2005年3月
・3月31日(木)・・・・・
四谷区民センターでの入学式、無事終了です。いつものように新入生一人一人による壇上での一言スピーチもありました。国別人数の割合の偏りがそれほどでもなくなり、新たな国からの学生が増えました。日本語学校こんな時代なので、「各国事務所の皆さん、集めてくれてありがとう!」、何より「みんな、入学してくれてありがとう!」でした、心から。いつも交流会に参加してくださっている日本人ボランティアの方々がいらっしゃり、新入生の出迎えから入学式のお手伝いまでしてくれた在校生たちも会場内にいて、今回はその人たちの紹介もありました。インターカルトの新規部門のメンバーも紹介されました。・・・桜も開花しました。
・3月30日(水)・・・・・
「日本の木にはどうして葉っぱがないんですか」と、南国から来た新入生に聞かれました。冬がある国の木には葉っぱがない時があるんだと彼女が知った瞬間でした。今日は4月生のオリエンテーション。明日は今年度最終日ですが、インターカルト日本語学校は来年度の入学式です。
・3月27日(日)・・・・・
反省。昨日は説明会にもセミナーにも行かず、行けず。紀尾井町と八丁堀は、昨日の私にはちぃと遠すぎました。でも両方ともとてもいい会だったと、それぞれ出席した方たちから漏れ聞きました。残念。けれど午前中の立川の国研にだけは行きました。子供をつれている人、犬をつれている人には自然と人が話しかけてくるといいますが、杖をついている人にもそれは同じです。今日の立川では「私は半月盤」「私はアキレス腱」「私は靭帯」と、自らの過去の負傷の経験をそれぞれ語ってくださいました。以前ここに私の整形外科の看護師さんとそっくりと書いた会長の経験も伺いました。本日、とうとう骨折2ヶ月めです。
・3月25日(金)・・・・・
日本語学校も教員養成研究所も4月生を迎える準備が着々と進んでいます。特に日本語学校は、迎える相手がまだ日本にいない外国人たちなので大変です。今日、卒業生たちが皆学校の寮から出たので、部屋が清掃され、そこに入る新入生たちのための布団の搬入なども始まりました。各国から皆で一度に来てくれればいいのですがそういうわけにはいかず、来日日時・航空便別に空港や新宿まで出迎えに行くためのシフト表も作られています。日曜日に来日第一団が台湾からやってきて、29日がピークとなり、時間差でスタッフや先輩の在校生たちがあっちこっち飛び回る予定です。スタッフの皆は明日、明後日と出勤して、準備や出迎えに当たります。私の明日は別行動で、午前中は国立国語研究所で日本語教育学会評議員会と総会、午後は、これは天候と足と体調により未定の予定なのですが、「ジェトロビジネス日本語能力テスト(ジェトロテスト)説明会」と「入管法・在留資格入門-留学生の就職と在留資格セミナー」に行こうかなと思っています。
・3月24日(木)・・・・・
明日の日本列島は春なのに冬の嵐。このため日本海側では雪、太平洋側も冬の寒さだそうです。気候に関係なく、心も体もひゅーと寒くなることが時々あります。でも今日の夜は心温まる会。4月から遠方の大学に進学するため六本木ヒルズのマクドナルドでしていたアルバイト退職にあたり、社員・アルバイト総勢70名にレストランで送別会をしてもらった(まさに人徳!)という中国の学生が今晩の主賓でした。先日インターカルトを卒業した学生です。私の「養成での教え子76歳」の「中国での教え子28歳」、子どもの子どもだから孫になりますね。子どもが主催して総勢3人でした孫の入学祝いでした。担任の先生、クラスの先生、進学指導の先生、必修選択の先生、たくさんの先生の名前を並べて、彼は「~のおかげ」を連発していました。心も体もほぉと温かくなって家路についた今宵でした。
・3月23日(水)・・・・・
