2003年7月
7月31日(木)
昨日は留学生教育学会の「今後の在り方検討委員会」というのがあり、それに出席しました。大学、専門学校、日本語学校それぞれの有志校が集まって、お互いの連携、今後の留学生政策について話し合いました。ある一人の外国人学生が日本に来て、まず日本語学校で勉強する、その後専門学校や大学に進学して卒業する…一人の留学生に焦点を当てたら一本の線でつながっている一連の過程で、その始まりから終わりまでの全てが日本留学なのに、担当する学校側はそれぞれ別々に存在し、お互いの教育内容さえほとんど知らず(だから時によって日本語学校で使っているのと同じ教科書を大学の日本語の授業でも使っているなんていうこともある)、送り出した側と受け入れた側がその学生についての情報を交換し合うことなどめったにないというのはおかしい!と、知らない人が聞いたら、まさか…と思うような現状をちゃんと考えましょうという会でした。日本語学校同士で学生の取り合いをしたり、大学や専門学校を競合相手だなどと考えることには何の意味もなく、みんなで一緒に“日本の魅力”は何なのかをきちんと考え、それを世界に示し、学生たちに日本に来てもらわないことには日本留学もへったくれもないのです。そのためには何としても大学と専門学校、日本語学校は連携していく必要があると思うのです。 ああ、明日から8月。なのに、「夏よ、いずこに…」ですねぇ。
7月30日(水)
期待していたものが期待通りの「◎」だったのと、全然期待していなかったものが結構よかったんじゃない?という「○」だったのと、どちらが新鮮な喜びかというと、それはやっぱり○ということになるようです。一泊旅行で行ったハーブ庭園は後者の○で、企画運営チーム信濃町隊の反省会でも話題になっていました。お揃いの白いポロシャツを着たボーイスカウト出身というような青年が、さわやかな笑顔でそれぞれグループを率いてハーブの説明をし、そこで葉っぱに触らせたり噛んで味をみさせたり、ところどころにさりげなく置いてあるハーブから作った化粧水をつけさせたり…。要はハーブがたくさん植えてあるそれほど広くない庭を歩いているだけなのに私たちを飽きさせないその技法は、非常によく計算されたもので勉強になりました。庭園ツアーの最終地点ではハーブティーが準備され、途中でつけた化粧水やクリームの販売をしていました。見ていたところ、これの売れ行きは上々で、信濃町隊の反省会メンバーも75%(4名中3名)の人が購入していました。そういえば最近インターカルトの学生もスタッフも、肌がつやつや、すべすべしているように思います。
7月29日(火)
昨日の晩、夏季短期遊学コースの学生たちが台湾から到着しました。長引いた新型肺炎の影響で募集期間がとても短かったにもかかわらず申し込んでくれた有難い学生たちです。8月4日にはスペインからの学生たちが合流します。午前中は日本語の勉強、午後は着付け、茶道、生け花、藍染め、温泉などの日本体験、そしてディズニー・シー、浅草、鎌倉、横浜…と盛りだくさんのスケジュールです。思い出に残る、楽しくて充実した4週間になりますように。
ところで、ここのところ海外から日本語教師派遣の依頼がたくさん来ています。今までは手元にある資料をもとに希望者に声をかけていましたが、当校日本語教員養成研究所修了生に対してもっと積極的に募集し、情報を集約して、世界中に先生を送ることをもっともっと真剣に考えようと思っています。海外で日本語を教えてみたいと思っている方、まずは上の「メールはこちらまで」をクリックしてお名前と希望地域・国、その他ご自分に関する情報を書いてお送りください。その1クリックがあなたの人生を変えるかもしれません。お待ちしてます。
7月28日(月)
夏とは名ばかりの肌寒い毎日、梅雨まだ明けず。不安も不満も怒りも失敗も憂鬱(ゆううつ)も、すべてお天気のせいにしたくなってしまいます。私の愛読書『放浪雲(はぐれぐも)』(ジョージ秋山:マンガです)の中にある「彼岸(ひがん)の人」での、登場人物渋沢先生の言葉「自分の意に沿わぬという時に苦となります。人の世は思うようにはならないもの。それを思うようにしようとするから苦になります。お天気の日はお天気のように、雨の日は雨のように。天地の通りにおやりになったらよろしい。そのほうが道は開けましょうなあ。」
先週の金曜日、仕事からそのまま実家に行き、一晩泊まって土曜日一日を過ごしてこちらに戻ってきました。実家から電車に乗って着く駅は浅草なのですが、着いたとき、そこは今まさに隅田川の花火大会が終了したというとき。乗るべき地下鉄銀座線は長蛇の列、人、人、人と一緒に田原町、稲荷町、東上野まで、前の日からぶら下げている仕事のカバンと母に持たされたどら焼き10個を持って歩き、50分後にやっとのことで電車の車両に身を収めることができました。人生いろいろ。これもまた経験。雨の次にくるのは必ずお天気。天に貸し借りなし…ということでシャンシャン!
