一日、24時間では足りない
・・・・・・と思いますけど、30時間も40時間もあったらたまらない。
今ほしいと思っている時間、必要な時間が増えるとは思えないので。
24時間を上手に使うというのが賢い生き方なのですよね、きっと。
で、すみませんが、今日はここでお開きということで。
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・・・・・・と思いますけど、30時間も40時間もあったらたまらない。
今ほしいと思っている時間、必要な時間が増えるとは思えないので。
24時間を上手に使うというのが賢い生き方なのですよね、きっと。
で、すみませんが、今日はここでお開きということで。
火曜日は、朝から夕方までびっしりと養成の授業が入っているのですが、
さらに今日は、その隙間隙間にいろいろな用事が入り込んできて、
本当にバタバタでした。
そのバタバタの最中に、一本の留守電が入っていました。
吉祥寺外国語学校の校長先生、山口裕子さんが亡くなったという知らせでした。
(15日に亡くなられ、ご親族ですでに葬儀も済まされたそうです。)
知っている人が亡くなくなるのは、本当に切ないものです。
さらに、それが自分に年の近い人だったら、なおさらの感慨です。
いつだったか山口先生と話した時に、私たちが同じ年だということがわかりました。
とっても早すぎますよね。とっても頑張っていたのに。
心からご冥福をお祈りします。
カタカナで書きましたが、冬期短期遊学コースです。
総勢37名、12才から51才まで、開講式で見た皆さんはとても元気でした。
午前中の授業、午後や週末のアクティビティー、
それらを運営する皆さん、よろしくお願いします。
37名の皆さんは、冬の日本で、どうぞ雪と日本語を楽しんでくださいね。
粋なまちとは聞いていましたが、ほんとうに。
学校の入学式やスピーチ大会をする牛込箪笥区民センター、
会計士の先生の事務所、それぞれ神楽坂のあたりで、
行ったり来たりをしていたはずなんですが、
路地を歩いたのは今日が初めてでした。
「拝啓 父上様」というドラマの舞台になっているそうで、ものすごい人。
飯田橋の駅前で、高円寺校と信濃町校の学生にも声をかけられました。
一緒に行ったのは、懐かしい人たち。
7年前に養成講座で勉強して、インターカルトで共に仕事をして、
そして巣立って行ったNさん、Fさん、Sさん。
高円寺校の地下の教室で、養成の先生と学生だった頃、
こんなふうに神楽坂で一緒にクレープ食べるとは思いませんでした・・・よね。
忙中忙と言いながら、ブログの更新。
これも忙のうち・・・、でも実は書くことは安らぎです。
さて、今日のテーマは閑中閑。
閑、暇、ひまな時に、やることがないっていうことです。
(そんな言葉はないんですけれど。)
その時間、とても必要です。
日々の続きでは簡単には手に入れられないので、
仕方ないから時々、閑中閑をお金を出して買います。
つまり、自分を異次元空間に移動させる、日常から脱出する、非日常世界に行く。
ああ暇だ、ああやることない、
時間に追われていない、スケジュール表に書き込むことがないっていうのは、
とても幸せなことです。
でも、これは今は。
年とって仕事なくなって、本当に暇、本当にやることないっていうことになったら、
真っ先にボケてしまうタイプだと思います。
だから、今から老後の趣味探し、心がけています。
もちろん正しくは、忙中閑(あり)ですが、よく冗談で、忙中忙と言っています。
今日は、まさにそんな日。
「忙しい」という字は、「心」を「亡(うしな)う」と書きます。
忙中忙だったら、完全に心がなくなってしまいそうですけれど、
最近、忙しい時こそ心を無にして(=なくしてor意識しないで)、
その忙しさを乗り切るという術を身につけたような気がしています。
辛そうにじゃないですよ。さらりと。
旧HP内で始まった「こんにちは!加藤早苗です。」自体は2003年2月からですが、
新HPになってからのこのブログは、去年、2006年の4月16日から。