人前ではなるべく「荒城の月」を歌わないようにしていると向田邦子はエッセイに書いています。「春高楼の花の宴」の後の「めぐる盃」を必ず「眠る盃」と間違えるからだそうです。妹さんは幼い時に「泣くな小鳩よ」を「泣くなトマトよ」と歌っていたともあります。私の末の妹は「ひみつのあっ子ちゃん」の主題歌を「あっこちゃーん、あっこちゃーん、とちとち」と歌っていました。正しくは「すきすき」です。「せんもん」の「もん」は門だったか問だったか、「ほうもん」の「もん」はどっちだったか、いつも一瞬迷います。・・・前置き、長すぎますね。さて本題。3月11日のこのコラムに書いた「藁をもすがる思い」は「藁にもすがる思い」の間違いです(今朝誤りを訂正しました)。「藁をも」ときたら動詞は「つかむ」、「藁にも」の時が「すがる」。この失敗、初めてではないので、私はばかばかばかです。去年の3月29日に全く同じことを書いているのです。これ、よく間違えるために自信がなく、ここに書く前に調べたのです。調べたのに入力する時にまた間違えました(本当は調べなくても、「も」をとって「藁をつかむ」「藁にすがる」と考えればすぐわかるんですよね)。自分の職業を考えたらこんなところに長々と書ける話ではないのですが、こういう失敗をする度に「人のこと言えないな」と思います。たとえば学校で、「あの学生、また同じ間違いをした」とか「この間授業でやったのに」とか・・・。ご指摘くださった方へ、今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。今日、高円寺校では教務室が2階に引越しをし、1階の学生のスペースがとても広くなりました。
・3月22日(火)・・・・・
「花魁」と書いて「おいらん」と読みます。左が花魁。右が殿。殿はアドリブで「ちこうよれ(近う寄れ)」などとのたもうたそうです。先週の金曜日の日帰り旅行、日光江戸村。行けなくて何が残念だったって、Y局長の飛び入り出演、殿の演技が見られなかったこと以外に何がありましょうか。ライブで見られた皆さんはラッキーでした。見逃してしまった方、写真だけでなくビデオも出回っているらしいですよ。
・3月19日(土)・・・・・
ちょっと身軽になって行動範囲の広がった一日でした。午前中は信濃町校で両校合同教師会、心優しい皆さんは晴れて杖一本になった私にあたたかい拍手を送ってくださいました。お昼は、この春小学校の先生に転職するF先生と駅のレストランで食事、その後同じ場所でY先生と打ち合わせをしてから凡人社に行って、今日の店頭イベント「日本語教師養成講座説明会」で説明をする養成研究所スタッフAさんのアシスタント。実は私の登場は予定外だったのですが、夕方からあるチャリティーパーティーまでの間、はて何をしようかと考え、新刊書を見がてら行ってみることにしたのです。何でも、やって意味のないことはないですね。行ってよかったです。京王プラザホテルでのパーティーは、タイから帰国した旧友M氏が所属する社団法人F協会の主催、インターカルトのI先生、Aさんと中華料理を食べオークションに参加して、私はなぜか九谷焼のお皿を手に入れ、よいしょこらしょと空いた片手にぶら下げて帰宅しました。久々に使った右足のふくら脛、筋肉痛です。
・3月18日(金)・・・・・
日光への日帰り旅行、総勢320名全員無事帰ってきました!と連絡あり。皆さんお疲れ様でした。私は松葉杖が一本減って三本足になりました。
・3月17日(木)・・・・・
卒業式でした。信濃町駅ビルのジョン万次郎が面積を縮小してしまったためパーティー形式での式ができなくなり、久々に牛込箪笥区民センターでの式典でした。我々の挨拶、卒業証書授与、皆勤賞、精勤賞、成績優秀賞の発表に続き、卒業生全員が壇上で一言ずつ挨拶、その顔の一つ一つ、言葉の一つ一つが私の頬を濡らしました。学生たちと、この式を企画運営したスタッフ皆のおかげで、ああ私はいい仕事ができてるなと思えたひと時でした。学生たちがたくさんの感謝の言葉を贈っていた先生方にも感謝です。明日は在校生・卒業生みんなで東照宮と日光江戸村に日帰り旅行。「足手まとい」に当選確実の私は行きません、行けません。
・3月16日(水)・・・・・
私が住む府中の駅前に「くるる」という名の、レストランとマーケットと洋服屋さんと9つの映画館と、それに上の方がマンションという30階建てのビルがオープンします。が、四本足の生活がまだ続きそうなのでこのビルの中を覗けるのはおそらくまだまだ先の話になると思います。今、行動範囲が非常に狭いために正真正銘の運動不足です。最近見かけないもの。ウエストのくびれと骨盤のでっぱり。これはこの間見つけた日本語教師1年目の私、サングラスは学生のです。
