年生まれ?」と。…まさか。

でもでも何度も言ってすみませんけれど、本当によきリフレッシュのひと時でした。

2007年08月30日

もう9時半ですけれど、まだ学校にいます。

午前中は、
文化審議会 国語分科会 日本語教育小委員会のヒアリングに。
『対象別の日本語教育の在り方について』という内容で、
日本語学校からの報告をしました。
多様化している学習者、日振協として取り組んでいること、
これからの課題、などなど。

新宿区の日本語教室を主宰する方のお話も聞きました。
この、地域の日本語を担当する機関にとっても、日本語学校にとっても、
委員会の委員の方々が所属する機関にとっても、文化庁にとっても、
「日本語教育」ということにおいては、まったく同じ土俵にいるわけで、
今頃一緒に話しているのがおかしいくらいですけれど、
それでも、話ができる機会があったのは大きい一歩で、
次のさらなる大きい一歩のために、私たち皆が、
国の政策の中にちゃんと入り込まなくちゃいけないんだよなぁと思いました。

午後は、
今日、東京入管から発表があった10月生たちの結果を聞き、
(おかげ様で許可が出ました。ありがとうございました。)
海外への色々な連絡と、会議。

そして、あきれたんぼのしゃーなぐさ。ほんとに、あきれたんぼのしゃーなぐさ。
あああ、ほんとにあきれたんぼのしゃーなぐさ。

2007年08月29日

宿題「挨拶をすること」

切磋琢磨する仲と(私が勝手に)思っている
Mr.hasegawaさんMs.kaikiriさんが最近やたらに絶好調の様子。

hasegawaさんは、「日タイの未来は私達が創る」と宣言して、
9月1日と2日に、シリキットセンターというとても大きな会場でフェアを行います。
スタッフの皆と一緒に着々と準備を進めている様子が伝わってきます。

kaikiriさんは、夏休みで帰国していた日本からジャカルタに戻り、
27日に久々に学校へ。留守をしっかり守ってくれたスタッフを前に、
JCCはどんどん「骨太の学校」になっていくと。

インターカルトはと言うと、は、頑張ってます。
私はと言うと、まだ何となく、バリウムと下剤がお腹に残っている感じ。(+o+)

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去年からある(今年もあった)、病院前の「どすこい君薬局」。

この健康診断のために行く病院もそうですけれど、他の病院も、
今はサービスがよくなりましたね。患者さんはお客さん扱い。
名前を呼ぶ時も、「加藤様」と「様」付けです。挨拶もとても丁寧。

先々週、日本に来ていた台湾事務所のsonさんが、
訪問したTOHO学園の学生達が皆、ちゃんと挨拶してくる!と驚いていました。
これ、本当です。私も以前同じ経験をしました。
係の学生ではなく、ただ同じエレベーターに乗り合わせた学生が、
「こんにちは~!」と普通に声をかけてくるのです。とっても今風の男の子も。

以下、今日読んだ雑誌に、
  どうしても許せないのは挨拶ができないことです。
  少し前、守衛さんに挨拶しない人間がいる旨の匿名の社内メールが
  届きました。自分の目で確かめに行くと、守衛さんが「おはようございます」と
  声をかけているのに、ろくに返事もしない社員がいる。そういう時は怒ります。
  (中略)
  この社会人としての基本や土台があるからこそ、
  自分の軸をしっかり持つこともできるのだと思います。
とありました。伊藤忠商事のトップの方の文章です。

インターカルトの皆は、元気に明るく挨拶してるでしょうか?
学生だけじゃなく、私たちもですよ。ほんと、してますか??
秋の風に吹かれながら振り返ってみましょう。
挨拶していませんよというメールを受け取るのは、悲しいことですよね。

どすこい。

2007年08月28日

なるべくベジタリアン

上海で会った人が、最近ベジタリアンに転身したということで、
私も三食ほど一緒にベジタリアン体験をしました。
そして、帰国後の六食、一応、なるべくベジタリアン生活を続けています。
(明日、健康診断なので。。)

さて、今日は、元気を与えてくれる人が次々に登場しました。
インターカルトの教師を経て12年前に韓国に渡ったMr.hiroseさん、
質実共に、一回り大きくなっていました。頼もしい。
今、コースの共同企画をしているVANTANのMr.naritaさん、ほんと仕事が速いです。
そして、アメリカから一時帰国中のMs.akamineさん、天使の再来。