うち、ブログのエントリー、今日が200回です。
284日の中での200回なので、エントリー率70.4%です。
力かどうかはわかりませんが、一応、継続は力なり。
インターカルト30年、私がインターカルトの養成に入ってから20年。
最近、昔話に花が咲くというような機会が頻繁にあるのですが、
続けてきたことを時々振り返るのは、素直に楽しいことだと思います。
:
:
と思ったら、すみません、今日201回目、昨日が200回目でした。
山手線某駅近くにある喫茶店の話です。
今までにも何回か入ったことがあるお店に、つい先日も入りました。
ほどほどに広い店内には、いつものように・・・怪しいお客さんがたくさんいました。
たとえば、先日は、
私のテーブルのすぐ脇に50代後半の夫婦、その向かい側に中年男性。
中年男性はにこにこ笑いながら、海外への投資の話。
よそには、人を騙すための悪い話があるけれど、この話は違う、とか何とか。
聞いている夫婦の奥さんが、そうよねぇ、お金を家に置いておいてもねぇ、とか何とか。
ご主人も、つられたように、そうだねぇ、とか何とか。
あなたたち、たぶん騙されてますよ!・・・と思いながら、聞いていた私。
私の後ろの席では、銀製品を安く仕入れられるというような話。
その話に乗らないか、と一人がもう一人に話していました。
これも、怪しげな感じ。
その時はいませんでしたけど、
よくいるのは、携帯電話で、早く貸した金返せと怒鳴っている人、
電話でではなく、本人を呼んで半分脅しているような人。
考えてみたら、かなり怪しい、かなり恐い店ですねぇ。
単に駅から近くて便利な場所にあるから、つい入ってしまうだけなのですが。
もちろん、私のような普通のお客さんもたくさんいます。
そして、先日、新たな発見をしました。
レジでお金を払う時、ふとカウンターを見たら、
透明のビニールシートの下に名刺が何枚か。うち2枚が警視庁○○課と△△課の人の。
同様にメモ紙もはさんであって、それには最寄の警察の名前と電話番号。
何かあった時にすぐに通報できるように、なのか、
警察との関係を示すことで、店内で危ないことするなよ、なのか、
よくわかりませんが、何であれ、こんなドラマのような風景、
ああ、ここは東京なんだなぁと思います。
今日の日本語教師養成講座の実習相談は、「~てしまう」。
「とてもおいしい料理でしたから、全部食べてしまいました」という
“完了”の「~てしまう」ではなく、
「宿題を忘れてしまいました」という、
“失敗や残念な気持ちを表す方の「~てしまう」。
以下は、今日の私の「~てしまう」です。
①学校で、しゃがんで鏡見ながら口紅を直しているのをMr.Y先生に見られてしまいました。
部屋の中に誰もいないと思って、机の陰でこっそりしてたんですけれど。
②お昼、別のMr.Y先生とおそば屋さんへ。
さてお勘定という時、お財布を学校に忘れてきてしまったのに気づきました。
ごちそうするつもりだったのに、ごちそうになってしまいました。
タイトル、「~てしまう」と書きましたけど、
普通の日本人が見たら、意味、わからないんでしょうね。きっと。
フランスに‘Manga Café’というのができたという話を聞きました。
凄い!と思いましたが、
私はまだ、日本の‘漫画喫茶’というのにさえ行ったことがありません。
そのManga Caféを作ったのは、日本に来たことのないフランス人の大学生。
ネット検索と、日本にいる友人からの情報だけで作ったそうです。
・・・と、そんな情報を仕入れたので、
HKの帰りにフランスに寄っている(!)Ms.kidoに早速言ってみると、
「知ってますよー」。
ほんとに凄いです。何でも知っているのです、彼女は。
どこから仕入れるんでしょう、どういうアンテナ持ってるんでしょう。
今日は、1994年信濃町校卒業生の妹と、
パリの街の‘Japon’・・・あっちこっちを訪ねてまわっています。
Manga Caféで一休みするかどうかは不明。
今日は日曜日なので、あんまり考えずに気楽に書きます。
