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鳴かぬなら

夜会った人たちと、「鳴かぬなら」の後をどう考えるかという話をしました。
ちなみに(ご存知のことと思いますが)、
織田信長は、「鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス」
豊臣秀吉は、「鳴かぬなら 鳴かしてみよう ホトトギス」
徳川家康は、「鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス」。

織田信長七男の織田信高の子孫に当たるフィギュアスケート選手、織田信成の句は、
「鳴かぬなら それでいいじゃん ホトトギス」。

私の頭にパッと浮かんだのは、
「鳴かぬなら 鳴かせてみせるぞ ホトトギス」と、
「鳴かぬなら 勝手にすれば ホトトギス」の二つ。
鳴かせる価値ありと見たら上で、価値なしと見たら下という意味です。

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コメント

鳴かぬなら 飛ばして逃がそう ホトトギス

Ibu Kato,
朝一番にブログを読み、私の頭にパッと浮んだのはこれでした。
こういうのは性格もですが、現在の心境というのも表しているのでしょうか。

Ibu Kaikiri,
>現在の心境というのも表しているのでしょうか。
それはあるでしょう。鳴かぬホトトギスに悩まされていますか?

 面白い設問ですねえ。
ホトトギスはその姿を見たことも声を聞いたこともないのですが妙に有名ですね。昔の武将のなにかゲンを担ぐ存在だったんでしょうか。
小生なら「鳴かぬなら私が鳴くよホトトギス」ですか。
ただ「目に青葉山ホトトギス初鰹」という句を思い出しました。青葉の季節に鳥の声を聞きながら初鰹のつまみで両人対酌すれば山花開く…。
ここにもホトトギスが出ます。
この場面なら「鳴かぬなら鳴かんでええ初鰹」。邪魔にもなる不思議な鳥です。

そうか、私もホトトギスの鳴き声なんて聞いたことないや、と思いました。
「鳴かぬなら私が鳴くよホトトギス」・・・は、ただひたすらに気に入りました。なんともなんとも。

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