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2003年9月

9月30日(火)
 最近、怒りっぽくなりました。よく、アッカンべーなんかをしている子供に「そんなことしてると、そういう顔になっちゃいますよ」なんて言いますが、私も怒ってばかりいると怒った顔が私の顔になってしまうかもしれないと怒るたびに思います。もともと文句言いです、気をつけなければ。でも怒りたい、いや、怒るべきときもあるでしょうから、そのときは微笑みを浮かべて。にこやかに怒れるようになったら一人前ですね。笑う門には福来たる。今日で9月も終わることだし、10月から…努力してみます。(…無理かなぁ。)
 今日は、日本語教員養成研究所の10月期生開講式。希望に胸ふくらませた老若男女たち(!)が入学してきます。


9月29日(月)
 昨日の晩、このページに何を書こうかと考えながら洗濯をしていたら、今日香港に向けて出発する佐々木先生から「先生、お電話くださいました?」という電話があったので、それを書くことにします。「ごめんね。私かけてないんだけど」「あ、すみません。さっき友達が来てた時に弟が「加藤さんから電話」って言いに来て、友達の加藤さんかと思ったから「後でかけるって言って」って言ったんですけど、弟が「大人の声だった」って言ったので加藤先生だとばっかり思って…」。大人の声は当たり前のことなのに、改めて、そうか私の声は大人の声かと思いました。そういえば、以前佐々木先生の家に電話をかけたところ、不在。電話に出たおじいさんに「書くものありますかー? いいですかー?」と伝言を頼んだのですが、後で聞いたら佐々木先生の家におじいさんはいなくて、その声の主は弟さんだったということがありました。「大人の声」と言った弟さんです。当時高校生だった弟さん、「おじいさんの声」と勘違いしてしまい、本当に失礼しました。ご両親いわく“フカキョン(深田恭子)似”のお姉さんは、今日、香港デビューですね。
 写真は、ベトナムで毎日飲んでいたアイスコーヒー。本当に美味でした。


9月26日(金)
 びっくりしました。一昨日書いたビーズ製の携帯電話ケースは意外にも大ウケで、「私にはないの?」という声まで聞こえてくるほどでした。もらった人たちは一日中首からぶらさげていました(行き渡らなかった人、ごめんなさい。こんなはずじゃなかったので)。人の感覚ってわからないものですね。今晩は海外実習に参加した学生たちと学校で反省会をした後、ベトナム料理のレストランで打ち上げです。
 写真は香港での説明会でお手伝いをしてくださった卒業生たち(後列左からジェニーさん、アンディーさん、オーヤンさん、リュウさん、前列左は10月から香港に赴任する佐々木先生)。卒業生の皆さん、本当にありがとうございました、多謝多謝。
 今朝、北海道で大地震がありました。今、日原先生が3年ぶりの帰省をしているので心配していたのですが、「わっはっは」と元気に電話にでました。これから余震が続くそうですが、どうか大事に至りませんように。


9月25日(木)
 ホーチミンの大学で見学させていただいたベトナム人の先生、フン先生の4年生の授業は、インターカルトでも高円寺校で数年前まで使っていた『中級から上級への日本語』(The Japan Times)の第1課「ひと味違う自己紹介」でした。何人かのグループに分かれ、そこに一人ずつ入った私たちに、自分の名前の由来を入れた自己紹介をしてくれました。ベトナム語については全くの無知なので詳しい説明をここには書けないのですが、学生たちの名前はすべて漢字の意味を持っていて、それらは天女、明月、海燕などご両親の願いがそのまま伝わってくるような美しい名前ばかり。その中に、「たくさんの人たちといい縁がありますように」と「縁」と名づけられたという学生がいました。
 縁。すべては人と人の縁だなぁと思います。このベトナムでの海外実習は西村先生がつないでくれた縁。ベトナムの後に行った香港での学校説明会で大活躍してくれた卒業生たちとも縁。そして学生に大人気の佐々木先生が10月から香港の日本語学校で仕事をすることになったのも縁。昨日の晩は、その佐々木先生の歓送会(+新入スタッフ2名の歓迎会)でした。娘ほどにも年が離れている彼女を母の気持ちで送り出します。
 今日から10月期新入生の出迎え、受け入れで忙しくなります。新しい出会い、そして縁の始まりです。


