2004年9月
9月30日(木)
日原さんが昨日香港に着きました。奇しくも去年の昨日は佐々木さんが香港に着いた日です。そして去年の今日も今年の今日も、日本語教員養成研究所10月期生の開講式。本当に1年たったんだろうか、私たちはちゃんと前に進んでいるんだろうか・・・。中秋節は一昨日でしたが、今日のお月様は大きくてとても綺麗です。今日は私にとっての区切りの日。2000年10月1日に現職に就きました。今日で丸4年、明日から5年目になります。
9月29日(水)
昨日会った広瀬さんは日本語教師として韓国に渡ったのですが、後に本格的に韓国語を勉強するために大学院にまで進み、日韓通訳・翻訳家として活躍するまでになりました。あれやこれや一緒に話を聞いた事務局の谷口さんと「元気をもらったね」と彼が帰ってから話しました。写真右から二人目の甲斐切さんからも、いつも元気をもらっています。ジャカルタ海外研修、お世話になりました。三人は今朝、無事成田に着きました。人から元気をもらうのも嬉しいですが、あげられたらもっと嬉しいですね。
9月28日(火)
日本語教員養成研究所の修了生掲示板に在豪10年以上になるハンセン明子さんが、あちらでも最近耳にするという「爆睡する」「へこむ」「元気をもらう」「アップする」という言葉が実際どのくらい浸透しているのかという質問を載せていました。去年の2月から始めた私のこのコラム全文を検索機能を使って調べてみたところ、最多登場は「アップする」の5回、「爆睡する」が1回、あとは0回でした。「アップする」は「~の写真がアップされています、ご覧ください」というような形で5回も使っているのですが、これは私自身にこの言い方が“浸透している”わけではなく、サイトに写真が載ったということ自体が初めて遭遇する状況で、人の真似をして「アップする」という言葉を使う以外に方法がなかったということに過ぎません。「へこむ」は聞いて理解できますが、私の使用語彙ではありません。「元気をもらう」という形はこのコラムには出ていませんでしたが、「元気」はなんと40回も使っていました。
写真は、ちょうど10年前に修了の広瀬卓さん(左)と、彼の1年先輩で現在養成研究所事務局の谷口真理さん。広瀬さんが久しぶりに韓国から帰ってきたので、三人でお昼ご飯を食べました。私の携帯カメラは性能がいいと言って写した写真なのですが、美男美女がこんなになってしまいました。ごめんなさい。
9月27日(月)
野球界、シーズン終了後に合併される近鉄とオリックスが対戦、近鉄は有終の美を飾れず55年の歴史に幕。球界新規参入を目指すライブドアと楽天の、どうしてそういうことになっちゃったのという争いは継続中。政界では第二次小泉改造内閣組閣、一般企業でいえば組織改変・人事異動。評論家よろしく感想を言ったり批判したりするのは簡単だけれど、合併でも参入でも組閣でもその渦中にある人、その仕掛け人になっている人たちは神経すり減らしているんだろうなぁ・・・。インターカルトも構造改革思案中。大リーグ最多安打記録257まであと6本のイチローは理屈抜きに偉い。ふーっ。写真はジャカルタでの海外研修参加中の亀山さん、瀬川さん、力丸さん。JCCスタッフの皆さんと一緒の写真が送られてきました。
9月25日(土)
昨日、一昨日とあった日振協の日本語教員研究協議会で発表をしたラボの先生は夏の日本語教育学会でも別の発表をしていました。実は私、彼のことを教師経験のある事務局の方だと思っていました。というのも、事務的な会議に出席したり、学生の在籍関係のことで問い合わせの電話をいただいたりしていたので。カイの先生も日振協でも教育学会でも発表していました。発表の内容はどちらも学校の授業や学生支援活動のことなのに、彼女が非常勤の先生だと知ってびっくりしました。ここで、「・・・ことなのに」と「のに」を使ったのは、学校運営の中心は専任教師という固定観念によるものだと思います。けれど、そうじゃないんですよね。入学してきた学生にとって、“学校の人”としての私たちは事務局も教師も専任も非常勤もないわけで、卒業するまでの間、学校の全員が彼ら彼女ら一人一人をきっちりと見ていってほしいと思います。そして先生たちには、いい授業をしつつ、発表の場にもどんどん登場していってほしいなあと思います。今日は信濃町校、高円寺校合同の教師会でした。
9月24日(金)
去年から始めたこのページの中にも何回か書いているように、ずっと「人間、三日くらい寝なくても死なない」と豪語し、自慢するかのように日々の3、4時間睡眠を話題にしていましたが、先月の入院以来、ずいぶんと変わりました。まだ体調が完全に回復していないということかもしれないのですが、7時間は寝ないとしんどいです。けれど睡眠は全ての基本だと遅ればせながら気づいたので、これをこのまま私の習慣にするつもりです。絶対に。
日原さんがいよいよ日曜日に日本を発ちます。まず台湾に寄って2日間事務所で仕事をし、それから香港に向かいます。写真は右から香港に行く名藤さん、日原さん、行かない辻本さん、米山さん。歓送会終了後、少し酔っ払っています。皆様、なるべくたくさん寝てくださいね。それでは行ってらっしゃい!
