« 2006年07月 | メイン | 2006年09月 »

2006年08月31日

夏の心のこり

今日も慌しく終わり、8月も終わりました。
この夏は、ひまわりを花屋の店先以外で見ることなく終わりました。
ひまわりの、いつもお日様のほうを向いているところが好きだと、
そういうことを臆せず言っていました。
つい最近まで。

2016年のオリンピックの候補都市が東京に決まり、
今日の教務室では、1964年の東京オリンピックを知っているかどうかで
ひとしきり盛り上がりました。

そうでした。
次に生まれてくるときはオリンピック選手!なんてことも、
臆せずどころか、得意になって言っていたんですよね。つい最近まで。
なんだかねぇ。
明日から秋です。

2006年08月30日

ブラウン管の終焉

あら、と思って目を凝らして見ていたら、
左側からすすすすすうっと靄(もや)がかかったように色が薄くなり、
やがてすべてが消えて真っ黒になりました。
残ったのは声だけ。
今朝のうちのテレビです。
94年製と脇に書いてあるので12年間。お疲れ様でした。

今日も一日暑かったですね。
この残暑、いつまで続くんざんしょ。

2006年08月29日

じゃあね

黒柳徹子さんのお母様、黒柳朝さんが、今月16日に天寿を全うされたそうです。
みんなと同じじゃなくてもいいんだよ、
いろんな子がいていいんだよ、
ということがわかっていた方、というのが私の一番のイメージです。
『窓際のトットちゃん』を読んで、そう思ったのだと思います。
徹子さんに最期にかけた言葉は、「じゃあね」だったそうです。

一人一人、違っていていいんですよね。私は私で。と改めて・・・。

2006年08月28日

えんあって

どこかへ行ってそこをを去るときや、誰かと別れるときに、
ああ、もうここには二度と来ないのだろうなぁとか、
この人とはもう一生会わないのだろうなぁと思うことがあります。

割と簡単にいろいろな所に行ける時代になったので、
二度と来ない場所とは、最近はあまり思いませんが、
自分の泊まったホテルの部屋を出るときには、ほとんど必ず思います。
人については、コースを修了して遠い国に帰る学生と別れるとき。

今日は、1988年にたった6ヶ月だけ、週に2回だけ行っていた日本語学校で、
たまたま同じ曜日に授業を持っていた先生と10年ぶりに会って食事をしました。

縁。
どこかでつながっているのか、いないのか、
いつつながって、いつ切れるのか。
年を経るにしたがって、どこかへ行くたび、誰かと会うたび、何かをするたび、
縁という言葉が脳裏をよぎることが増えてきました。

・・・と、いつも結論が年にいってしまうのが、切ない。。。です。

2006年08月27日

速報!高円寺阿波踊り大会

060827.jpg

写真が届きました。インターカルト4人衆!

持ち重りのする・・・

向田邦子のエッセイによく出てくる表現です。
持ち重りのする器とか、持ち重りのする風呂敷包みとか。
持っているうちに次第に重く感じる、という意味です。

お煎餅好きの母が、
ご進物はどうして甘いものが多いのかなぁと言うので、
甘いものの方が持ち重りがするから体裁がいいんじゃない?と答えてから、
言葉、持ち重りでよかったんだろうかと思って調べてみたら、
ちゃんとありました。

こういう味のある日本の言葉を自然に使えたらいいなぁと思います。

  ♪  ♪  ♪

どうしてそういう話になったかというと、母に送ったお煎餅から。
7月にあった小出記念日本語教育研究会の時に、
故小出詞子先生の御妹さんが参加者全員にくださったお煎餅がとても美味しく、
それを一昨日ふと思い出し、インターネットで注文・・・。

兵庫県朝来市に本店のある播磨屋さんというお店の「はりま焼き」というお煎餅です。
「関東のせんべいは男性的、関西は女性的といわれます。
 武家文化と公家文化の違いであろうと思います。」
という説明がついています。