出張から帰って来て、学校に行ったら仕事の山。
片付けなければならない色々があって、カリカリしてました。
まだまだ、人間、できていません。反省。
来てくださった上記の方たちとも、ほんとバタバタで、あまりゆっくりお話できず。

夜、養成の修了生でマレーシアで活躍しているMs.nishioさんにメール。
頑張っている人、いいですね。
そうしたら、サマーコースの学生だった息子keita君を連れてアメリカに帰った
Mr.kobayashi先生から皆既月食の写真のお裾分け。

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メーン州の皆既月食は、今朝だったそうです。

ベジタリアン、「なるべく」がミソです。
できない時はしなくてもいいんです。なるべくそうできるようにすれば。
食生活だけでなく、なんでも。
(でも、ちゃんとできないとカリカリしちゃうんですよねぇ。。)

2007年08月27日

靠走廊的座位

人のために立つことは苦ではありませんが、
自分のために人を立たせるのは、大いなる苦です。

なので、飛行機に乗る時は、いつも通路側を希望して座ります。
今回、北京から上海への移動は、中国語ができる人の同行なしの一人。
チェックインの時、国内線のため英語は通じず、「通路側」と紙に書いて見せました。
が、「???」という顔。
そして、「どういう意味?」という追求なく、さっさと発券。
結果、久しぶりの窓際の席となりました。

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だから撮れた雲の写真。

中国では漢字を見せれば意味が通じる、
ひいては、中国人学生は漢字の国だから、板書すればわかる、
読解問題も、漢字を拾って大意はつかめるはず、
…などなど、これは大いなる誤解、思い込みです。
(もちろん、できる人はたくさんいますけれど。)

今回の出張で最も考えたことは、そういう思い込みや前提についてです。
中国はこう、何はこう、これこれはこう、そして学生募集はこう…。
まずそういう思い込みを捨て、前提を疑い、真実を見て、
他人の眼鏡を通した判断ではなく、自分自身の考えを持たなければと思いました。
(実は、とっても当たり前のことなんですけれどね。)

前提を疑え。
不合理な前提を変えさせる説得力と行動力。
(ある人の言葉です。)

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朱さんと。

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上海の夜景。

「靠走廊的座位」、
中国語の「通路側の席」は、日本語とは似ても似つかないものでした。
帰りは、朱さんにこれを紙に書いてもらって見せ、
難なく通路側の席に座れる予定…だったのですが、
なんだぁかんだぁ色々あって(省略)、人と人との間っこの席でした。

日本語教育、日本語学校、インターカルト、そして日本よ、
いつ、いずこに、いかように。
色々考えた今回の出張でした。

…というわけで、無事帰ってきました。
この前のエントリー分にも写真入れました。
       ↓

2007年08月25日

中国から更新!

こんにちは!今、上海にいます。
ちょっと時間があるので、ご無沙汰の日々の振り返りを。

8月21日(日本→北京)
朝9時の成田発の便のため、家からでは間に合わず、
新宿のホテルに前泊しました。それでも、6時前にホテル発。
無事、北京着。空港からの道は、車、車、車。
北京市内の車の台数は300万台。一日2000台ずつ増えているそうです。
気温は日本同様、もわっと暑く、けだるい感じ。時間が止まっているような。。

8月22日(北京)
北京の時間は止まっていませんでした。
私にとっては5年ぶりの北京。街も人も、まったく違っていました。
対外経済貿易大学で、日語教学研討会(日本語教育セミナー)初日。

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※詳細は、帰国後に改めて。
 (いろいろ思うこと、ありました。)

8月23日(北京)
セミナー2日め。学校別にテーブルを出しての相談会。

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サイナさん。

中国では、毎年500万人の卒業生を輩出し、
そのうち50万人が留学を希望しているそうです。
アメリカ44%、カナダ30%、ヨーロッパ10%、オーストラリア10%、
日本5%、韓国1%だと、
テーブルを訪れたエージェントの若い女性が言っていました。
韓国はたった1%だけれど、韓国大使や夫人の顔が中国の民間に見える、
それに比べて日本は、と。
なるほど、そうなんだ、と思いつつも、中国と日本の間のある色々な問題。。