7月25日(金)
私の祖母は今90歳。76歳のとき、母と私と妹と妹と一緒に初めての海外旅行、ハワイへ行きました。生まれてから一度も水着を着たことがないと言うので、池袋のパルコへ行ってLサイズの茶色の水着を買ってプレゼントしたところ、恥ずかしいと言いながらもボートに片腕を乗せ、「モード」誌のモデルのようなポーズで写真におさまったりしていました。帰国後、祖母の家のテレビの上にはその写真が額に入れて飾られ、さらにはそれを何枚も焼き増しして親類縁者に送っていました。今あまり具合がよくないのですが、病院でも持ち前の好奇心を発揮しているというような話を聞くと、まだまだ…とほっと安心します。
7月24日(木)
一泊旅行が終わって、土曜日、日曜日、海の日と三連休で(教師たちは土曜日の朝から勉強会でしたが)、それから2日たったのに、まだ疲れをひきずっている人たちがいます。初日の富士急ハイランドで「ドドンパ」「スーパースカイサイクル」といったものすごいジェットコースターで筋肉痛(体を硬直させたため)という人が、若い学生たちの中にもいるようです。けれど一方で、旅行の次の日から山登りに行ったという元気者のスタッフ(40代女性、30代男性、各1名)もいるので、人間、年齢だけでは若さは判断できないようです。乗ったのは観覧車だけ、あとはゲゲゲの鬼太郎(きたろう)の妖怪屋敷(ようかいやしき)にしか入っていないのに、私はもちろん“疲れひきずり組”。くぼんだ瞼(まぶた)を見ればわかります。
7月23日(水)
中学生の頃から“不惑(ふわく)”と呼ばれる年になる頃まで、今日が一番いい日、来年の今ごろ自分は何をしているだろうとわくわくするような気持ちで毎日を過ごしていました(幸せな人間だったでしょう?)。それがここ数年、特に今のこの立場になってしまってからというもの、一日を終えるのが精一杯で、わくわくする余裕もなく毎日が過ぎていったように思います。けれど、あと2ヶ月ちょっとで「石の上にも三年」の期間が終わろうとする今、少々早いのですが、何かが吹っ切れたような気がし、明日が楽しみと思っている自分に気づきました。皆さんに感謝です。 延々と続いている梅雨もいよいよ来週明けるそうです。
7月22日(火)
インターカルトの前に勤めていた職場の元同僚が自らの歌のコンサートをしました。ポルトガルのファドという音楽がじいんと五臓六腑(ごぞうろっぷ)に染み渡るという感じでとてもよかったです。古希(こき)にして初のコンサートで、聴きながら「彼女のこの新たなスタートの年齢まで、私にはあと四半世紀以上ある!」と気づき、元気が湧きました。ついでに、一緒に並んで座っていた私と同期入社だった人に向かって、別の席にいた彼の知り合いが私のことを「娘さん?」と言うのを聞いて、さらに自信を深めました。彼は転職組で私より4つしか年上ではないのですが。
「夏草や兵(つわもの)どもが夢の跡」…去年の一泊旅行では、大宴会場にずらっと並んだ浴衣姿の学生たちを見て涙しそうになりましたが、今年は彼らが去った後に残ったお膳(ぜん)の列を眺めながら「静かさや岩に染み入る蝉(せみ)の声」
7月19日(土)
一泊旅行、無事終わりました。自由の中にも規律のある行動(ほぼ)で終始楽しく過ごしてくれた日本語学校の学生の皆さん、場を盛り上げてくれた日本語教員養成研究所の学生の皆さん、旅行に参加してくれた教師の皆さん、そしてそして、企画運営チームの隊長以下、隊員の皆さん、各係の仕事を遂行してくれた教職員スタッフの皆さん、どうもありがとうございました。パチパチパチ!(拍手)。
7月16日(水)
ついこの間入学してきたと思っていた日本語教員養成研究所の在校生たちに、教師採用試験の説明会をしました。光陰矢のごとし。月日のたつのは本当に早いものです。一泊旅行もあっと言う間に目前に迫りました。10月からインターカルトの先生になるかもしれない人たちも含め、総勢400数十名、明朝7時40分出発、富士急ハイランドで一日を過ごして石和(いさわ)温泉泊、明後日はモンデ酒造、昇仙峡(しょうせんきょう)、ハーブ庭園、桃狩り。…というわけで、明日と明後日、このコーナーはお休みです。天気予報は「くもり一時晴れ」に変わりました。でもやっぱり無事が第一。みんな、今晩は早く寝てください。遅刻した人は容赦なく置いて行きます。本当に本当にいつも私たちは待ちません。
