2004年1月
1月30日(金)
今週1週間、万歩計をつけていたら最高記録が出たのではないかと思います。頭もフル回転させました。人にもたくさん会いました。でもいろいろな問題が私の心の中には残ったままです。まもなく2004年の12分の1が終わってしまいます。ここのところ続けて肩やらカバンやらに鳥のフンの被害を受けています。これに何か意味があるのかないのか、ただ運が悪いのか、ただただマヌケなのか。
1月29日(木)
ソウルに住む人の家の犬が凍傷にかかったと聞きました。また、先週出張でソウルに行ってきたインターカルトのTaさんは自他共に認める暑いも寒いも感じない特別かつ不思議な皮膚の持ち主なのですが、その彼があまりの寒さに鼻水と涙が止まらなかったと言っていました。マイナス14度だそうです。私もかつて厳寒のソウルで卒業生と二人でタクシーに乗って鼻をすすりながら涙をふいていたら、「僕が泣かせたみたいで恥ずかしいから鼻をかんでください」と言われました。そのソウルから一時帰国しているSaさんは今、学院の先生をしています。大学とのダブルスクールで日本語教員養成研究所に通い、卒業と同時にインターカルトの先生になった時の彼女はまだ少女の面影を残していたのですが、すっかり大人に、そしてしっかりたくましくなっていました。「かわいい子には旅をさせろ」と、つくづく。
1月28日(水)
黒海というグルジア出身の力士の特集をテレビで見ました。他の外国人力士同様、部屋のおかみさんが相撲界の常識、日本の習慣、そして日本語も教えたのだそうですが、これまた他の外国人力士同様、黒海もとても流暢かつ自然な日本語でインタビューに答えていました。力士の日本語はどうしてそんなにうまいのかという内容の本も数年前に出ていましたが、本当に不思議です。以前、中国の大学で接した学生たちの日本語がとても正確なので驚いたことがあります。助詞も使役受身も清音濁音も間違えないのです。聞いてみると、まだ一度も日本へ行ったことがないとか。そういうことがある度に日本にある日本語学校って一体何なんだろうとその都度考えさせられます。中国で成功している日本語教育のポイントは徹底的に暗記をさせるということらしいのですが・・・。今回の短期遊学コースに参加している子供たちの吸収力もすごいです。ただただ目を見張るばかりなのですが、目を見張っている間に飽きてしまうので、間髪入れずに興味をこちらに向けさせる何かをしなければなりません(母、10歳長男、7歳次男がコースに参加。着付けには父も飛び入り参加)。
1月27日(火)
「授業、楽しいです」という答えが返ってきたら、「楽しいのが一番」と答えます。学生ももちろんですが、これは先生の話です。先生と学生は以心伝心。先生が辛いとかつまらないとかと思って仕方なく授業をしているのに、学生が「楽しい授業だった」と思うことはないと思いますから。昨日から冬季短期遊学コースが始まりました。たった2週間の短いコースですが、午前、午後とも内容は盛りだくさん。今回は7歳、10歳、12歳・・・とインターカルト日本語小学校ができてしまったかと思われるようなメンバーから上は40歳、41歳までの学生たちが年齢別ではなくレベル別に2つのクラスに分かれてスタートしました。昨日、今日、明日、そして来週の月曜、火曜と私も授業を持ちます。昨日の初日、7歳から41歳までを相手にした授業はとても楽しかったです。「楽しいのが一番」なのですが、私だけじゃなく学生たちも本当に楽しかっただろうかとふと不安がよぎり、私は今まで人に向かってずいぶんと無責任な発言をしていたんじゃないかと少し反省しました。
1月26日(月)
先週の金曜日の夜、新宿の地下道で後ろからきた男の人に顔をのぞき込まれました。びっくり。1988年にインターカルトの私のクラスにいた香港の学生、林(ラム)さんでした。当時は22か23の少年のようだった彼が、奥さんと7歳の男の子を連れていました。旧正月のお休みを利用しての日本への家族旅行。1990年に韓国の金さんの結婚式に一緒に呼ばれて行った時以来会うことはなく連絡もいつしか途切れてしまっていたのですが、14年ぶりにまた線がつながりました。偶然中の偶然。神様は乙なことをしてくれました。
話は変わって。ネット上に「日用品占い」というのがあるという話を聞いたので、探してやってみました。私は「歯磨き粉&歯ブラシ」、おとなしそうな歯磨き粉と活動的で気が強い歯ブラシ、ケースバイケースで二つの心を使い分けることができるとか。他人を操る才能に長けているそうです。ノーコメント。「コップ」との相性が抜群で、「ドライヤー」とは犬猿の仲。そして「つまようじ」だけには何をしても石に針、心の底を見破られてしまう。だから「つまようじ」が恋人の場合、浮気は不可能と悟るべきとありました。この占いのことを教えてくれた「つまようじ」の恋人になる予定はないけれど、そうか、見破られているのかあ・・・。