夜は、通訳をしてくれた元スタッフのサイナさんと、モンゴル料理で打ち上げ。

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車の中から撮った天安門広場。

8月24日(北京→上海)
一人での移動でした。
搭乗時刻が過ぎても25Aゲート、開く気配なし。
すると、ハンドマイクを手に、上海プートン(浦東(空港名))と、
歌を奏でるように言い続ける空港のお姉さん。
もしやと思って聞いてみると、25Gにゲート変更とのこと。
最後から2番目の搭乗客となり、無事上海へ。
空港では、朱さんがご主人と一緒に出迎えていてくれました。

以上が昨日までのこと。明日日本に戻ります。では~。

2007年08月20日

あと354日

北京オリンピック開催までの日にちです。
もう一年を切っているのですね。

会場の準備の進捗状況を見るためではなく、
日振協主催の日本語教育セミナーが北京であるため、ちょっと行ってきます。
セミナー終了後、上海に寄って、26日に戻ってきます。

PS.トーチはできたそうです。これ。おお中国!ですね。では~。

2007年08月19日

東へ西へ

JR府中本町駅に行く途中にある大國魂神社で、今日もまた太鼓を叩く音。
今日は何だろう?と思ったら、

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“けやきフェスタ2007 よさこいin府中”。
府中では、なんだかんだと、ほんとによくお祭をしています。

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出番を待つ、こんな若い人たち。

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こんな若くない人たち。

色々の用事のため、中央線を西へ東へ西へ東へ。ちょっとした東奔西走。
最後は、ベトナムの卒業生3人娘にお呼ばれで、中野へ。

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彼女たちの家で、「24時間テレビ 愛は世界を救う」を見ました。
萩本欽一氏(66歳)が、24時間チャリティーマラソンを完走していました。壮絶。
この猛暑の中、どっと疲れが出なければいいですけれど。
私ももう一頑張りしなくちゃなぁと思いました。…とことん前向き。

♪負けないで もう少し 最後まで 走り抜けて♪
(欽ちゃんゴールの時に流れていた、ZARDの『負けないで』)

以下、余談。
しかし実は私、東奔西走の途中で、油断して右足首をまたグギッと…。
(今日は、完全に平坦な道で。左足膝っこぞうに擦り傷。)
自分の注意を喚起するためにも、右足首のテーピング、しばらく続けることにします。

2007年08月18日

本当の自分

早く起きて髪を洗って、今日はTOHOgakuenに行きました。
台湾事務所のsonさんとpeilanさんを送りがてら行って、
私は、挨拶と、少しだけ学校の皆さんと話をして帰ってきました。

帰りの大江戸線の新宿駅、柱に自分の姿が。

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とても細く映っていました。
つい数年前までは、これくらい細かったのですよね。
いつの間にか変わってしまった。
変わったのは外見だけなのか。中身もなのか。
なんだかとっても、疲れましたねぇ。。

左右が反転して、
自分の顔を他人がどう見ているかがわかる鏡があるのだそうです。
これ、売り文句は「本当の自分が映る」。
本当に映るのならば、ほしいかな。特別価格3,500円也。

2007年08月17日

教室には、天井と壁があるものだ。

…と、何の疑いもなく、無意識のうちにそう思っていましたけれど、
別に、天井も壁もなくたって構わない、なければならないというきまりもない。

本当に天井も壁もない教室を、今日見ました。

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上から見た教室-天井がない。

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前から見た教室-壁もドアもない。

コースの共同企画を進めているVantan Career Schoolの、
SOCO横浜の教室です。

あれが問題、これがダメ、そんなことできっこない…、
そうやってマイナス面を並べ立てるのではなく、
へぇ、そういうのもありなんじゃないかと、発想を転換できる器量をもっていたい。
固定観念の中でだけ生きていたら、
発展がないばかりか、現状維持だって…難しいですよね、きっと。

この、うだるような暑さが、私に元気を与えてくれているような気がしています。

2007年08月16日

蝉時雨がもたらしたもの

昨日の晩は、確かに蝉がものすごく鳴いていました。
まさに蝉時雨(せみしぐれ)、それも真夜中に。
私も、あ、何か変だなと思いました。

今朝あった地震。午前4時、震度4。
昨日の夜の、蝉の異常な鳴き声を聞いて、何かあると思ったという人がいました。
これ、地震の前にナマズが暴れるっていうのと同じなのでしょうか。
地震を察知して鳴く蝉も、鳴き声を聞いて異変を察知する人も、
きっと、とても神経が繊細なのでしょうね。いろいろを感じてしまう。。