2006年08月26日

ゲーテ・インスティトゥート

今朝、、起きてテレビをつけたら、
ある英会話学校の女性社長のインタビュー番組を放送していて、
そこで彼女が、自分の学校のいいところをアピールしていました。

それを見ながら、昨日会った人のことを思い出しました。
彼は外資系の会社を退職した50代、次は日本語教師にと考えている人です。
もう何十年も前、ドイツ駐在を言い渡された時の赴任後の半年間、
ドイツ語習得のためにゲーテ・インスティトゥートに通ったんだそうです。

「どんな授業だったんですか」
その質問に、出てくるわ出てくるわ、授業の方法からアクティビティーからクラスメートから、
本当に楽しそうに嬉しそうに、昨日のことのようにたくさん話してくださり、
ああ、こんな風に、学んだ人が語ってくれる語学学校でありたいなと思いました。

もちろん、ゲーテはゲーテで、
それに対応するのはJapan Foundationなんでしょうけれど、
ドイツ語ならGoethe-Institut、フランス語ならAlliance Francaise、
で、日本語ならInter-Cult・・・ってなるのが目標だなと。

2006年08月25日

長かった一週間が終わりました。

夏休み明けの一週間、ぼわんとしたまま終わってしまいました。
けれど、ぼわんとしていたのは私だけで、皆はちゃんと動いていました。

今日、8月のサマーコースが終わりました。
7月、8月合わせて70名近く、
2ヶ月続けてコースを運営した皆さん、本当にお疲れ様でした。

今日、NHK、BSの番組の収録が信濃町校でありました。
「達人に学ぶ人間力アップ」という番組だそうで、
漢字力を高めようという趣旨でした日本語学校tsutsui校長の授業が収録されました。
放映は10月初旬だそうです。

残暑厳しき折柄、皆様どうぞご自愛くださいませ。

2006年08月23日

ヨン様が経営するお店で働く卒業生

韓国のソウルで日本語の先生をする養成の修了生から、
今の今きたメールに書いてありました。

今年の春卒業したキルキボンさんという卒業生が、
その日本語を生かして、
ヨン様が経営する「ゴリラインザキッチン」という高級レストランで働いているそうです。

2006年08月22日

私事ですが、

今日は母の誕生日です。
私の母親なのでそれ相応の年齢なのですが、ときどき姉妹と間違われます。
考えてみたら、私が結婚した時の母は今の私の年でした。
ここに多くは書きません。さっき長電話をしたので。
電話の間中、しゃっくりが止まらなかった母でした。

2006年08月21日

どっちにも優勝旗!

昨日の引き分けの瞬間は、
スポーツジムのウォーキングマシンの上を歩きながら見ました。
そして今日の再試合、早実が勝ちましたね。
どちらにも勝たせてあげたかったけれど、
駒大苫小牧は過去3年続けて優勝、
早実は勝てば初優勝、病床の王監督のためにも、早実でよかったのかなぁ。
これ、どちらの学校にも関係ない一般人の見方かも。

(私の記憶が確かならば)
あれは昭和48(1973)年、
返還後、初めて出場した沖縄の高校と対戦したのが、
あの江川卓投手を擁した栃木の作新学院。
中学生だったあの時、栃木県在住の私は、
おそらく日本中のほとんどの人が沖縄を応援しているんだろうね、と家族と話しながら、
夏休みの宿題の何かを縫うためにミシンを踏みながらテレビを見て、
作新を応援していたのを思い出しました。

勝ち負けを決めなければならないから、今日再試合をしたけれど、
どっちにも優勝旗あげたかったですね。

♪今日のこのブログ、エントリーナンバー、ジャスト“100”~♪です。

2006年08月20日

時間の感覚

心なしか日が短くなったような気がします。
夏至はずいぶんと前でしたから、もうすでにかなり短くなっているのかも。
なんであれ、午後7時半をまわった今、外は真っ暗です。

060820.jpg
      (ねこじゃらし)

