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2005年11月01日

2005年11月

・11月29日(火)・・・・・
 発車間際に、女性専用車両に間違って飛び乗ってしまった男性を、降ろすべきか降ろさざるべきか。この間、乗っている間中ずっと、この論議をしている女性二人組がいました。降りたら次の電車を待つしかないという状況設定ででした。今の私は、行きも帰りも女性専用車両利用者です。今朝は、途中の駅で男性が紛れて乗ってしまったらしく、「今乗った男性、降りてください!」と電車の中に向かって駅員さんが叫んでいたのですが、タイムオーバーで発車。そうしたら、なんと次の駅に連絡がいっていて、ドアが開いたと同時にホームに待機していた駅員さんが「前の駅で乗った男性、降りてください!」。車両の真ん中に押し込まれていた私には声だけ聞こえて姿は見えずで、結果は不明。愛用者なので、女性専用車両の是非を問われたら「是」なのですが、「皆様のご理解とご協力をお願いします」と、朝に晩に放送する意図は何なのかと、いつも思います。誰のご理解とご協力なのか。男性のなのでしょうか。男性から逃れるためにできた車両なのに。いや、良い男性に向けて放送しているんですね、きっと。で、この車両で、私はいつも高齢者層に属します。それくらい若い女性で溢れています、女性専用車両は。

 
・11月28日(月)・・・・・
 横綱は孤独だって言われてますけどね・・・と、今、テレビで松岡修造が言っています。朝青龍。以前、このコラムを始めたばかりの頃に、朝青龍の笑顔がいい、モンゴルの大平原を思わせると書いたことがあるのですが、その後すぐに、朝青龍バッシングが起こり、いつの間にか彼は悪役のようになってしまいました。私自身は好きか嫌いかははっきりしないけれど、見れば見るほど勝った時の振る舞いが、かつての横綱北の湖に似ているなぁと思っていました。7連覇、年6場所制覇、年間最多83勝、未到のVだそうです。本名、ドルゴルスレン・ダグウドルジさん、いい笑顔と思った貴方の笑顔を再びいいなと思えてよかったです。
 
・11月23日(水)・・・・・
 何を書こうかなと、日本経済新聞のネット版「NIKKEI NET」を見たら、トップ記事が『中国、鳥インフルエンザ人への感染広がる』でした。変なことにならないといいですけれどね。
 
・11月21日(月)・・・・・
 朝刊に栃木県さくら市の人の投書が載っていました。さくら市?と思いインターネットで検索したら、今年の3月28日に氏家町と喜連川町が合併してできた新しい市―。そういえば、いつだったかそんな話を聞いたような。町の名前は「うじいえ」と「きつれがわ」と読みます。いい響きかどうかはわかりませんが、この何とも言えない音感を名に持った町と町が、さくら市とは!名前が変わるっていうのは、寂しいものですよね。私が通った小学校は柳原小学校でしたが、数年前に東小と西小と合併して、今はけやき小学校です。・・・と書きながらあちこち検索していたら、懐かしい我が柳原小の先生たちの集合写真が出てきました。これです。私の一年先輩と思われる誰だか知らない人が開設したHPにありました。それにしても「昔の写真」だなぁと、改めて。まあ、この人も私も、今、話題の映画の時代に生まれたのですから、そうなんですよね。ついでながら、文中の東小の跡地には足利学校が復元されています。元々、足利学校の跡地に東小があったという関係です。というわけで、我がふるさと栃木県、そして足利市。想い出話のおつきあいをありがとうございました。

 
・11月20日(日)・・・・・
 今日の感動を手短に二つ。一つめはもちろん日本中の感動、高橋尚子さんの復活。本当にかっこよかった。二つめは新宿日本語学校の創立三十周年。記念講演会とパーティーに行きました。幕末から脈々と続く江副家の歴史。現校長、隆秀先生の曽祖父にあたる廉蔵さんとおっしゃる方の、一般人とはまるで違う発想、ものすごい行動力、そのDNAを隆秀先生が100%引き継いでいらっしゃるということがわかったことに、なんたって感動。ところで、インターカルトも再来年、三十周年を迎えます。どうしたもんでしょうね、私たちの三十周年は。そうそう、二十五周年の時に勝負服と言って私が着たのとまったく同じ色の、真っ赤なスーツを江副先生のお母様の副校長先生が着ていらしたのにも感動いたしました。御年・・・歳。