今日も11時過ぎに帰ってきたのですが、今晩は、蝉、鳴いていませんでした。
明日は、地震、ありませんね。きっと。

それより何より、今日の気温、40.9℃! 埼玉の熊谷と岐阜県の多治見で。
日本記録だそうです。
皆様、とろけないように、お気をつけくださいませね。

私は、本日、生まれて初めて‘日傘’をさしました。
ずっと、日傘は年寄りがさすものと思って拒否し続けていたのですが、
片肘張ってないで、素直に物事を受入れるのもいいかなと思ったもので。。

2007年08月15日

気温が体温を上回りました。

2003年8月の花火です。

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学校の机の上と一緒に、PCのデスクトップの整理をしていたら、
どこかから、この写真が収まっているファイルが出てきました。
何が変わっただろう、2003年8月と2007年8月。

今日は、スウェーデンとミャンマーからお客様。
結局終わってない、机の上の片付け。ただ端っこに寄せただけ。
明日は、神宮の花火だそうです。

2007年08月14日

うたた寝

「うたた」って何?と、辞書のサイトを開いて、
ごろんと横になって、今日もまたうたた寝をしてしまいました。
今、私のPCは、諸々の理由のために和室の長火鉢の上にあって、
その脇のリクライニングの座椅子に座って操作しているため、
いとも簡単にうたた寝できる環境。…よかった、今日は今日中に目が覚めて。

2007年08月13日

地球人ネットワークを創る

かっこいいキャッチフレーズですね。「アルク」のです。
その、アルクの新しいサイト(たぶん新しい。。)“ALC Japan”に、
インターカルトが情報を提供した『留学・進学案内』というページを発見しました!
韓国語版(ALC Korea)も、中国語版(ALC China)も。

でも、発見!って変ですね。
10年近く前から掲載されていた古いバージョンの『留学・進学案内』、
それをリニューアルしようというお話があって、numata先生が情報の見直しをして、
うーん、いつから、どこに、それがアップされるんだろう???と思っていました。
(このお知らせ、もしかしたら来ているのかもしれませんが。)

アルク、一つ一つのコンテンツはとてもいいと思うので、
もっと派手に宣伝したらいいですよね。

これもずっと前ですけれど、『外国人の大疑問』というのにも、回答しましたね、私たち。
更新を大変怠っているのですが、ブログも。
そのブログの左脇にコンテンツの一覧があるので、
授業の参考になりそうなもの、見てみるといいと思いますよ。

2007年08月11日

お盆

今年はアラボンだから、帰んなくちゃいけないんで…と、yさんが言っていました。
実家が埼玉県と栃木県と、同県ではないのですが、
本庄と足利、言語圏は同じだなと思うこと、しょっちゅうです。

アラボンは、新盆です。
人が亡くなって初めて迎えるお盆。
こう言うところは多くなく、同じく新盆と書いてニイボンとか、シンボンとか、
また、初盆(ハツボン)と言うところのほうが多いようです。

人が亡くなることに関してのしきたりは、宗教によって地方によって家によって色々で、
身内に不幸があって初めて、自分は何も知らないのだという事態に直面します。
私の場合は、27の時に父を亡くした時に初めて、
本家、父方の祖母ももう亡くなっていたので、父の兄の奥さん、
母にとっては義姉、私から見たら義伯母に、すべてを聞き、すべてをその通りにしました。

新盆の時に飾る白い提灯は、嫁に行った娘が買うものという指示を受け、
私が買いました。
お墓に供えるお団子は、子どもを産んだことがある人が作る、
その時、妹たちにも子どもがいなかったので、私たちを産んだ母が作りました。

父の葬儀に来た年をとった人たちはあらかた亡くなって、
私たちにしきたりを教えてくれた義伯母は、今もう、寝たきりです。

そうやって順繰り順繰り。

インターカルトの夏休みは、あと一週間。
でも、ここ何週間もインターカルトで私がするべき仕事をほとんどしていなくて、
机の上はチョモランマ、世間が動き出したらまたそのまんまになってしまうので、
来週は、静かな学校で効率的に「インターカルトの」仕事をする週にしました。
(なので、夏休みは改めていずれ。)