8月ももう20日、今年の残暑は厳しそうですが、それでも間もなく9月。
9月といったら秋ですね、暦の上では。

年とともに時間の進み方が早くなると言い、それはその通りかなと思います。
あれよあれよという間に一年が通り過ぎていく感じです。
なのに、この夏休み、
たった1週間だけだったのですが、ずっと前から休んでいたような気がしています。
時間の進み方が遅かった。不思議。
明日から、また通勤生活が始まります。
学生たちも、授業が始まります。

※・・・と書いてからカレンダーチェック。
 夏至ははるか昔の6月21日。立秋も8月8日に終わっていました。
 時間の感覚云々でなく、季節に鈍感になってしまっていたのでした。。。

2006年08月19日

ご無沙汰しました。

明後日から仕事が始まるので、このブログも再開しましょうね。
今日は、朝からスポーツジムに行って、ウォーキングマシンの上を歩いて、
わき腹中心の筋トレをして、プールで泳いで、サウナに入って、
汗だくになって帰ってきました。
お昼は、ゴーヤチャンプルーを作って食べました。
これから、TSUTAYAにビデオとDVDを返しに行ってきます。
木曜日の授業で使えたらと思って借りたんですけど、ちょっと~でした。

2006年08月13日

来し方行く末

昨日の晩、NHKで『思い出のメロディー』という番組を放送していました。
昭和20年代、30年代の曲は、それを口ずさんでいた亡き父を思い出させました。
40年代以降の曲は、自分自身の思い出と重なり、
イントロを聞いただけで、
それが何年の曲であるか、つまり自分が何年生の時の曲だったかを、
ぴったりと当てることができました。

お盆。
東京は先月だったけれど、地方出身者の私は旧暦の今がお盆です。
『思い出のメロディー』という番組を、お盆のこの時期にするというのは、
意図あってのことなのでしょう・・・ね。
歌を聴きながら、我が来し方を懐かしく思い出しました。

明日から、(私の)夏休みです。
ここ数年、ほとんど必ず海を越えてどこかに出かけていたのですが、
せっかくのお休み、今年はゆっくり休むことにしました。

パソコンを立ち上げて仕事をしないために、
府中駅のコインロッカーに預けてしまおうかとも半ば本気で考えましたが、
ま、それはしません。
が、極力仕事はせずに、
我が行く末を、ぼーっと考えるのもいいのではないか・・・と思っています。

それでは、いざ夏休み

2006年08月12日

今日は結婚式でした。

1997年9月に日本語教員養成研究所を修了したMr.Matsudaさん。
今、韓国S社研修院で日本語の先生をしています。
新婦は、KO大学の大学院生、タイからの国費留学生だそうです。

060812.jpg

昔、といっても親や祖父母の時代ではなく、
私が結婚した20数年前はこんなだったなぁという感じの結婚式でした。
白無垢、紋付袴での神前結婚。
仲人さんがいて、披露宴で新郎新婦の人となりを紹介して、
お色直し、キャンドルサービス、ケーキ入刀、ご両親への花束贈呈・・・。

瞼が時おり熱くなり、胸がじいんとする、いい結婚式でした。

新郎、自前という紋付袴、恰幅のいい体によく似合っていました。
タイ人の新婦さん、白無垢姿、きれいでした。
今日、タイは母の日だそうです。お母様もいらしていました。

2006年08月11日

昔のトマトとキュウリとスイカは、×。

今、ちょっとお腹が空いたので、トマトを食べました。
食卓塩をかけて。

食べ物の好き嫌いはあまりないのですが、子供のころはキュウリがダメでした。
今も、得意というわけではないけれど、どうにか食べられるようになったのは、
今のキュウリと昔のキュウリは同じものではないからです。
昔の、あのキュウリ独特の青くさい臭いが、今のキュウリにはありませんよね。
それは、トマトもそう、スイカもそう。
だから、食べられるようになりました。

嫌いなものがなくなったのは喜ばしいことだけれど、理由がねぇ。
今苦手なのは、路地モノです。・・・風情、ないですねぇ。

2006年08月10日

暑い暑い暑い!