1月23日(金)
昨日は旧正月だったので、お菓子を準備して学校の受付カウンターに置き学生たちに配りました。韓国の女の子が台湾人スタッフLの耳元で「あけましておめでとう」を中国語で言ったり、大晦日の晩に食べた魚の頭の鍋の話を台湾の子が日本人スタッフMに大声で報告していたり、旧正月を祝う中華系と韓国の学生たちは明らかにうきうきしていました。国でお正月を迎えたかったなぁとも思っているでしょうね。海外のホテルでふとつけたテレビにNHK衛星放送の画面が出てきて、「小さな旅」のテーマ曲なんかが流れていたりすると、たった数日の出張なのに妙に日本が懐かしくなります。そして昨日、ようやく私の年賀状書きに終止符です。4日以降に私の家に着いた年賀状の方、一両日中にお手元に届きます。
明日は養成研究所の研究発表会、明後日の夜には来週から始まる短期遊学コースに参加する学生たちが台湾とシンガポールからそれぞれやってきます。これから3月末までどどどどどっと忙しくなります。
1月22日(木)
バンコクの伊勢丹の花屋さんには日本人の店員さんがいます。その中のお一人から、インターカルトの養成研究所の学校説明会に出席したことがあると偶然聞きました。高田馬場の校舎と言っていたので、おそらく10年以上前のこと。日本語教師になりたいと思って説明会に出たけれど、結局はならずに、つい最近バンコクに来たということでした。世の中、本当に狭い、恥ずかしいことはできませんねえ。・・・と思いながら日本に帰ってきたら、ラオスのビエンチャンから絵はがきがきていました。養成研究所を修了した後インターカルトで教え、韓国のS社研修院でも日本語教師をしていた旧姓Takedaさん、今はラオスにいました。地図帳でその位置を見たら昨日までいたタイの上にありました(地図帳見ないとわからないの!とお笑いくださいませ)。改めて世界全図を眺め、世界は狭くもあり広くもあり・・・と一人感慨にふけりました。写真左は私たちのテキストFJⅠのイラストを描いてくださったSakaiさん、420時間教員養成コースの1期生。在バンコク15年以上になるそうです。 新FJⅡのイラストも描いてくださることになりました。
1月21日(水)
今朝7時前に成田に着き、そのまま学校に来ました。空港でリムジンバスに乗る時に、台湾人で全く日本語のできない若い男女4人組に台湾人と間違えられて声をかけられ、それがきっかけでちょっとだけお世話をしました。昨日、バンコクのスーパーで養成研究所の修了生Tさんと“洗濯糊(せんたくのり)”を探し回ったのですが、字が読めず話もできない私たちは、ただひたすら、それらしきボトルの絵だけを頼りに洗剤売り場を歩き回りました。結局、どれかわからず。言葉ができないっていうのは本当に大変です。
用事が終わったらさっさと早退して帰ろうと思っていたのですが、もうお昼を過ぎてしまいました。出前のレバニラ炒めを食べたら帰ります。
1月16日(金)
お年玉付き年賀はがき、去年の抽選の日にホームページで当選番号を確認し、切手シートが当たったはがき何枚かに付箋を貼り付けました。私はいつももらったはがきを抽選番号順に並べておき、当選発表後に今度はあいうえお順に並べ替えてファイルに1枚1枚はさんで保管します。(机の上はぐちゃぐちゃですが、年賀状の整理は几帳面です。)それで去年も、確認後にさっさとあいうえお順に並べ替えました。そして次の日。何の気なしに朝刊を見たら当選番号が昨日のそれとは違うような気がしたのです。もしかして・・・イヤな予感的中。私が見たホームページの当選番号はまだ更新する前の1年前のものでした。老後にするかもしれないおつき合いのために年賀状だけ交換する人々がたくさんいるので、結構な枚数。すでにあいうえお順になってしまったはがきの番号を1枚1枚ファイルから抜き出して確認するのは面倒なので、結局去年は当たったのか外れたのかわからないまま終わりました。どうぞ皆さま、お気をつけください。今年は18日(日)だそうです。・・・なぁんて自分だけ、いただいた年賀状の話をしていますが、私の今年の年賀状書き、実は仕事が始まってから一向に進まず、まだ書き終わっていません。今は旧正月の1月22日には間に合わせようと思っています。この週末から、海外にいる養成研究所の修了生の様子を見に、ちょっと出かけてまいります。次の更新は水曜日です。
1月15日(木)