9月23日(木)
今日は日振協の日本語教員研究協議会初日、一日中代々木のオリンピックセンターで研究発表を聞いていました。例年と比べて参加校、参加者が少ないのは、明らかに今の日本語学校の状況を反映してのことのようです。会場で何人もの養成の修了生に会いました。修了後、韓国の三星で教えていた人、私と一緒にインドネシア校の先生をしていた人、今ほかの学校の教務部長をしている人、教務主任をしている人・・・。私の養成の同期、スミス幸世さんにも十数年ぶりに会いました。このページを読んでくれていると聞いてびっくり、ありがとうございます。一番最近の修了生たちは、インドネシアでの海外実習に参加中。授業実習のほか、大学や日本語学校の見学、ジャカルタツアー、ホームステイとプログラムは盛りだくさん。写真はインドネシア語の授業を受けているところだそうです。
9月22日(水)
今まさに韓国ブーム。それにしてもすご過ぎますよね。インターカルトには韓国人学生が多い(『冬のソナタ』ヨン様並みのハンサム含む)ので、それが何かの売りになるかなとか、韓国語講座をやったらいいかなとか、ちょっと考えましたが何もしていません。便乗商法はイヤという姿勢は私たちの伝統かもしれず、かつてあった早稲田校がドラマ『ドク』の舞台になった時も、それを宣伝に使うことは一切なく知らんぷりしていました。ところで今日、ABK(アジア学生文化協会)のHPを開いたら、“『冬ソナ』好きでない方の為のABKハングル入門1クラス特別体験講座”という文字が目に飛び込んできました。おお、そう出てきたかABK、さすが、恐れ入りましたと思った瞬間でした。
9月21日(火)
養成の修了生たちがJCCでの海外実習のためジャカルタに出発しました。一昨日の日曜日、私はJCC校長の甲斐切さんに「よろしく」と挨拶メールを送ったのですが、すぐに「至急!!」というタイトルの返事。ジャカルタでまた何か起こったのか!と読んでみたら、「いま加藤さんのメールを読んで大パニックに陥っています! 」とのこと。どういうことかというと、到着の日を「明後日」とすべきところ「明日」と書いて送ってしまったのでした。「明日」が指す日は大統領選挙の当日で全国的に休み、え?本当に明日来ちゃうの?と・・・。「ごめんなさい」とすぐに送ったら、「へなへな~~」というお返事。こういう無責任な勘違いが大きなストレスになるんですよね。お騒がせしました。・・・・・・と書いていたら、今「皆さん無事来ジャカルタ」というメールがきました。何はともあれ、どうぞよろしく!