かなりのものですね。
冬より、だんぜん夏がいいと思って生きてきましたが、
年を経るにしたがって、そうでもないかなっていう気がしています。

冬が冬らしく寒くないから、冬が嫌いである理由がなくなったからかもしれません。
子供のころ極度の冷え性で、体の末端まで血がまわらず、
冬の寒い日は、家から学校まで歩いている間に手の指が血の気を失い、
真っ白になって感覚もなくなってしまうというのが冬の日常の私でした。

夏はどうでしょうね。昔と今。
今でも、ねっとりと体にまとわりつくような暑さは嫌いではないのですが、
仕事をしなければない身のこの暑さ、
湿気のありすぎるこの暑さには、やっぱりまいりますね。

目の前、海。仕事、ない。木陰に入ったら涼しく感じる日本以外の国の暑さ。
ああ、そういう暑さだったら、一年中夏でもいいと思います。

しかし、こちら日本。今晩も熱帯夜だそうです。
誰が名づけたか熱帯夜。熱帯の夜はこんなべたべたじゃあないんですけれど、ねぇ。

2006年08月09日

日本語学校教育研究大会・分科会

素直に、よかったな、よかったねと思えたこと。
今回初めて参加した、先生としての年数も実年齢も若いT中rieさん。
参加して、ほんとにすご~くよかったそうです。
インターカルトの文科省補助研究チームの一員として、
分科会でのグループのファシリテーターもしたのですが、
インターカルト外の先生、先生ではない事務職員の人、
その他いろいろな人に会って、いろいろな話が聞けたこと、話ができたことが
本当によかったそうです。

ウチだけでなく、ソトを見ることは、とってもとっても重要なことだと思っています。
ソトを知ることで、
ウチの良さも問題点も、すべてを客観的に見ることができると思うので。
そうすると、自分自身のいる位置のようなものもわかるのですよね。

2006年08月08日

ブログネタ

昨日、うちの台所にハエがいたので、思いっきり殺虫剤。
そうしたら、天井の警報機がピーピー鳴り始めました。
うちのマンションの警報機は性能がよくて、煮物にお酒を入れた瞬間に鳴り始めます。
殺虫剤もダメなんですね。
慌てて換気扇を強にしたけれどダメ。警報機を団扇であおいでもダメ。
そうしたら、インターホンと一体になっているガス漏れ警報機までビービー。
警報音停止ボタンを押して止める。
天井の警報機は、椅子に乗って蓋を外す。音止まる。
ふーっ。
それから数分後。やっぱりきた。警備会社の人。平謝り。

・・・という話を、今日あった日振協の日本語学校教育研究大会からの帰りの道々、
カイのyamamotoさんにしたら、
「そういうブログネタ多いね」と言われたので、言われた通りに書きます。

で、どうして、yamamotoさんとそういう話になったかというと、今日の台風。
「雨が降ると思わなかったから干しっぱなしにしてあった洗濯物が濡れた」と
yamamotoさんが言うので、
「私も」と私。
私はかなり頻繁にベランダに洗濯物を干しっぱなしにしていて、
それを“ベランダ箪笥”と呼んでいると言いました。
(時にベランダに服があるので、つまり、時にベランダが箪笥という意味です。)

で、続けて、昨日の殺虫剤騒ぎの話をしたのです。

2006年08月07日

今日から夏休み

日本語学校と日本語教員養成研究所の学生たちは今日から2週間、
教職員スタッフは1週間ずつ交代で休みを取るため半分が出勤、
「サマーコース」と、
「日本語教育能力検定試験夏期12時間要点整理コース」は、
休みに関係なく動いています。

「おはようございま~す」と、サマーコースの学生たちが元気に登校。
昨日の晩は、スケジュール外で、
コース担当のBさんが皆を江戸川の花火に連れていってくれたそうです。
謝謝。