 
・11月18日(金)・・・・・
 大風邪です。鼻は洪水のよう、喉は激痛、だみ声を超えています。来年4月生の申請締め切りが来週末に迫っていて、みんな頑張っているというのに、ほんと、すみません。
 
・11月17日(木)・・・・・
 ご記憶の方もいらっしゃるかと思いますが、先月末にカバンを電車の網棚に置き忘れ、あったとわかったその日に、出かけて行った教育学会事務局に傘を置き忘れてきました。そして今日、委員会があって、それに出がてら忘れたまま置いてもらっていた傘を受け取って帰ってきました。なのですが、それを電車の手すりに引っ掛けたまま降りてきてしまいました。何やってんでしょ。教育学会事務局の方が「10/27加藤早苗先生お忘れ物“カサ”(黄色)」と書いて傘に巻きつけておいてくださった紙きれだけが、空しくカバンの中に残っています。カバンだけでなく、傘だけでなく、最近の私は心までもどこかに置いてきてしまったような、何だか変な私なのです。
 
・11月14日(月)・・・・・
 先月あった日振協主催の京都会議は、日本語学校の校長と教務主任が対象のセミナーでした。今年のテーマは『多様化に対応する教育上の課題』だったのですが、私が属した分科会では「日本語学校は原点に帰るべき」という声が多数ありました。原点とは語学学校としての日本語学校という意味、もともと日本語学校は欧米の語学学校同様に、いつでも入学できる学校でした。インターカルトだって、私が入った頃には毎月新入生の入学パーティーが行われ、初級クラスが開講していました。それに、私が初めて持った一番上のクラスは、欧米人の中にアジア人がいるという国籍の構成でした。写真右の朝香さんは、そんな時代から数年前まで事務局を支えてくださった方です。左のお二人は、もちろん中村先生たち、土曜日の同窓会での写真です。
 
・11月12日(土)・・・・・
 ものすごい2時間でした。午後2時から4時まで、国立オリンピック記念青少年総合センターに集まった私たちは完全に“ひとつ”でした。教室がとっても広くたって、100人が相手だって、マイクを使わなくたって、聴衆をつかんで放さないということができるのだということを目の当たりにしました。日本語教員養成研究所の公開講座「魅力的なパフォーマーを目指して」、D.K HOLLYWOODを主宰する越川大介さんが講師でした。越川さん、ありがとうございました!心から。D.K HOLLYWOODを体感したい方は、年末東京公演へどうぞ。
 公開講座終了後は、教員養成研究所の同窓会でした。恩師、Nひさこ先生、Nきみこ先生にも久しぶりにお目にかかりました。美しく、凛と年を重ねていらっしゃる。綿々たるインターカルトの伝統を改めて思いました。

 
・11月11日(金)・・・・・
 早稲田大学大学院日本語教育研究科 細川英雄先生に、7月に引き続き2回めのワークショップをお願いし、高円寺、信濃町、両校の教師たちが高円寺校地下の教室に集まりました。今日のタイトルは『日本語教育における「学習者主体」とは何か』。午後6時半から9時まで、終了後も続けて深夜12時まで、脳みそを使って聞き、話しました。ところで今、細川先生が主宰するNPO法人「言語文化教育研究所」のユビキタス講座「「言語文化教育入門」~日本語教育の実践者として「私」は何をめざすのか~を受講しています。インターネットを利用した講座なので、世界中どこからでも受講できます。自分の学校、自分のクラス、自分自身から一歩踏み出し、外界の人と意見交換ができる場です。・・・と、コマーシャル。
 
・11月10日(木)・・・・・
 そうそう、「冷蔵庫の中に牛乳があたかもしれない」でした。私の記憶違い。で、この、昨日ここに書いた文作りシリーズですが、これは「中国人向けの日本語試験」というもののようです。他に、こんなのもあるそうです。「もし~なら」を使って短文を作りなさい。「もしもし、奈良県の人ですか」。「まさか~ろう」を使って短文を作りなさい。「まさかりかついだ金太郎」。「うってかわって」を使って短文を作りなさい。「彼は麻薬をうってかわってしまった」。今日、これを私に知らせてくれたのはインドネシアのKさん。昨日書いた②③と上に書いた文を2003年1月に入手したとありました。入手?と思い、インターネットで検索してみたら出てくる出てくる。入手時期と入手先、2003年6月に友人Fさんから、2002年9月に嫁の友達から、2003年6月にネットから・・・。流行っていたんですね、ずいぶん前に。でもこれ、結局何だったんでしょう。2005年が終わろうとしている今、どうして突然耳に入ってきたんでしょう。私に教えてくれたよその日本語学校のその人は、つい最近この話で盛り上がったと言っていました。ちなみに昨日書いた①「お父さんいる?」「いらない」は、この人のオリジナルのようでした。S学校のEさん。・・・東京は、今日からいきなり冬になりました。おお寒!