明後日は迎え盆。
明日の日曜日に実家に帰って、
明後日の月曜日、朝早く母と迎え盆をして(亡父を迎えに行って)、
それから学校かな…と思っています。
普通は、日が暮れてから提灯に火をつけて先祖を迎えに行くものだと思うのですが、
とてもせっかち(というか、自分の思い通りにいかないと気がすまない性格だった)父に、
何ぐずぐずしてる!と怒鳴られないうちに早めに迎えに行って、
それから出勤の予定です。

2007年08月10日

幸福の最大公○数

灼熱の東京、今日の最高気温は35.7℃、
日振協の会議に行くべく、信濃町校から駅に向かう道、
上からは太陽の熱がガンガン、下からはアスファルトの照り返しの熱がガンガン、
その道を、両手をかざして歩きました。
いや~ぁ、夏! いい気分でした。

さてさて、東国原知事のHPの中の『新そのまんま日記!』、
日記名にリンクをはったのでそこから見られますが、
8月9日に書かれた文章の一部を抜書きさせていただきますね。

 「宣伝・PRしてくれ!」と言われ、人脈や各メディアさん達の協力を頂き、
 これまで一生懸命PRして来た。「テレビに出過ぎ!」だとか、
 「品格や威厳が無い!」とか、一部に批判されながらも構わず宮崎のために
 良かれと思い、不眠不休・一心不乱に頑張って来た。

 しかし、
 マンゴーが人気過熱で農家や卸業者が翻弄しているのだという。
 卸業者は「値決め」を数ヶ月前に既に完了しているため利益率が悪いとか、
 生産者からは「固定客離れが心配」とか「偽装が出る」とか、散々である。

 がっかりである。ていうか、力が抜ける。僕はこれまで一体何をして来たのだろう?

こういう気持ち、なんとなくわかります。
時々、そう思うこと、ありますから。

7月27日に、台北駅で偶然見かけ、一緒に写真を撮って親近感を覚え、
7月31日に、「明るく楽しく、闘っているそぶりを見せず、
でもちゃんと自分の考えを貫き通している。理想だと思います。」
なんてここに書いたのですが、そんなね、甘いものじゃないんですよね。

東国原さんのこの日の日記の最後は、
「幸福の最大公倍数」って? 存在するの? それを目指す「政治」って? 存在するの?」
で結ばれていました。
(…ん? 最大公約数じゃないか。。。? まぁいいか。)

私の場合、だいたいにおいて私自身が幸福気分のことが多いのですが、
私とて、「わたしゃ一体何やってんだか」と思うこと、少ないとは言えません。
でもね、形状記憶合金みたいな血が体の中を流れているのか、
一時(いっとき)しゅんとなって、やる気をなくすようなことがあっても、
ある時いきなり、びよよよよ~んと元に戻ります。

今日の日振協の会議、こっそり出席者の平均年齢を計算したら(予想年齢で)、
なんと66歳! 出席者14名中最年少の紅一点、ひっそりとおとなしくしていました。
すみません。

2007年08月09日

今日も明日も日振協

こんなタイトルをつけると、またyahooやgoogleの検索で上位にヒットしてしまいますね。
「日振協」で検索すると、です。でも、つける。それくらいに日振協。

昨日の晩は、お台場のワシントンホテルに泊まりで、
二日間にわたって行われた「日本語学校教育研究大会」終了。
今まさに!の「日本語教育スタンダード」が大きなテーマで、
「日本語教師ポートフォリオ」を作る方向で動き出しそうだし、
参加者240名余りと大盛況だったし、委員みんなと協力してやって楽しかったし、
よかったと思います。しかし、疲れた。正直、疲れた。ほんとに疲れた。

今週、あと一日。明日は少しゆっくり仕事に行きたいなと思って手帳を見たら、
10時にお客さん、そして、なんと午後、日振協と書いてある。
学生受入問題対策チーム会議だって? 
この会議の関西方面のメンバー、今日の大会が終わって飛行機で帰りましたけど。
(過去のメールを確認)
おっ、7月20日に日振協のhiguchiさんからメールがきてる。ほんとに明日だ。

大会が終わって、お台場からの帰り、
e先生の学校の車に乗せてもらって、レインボーブリッジを渡って帰ってきました。
遠くに見えるたくさんのビルがきらきら光を放ち、まさに「TOKYO」の風景、
こんなに美しい東京の夜景、今まで見たことなかった。
e先生がかけたCDから流れてきた、ちょっと懐かしいメロディーとも相まって、
疲れがふふふふふーっと、ほんの少し体から消えていきました。