さらっと書いてるように読めるかもしれませんが、いつもかなり熟考しております。
朝青龍、20回目の優勝。
外国人が外国で、すばらしいですね。
ただ来て、ただ住んで、普通のスポーツでじゃないですものね。
よその国の国技で、その頂点にずっと立っているんですから。
言葉、文化、しきたり、それらすべてを乗り越えて。
納豆ダイエット、そういうことだったんですね。
納豆がお店から消えているという噂は聞いていましたが。
哀しきものは、だまされたダイエッター(?)たち。
納豆はしませんでしたけど、
私も時々テレビで見て、いろんなダイエットやってみています。
あるある大辞典、人をだますもんじゃありませんね。
不二家もです。
まじめに正直にっていうのは、偉いことでも何でもない、当たり前のことです。
1.留学生を主人公にすること。そして彼らが日本語を学びやすい環境を作ること。
2.留学生にとって優秀なスタッフを育てること。
3.留学生たちに出来るだけたくさんの日本を知る機会を提供すること。
昨日亡くなった中西先生が、
青山スクールを作った時からずっと変えていない理念だそうです。
訃報を聞いた教え子たちが海を渡って日本に向かっていると聞きました。
頑固っていうのは、自分の考えを持っているっていうことなのですよね。
そのまんま東氏、宮崎県知事に当選なんでしょうか。
結構大変ですよ、そういう立場。孤独ですよね。
小泉さんや石原さん、言い方とかやり方とか考え方とか、
いろいろ問題があった、もしくはあると思いますが、
すごいと思っています。
孤独に打ち勝って(もしかしたら感じていないのかもしれないけれど)、
自分の考えを貫き通せる‘力’があるのだから。
ないから言ってます。
また新しい週が始まります。
今日の日曜日、木曜日の初級授業の準備をしました。
休みの日に一生懸命授業の準備をしてしまうなんて、
新人の頃を思い出しました。久しぶりに楽しかったです。
準備をしながらテレビを見ていたら、村上龍が出ていて、
資質について聞かれていました。
たとえば作家について言うならば、一日8時間書き、それを2年間続けても飽きない、
飽きないっていうのが資質だと思うと言っていました。
自分の中の教師の部分については、
生涯一教師、と思っています。
今学期は、高円寺校のB1cの木曜日の先生です。
・・・以上、長々と。
このブログ、思わぬところで、見てますと言われ、ドキッとしてしまうことがあります。
個人のでありながら、学校のブログ。
学校背負いながら書いているので、ちょっと違うと言われても、
困ってしまうこともあります。
ま、いろいろです。
青山スクールの中西先生が、本日早朝、お亡くなりになりました。
去年、先生は還暦、学校は創立30周年でした。
ちょうど10年前の1997年に、
10校ほどの学校が集まっての勉強会に参加させていただいた時が、
とても近いお付き合いの始まりでした。
(先輩諸兄に比べたら、とても短いお付き合いなのですが)
その時、文部省補助事業の共同研究をABKと共に三校でしました。
インターカルトも今年30周年ですけれど、
創立10年以降いろいろあって、経営担当者も何人か変わり・・・。
そんな中で、私に日本語学校業界について教えてくださったのは、
中西先生でした。
その後、文化庁委嘱の日本語教師養成の調査研究や
日振協のセミナー、委員会でご一緒させていただくたびに、
叱咤激励してくださいました。
最後にご一緒したのは、
去年の秋、日振協の京都セミナーでのパネルディスカッションでした。
先ほど、青山スクールに行ってきました。
安らかなお顔で眠っていらっしゃいました。
心からご冥福をお祈りいたします。どうもありがとうございました。
※お通夜・告別式については、こちらです。
日本語教員養成研究所主催の研究発表会、
今年は、2月17日(土)です。
「日本語教育界で活躍する修了生、指導教員が集い、
日ごろの教育実践や研究を発表する場を作りましょう!」
と、所長の山田先生の発案で始まって、早6年。