9月24日(水)
 ベトナムの市場で買ったビーズの携帯電話ケース、買うときも「どうしょうもないものかなぁ」と思ってはいたのですが、日本で見たら、これがまた本当に日本の風景には合わない「まいったなー」という感じのものでした。それを10個も買ってしまったので、今日一応学校に持ってきました。「留守中ありがとう」と言って差し出された人は、ありがたそうな顔をして黙って受け取ってください。(たぶんこれを買ったのは私だけ。実習生の皆はちゃんと吟味してそれなりのものを買っていました。念のため。)
 秋の夕暮れ、こんなに寂しいものだったでしょうか。昨日の夕方、窓を開けて涼しい風にあたりながら♪ヘッドライト~、テールライト~♪なんていう曲を聴いていたら、しみじみとした気分に陥りぐぐぐっときてしまいました。だから秋は苦手です。


9月22日(月)
 大変ご無沙汰いたしました。9日ぶりにベトナムと香港から帰ってきました。ホーチミンでは滞在中ずっと汗が全身をつたって流れるサウナの気分。充分な新陳代謝のおかげでお化粧のノリがよかったように思います。同じようにじっとりと暑い香港で2日半を過ごして日本へ。昨日の夜、11時半過ぎに家の近くの駅に着きました。荷物と雨のためにタクシーに乗ったのですが、半袖姿で凍えるように両腕に手を当てていた私を気の毒がって、運転手さんが暖房を入れてくれました。
 写真はホーチミンの大学での海外実習に参加した学生たちと西村先生(左から3人目)。実習中の諸々は追々ご報告しますが、ベトナムのおいしいものをたくさん食べて、元気いっぱい、明るく楽しく、こんな調子でいいんだろうかと思っているうちに終わってしまいました。西村先生、ありがとうございました。6名の皆さん、お疲れさまでした。(ちなみに私は本日休養日です。)


9月12日(金)
 わけのわからないうちに一日が始まって終わります。24時間では足りないのですが、それ以上あったらたまらないとも思います。今日は日本語教員養成研究所の修了式。元気いっぱいだった今期の皆さんのこれからの活躍を祈念して「乾杯!」。明日から、そのうちの6人と共にベトナムの大学での海外実習に行ってきます。
 台湾報告最終回~「台湾人の心」その2~。とても小さな火傷(やけど)をしました。皆で食べた夕食の"鍋”のおつゆが小指にかかり、お店の人に赤くヒリヒリするところを冷やすための氷を頼んだのですが、すぐに持ってきてくれたのがこれ↑(写真)。握りこぶし一つ分以上火傷をしても申し訳ないくらいの大物でした。同席の5人の台湾人いわく「これが台湾人の心…」。そうですか。台湾人の心という言葉を聞くとき、一人一人の心の中にある誇りの深さと同時にその存在の微妙さを思います。
 ベトナムの後、香港へ行って21日に戻ります。「日本人の心」を考えながら…次は10日後です。


9月11日(木)
 昨日は高円寺校の、そして今日は信濃町校のスピーチ大会でした。各クラスから選ばれた代表者たちはみんな原稿を暗記していて、表情豊かに、時にジェスチャーも交えて・・・、小泉首相じゃありませんが「すばらしい。感動した!」です。そして、出場者たちを応援する聴衆の学生たちにも・・・。壇上のスピーカーが言葉に詰まったときに会場中から「頑張れー」の拍手。毎年のことながら、幸せな気持ちにさせてくれるスピーチ大会です。
 台湾報告その2。学校説明会にたくさんの卒業生たちが来ました(写真)。その中の一人、王淳恵さんは、自分で翻訳した日本の本が出版されたと言ってその本を持ってきてくれました。こういうの、"教師冥利に尽きる”っていうんでしょうね。本の題名は『小小服務大大満足(WHAT IS SERVICE)』です。彼女の出身校、高円寺校の教務室に置きますので、どうぞご覧ください。



9月10日(水)
 少々ご無沙汰しました。さて、まずは台湾の空港から事務所まで無事に行けたかどうかのご報告。結論から言うと、卒業生が車で送ってくれました(ほんとに運がいい)。成田発台北行きの飛行機の中、トイレに向かう彼と出てきた私、通路で顔をあわせお互いに「あーっ!」。彼とは、蘇孝全さん(高円寺校の先生方には懐かしい名前だと思います。何たって彼は有名人でしたから)。台湾以外に行き先はないのに「どこに行くの」と聞いた私に、まじめに「台湾です」と答え、私に出迎えがないと聞いた途端に優しい愛の手をさしのべてくれました。今年の1月に結婚したそうで、奥さんが出迎えにきていてその車に乗せてもらったのですが、蘇さんの家と事務所とはまるで反対方向だということは乗ってかなりたってから知りました。後で「悪いことをした」と悔いる私に、スタッフたちは「それが台湾人の心だ」と口々に。蘇さん、ありがとうございました。謝謝。(蘇さんは、今日から1週間の予定で来日。高円寺校にも顔を出すと言っていました。以上、校内連絡。)
 そうして着いた事務所では、10月に入学してくる学生たちのオリエンテーションがありました(写真)。このキラキラと輝く瞳と笑顔を在学中もずっと持続させ、次のステップへの橋渡しをしなければと強く強く思いました。
 