9月20日(月)
今日は敬老の日。広く老いた人全般を敬う日なのだと思いますが身内に限って言うと、父方の祖父母は私が生まれた時にすでになく、母方の祖父が35年前に他界してからただ一人の敬うべき人であった祖母が1月に亡くなったので、今年は生まれて初めての対象なき敬老の日です。今から考えると子供っぽくて恥ずかしいのですが、その祖母88歳の米寿のお祝いの時、初孫と二人目の孫である私と妹とで発行人「孫一同」の感謝状を作り、孫の中で一番若い従弟が祖母に授与しました。口は達者、胃腸は丈夫、好奇心旺盛で、次は白寿のお祝いと誰もが信じて盛り上がったのですが、3年後の今年、病の末、いなくなってしまいました。お棺の中には母たちが入れてくれたあの時の感謝状が祖母と共にありました。私45。今年を折り返し地点として生まれた日まで戻っても、祖母が生きた91年と同じだけ寿命があるとしたらさらに1年あるわけで、だったらそんなに焦らずのんびりいってもいいのかなと楽天的に、いや能天気に。
9月17日(金)
朝学校に行ったら、ベトナムの大学で日本語教師をしている西村さんから久しぶりに「西貢(サイゴン)便り」が届いていました。JICAの新理事長になった緒方貞子さんのホーチミン視察の際の世話役をしたことがトップニュースで、二つ目が「ラムチュン結婚」でした。ラムチュンは西村さんが追っかけをしている歌手で、去年養成の海外研修でベトナムに行った時に西村さんの部屋の壁に貼られたポスターと、かけてくれたCDでその名前を知りました。何と西村さん、そのラムチュンの結婚式に招待されたそうです。
そして今日は日本語教員養成研究所4月期生の修了式でした。 国際文化論の阿部汎克先生に18年前の420時間コース設立以来最も優秀なクラスと絶賛された元気な面々が巣立っていきました。修了生の一部は来週の月曜日からインドネシアのジャカルタコミュニケーションクラブ(JCC)で海外実習です。ついでに宣伝。11月14日に公開講座(「魅力的な話し方/人を惹き付ける話し方」)があります。これを読んだ方、どうぞご参加ください。
夜は、去年した日振協の共同研究、カイ日本語スクールと新宿日本語学校のメンバーとの打ち上げを今頃…。業界を担う山本さんと江副先生にも久しぶりに会って刺激を受け、自覚を新たにして帰ってきました。
9月16日(木)
今年の高円寺校のスピーチ大会は例年になく国際色豊かな出場者たちで、最優秀賞をとったのはバングラデシュのMDさんでした(信濃町校同様、私は行っていないのですが)。最近、頻繁にメールのやりとりをしているかつての同僚、現在オーストラリア在住のハンセン明子さん(旧姓宮崎さん)が、世の中のこと、日本にいる時は知ってるつもりで知らなかったなあとしみじみ思うと言っていました。彼女も学生たちも外国にいるがゆえの発見や気づきなのだと思いますが、まずは身近にいる人たちを、いい悪いではなく、そういう生き方、考え方、やり方もあるんだということを広い心で理解していきたいです。言うは易く行うは難しじゃないですよね。私たちが目指すCCC(Cross-Cultural Communications)、そういうことなんだと思います。
9月15日(水)
今日は元「敬老の日」と呼ぶ日でしたが、一昨年あたりから施行されたラッキーマンデーという制度により普通の日になり、来週の月曜日が祝日になりました。老いるなんて全くの他人事という気でずっと過ごしてきましたが、ここ数年、同年代の人と会うと、あっちが痛いのこっちが調子悪いのと…。いやですねえ。実は先月子宮筋腫の手術を受け、それで仕事もこのページも少しの間休んでいました。その間に行事もいくつかありました。写真は、信濃町校のスピーチ大会で最優秀賞をとった韓国の崔倫準さんです。
9月14日(火)
自校の先生が他校で教えることを禁止する学校もあるらしいですが、私は大いに結構と思っています。井の中の蛙、大海を知らず。インターカルトの非常勤教師だった頃、私は3つの学校を掛け持ちしていました。結局過労で倒れましたが、全てのいい所、よくない所が見え、その経験が今も私の中に残っているように思います。海外も然り。私の養成の教え子、教師としては後輩、HPでは恩師と仰ぐ日原正博氏がこの秋、香港に飛び立ちます。ちょっと遅れて名藤杏子さんも行き、入れ替わりに佐々木信子さんが帰ってきます。皆がいろんな国に行っていろんな経験をしてこられるようになったら、すごくいいと思います。
9月13日(月)