2006年08月06日

Ibu KAIKIRI のよもやま日誌 partⅡ

インドネシアのKAIKIRIさんは、
木曜日一日で、ジャカルタ→香港→成田と移動するところ、
木、金、土と三日かけて、ジャカルタ→香港→マニラ→香港→成田
昨日の夕刻、ようやく着きました。お疲れ様でした。

原因は香港の台風なのですが、
ハブ空港としての役割を果たす香港空港には、
世界各地からの同様の乗り継ぎ機が着陸できず、
マニラのほか、台湾、タイなど近隣諸国の空港に寄航したんだそうです。

その中の、信じられないような不運な方たち、成田→香港→バンコクの例。
香港に着陸できず、偶然にも行き先のバンコクの空港に着陸。
だったら、結局目的地に着いたってことなのに、
正式ルートを飛ばなくちゃいけない(?)とかで、
寄航地バンコクから香港に戻り、そこからまたバンコクに向かったんだそうです。
そんなことがあるんですね。これ、世界中のきまりなんでしょうか。

なんであれ、Ibu KAIKIRIはこれにて一件落着のはずでした。
が、人生はそんなに甘くはない。不運は続くよ、どこまでも♪
lost baggage=預けた荷物が出てこない!
これ昨日の話ですが、いまだに荷物未着。
本人到着からすでに30時間以上たっているのに。荷物よ、今いずこ・・・。

KAIKIRIさん、さぞお気落としかと思いきや、
ここまでくると開き直りっていうものなんでしょう。
間もなく連載100回を迎えるJCCホームページの
日本語教師七転八倒物語』のネタができたと、喜んでおりました。
さすが、転んでもタダでは起きない。。。

・・・と、次号『日本語教師七転八倒物語』のネタバレですが、
読者、ダブっていないと思うので大丈夫ですよね?

2006年08月04日

Ibu KAIKIRI のよもやま日誌

盟友か迷友か、なんであれ友だちのIbu KAIKIRIが、夏の休暇で日本に一時帰国、
よってJCCの日誌もしばらくお休み・・・ということなのですが、
本日のみ代わって私が更新しようと思います。ここに、です。

上に、一時帰国と書きましたが、まだ帰ってきていません。
昨日の朝ジャカルタを発ち、香港経由で昨日のうちに日本に着いているはずでした。
が、今まだ香港。先ほどかかってきた電話によると、
昨日、香港の天候不良で着陸できず、なんとマニラへ。
一泊して、今朝マニラを発ち、夕方香港へ。
本当は夜の便で日本に来る予定だったけれど、天候不良で今度は欠航。
明日の朝一番の便で日本に向かう予定。。。とのことでした。

明日の午後、インターカルトでする予定のJCCの教師採用試験に間に合わないかも、
それで私に電話がありました。
ああ、大変。

飛行機、恐いですね。
休暇中、ぎりぎりの日まで海外旅行をして、その飛行機が遅れて帰国できず。
国際電話で授業の代講を頼んできた先生、今までに何人かいましたよね。ね。
私は、台湾から日本に帰国の日、
乗る飛行機の時間を間違えて、乗り遅れて代講を・・・。確か去年。
すみませんでした、あの時は。

KAIKIRIさ~ん、早く来てくださ~い。お待ちしてます~。
JCC採用試験受験の皆さん、
なんであれ、約束の時間に試験会場(高円寺校)に来てください。

2006年08月01日

あはは

夕方からの会議の後、
skypeである人と話していたら、突然声が聞こえなくなりました。
あれ、どうしたんだろ。・・・と、思う間もなく原因解明。
私が喋りながらPCをシャットダウンしたのでした。
(話が終わったら、すぐに帰ろうと思って。)
PCがつながってる=skypeが使える。
つながってない=使えない=すぐに電話。
「ごめんなさ~い」と一言謝って、「あはは」で許してもらいました。
ちょうど一回り下の人なんですけれどね、「あはは」で癒されました。