お疲れさんま。あと1ヵ月もしたら、さんまの季節ですね。
秋にならないうちに夏を楽しみたい。
けれど夏は、いつも味わわないうちに終わってしまいます。

2007年08月07日

何で競争するか

ケータイの割引競争、
使う側からすれば、そりゃあ安いに越したことはありません。

さっき見たニュースでは、ソフトバンクに対抗して、
NTTドコモが、基本料金を誰でも半額にする料金施策に出たと言っていました。
200億円の減益覚悟で、だそうです。
私の携帯はドコモなので嬉しいですが、大変そう。
いや、でも、実は200億円分は儲け過ぎだったのかも。やればできる、なのかも。

今日、来月行く出張のチケットの予約をしました。
飛行機のチケットの値段も、買う店によってもほんとに違いますよね。
前割りとか、何割りとか、そういうのもいろいろあるし。
いくらで買ったチケットでも、キャビンアテンダントの対応に変わりはないので、
これは絶対、安く買ったほうがいいですよね。

一時期、外食産業の安売り競争もありましたね。
味(=質)を下げずに値段だけ下げるのは、やっぱり大変だと思う。
あの時は、一回の食事が200円台という競争をしていましたよね。
あり得ない~。
いい材料、いい味だったら、それ相応の適正料金っていうのがあっていいと思う。

日本語学校の授業はどうでしょう。
欧米はもちろん、アジアの国々の自国語の授業料と比べてダンチ(段違い)、
ダンチ、何かというと、安い。中国並みだそうです。
これこそ、ほんとにあり得ない~~。

安売りしてはいけません。
他校との競争は値段ではなく、中身(=授業と学生支援の質)でしましょう。
日本語学校で食べていけないんじゃあ、それ、職業じゃありませんよね。

インターカルトの新しい短期コース
中身で勝負したいから、それ相応の授業料設定に引き上げました。
(いや、提供する授業の内容に見合った適正料金に修正しました。)
長期コースも、近々足並みを揃える予定です。

さてさて、明日明後日、日本語学校教育研究大会です。
そ、こうやって皆、暑い中、勉強しているんです。
日本語学校の質を上げ、世界を舞台に勝負できるようになるために。
今年の大会テーマは、「世界の言語教育の潮流と日本語学校の未来Ⅱ」です。

2007年08月06日

短期プログラムを考える

アスファルトの道路から、ゆ~らゆ~らと湯気がたっていそうな、
ぼんやり突っ立っていたら、とろけてしまいそうな、暑~~~い一日でした。

4週間にわたって行われていた香港スペシャルサマーコースが終了、
元気組たちの修了式が学校で、パーティーがプリンスホテルでありました。
ビュッフェのランチ、みんな、お皿にたくさん盛っては席に戻ってきて、
ばくばく食べていました。一番の人気はカニ。

今日、このような短期プログラムを、ビュッフェのお皿にたとえた人がいました。
(先日このブログに、北海道のお菓子と共に、それを持つ手が登場したsaitoさん)
「お皿に乗せるだけ乗せるという発想を考え直した方がいい」という指摘。
彼が、週末の実践研究フォーラムでした発題にも同様の指摘がありました。
名づけて、ビュッフェ・シラバス(named by 札幌のabeさん)。
色々色々盛り込みたいけれど、何をそぎ落とすかが重要。

プログラムもですけれど、ほんと、私のお肉も。
毎年10キロ近くも夏痩せしていた時代が、懐かしさを通り越したkatoでした。

2007年08月05日

夏本番ですが、

今ちょっと、今年の夏が終わったような気分です。
実践研究フォーラムの委員、4年の任期が今日をもって終了しました。

いろいろ考えながら、この二日間を過ごしました。

・「何を」「どのように」の前に、まず「なぜ」がある。
・難しいことをいかに平易なことばで話すか。
・今の自分に満足しない自分。
・自分の場所の確保。

最後の↑これは、今日のパネルセッションでどなたかが言っていたことですが、
私がこういう場に出て行く理由もこれかなと思いました。
普通に学校にだけ行っていたら知り合うことのない人たちと巡り会える場です。
井の中の蛙にはなりたくないので。(別の話ですが、裸の王様にも。)