最近のこのページ、土日休刊になってしまったし、写真も載せていないし…。でもまあ、自然体で。無理して頑張らない。
9月10日(金)
2004年版の労働経済白書によると、フリーターは前年比8万人増の210万人、仕事も就学もしない無業者、この人たちをニートと呼ぶんだそうですが、その数52万人。フリーターとニートの違いは働く意思があるかないか。働く意思はあるけれど職がないアンエンプロイヤー(失業者)とはまた別なんですよね。日本の皇太子が結婚式出席のためにブルネイに行っていますが、ブルネイは産油国のためにとても豊かだそうですね。石油関連収入が国の収入の95%、けれど石油関連の就業者は全体の6%だそうで、その6%の人が働いて稼いだお金で残りのブルネイ人が食べているという構造だとニュースの特集で言っていました。ブルネイには「働かざる者食うべからず」ということわざはないでしょうね。私の夢。働く必要のないほどの大金持ちになって、あくせくと仕事をすることです。
9月9日(木)
インドネシアのジャカルタで爆弾テロがありました。テロ、テロ、テロ。先日のロシアの学校占拠事件の時には、私がここに何かを書くレベルを超えていたので何も書けませんでした。インドネシアは私の第二の故郷とも思う国。でもやっぱり心が痛くて何も書けません。
9月8日(水)
走ることこそ素晴らしいことと信じてただひたすら走り続けてきた人は、ふと立ち止まりちょっと一休みなどしてしまった後、走ることの意味を考えてしまい再び同じように走り出すのはなかなかに難しいと思います。人生の折り返し地点にさしかかった人は、帰り道はこっちではなくあっちの道に行ってみるのもいいかなと考えます。四十代が不惑だなんて、今は昔の話じゃないかと思います。
9月7日(火)
手塚治虫が描いた『鉄腕アトム』の未来都市は、私たちが生きる現代の都市そのもので、夢の世界のお話と思っていた科学技術もすでに私たちにとっては当たり前のものになっています。今日、ちょっと久しぶりに学校に行ったら、専任教職員全員がテレビ局の人のようにマイク付きのヘッドホンをして海外やもう一つの校舎の人と話をしていました。私の分もあったので浦島太郎の気分で早速試してみたのですが、何とも照れくさかったです。
9月6日(月)
「天災は忘れた頃にやってくる」じゃありません。ここ数日の間に、地震、台風、地震、台風と天災が繰り返しやってきています。被害に遭った地方の人たちが避難所で寝そべっている姿はお気の毒としか言いようがありません。日曜日に沖縄に遊びに行ったら台風で飛行機が飛ばなくて、月曜日の今日出勤できないで空港でトランプをしているのではないかと思われる人々の姿は、こんなことを言ってはなんですが間抜けにしか見えません。
9月3日(金)
たまたま手にした若い女性向きの雑誌の星占いに、「日本語の教師になるための勉強を始めるといいでしょう」と書いてありました。日本語教師、なんとメジャーな職業になったものか。私がこの仕事を始めた頃、日本語教師をしていると言うと、まずは「日本語教師?」、外国人に日本語を教えるんだと言うと「そんなに英語上手だった?」。子供の頃から日本語の先生になりたいと思っていたなんていう若い先生もいるんですものね、時代は変わりました。
9月2日(木)
昨日の晩、浅間山が噴火しました。それがテレビの速報で流れた瞬間、「一泊旅行の時でなくてよかった」と思いました。私たちが行った鬼押出しの溶岩は、今から221年前、1783年の浅間山噴火の時に流れ出たものです。1995年の阪神淡路大震災を知ったのは朝のニュースででした。あの頃、私はILC(インターカルト・ランゲージセンター)というビジネス研修を専らにする部門を担当していて、韓国企業向けのプログラムに神戸のインフラ見学を組み込んでいたのですが、天災によってもろくも崩れた日本の先端技術を目の当たりにして言葉が出ませんでした。浅間山も、火山灰をはじめ被害は大きいようです。天災は予防のしようがないので本当に怖いです。
9月1日(水)
9月になってしまいました。外の空気はまだむっと蒸し暑いのですが、雲は確実に秋の様相だしツクツクボウシは鳴いているしで、ああ夏が終わるんだなぁと思わざるを得ません。来年4月生募集のための海外説明会が始まり、彼女はあっちへ、彼らはそっちへとにわかに慌しくなってきました。私たちはいつでも一生懸命なんですが、その結果はいつも自分たちの力の及ばないところに委ねることになります。そういう意味では切なくもやるせなくも思います。