若い女の子たちの間で「内股(うちまた)」が流行っているそうです。何だそれって感じですね、まったく。私の足の原形は実はかなりの内股で、それを誰に言われるでもなく自ら学校の廊下の板の目に合わせて左右並行に足をつく練習をして、今のように(たぶん)普通に歩けるようになりました。ほかに、目を大きく見せるために毎日意識してガッと見開いていたり、クラス変えを機に内弁慶(うちべんけい)から本来の私に変身したりした結果、今の私があります。全て小学生の時の話、努力すれば何でもできるという妄想を抱いていた頃の話です。さて、ちゃんと普通に歩ける人が、流行っているからといって無理に内股で歩く必要、あるのでしょうか。この内股流行の話は、昨日のお昼に入ったおそば屋さんのテレビで見たのですが、最後に出ていたどこかのお医者さんが、内股は体にいい影響を与えないって言ってましたよ。どうせすぐに時代遅れになるんですから、おやめなさい、内股で歩く練習なんていうくだらないことをするのは。そして今年の成人式の様子をテレビでちょっと見ましたが、本当に大人になってくださいよね。ほんの一部の人なんでしょうけれど、そういうニュースが世界中に流れるのは日本の恥。私たちにとっては死活問題になるのですから。(・・・と、どんなに吠えても該当者は誰も見ていませんよね、これ。)
去年から中国の大学で日本語の先生をしているIさんが旧正月で一時帰国中。今学校にいらしてます。肌はつやつや、あちらで充実した毎日を送っているということがひしひしと伝わってきました。ちなみに、南京はマイナス10℃だそうです。それから昨日は日本で日本語教師を始めたEさんが元気いっぱいの近況報告にいらっしゃいました。
1月14日(水)
今日、信濃町校は鏡開き(かがみびらき)です。朝から皆、その準備をしています。11時過ぎにはお餅の入ったお汁粉が入り口のロビーで学生たちに配られるでしょう。高円寺校は金曜日です。どうして一日おいてするかと言うと、その間にお鍋を移動しなければならないからのようです。今年は信濃町→高円寺の順なので、来年はこのままお鍋を保管する高円寺が先にしてから、そのお鍋が電車に乗って信濃町に移動するんだと思います。
個人的なことなのですが、一昨日の夕方、祖母が他界しました。大正元年生まれの91歳なので「大往生(だいおうじょう)」でしょうか。私にとっては四人いる祖父母のうちの最後の一人、この祖母にとって私は初孫で、私が生まれたとき祖母は今の私とたいして年の変わらない46歳でした。いつだったかここに書いた、75歳にして初めて水着を着てモード誌のポーズでカメラに収まった祖母です。亡くなった後の近所への知らせ方、葬儀の後の食事の場所、その席順まで書き遺していました。それを聞いた瞬間、同じ血が流れる私は、私もやってしまうかもしれないと思いました。
さてさて、昨日の呼びかけに早速応えてくださったロウさん、ありがとうございました。昨日のイギリスの最高気温は9℃、最低気温2℃、日の出は8時、日の入り4時だそうで、あちらの日本人は寒さよりも暗さに文句を言っているそうです。
★訂正:お鍋は宅配便で高円寺校に送るそうです。とても大きなダンボールに「鏡開きセット」が詰まっていました。午後4時前、信濃町校のお汁粉大会は盛況のうちに終了しました。皆さんのおかげ。
1月13日(火)
アメリカのメーン州に住む、養成研究所の2期生(18年前!)、万年青年のKoさんから「こちらはここ4日ほど、恐ろしく!寒い…毎朝マイナス25度cを下回り、日中の最高気温もマイナス18度ぐらい…本当に寒いです。15分以上は外にいられない…。 」というメール。今の今、そんなところがこの地球上にあるのだということに驚きました。東京もここのところ連日寒く「寒い寒い」を連発していたのですが、まだまだまだまだ甘かったです。・・・かと思ったら、プラス32度のタイから一時帰国して、日本で風邪をひいて病院に通っていたのは去年9月修了のO嬢です。世界中に散らばっているインターカルト日本語教員養成研究所修了生の皆さーん、もしこれを読んでいたらご連絡ください。そちらの今日の気温だけでもいいですから。
1月9日(金)
今、巷(ちまた)では「日本語学校、冬の時代に突入」などと言っていますが、必ずしもそうとばかりは言えないと思っています。冷たい風が吹いているのにはそれなりの理由があるからで、私たちはまずその事実を認めた上で襟(えり)を正し、私たちの役割をきちっと果たしていけば究極の事態は避けられると信じています。きれい事言ってる、と時々よその人に言われますが、私はそれが真実だと思っています。こういう時こそ、日本語学校の役割、存在価値は何なのかを改めて考え、100%、120%、150%の力を出したらきっと大丈夫。日本語学校の一番の役割は、進学先で、そして社会で役に立つ日本語を身につけさせることです。「実践力」という言葉が一般に使われ始めて久しいのですが、じゃあ、実践力って何でしょう。去年から日本語教育学会の研究集会委員をしています。今年の夏、今までの会員研修と実践研究発表会が一つになって「実践研究フォーラム」になります。どうぞ皆さま、ご参加ください。席に限りがあるので、じゃあ後で・・・ではなく今すぐお申し込みを。
