2005年4月
・4月28日(木)・・・・・
この間、日本語教師を目指してから今日に至るまでの日々のことを思い出して文章を書く機会がありました。その中で、1993年から96年あたりの日々を「私が最も輝いていた時期」と書きました。「三十代半ばのあの頃、メンバーと共にゼロからイチを作り出すために土日も夜も惜しんで仕事をしたあの頃が、私自身が最も純粋に輝いていた時期だったように思います。つまり、自由に可能性だけを追いかけることが許された立場の輝き」と。インドネシア勤務を終えて帰国、日本語学校に戻るつもりだったのに配属となったILC(インターカルト・ランゲージセンター)という部門で、私は海外、特に韓国の企業向けに日本研修プログラムを企画して営業、そして運営をしていました。それが、97年のアジアの経済危機の煽りを受けて仕事がぱったりとなくなり、そのままILCという部門も消え失せました。あれから8年、そのILCがこの春復活しました。中心メンバーは、かつて私の輝きの時代を共に築いてくれたMさん、あっちこっちのH氏、香港帰りのSさん。連休明けから本格稼動します。次の世代の皆が、今まで感じたことのないような輝きを実感できる仕事をしていってくれることを願っています。いや、信じています。
・4月27日(水)・・・・・
今日は「振り込め詐欺」のお話です。高円寺校のE先生が住む中野区近辺のアパートやマンションの郵便受けに、「管理会社が変わり、それに伴って家賃の振込先が変更になった」という内容の不動産会社を語る文書が投函されていたそうです。管理会社が変わったとか振込先が変わったとかいう話は全くの嘘。家賃の振り込みをする月末とゴールデンウイーク前という時期を狙った詐欺だろうということでしたが、そのあたりに住んでいる学生も多いので、午前の中上級クラスでは先生が、午後の初級クラスには通訳のスタッフも一緒にクラスをまわって学生たちにくれぐれも注意するように話しました。「こんな手紙を受け取っても、書いてある通りに振り込まないように」と・・・。それを聞いたタイの初級の学生が言ったそうです。「大丈夫、私、書いてある漢字が読めませんから」。ううん、そうでした。「振り込め詐欺は、各国語の翻訳つけなくちゃダメですね」とそれを聞いたスタッフの誰かが言いました。そこにいた皆で「ははははは!」。笑い事ではありません。皆様、どうぞお気をつけください。ほんと、恐い世の中。
・4月26日(火)・・・・・
92年にジャカルタで覚えたインドネシア語、帰国後使うことなく数年たった後にバリ島に行ったら、言いたいことが口をついて出てきたのでびっくりしました。脳みその違うひきだしにちゃんとしまってあったのだと思いました。今年1月からの外国人のための日本語教師養成コースに続き、この4月から養成研究所実践コースの日本人たちの実習授業を持ち始めました。2000年の9月を最後に担当から外れていたので4年半ぶり。文型や表現の意味や機能を考えながら、脳みその違う部分が働いているのを感じています。ところで昨日の朝、目覚めた時に心臓が締め付けられるように痛くて、一瞬心筋梗塞かと思いました。けれど体を動かしてみると、痛いのは心臓のまわりだけではなく、あっちもこっちも。土日に足のリハビリのためのストレッチのついでにダンベル体操をして、十何年、いや何十年使っていなかった筋肉を使った結果の痛みだとわかりました。今日も、ヒノキの花粉のために突然立て続けに出るくしゃみの度に体中の筋肉に激痛が走っています。脳みそも筋肉も常に適度に使っておいたほうがいいんでしょうね。
・4月25日(月)・・・・・
「お腹の傷を忘れて駆け込み乗車ができるようになるには半年くらいかかる」と、去年の手術の後、病院の先生に言われました。その半年後が今年の2月初めだったのですが、1月末に足を骨折したので、結局駆け込み乗車ができないままに毎日を過ごしていました(別にしたいわけではないのだけれど)。それが今朝、新宿駅でとうとう中央線の電車に駆け込み乗車しました。「10番線発車します!発車しますよー!」「駆け込み乗車はおやめくださーい!駆け込み乗車は危険ですから絶対におやめくださーい!次の電車をお待ちくださーい!」とガンガン拡声器を通して注意されてしまいましたが、やっと一人前に戻れたようで嬉しい今日の始まりでした。・・・と、今日は学校でこれを書きました。今朝、尼崎のJR福知山線で大きな脱線事故があり、多くの死傷者が出て、今なお救出作業が続けられていることは帰宅してから知りました。・・・。
・4月22日(金)・・・・・