 
・11月9日(水)・・・・・
 ①(ある人が電話で)「お父さんいる?」(電話にでた子ども)「いらない」。②(先生)「“どんより”を使って文を作りなさい」(学生)「どんよりそばが好き(うどんより・・・)」。③(先生)「“あたかも”を使って文を作りなさい」(学生)「机の上に本があたかも(あったかも)」。人から聞いた話です。なんだかはっきりしない気分の時は、こんな話で笑うのがいいですね。ところで、今日のNHK「ためしてガッテン」のテーマはギックリ腰でした。インターカルトでは、今朝、養成研究所スタッフ20代のうら若き乙女がギックリ腰に!年齢は関係ないんですね。皆さん、気をつけましょ。どうぞお大事に。

 
・11月8日(火)・・・・・
 「まるで営業社員のように、セールス活動に明け暮れる社長がいます。それ、経営者の仕事ではありません」。誰に向かって言っているんだろうと思いました。出張から帰ってきたばかりの先週、疲れて歩くのが億劫で四谷から乗ったタクシーの中、置いてあったコンサルティング会社の小冊子に書いてありました。「くるくる働きすぎて、脳がくるくる働かない。経営者の思考停止こそ、業績が停止する原因」だそうです。何となく、ここに書いておこうかなと思って書きました。
 
・11月5日(土)・・・・・
 某旅行会社が主催するリタイア世代向け「日本語教師養成講座」の委託を受けていて、教師を派遣しています。今日はその中の一つの授業の代講で初めて教室に行ってきました。午前10時半に到着した時、すでにそのビルには、それはそれはたくさんの老若男女、ではなく老男女があふれていました。私のクラスの隣の教室では40名以上の方々が熱心に講師の話を聞いていました。何のクラスかと聞いてみたら、ご自分の旅行で撮ってきたビデオの編集方法を学んでいらっしゃるとのこと。その他、書き連ねてあるコースの一覧を眺めましたが、髪振り乱して働く私には遠い世界。なんとも不思議な空間を体験して、もちろん授業をして帰ってきました。

 
・11月4日(金)・・・・・
 日本語教育のとある協会から、「FTAは何の略ですか」というお電話をいただきました。FTAとは「自由貿易協定=Free Trade Agreement」の略ですが、最近、日本語教育界で頻繁に使われる時には、その裏側にフィリピンからの介護士受入れの意味があります。が、知らない人は唐突にそれが出てきたら戸惑うのでしょう。10年ほど前になりますが、お隣K国が通貨危機に陥った時に資金援助を受けたのはIMFで、これは「国際通貨基金=International Monetary Fund」の略。その少し前の景気のいい時代にK国の企業研修を専ら行っていた部門にいたために、K国人同様に「IMF時代」などと今でも使っていますが、よく考えてみたら、これも一般にはちょっと変な言い方かもしれません。さて冒頭のFTAについて、この間、「カイの山本さんも同じこと書いてますね」と、養成のスタッフKさんに言われました。2005年10月29日「だいじょうぶ??」と題した『校長のねごと』。私はどこにも書いていないのですが、学校の中で言っています。何にでもチャレンジ!が信条ですが、何にでも飛びつけばいいというものでもないと思っています。

 
・11月1日(火)・・・・・
 深夜に気温33度のバンコクを発ち、今朝午前6時半に気温5度の成田に降り立ちました。情緒的には愛すべき四季ですが、私の体は常夏でよいと言っています。最近、公私共に“リタイア後”のことを考えています。「公」の部分はこちらを、「私」についてはただ単によい気候のところを終の棲家としたいと、それだけのことです。
 「この世は自分をさがしに来たところ この世は自分を見に来たところ」―テレビで陶工の河井寛次郎という人の言を紹介していました。「暮しが仕事 仕事が暮し」とも。ほぉ。タイではたくさん話し、たくさん考えました。寝不足の身に霜月の早朝の空気は突き刺さるほどに冷たかったです。