・3月15日(火)・・・・・
今、他校の先生たちと組んでやっていることがあります。何かしなければならないことがあった時、余裕をもって期限を決められるとかえってぐずぐずしてしまいます。余裕があってもなくてもやる時はがががっと集中して短時間でやるたちです。明日までに作らなければならない資料があり、12時をまわってから「さあてやるか」と思ってパソコンを立ち上げたところで、自分が作らなければならない資料が何かわからないことに気づきました。骨折の前日、1月26日の打ち合わせの時に役割分担をしたのですが、その分担表をもらっていないのでした。すぐにメンバーの先生に「教えてください」というメールを出しましたが返事がないので、もう寝るしかありません。陰暦三月の異称は「夢見月」だそうです。寝て夢見ます。
・3月14日(月)・・・・・
1月から始まった「外国人のための日本語教師養成コース」の最終日、教室で修了式をしました。一人一人の顔を眺めながら、「やり遂げる」ということをし遂げた人たちには自然と“自信”が身につくものだと思いました。
11日に書いた迷いごとについて。結局は黙っていられないたちで、一言物を申したところすぐにお返事がきました。過ぎたことはもういいですね。メーン州のKさん曰く、「明日のことを考えよう」。そうしましょう。
・3月12日(土)・・・・・
今日は日本語教員養成研究所から・・・。
「実践コース」2005年4月期生申込み締切り迫る!
「短期実践コース」2005年7月~新規開講します!
「通信コース」復活の声にお応えしました!
実践コース2004年10月期生は昨日、全員無事修了。一部有志たちは来週月曜日、海外日本語教育実習参加のため台湾に向かいます。その台湾では8日(火)に日本語学校4月生たちのオリエンテーションが行われました(写真)。長期生、短期生、その家族、合わせて35名が事務所に集まったそうです。
・3月11日(金)・・・・・
まもなく開催される愛知万博の会場に、アポロ17号が持ち帰った月の石が展示されるそうです。その石とアメリカ・メーン州の大学の先生が何か関係あるらしく、その先生へのインタビューを含む特集記事を某有名新聞社が企画しました。その担当記者が出発を目前にインタビューの際の通訳者調達に難航し、藁にもすがる思いといった感じで私に電話をかけてきたのは去年の11月24日、ここにもちょっと書きました。元インターカルト同僚のKさんがメーン州にいることを書いた私のコラムがインターネットの検索で引っかかったからだといいます。お人よしの私は次の日から出張だというのに、忙しい合間を縫って時差を超えてKさんに連絡をとり、同様にお人よしのKさんがメーン州では数少ない日本語ができるアメリカ人通訳者の調達に動いてくれました。あれから3ヶ月半うんでもすんでもなく、万博開催間近を伝えるニュースを見ながらふっと思いついて検索したら、その記事が載っているサイトに簡単にたどりつきました。
外国人学生の出演依頼、日本語学校を扱うテレビ番組、ときに外国人問題の報道というように新聞でもテレビでもメディアの方たちからの取材依頼が度々あるのですが、その時に「取材してやるぞ。どうだ、嬉しいだろ」と言われているような気持ちになることが少なからずあります。報道の怖さ、嘘、いい加減さを知っている現代の私たちに対してずいぶんと時代遅れな態度だと思います。けれど「礼を尽くす」ということに時代は関係ないのですよ、人としての最低限のマナー。見返りを期待しているのではもちろんありません、「無事終了。ありがとう」の一言がほしかっただけです。直接頼まれて動いた私はただのバカでいいですが、Kさんは「加藤さんの頼みなら」と言って動いてくれたのです。顔が立ちませんよ、まったく。まだ若いと見たその記者氏に礼儀を教えてやろうかどうか、今迷っています。
・3月10日(木)・・・・・