9月5日(金)
 「先生、本当に空港からホテルまで一人で来られる~?」 先週末から、台北事務所のスタッフの三人娘たちが電話をかけてきては私に聞きます。大丈夫、大丈夫じゃないで、意見が分かれているんだそうです。方向音痴の私を心配してくれるのは本当にありがたいのですが、「かわいい子には旅をさせろ」と言いました。他の国では一人でもちゃんとやっているのです。確かに今までは必ずお迎えに来てくれていましたが、今回は皆さんご多忙。・・・というわけで、明日からちょっと行ってきます。こちらは9月10日に再開です。

9月4日(木)
 「息を吸ってー、はい、止めて」 明日は信濃町校の健康診断、レントゲン検査があります。初級のクラスでは、保健所へ行く前にまず「吸って」の意味を確認し、「止めて」と言われても「はい」と返事をしなくてもいいですよ、と言います。律儀に返事をして息を吐いてしまう学生が結構いるんだそうです。
 話は変わって。教師養成コースの学生が、海外青年協力隊の派遣前研修に出かけていきました。派遣先はトンガだそうです。7月の一泊旅行の宴会で三線(さんしん)を弾きながら沖縄の歌を歌ってくれた彼、2年後には一回りも二回りも大きくなって帰ってくるのでしょう。一年二期制のこのコースでは、秋もまた“始まり”の季節。行ってらっしゃい!


9月3日(水)
 内田百閒その2。同じく『忘却論』、詰め込み主義について。「覚えていない事を忘れるわけには行かない。知らない事が忘れられるか。忘れる前には先ず覚えなければならない。だから忘れる為に覚えなさい。忘れた後に大切な判断が生じる。語学だけの問題ではない。もとから丸で知らなかったのと、知っていたけれど忘れた場合と、その大変な違いがいろいろ忘れて行く内にわかって来るだろう。」一理あり。13年前に無理やり頭に詰め込んだ韓国語のスピーチ、今でも冒頭のくだりがすらすらと口をついて出てきて、いろいろな場面で重宝しています。最近、少々軽んじられているような気がしますが、暗記は語学の基本だと思います。


9月2日(火)
 1889年、今から114年前に生まれた内田百閒(うちだひゃっけん)のシリーズ、今読んでいるのは『間抜けの実在に関する文献』です。その中の『忘却論』の一節に「外人と会話をする為に語学を習得するのではない。・・・(中略)・・・役に立たなくてもいい、用を弁じなくても構わないが、文法に外れた事を云うのは慎まなければならぬ」という時代だったとあります。日常の描写の中に“(夏目)漱石先生”や“芥川(龍之介)君”が出てきます。文法は多少違っていてもいい、まずは自分の言いたいことを伝えられることが大事・・・ですよね、やっぱり。


9月1日(月)
 ちょっと前の休みの日、近くだからまぁいいや…と顔だけ洗って買い物にでました。そうだ化粧品を買うんだったと思い、伊勢丹府中店へ。お店の人が「お肌のチェックを」と言い、断るのが面倒だったので変な器具を顔にあてる検査をしてもらいました。油分が極端に少ないとか。そりゃあ、そうで、水で洗っただけで何もつけずに家を出てきたので。そういうことを言い訳のように言ったら「お願いですから、化粧水と乳液だけは必ずつけてください」と頭を下げられてしまいました。“お肌のはり”は私の年齢の平均値を大きく上回っているそうです。たわしに洗濯石鹸をつけて洗っても大丈夫と言っていたのは、今はもう昔のことです(実際にはそんなことしていませんでしたけれど)。
 世界陸上2003パリでの女子マラソン、2、3、4着の野口さん、千葉さん、坂本さん、偉いですねぇ。一緒にテレビを見ていた人が42キロも走ったら死んじゃうよと言っていましたが、私なんて0.195キロだってあやしいもんです。 1着だったムデレバも転んでしまった大南さんも、何でもかんでも出てる人みんな偉い。

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