スギの次はヒノキだそうです。花粉の話です。東京では今日あたりからヒノキ花粉が大量に舞い始めたとかで、私の鼻は突然洪水状態になりました。とうとう私も花粉症かもしれません。今日は信濃町校にも高円寺校にもお客さんが来て、それに合わせて私も移動。私に関係なく、信濃町校では日本人との交流会開催。いや、交流会に関係なく私は移動。お昼ご飯は信濃町校にいる間に出前をとって食べました。薄着の季節が近づき、何とか脂肪を減らさなければと一昨日の晩からダイエットを始め、大物は食べないと決めていたことを高円寺の駅に着いて学校に向かう途中で思い出しました。時すでに遅し、レバニラ炒めと小ライスは胃袋の中。もともと化粧直しをする習慣はほとんどないのですが、いつも以上に鼻のまわりの化粧がとれて皮がむけ、胃袋と贅肉をたっぽんたっぽんさせながら家路につきました。
・4月21日(木)・・・・・
反日デモの影響を案じて養成科事務局のTさんが中国国内で働く日本語教師養成コースの修了生たちにメールを送ったところ、江蘇省江陰市の大学のTさん、河南省鄭州市の大学のIさん、ZIBO一中のMさん、河北省の大学のKさんからすぐにお返事が届き、蘇州のIさんからも恒例のメール通信が届いて、皆さんの無事がわかりました。関係者が無事だったからそれでよかったではないのですが、とりあえずはよかった。皆さんそれぞれのメールからはテレビでの過激な映像ではわからない生の様子が垣間見えました。一方、日本では中国関係の学校や施設が襲われています。私たちの学校の中国からの学生たちには摩擦を起こさない、そして巻き込まれないよう話しました。デモの中心は、天安門事件以降に愛国教育を受けた学生たちとか。16年前の天安門事件は私にとっても大きな事件で、去年の6月2日にその日のことを書きました。思うことは去年と同じです。
別件。学内の進学情報紙「しんろ」が今週発行の最新号をもって通巻200号を迎えたそうです。1994年5月創刊ということですから、11年になるのですね。継続は力なり・・・でしょうか。今年28周年を迎えるインターカルト日本語学校もただひたすら継続。継続できるのは今日までを築いてくれた皆さんがいるから。そしてこれからの継続は今日からを築いていく私たちにかかっている・・・んでしょうね。継続させるって時々辛いなと思うこともあります。
・4月19日(火)・・・・・
歩道を歩いていたら、若いおまわりさん三人が並んでゆうらゆうらと自転車に乗ってあっちから来てすれ違って行きました。楽しそうにおしゃべりをしていて、制服を着ているから警官とわかるといった感じでした。昔、学生が「日本に来て一番おかしいと思ったのは警官が自転車に乗っていること」と言っていたのを思い出しました。そこにいた学生たちの出身国の警官は皆、恐い顔をして大きなオートバイに乗っているそうです。自転車ではどんな恐い顔も間抜けに見えてしまう・・・。似て非なるもの。刑事とヤクザ。どちらとも親しくお付き合いをしているわけではないのですが、少々長く生きている間に会う機会を得たそれらの人たちを思い浮かべてみると、非常に恐い感じの人と非常に人当たりのいい優しい感じの人と、それぞれがその両極端の人材を有しているように思えます。以前、四谷の飲み屋さんで隣り合わせになった団体、その風体からヤクザだと思っていたら近くの警察署の、恐い感じのグループに属する刑事さんたちだったということがありました。さて話を元に戻しますが、いつから歩道で自転車に乗っていいことになったのでしょうねえ、おまわりさん。ぼーっと歩いている歩行者には自転車は恐い存在なんですが。
・4月15日(金)・・・・・
ファイト一発!リポビタンD100ml×3本パック購入。金曜日終了。
・4月14日(木)・・・・・
嵐の歌。♪サクラ咲ケ ぼくの胸の中に芽生えた 名もなき夢たち ふり向くな 後ろには明日はないから 前を向け♪ この手の歌詞は好みじゃないって方もいるかと思いますが、私は好きです。タイの高校生たちと歌いました。ほんと嵐のように色々な出来事が次から次へと・・・今日やっと木曜日。
・4月13日(水)・・・・・
今日、タイはソンクラーン。お正月のような日だそうです。その休みを利用して高校生たちが28人やってきました。朝からお昼まで信濃町校で元気な彼らの授業をして、私はすぐに高円寺校に移動、外国人のための日本語教師養成コースの授業。そのころ信濃町校の高校生たちは生け花体験、その後タイのダンスを披露してくれたそうなのですが、見られず残念。高円寺校での授業を終えた私は高田馬場に行って全養協の理事会。夕方からW大学。大学院に「日本語教育学特殊研究」という、日本語学校の現状やその役割の理解を内容とする科目が新設され、イーストウエストのShimada先生、新宿のEzoe先生と三人でオムニバス形式の講義をすることになりました。今日はオリエンテーション、画期的な試みですよね、日本語学校が大学院に入り込むなんて。そして今日は7月生の申請書類の入管提出日でした。皆さんお疲れ様。私もお疲れ様、久々に“先生”をたくさんしてしまいました。無性にアイスが食べたくなり、コンビニで買って帰りました。