台湾から帰ってきてから、あっという間に一週間。ああ、明日は月曜日。
水曜日、木曜日は、日本語学校教育研究大会。
今年の夏、まだ終われない。

2007年08月04日

実践研究フォーラム

吹き抜けの3階から2階のポスターセッション会場を撮りました。
たくさん集まって、真剣に人の研究の話を聞いて質問して、偉いなぁと思いました。
全部で200人くらい?(私もそこにいたから、きっと少しは偉いんですけれどね。)

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上から見ていたら、2メートル四方くらいの中に、
インターカルトの養成修了生が5人いるのが見えました。
でも、在籍していた期が違うから、知らない人同士のようにそこに。

アスリート気取りの足首靱帯損傷、たぶんそれをかばって歩いていたせいで、
腰とか腿とか、あっちこっちの筋が痛いです。
フォーラム、明日もです。

2007年08月03日

あう

会う。

午前中、高田馬場のS日本語学校で、
来週の日本語学校教育研究大会(日振協)の打ち合わせ。
特定課題研究「日本語学校が必要とする『日本語教育スタンダード』とは」、
発表を一緒にするezoe先生、yamamoto先生、その司会をしてくださるmori先生と。

午後、インターカルト高円寺校で、
明日明後日の実践研究フォーラム(日本語教育学会)の打ち合わせ。
ラウンドテーブルD「初級の実践をとらえ直す~短期プログラムを考える~」、
発表をする札幌と東京の先生たちと。

遭う。

遭うは、‘好ましくないことにあう’のあう。
朝、家を出て駅に向かう途中、三年前と同じ、ただ歩いていて足首をひねりました。
でも、三年前と違うのは、バキッという音がしなかったこと。
一度家に戻って、湿布とサポーターをして午前中の打ち合わせに。
午後のフォーラムの打ち合わせが終わってから、高円寺の整形外科へ。
予想通り骨は折れていない。しかし靱帯が伸びている。即テーピング。
嗚呼。私の注意力は足の先まで行き届いていない。

遇う。

遇うは、‘偶然にあう’のあう。
実践研究フォーラム・札幌組のおみやげ「ハスカップジュエリー」。
初めて出遇ったような甘酸っぱい味。

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一緒に写っているのは、東京組K日本語スクールMr.saitoさんの手。
彼が一番感激していました。

ほかの「あう」。

合う。合わない。
逢う。逢うは別れの始め。また逢う日まで(作詞:阿久悠)。

2007年08月02日

日本語教師 N.Kobayashi

「アメリカンスタンダードの概要と実際について」。
インターカルトでの仕事を辞し、アメリカに渡って早14年、
今年の夏も帰ってきました、小林先生。
巷で聞く一般論を超えた一教師として感じる実際について聞きました。

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カメラを持って行くのを忘れたので、携帯電話で写真を撮りました。
授業中に、こっそり携帯をかざして写真を撮るの、ドキドキしますね。
全然小林先生らしくない表情を写してしまいました。

明日、サマーコースに参加した長男・KEITA君と共に家族の待つアメリカに帰国されます。

2007年08月01日

1977年12月3日

 1位 - 『ウォンテッド』 (ピンク・レディー)
 4位 - 『憎みきれないろくでなし』 (沢田研二)
 6位 - 『思秋期』 (岩崎宏美)
10位 - 『もう戻れない』 (桜田淳子)
11位 - 『ワインカラーのときめき』 (新井満)
12位 - 『暖流』 (石川さゆり)
13位 - 『渚のシンドバッド』 (ピンク・レディー)
14位 - 『ボタンを外せ』 (西城秀樹)
20位 - 『宇宙戦艦ヤマト』(ささきいさお)
24位 - 『能登半島』 (石川さゆり)
26位 - 『勝手にしやがれ』 (沢田研二)
36位 - 『気絶するほど悩ましい』 (CHAR)
47位 - 『津軽海峡冬景色』 (石川さゆり)
48位 - 『熱帯魚』 (岩崎宏美)
49位 - 『ちぎれたペンダント』 (新沼謙治)
54位 - 『過ぎてしまえば』 (森田公一)
79位 - 『カルメン'77』 (ピンク・レディー)

以上、作詞家・阿久悠さんの作品。
1977年12月3日、オリコンシングルチャートの100位までに、これら17曲がチャートイン。
阿久悠さんの詞は、イコール私の10代です。
本日お亡くなりになったそうです。ご冥福をお祈りします。