1983年、「IBMマルチステーション5550」という機器が私の初めて出会ったワープロです。そのころ勤めていた職場に、ワープロの字体の一つ「正楷書」に“温かみ”を加えたような美しく整った文字を書く年配の女性がいました。職場中の対外的な文書の作成を一手に引き受けていたのですが、5550導入の少し後に彼女は職場を去って行きました。ちょうど定年だったのか別の意味があったのかはわかりませんが、何であれ、時代の流れというものを私が初めて感じた出来事でした。そして今、自分もまた年を重ね同じような出来事に何度か遭遇する間に、かつては哀しいと思った事々を違って受け止めるようになりました。「今日」があるための「昨日まで」を作ってくださった・・・特に今日は尊敬する李さんに感謝を込めてお礼を申し上げたいと思います。「生きることで老いる人はいない。人生に興味を失うことでのみ老いるのである」(マリー・ベイノン・レイ)。いつまでも止むことのない興味を人生に!心から、ありがとうございました。
・3月9日(水)・・・・・
夜の10時ちょうどに突然携帯から音楽が鳴りだしたので画面を見たら「宝くじ抽選結果」と出ていました。先月買った「グリーンジャンボ宝くじ」の抽選日を忘れないように、自分でアラームをかけておいたのでした。過去の自分に「おいおい」と声をかけられたようで不思議な気持ち。・・・ある出版社に勤めていた人のことを思い出しました。1985年に17歳だった自分が未来の自分宛に出したポストカプセル郵便を2001年に受け取った彼は、その手紙に書かれた自分との約束を果たすために仕事を辞めて旅に出ました。今まだ旅の途中。彼の人生、その日を境に大きく変わりました(彼に興味がある方はこちら)。10枚買った宝くじは5等、3000円が当たっていました。初めてのことなので嬉しかったけれど、これでは人生は全然変わりません。
・3月7日(月)・・・・・
『問題な日本語』という、そのタイトル自体が問題のように思える本が売れているそうです。私も日ごろ耳障りだと思っている「ご注文は以上でよろしかったでしょうか」「コーヒーのほうお持ちしました」「私的」「なにげに」といった日本語について書かれているようです。今朝のテレビでは『Giongo gitaigo jisho』という、漢字で書いたら『擬音語擬態語辞書』がとてもおもしろいと紹介していました。タイトルだけでなく装丁もおしゃれで、抱えて歩いたらかっこいいとも言っていました。日本語ブームをいかに私たちの仕事に・・・が課題ですね。さてタイトルの写真、3月は梅だ!と1月から計画していたのに、この足のために撮りに行けず。今日、高円寺校スタッフMs.アンパンマン撮影の梅を分けてもらったので、それを掲載しました。
・3月6日(日)・・・・・
日本中に大雪が降っている間にHongKongに行ってきました。見事に隙間のない超過密スケジュール、皆さんにお世話になりました。明日は春の陽気だそうですが、それは私たちが連れて帰った春でしょうか。一番お世話になった同行の元HK/sasakiさんは、私の車椅子を押してくれた空港スタッフの人と広東語で喋っていました。
・3月2日(水)・・・・・
ライブドアとフジテレビの問題で「企業買収に詳しい弁護士」として『報道ステーション』(テレビ朝日)に頻繁に出演している永沢徹弁護士は、子どものころ家が近所で、同じ小中学校に通った一つ年上の先輩、永沢君です。東京に開成高校というすごい高校があることを私が知るきっかけを作ったのはこの人、さっきもテレビをつけたら出ていたので書いてみました。後輩の私は明日、整形外科から高円寺校に行って授業をし、その後ぴょんぴょんとちょっと遠出です。
・3月1日(火)・・・・・
今年はインターカルトにおひな様が二つもやってきました。高円寺校のは世田谷のあるお宅から譲っていただいたもの、そして信濃町校のは日本語教員養成研究所のスタッフKiDoさん宅からいただいたものだそうです。お内裏様(おだいりさま)とお雛様(おひなさま)、三人官女(さんにんかんじょ)に五人囃子(ごにんばやし)と、両方ともとても豪華で立派です。ありがとうございました。両校とも学生たちが一緒に飾り付けをしました。