1年坊主が6年生になりました。
他の日本語学校の方、養成講座の方、大学の方、
海外の方、日本語に興味のある方、日本語教師になりたい方、・・・・・・、
どなたでもご参加いただけます。
去年の研究発表会の写真には、聴衆席にサザエさんも写っています。
ページ真ん中あたりのピンクのところ、
エプロン姿のサザエさんはこちら、参加申込みはこちら。
シンポジウム「授業の工夫-私の場合」の2番目、
tokizakiさんが発表する『ドラマ作りを通じて行う総合授業』のことは、
私、去年の9月にここに書いていました。
私たちも一緒に写ってしまっていますが、
kunugiさんは、前列左から二番目の人です。
・・・写真は、一昨年の一泊旅行。
夜の宴会で女子高生姿で踊ってくれた養成研究所学生&スタッフチーム。
画像をクリックすると、写真が大きくなります。・・・
kunugiさんは、去年の秋から、
hihara隊長率いるインターカルトのHPリニューアル‘二人プロジェクト’に参画、
その能力を遺憾なく発揮し、あまたの足跡をHP上に遺してくれました。
HPは昨年末日に一応の完成を見、
kunugiさんは明日をもって任務を終え、新たな道に進むことになりました。
贈る言葉は、お疲れ様だけじゃなく、ありがとうだけでもなく。
私の気持ちをここに込めます→「・・・・・・♪」
kunugiさんは、一昨年の日本語教師養成講座の修了生です。
修了生、卒業生は学校の宝だな、と心から思います。
さて問題です。
インターカルトのHPトップページに、サザエさんが隠れています。
どこにいるかわかりますか?(・・・kunugiさんの洒落た置きみやげ。)
♪ ♪ ♪
HKの提携校に行っているMs.kidoも、明日でHK勤務終了です。
お疲れ様。そしてHKの学校の皆さん、お世話になりました。
残っているMs.hayashi、Ms.ootani両名は引き続きよろしくお願いします!
今日は、高円寺校の「鏡開き」でした。
午前10時。
入口のフロアに、テーブルをセット、コンロとお鍋を準備して、
あんこを煮て、切り餅(すでに薄く切ってあるの)を入れて・・・完成。
手馴れたもの。見ていたら、あっと言う間でした。
これはひとえに、毎年やってきた経験の賜物。
とっても薄いお汁粉ができてしまったり、お餅を切るのに苦労したり・・・、
いろいろありましたよね、今まで。
皆様、お疲れ様でした。
私は、残念なことに、準備を横目で眺めながら日振協の委員会へ。
明後日、信濃町校での鏡開きの時にいただきます。

日振協の委員会というのは、「外国人受入れ問題検討委員会」。
委員会の前に、AOTSの春原憲一郎先生による講演がありました。
テーマは、
『ブリッジ産業人材・アジア人材基金・FTA/EPAにおける人の移動と日本語教育』。
(FTAは自由貿易協定、EPAは経済連携協定)
「今から言う言葉をメモしてください。」で始まりました。
「セイシキ、ハイセツ、カタマヒ、ジョクソウ」
介護士の言葉、それもこれらは入門編の語彙だそうです。
清拭、排泄、片麻痺、褥瘡(=床ずれのこと)。・・・書けません。わかりません。
これから、日本語教育、日本語学校と関わってくる(であろう)この分野、
とても強烈、印象的な講演の導入部分でした。
生半可な気持ちじゃあできません。
就学生のための日本語、進学の予備教育だけをしているのが日本語学校じゃない。
日本語学校がしていること、これからすること、お汁粉作りも今日のテーマも。
海外にある日本食レストランのランク付けをすると誰だかが言い出した、
ということについて話すテレビ番組を、数週間前に見たのを思い出しました。
言い出したのは確か、
公的立場にある人。在外の公的機関だったか大臣だったか。
料理、ちゃんと日本人が作っているか、とか、
本物のちゃんとした日本食を出しているか、とか、
そういうことを調べて、★、★★、★★★・・・をつけるというものでした。
何言ってんだか。
私たちが食べているフランス料理、全部フランス人が作ってます?