7月15日(火)
2002年の天気予報、降雨の的中率は81%で前年よりも2ポイント下がり、過去10年で最低だったことが気象庁の統計でわかったそうです。今週の木、金曜日の山梨県地方の予報は2日とも「くもり」、先週見たときは金曜日が「くもり一時雨」でした。去年の一泊旅行は2日とも快晴で、それが成功に大きく貢献したと思っています。梅雨が長引いている今年、晴れてとは言いません。くもりでいいです。でも…、皆で無事に帰って来られたらそれでいい…これが本当の気持ちです。 その上で天気が良かったらなおいいっていうことです。
7月14日(月)
なかなか梅雨が明けません。それにしても阪神はどうしちゃったんでしょう。対巨人戦、金曜日と土曜日合わせて29点。こうなると、勢いはもう止まらないんでしょうね。どちらのファンでもないので泣きも笑いもしていないのですが、巨人の原監督は、私にとっては中学時代に憧れた東海大相模高校の「原くん」なので、ちゃんと監督やってるかなといつもちょっと気にしています。 (居住地や年代の違いによる理由で意味がわからない人はこちら)
7月11日(金)
三人姉妹の長女、双子座、O型です。長女…というのが関係しているのか、何にでも首を突っ込みたくなり、時に仕切りたくなってしまいます。座って帰るために、毎日新宿駅のホームに並んで電車を1、2本見送ります。ある時、列の前から2番目に立って電車を待っていたのですが、こちらに向かって入ってくる電車が見えたところで、私の前に立っていた女の子がふらふらっとホームの淵に向かって倒れかかりました。とっさに彼女の腰を抱きかかえて取り押さえ…まではよかったのですが、その後、一緒に並んでいた一人に駅員を呼んできてと頼み、もう一人に彼女の荷物を持つように言い、さらにもう一人に駅員を呼びに行った人の席を確保するよう命じ……。嗚呼! 雨ニモマケズ、雪ニモ夏ノ暑サニモマケズ、東ニケンカスル人アレバ行ッテ仲裁ヲシ、南ニ悩ム人アレバmailヲ送ッテ励マシ、ツマラナイ自分ノコトヲHPニ書イテハ後悔シ…。こうして今週も終わります。また来週。
7月10日(木)
日本語教員養成研究所で「海外実習」を始めてから7年になります。各期の修了生から希望者を募り、各国へと出かけて行きます。今まで、中国、台湾、インドネシア、ベトナムの大学や高校、語学学校で行いました。今期は9月後半、前回に続きベトナムの大学が受け入れてくださることになりました。その大学には、去年までインターカルトで教えていた西村先生が教師として派遣されていて、実習のコーディネートをしてくださいます。今、参加希望者は10名、引率は私です。日本語の授業実習ではもちろんですが、ベトナムの大学生たちとの交流、滞在中の異文化体験を通して一つでも多くのものが得られる実習になったら・・・と思います。
※ 6月29日に行われた日本語教員養成研究所創立25周年記念同窓会のページが完成しました。
7月9日(水)
梅干(うめぼし)と玉蜀黍(とうもろこし)と銀杏(ぎんなん)が好きです。苦手なのはキュウリですが、最近のは独特の青臭さがないので食べられます。子供の頃は好まなかった魚料理も今では食べるようになり、反対にお肉の量は激減しました。これは一般的な老化現象。宗教上の理由で食べられないものはありません。なんでも教なので。いよいよ来週に迫った一泊旅行、企画運営チームの打ち合わせを聞いていると、改めていろいろな事情の人がいることに驚かされます。五百畳のお座敷での大宴会では宗教の関係で豚肉や牛肉が食べられない人たちのために別メニューが、そして桃狩りでは“桃アレルギー”の人たちのためにフルーツの盛り合わせが準備されるということでした。インターカルト日本語学校には両校合わせて8人の桃アレルギーの学生がいるそうです。びっくりしました。