1月8日(木)
子供の頃、泥を丸めて水(時には唾(つけませんでした?))をつけてテラテラに磨き上げて作った泥団子。それを作る道具をどこかの玩具メーカーが商品にして売り出し大ヒットを飛ばしているという話を去年聞いた時、とても腹が立ちました。理由はもちろん、人に準備してもらって作るものじゃない! そして昨日の晩、その泥団子セットをNHKニュースの特集で紹介しているのを見ました。想像に反して、その出来上がりは黒のほか赤、青、黄色の鮮やかな、泥とは思えない磨き上げられた石のようなものだったので、びっくりしてしまいました。特集のタイトルは『ヒット商品こうして生まれる』。ヒット商品を生み出すための社員と社長それぞれの心得を紹介していました。「挑戦し続けないと結果は出ない(社員)」「途中で一切口をはさまず、アイディアを出した人に勇気を与える(社長)」等など。私は昨日、帰りがけに寄った文房具店で“健康指圧ペン”というのを買いました。ボールペンの上の部分に磁石がついていて指圧ができる、そしてマイナスイオン発生グリップによってリラックス効果ありというものです。セロファンの包みの裏側に書いてある商品コンセプトと商品特徴1、2、3を読んで、思わず買ってしまいました。いかにして買ってもらうか、でもその前に、たくさん並ぶ同様の商品の中からいかにしてそれを手に取ってもらうか、いやいやさらにその前に、いかにしてヒット商品を生み出すか・・・。健康指圧ペンで肩を押しながら、うーん、と考えました。
1月7日(水)
毎年、うちの近くの大國魂神社(おおくにたまじんじゃ)は初詣(はつもうで)客でにぎわいます。学校関係者も何人かお参りに来たようで、私のうちの方に向かって手を振っておいたとか、マーガリンの匂いにつられて境内(けいだい)のじゃがバターを食べないほうがいいとか、いろいろお知らせをいただきました。お知らせだけで私の家を訪ねてくれないのは水臭いようにも思えますが、実は私にとってはとてもありがたい心遣いです。
1月6日(火)
文字が書けるようになってから初めて年末のうちに年賀状を書きませんでした。そして結婚して20年目にして初めてお節料理を作りませんでした。年が明けてからお雑煮とお汁粉だけを作り、1日の晩はお肉を焼き、2日の晩はカレーを作りました。多分、生まれて初めてのお節料理のないお正月でした。そして昨日。何かあったの?と何人かの人に聞かれました。中には、良くないことがあったの?と言う人も。良くないこととは、年賀状を出してはいけないような良くないことです。いつも必ず絶対に1日に届く私からの年賀状が来なかったので、皆さん、心配してくださっていたようです。お正月だからお節料理を作らなければいけないとか、年賀状を書かなければいけないとか、そういうことに縛られるのはやめようと思ってしてみたのですが、やっぱりとても楽でした。けれど、今年は年末のうちに年賀状を書いて来年の1月1日に届くように投函しようと思いました。年末は楽でしたが、年が明けてから、毎日毎日年賀状書きに追われているので。まだお手元に届かない皆さん、ご心配をおかけしてすみませんでした。お陰様で、良くないことはなかったのです。
1月5日(月)
いよいよ2004年の業務開始です。専任教職員の初顔合わせ、今年は高円寺校で行いました。今年のスローガンは「学生がいなければ学校は成り立たない。魅力がなければ学生は来ない」。具体的な目標の詳細は、これは企業秘密ですからここには・・・書けないのです。非常勤の先生用には各教務室に貼り出してもらいますので、ご覧ください。先生たち一人一人がインターカルトの「力」です。よろしくお願いいたします。今年のスローガン、当たり前のことなのですが、でも日本語学校の周りで冷たい風が吹く昨今、それに備えて何をするか、です。日本語教員養成研究所も同様。こちらはもう今日から授業が始まっています。日本語学校の授業は明日からです。
1月1日(木)
あけましておめでとうございます!加藤早苗です。
今年もインターカルト煮本語学校および日本語教員養成研究所をよろしくお願いいたします。
2004年、大きくない目をカッと見開き未来を見つつ、明日にならなければわからないことの心配を今日するのはやめ、今しかできないことのために今を使います。あくまでも、清く正しく美しく、かつ、明るく楽しく前向きに。いいことたくさんありますように!今年の私は一味違うはずですj。皆様、おつき合いのほど、どうぞよろしくお願い申し上げます。