たらこスパゲッティーって、そんな、イタリア人が食べてないようなもの、
それ、ダメじゃあないですか?
ズレ方の半端じゃない方は、家の中に引っ込んでいてほしいですよね。
海渡ってよその国に行って、ベラベラ喋くりまわらないでほしいですよね。
・・・と、時間差で怒ってコメントしてみましたけど、
どうしたんでしたっけ? このランク付け。
今日のびっくり。
向山型国語教え方教室 2007年 02月号 [雑誌]
(明治図書)
何にびっくりか。
『文法指導に大革命―“江副文法”で授業がエキサイト』
今日、この本をいただきました。
日本の北から南、あちこちの公立小中学校の国語の先生が、授業で試みているそうです。
以前から、こういう考え方もあるのだということを知ったほうがいいから、
いつか学校にお招きして、レクチャーしていただきたいなと思っていました。
でも、それだけじゃダメなんだと、今日思いました。
この考え方を、是と考えるか否と考えるか、でもありません。
“自分は日本語の文法をどう考えるか”
その答えを一人一人が持たなければならないのだということです。
どうしてかと言うと、私たちは日本語を専門としているからです。当然。
日本語のこと、ちゃんと説明できますか。???・・・それは、私もです。
市民権を得たなと思いました。そして、それ、凄いことなんだと思いました。
遅れてジョン万次郎に着き、待ち合わせをしていることを告げると、
「あ、老酒会ですね。」と言われました。
関係者以外がこの名前を口にするのを初めて聞きました。
いきなり市民権を得たようで、照れ臭く思いながら席に導かれて行くと、
Yさん、Oさん、Iさん、Oさん、Iさん、Fさん、Wさんが笑顔で迎えてくれました。
「ありがたきもの」とは、‘ありがとうと感謝するもの’ではありません。
‘めったにないもの’が、本来の、枕草子に書かれた時代の解釈です。
老若男女に関係なく友人関係を築くことは、一般にはありがたきこと、
けれど、日本語教師養成講座のクラスメイト同士ではよくあること。
さらに、期を越えてイイ関係を築いている老酒会の人たちは、
本当にありがたき人々。
還暦まで立派に人生を務め上げた後に今がある方たちですから、
(本日の該当者=全員男性!)
お一人お一人非常に濃~いのですが、
その濃さが、たまらなく心地よい今宵でした。
「インターカルトよ、関サバたれ!」(=ブランドになれ!)
了解です。
でも、その前に修了生一人一人がブランドだと思えたジョン万次郎での夜でした。
授業を、
ビデオに撮る、録音する、記録をとってもらう。
それができなかったら、授業が終わった時に何でも思ったことを書きとめておく。
それだけでもいい。
そういうことを続けていると、いつか、そこから何かが見えてくる。
午後6時半からあった日本語教育学会中央研修委員会の終了後、
委員長のWaseda大の先生、委員のLaboの先生、Bunkaの先生、
Yamaguchi大の先生と一緒に飲みに行った席で、そういう話になりました。
帰りの電車の中で早速、今日の私の授業を思い出して、
自分がその前後最中に考えたり感じたりしたことについて書いてみました。
今日から始まった高円寺校のB1cクラス。
家に帰ってPCに清書してみたら、11項目ありました。
授業の内容についてだけでなく、いろいろ。自分でも思いがけないほどいろいろ。
今日からしばらく、言われたとおりに書き溜めていってみようと思います。
昔、インターカルトの総合課程にファイルされていた中級用読み物教材の中に、
『無人島に持っていくもの』というのがあったのですが、
私はそれがとても好きでした。
もし無人島に行かなければならなくなったら、何を持っていくかというお話です。
「もし」は、日本語の授業の中で扱うととても楽しいですよね。
もし宝くじが当たったら、もし100万円拾ったら(あ、発想がおんなじだ)、