7月8日(火)
昨日書いた先生とは他のところへも一緒に旅行したことがあるのですが、私たちは同じ風景を前にしていても全く違うものを見ているんじゃないかといつも思います。言ってみれば私は現実を、彼女は現実の向こう側を…。同じく昨日書いたお坊さんは写真家でもあり、私たちは写真集を何冊もいただきました。彼女はその写真の一枚一枚がとても好きで、すり切れるほどに写真集を眺めているそうです。一方私は、こんな写真を私も撮ってみたいと何度も試み、その度に知らないうちに(?)電線やゴミをいっしょに写しています。このように凸と凹がいて、世の中は成り立っているんだろうと思います。
7月7日(月)
今日の七夕を前に、週末、5年ほど前の卒業生と再会しました。卒業生といっても私よりも年上の韓国の税務士さんで、幅広く事業を展開するやり手の女性です。この春から事務所を人に任せて横浜の某国立大学の大学院に留学しています。彼女の卒業後に、インターカルトのもう一人の先生と一緒に韓国へ行き、彼女の友達というお寺のお坊さんを三人で訪ねました。季節は秋、お寺の縁側に座って夜風にあたりながら満月を眺め、山のように盛られたマツタケを生のまま、ごま油をつけて食べ、ウイスキーのボトルを3本あけ、そのままそのお寺に泊まりました。…と、さらっと書きましたが、それはそれは。あんなに飲んだのも、10人の人が一生に食べるほどの量のマツタケを食べたのも、お寺に泊まったのも初めてで、二度とできないようないい思い出なのですが、今でもマツタケと聞いただけで胸がムカムカします。彼女によると、そのお坊さんは私たちの再来を待っていらっしゃるとのこと。体調のいいときに、ぜひ。
今日の東京は雨。織姫(おりひめ)と彦星(ひこぼし)の再会は見られそうにありません。「星が光ってるのは、みんながいつか、自分の星に帰っていけるためなのかなあ。」-星の王子様より-
7月4日(金)
「前提を疑え 不合理な前提を変えさせる説得力と行動力」・・・・・・今日の私は思考してます。
ところで夏の短期遊学コース、一度はすべてを取りやめにしましたが、8月はすることにしました。今回新たに「大江戸温泉物語」というのが組み込まれています。まだ行ったことがないので、引率役を言いつけられたら喜んで・・・。そのためにも、学生たちが来てくれてコースが成立することを祈っています。
7月3日(木)
加藤早苗、東奔西走してます。
7月2日(水)
とうとうやっちゃいました。ウォシュレット使用後、「停止」を押したつもりが違うボタンを押していて、ドアを開けたところで、いきなり頭から背中にかけてシャワーを浴びてしまいました。いつか必ずやると思っていました。髪も服も床もびしょびしょになり、停止ボタンを押すときには顔にも浴びてしまいましたが、せめてもの救いは家でだったこと。
ところで、サザンオールスターズの「勝手にシンドバッド」が私の元気回復剤だと前に書きましたが、復刻版が発売され、街中でもコンビニでもテレビでも♪ララーラーララララーララー♪という音楽が流れていて、その度にぐったり疲れている私が元気になり、ぐったり→元気→ぐったり→元気…の連続で、これはこれでまた結構疲れます。
7月1日(火)
17年間にわたってボランティアで留学生支援をしてきた「留学生相談室」(渋谷区富ヶ谷)が、資金難のために昨日をもって閉室したそうです。代表の福島みち子さんには何回かお目にかかったことがありますが、年間5000件もの相談を受けていたということですから私たちの学生もきっとお世話になっていたのではないかと思います。また、同じく渋谷の「東急文化会館」も昨日、周辺の開発のために47年の歴史に幕を下ろしたそうです。会館内にあった五島プラネタリウムには、20代の頃よく一人で行きました。満天の星を眺め、広大な宇宙を夢想すると、自分の悩みなんてとても小さいことのように思え、時には気持ちよく居眠りしていることもありました。渋谷に向かって感謝しながら、今日から2003年の後半スタート。日本語学校は夏学期が始まります。