・4月12日(火)・・・・・
一昨日の日曜日は半そでのTシャツ1枚でその辺をふらふらしていました。なのに昨日今日とコートを着ていても寒くてガタガタ震えがきてしまうような陽気に逆戻り。春よこい、早く来いと念じながら校内を上へ下へと走り回っていました。明日は東京都内東へ西へ、さらに過密なスケジュールが待っています。明後日の午後にはちょっと落ち着く予定。はぁぁぁ・・・。
・4月11日(月)・・・・・
大学を卒業してすぐに就職したのは某私立大学。最初は教務課に配属され、半年後に「コンピュータ導入に関する準備事務局」というところに異動、その後その部署は「情報処理センター」と名を変え、そこで4年数ヶ月を過ごしました。100%門外漢だったのですが、業務でIBMの研修に通い、フォートランとかコボルといったプログラム言語の通信教育を受けていました。その大学が最初に導入したCPUは“IBM4331”という装置で、胸くらいの高さ、両手を広げても届かないほどの幅の、とてつもなく大きな四角い箱でした。はて、記憶容量はどれくらいだったのだろうと思って今インターネットで調べてみたら「最大2メガバイト」。何が言いたいかというと、今日買った“USBメモリ”という超小型記憶装置、100円ライターよりも小さくて軽い、なのに記憶容量は「256メガバイト」、3500円でした。「2ギガバイト」というもう少し高いのも売っていました。2メガバイトから2ギガバイトへ、これ何倍ですか?わけわかりませんが、一台うん千万円・2メガバイトの時代、初めてのことばかりであれはあれで楽しい毎日でした。
・4月9日(土)・・・・・
『入管戦記』(講談社)全254ページを一気に読みました。筆者はこの3月まで東京入国管理局長を務めた坂中英徳氏。ここ数日、Ezoeさんという、とある日本語学校の校長先生に「知ってる?」「もう読んだ?」「絶対読んで」と、電話で話すたび会って話すたびに強く勧められていた本です。本日土曜日、日本語学校のスタッフの皆は、13日に提出する7月生申請者の事前審査のために出勤していました。書類の提出先は東京入国管理局、落ち着いたら皆さんもぜひ読んでみてください。日本語を教えている皆さんにもお勧めします。
・4月7日(木)・・・・・
インターカルトの先生の中にオリエンテーリングを趣味(或いは生きがい)にしている人がいて、最初それを聞いた時、いい年して何やってるんだろうと思いました。オリエンテーリングとは「自然の山野において、地図上に指定されたいくつかの地点(ポスト)を地図と磁石を用いて発見・通過し、できるだけ短時間でゴールまで到達することを競う競技」と『大辞林』にもあるれっきとしたスポーツだということはその後知りました。私の中でのオリエンテーリングは、「自然の山野において」は同様ですが、「木の陰などに隠してあるクイズやなぞなぞを解きながらゴールを目指す」という子供の頃の経験が続きます。「12+10×8÷2+849×・・・」というような問題を一生懸命計算しながら走り、最後に「×0」があるのに気づきがっくりきたことを今でも覚えています。最近のテレビコマーシャル。「例えば日本の算数の問題はこうなっています。1+3=□、2+4=□、5+3=□。イギリスではこうなっています。□+□=5、□+□=7、□+□=4。考えるのがちょっと楽しくなりますね。子供の数だけ答えがある。」・・・ううん、いいなぁと思って見ています。
いい季節になりました。桜は満開、 今学期から新しく始まった『短期速習コース』の学生たちは授業終了後、皆で新宿御苑にお花見に行ったそうです。私の算数。1+1=2じゃあない。3にも4にも10にも100にもしたいなと思っています。皆もね。
・4月4日(月)・・・・・
日本語学校も日本語教員養成研究所も新学期スタートで、信濃町校も高円寺校もにわかににぎやかになりました。香港ではインターカルトのコースがスタート、香港時間午後8時、Hihara氏による第一回授業が始まります。どうかよろしく、です。そして・・・。始まりがあれば終わりもあります。タイの学校で頑張ってくれていたTabuchiさんの勤務は間もなく終わります。お疲れ様でした。みんなに多謝。コップンカー。
・4月2日(土)・・・・・
足掛け4ヶ月、65日めにして、ようやく松葉杖とさよならしました。杖なしで歩くのは、手持ち無沙汰で何か忘れ物をしたような気持ちです。
・4月1日(金)・・・・・
「13万5千人」って何でしょう?。答えは「日本国内の日本語学習者数」(平成15年、文化庁調査)。では「海外の日本語学習者数」は?。・・・「235万人」(平成15年、国際交流基金調査)だそうです。今日は日本語教員養成研究所実践コース4月期生の開講式でした。13万5千人と235万人とその予備軍が皆さんを待っています!