もし明日この世が終わってしまうとしたら、今もし携帯電話がなかったとしたら、・・・等々。
時々、「もし」を多用した相談を受けます。
もしこうなったら、もしああなったら・・・。
‘こう’とか、‘ああ’とかがいいことだったらいいのですが、
たいていの場合は、悪いほうへ悪いほうへと考えに考えた「もし」です。
私自身は調子者の楽天家なので、
良いほうの仮定をしてぬか喜びということが少なからずあるのですが、
たぶん、そのほうが気が楽ですよね。
でも、ま、性格だからしょうがないか。どっちにしても。
2007年1月生の入学式が、四ツ谷区民ホールで行われました。
インターカルト日本語学校創設30周年の今年、最初の入学式です。
(国、地域の五十音順に)、アメリカ、インド、カナダ、韓国、コロンビア、
タイ、台湾、、中国、フランス、香港から、150人の学生が入学してきました。
壇上での、新入生一人一人の自己紹介を聞きながら、
ああ、今年も始まったなと思いました。
一人一人それぞれ違う夢を胸に抱いて日本までやってきたのだと思います。
一つ一つの夢がみんな叶いますように!
このブログのタイトル写真も冬バージョンになりました。
私の写真は・・・なくなっちゃったみたいですね。
今日は成人の日で、世間一般はお休みでしたけれど、
インターカルトは出勤日。新入生たちを迎えました。
明日は入学式です。
2001年頃からずぅっと探していた大事なものが出てきました。
信濃町校の、私がいる部屋のキャビネットの一番下の段に、
背表紙が見えない格好で横に置いてあるのを見つけてくれました。
手に取って、それと気づいてくれた人たち、本当にありがとう。
その瞬間、インターカルトは今年、絶対にいい年になると確信しました。
インターカルトにあやかって、私も今年をいい年にしなければ。
お休みの今日と明日は、私のいつかつなげたい夢のためのことをします。
・・・と言いながら、学校のブログを更新している。
それに、日本語教育学会から言われている仕事の締め切りが月曜日だ、
それに、12月にあった日振協のトップセミナー議事録の締め切りももうすぐだ。
でも、まず私のことをやります。
外は嵐のようですが、皆さんもどうぞよい週末を!
インターカルトは、今日1月5日から2007年の業務を開始します。
改めて、今年もどうぞよろしくお願いいたします。
年末年始の休み中に、新しくなったインターカルトのHPを見てくだった皆さん、
さらにお褒めの言葉を送ってきてくださった皆さん、
ありがとうございました。
年が明け、業務が再び始まって、HPの完成度はさらに高まるのだろうと思いますが、
インターカルトのHPに、完成の日はきません。
というのは、私たちも私たちを取り巻く環境も、日々変わっていて、
それに合わせてHPも変わっていくからです。
(初日なので、ちょっとビシッと語ってます。。。)
「養成の谷ちゃん、辞めちゃったの?」というメールもいただきました。
いえいえ、いますよ。
教師&スタッフ紹介に、まだ載っていないだけです。
日本語教員養成研究所の教師&スタッフ、ILCの教師、そのごく一部ですが、
とりあえずここに掲載いたします。
谷ちゃん、上の写真の右から4番目にちゃんといます。
在HKのMs.kidoも右から3番目に。
PS.1月4日、HKの提携校に新たにMs.ootaniが赴任しました。
これでHKには、Ms.hayashi&kido&ootaniの3名になりました。
Ms.hayashi:ここ(「長期コース」タイトル写真)、
Ms.ootani:ここ(「日本語教師養成コース 実習の流れ」タイトルの写真))
実家に帰ったら新しいオルガンがありました。
登録されている曲の番号を入力すると演奏に合わせて鍵盤が赤く光り、
その上に指を乗せていけばその曲が弾けるようになるという仕組みです。
が、全然だめ。指が全然追いつかない。
これなら、メロディーの記憶を頼りに楽譜を見て鍵盤を探したほうが絶対に早い・・・。
鍵盤の上に手のひらを広げて、指を乗せ、
エリーゼのためにとトルコマーチと結婚行進曲と、その程度なのですが、
10代の頃に暗譜していた曲のタイトルを頭に浮かべると、
不思議、指が勝手に動いて、弾いてしまうのです。
楽譜、ないのに。
実家にいる間に、甥、姪たちとピカチューの双六をしました。
ルーレットと称するものがとてもちゃちな紙製で、まわすと本体まで飛んでしまう。
「サイコロがどっかにあったはずだけど・・・」と母が言ったら、
6歳の姪がさっと立って、タンスの引き出しを開けて「はい」と持ってきました。
いつか見かけたんでしょうね。
それを覚えているというのが若いということなんだろうねと、私たち。
母や妹たちと話していて、
私たちが高校生くらいの時にできて、今は廃れてもうない、
ごしゃごしゃと小さなお店の入ったビルの1階全体の名前、
こっちから入って、お店を見ながら歩いているとあっち側に出るという、
その、若い者向けに無理やりつけたようなカタカナの名前が、
・・・今まだ思い出せなくて気持ち悪い思いをしています。
人の脳には記憶の引き出しというのがあって、
若い時は整然としまわれている中のものを簡単に出してこられるけれど、
年をとると中身がいっぱいになってしまって、引き出しに入りきらなくなり、
無理やり押し込んだり、出しっぱなしにしたりしているから、
必要な時に必要なものが出てこないのだと、私は思っています。
が、なんであれ、不思議。
「数」と「言語」を認識する脳の場所は別、という研究結果が発表されたそうですね。
難しいことはよくわかりませんが、
何であれ、人の脳の不思議は専門家も研究中ということなんですね。
でも、こういう研究が進んでいったら、
より効率的な言語の習得法なんていうのもわかってくるのでしょうかねぇ?
もっと積極的に、それを生業とする私達が開発すべきものなんでしょうかねぇ?
冒頭の実家のオルガンは、母が脳の活性化(=ボケ防止)のために買ったものです。
個人的には、まずは己に対して地道な努力・・・なんでしょうね。
さて寝ようと思ったらメール。
HP、元旦にいきなり新しいページになっていて感激したとありました。
HP制作軍団隊長の養成の先輩からです。
ところで彼、
アメリカのお宅で除夜の鐘をつきながら年越しそばを食べたそうです。
これです。すごい。
では、寝ます。初夢見なくちゃzzz
元旦にご挨拶したかったのですが、1月2日になってしまいました。
昔、コメディアンの誰かがお正月の番組で、
「謹賀新年!」と挨拶していたことがありました。もちろん、わざとですけれど。
書き言葉ですね。改めて「あけましておめでとうございます!」
年賀状、やっぱり間に合いませんでした。すみません。
でも私には、勤勉で真面目な方たち(!)からちゃんと届きました。
養成時代のクラスメートの男性(たぶん80代)と、教え子の男性(70代後半)、
このお二人からの年賀状はとても嬉しく、ほっとしました。
というのは、ここのところ年賀状以上のおつき合いをしていなくて、
はてさて、お元気なのだろうか、出した年賀状を読んでもらえるのだろうか・・・と、
少々案じていたからです。
クラスメートからのはがきには、「日本語教師は続けて居られますか」と、
教え子からのはがきには、「北京でお正月を迎えています」とありました。
一番のびっくりは、放送大学大学院で同じゼミだった人からの年賀状。
「パネルクイズアタック25で優勝して、
5月にパリ・オーストリアに行けることになりました。」
新潟の高校の英語の先生、私よりも少し年上の、とても聡明な女性。
クイズ番組で優勝だなんて、尊敬。

(起床が遅く初日の出に間に合わず。これは1日の夕方撮った‘初夕日’です。)
今年もよろしくお願いいたします。
亥年の今年、亥年の私。控えめに猪突猛進する所存でございます。
=3 =3