2003年6月
6月30日(月)
土曜日と日曜日にタイのバンコクで行われた日本語能力試験の模擬テストはインターカルトの先生たちが作ったものです。先月は日本留学試験の模擬テストも同時に行われました。テストを主催している事務所のホームページに受験生たちが問題を解いている様子が映しだされていたのですが、遠く海の向こうで私たちが作ったテストをしているのを見るというのは、何とも不思議、けれど何とも感動的でした。
日曜日の日本語教員養成研究所の創立25周年記念同窓会も、盛況のうちにお開きとなりました。これで去年の日本語学校に続き、養成研究所も四半世紀の節目の年を無事終えることができそうです(まだ半分残っていますが)。びっくりするようなこともいろいろありますが、明日から7月。いよいよ夏! 気持ちを一新して、ま、とにかくやっていきましょ。
6月27日(金)
一昨日、手帳をなくし…(たと思ったら)、昨日カバンの底から出てきました。そこに全てが書いてあるので今の私にとっては命の次ほどにも大切なものなのに、しょっちゅう見つからなくなります。学校の近くのお店の人が持ってきてくれたり、警察から「届いています」という通知をもらったり、なくした(と思った)手帳にまつわる思い出は数え切れないほどあります。大事なものがなくなった時の喪失感・・・それは人でも同じことです。
ところで、明後日の日曜日は日本語教員養成研究所の創立25周年記念同窓会です。何かの理由で同窓会の通知が届いていない方、…でこれを読んでいる方(そんな人、いないとは思いますが)、懐かしい先生方もいらっしゃいますので、ぜひお出でくださいませ。
6月26日(木)
昨日から日本語学校の学生たちが学期末休みなので、ちょっと静かです。聞こえてくるにぎやかな声は日本語教員養成研究所の日本人の学生たち。今、お昼休み、今期の学生たちはとても元気です。
6月25日(水)
今日は三ヶ月に一度の教師会です。インターカルトの学期は三ヶ月ごとに変わりますが、教師の採用は4月と10月なので今回新しい先生はいません。私にとっての最初の教師会は、かつてあった目白校ででした。養成コースで習った先生以外は誰が誰かわからず、時間割にある自分の名前を見てもどんなクラスで何を教えるのかもわからず、ドキドキしていました。とは言っても、当時から人前に立って緊張するとか舞い上がってしまうとかいうことはありません。けれど最近の教師会や入学式で、皆さんを前にそれっぽい顔をしてお話をするというのは非常に気恥ずかしく、いつも「まいったなぁ」と思います。
6月24日(火)
数年前までインターカルトにはILC(インターカルト・ランゲージセンター)という部門があって、ビジネスコースの開講、大使館や企業への教師派遣を専らの業務としていました。今それが存在しない理由は、最大のお客様だった韓国がIMF時代に突入していっぺんに企業からの仕事がなくなり、日本語学校に吸収されてしまったからです。
ILC全盛時代の企業研修の初日、信濃町校の5階にあった私たちの部屋(今の養成研究所の教室)と2階の教室(今の教務室)との間を、エレベーターを待つ時間を惜しんで階段を一日に何十往復も上り下りして、突然立っていられなくなってしまいました。疲労ナントカというようなことを病院で言われたのですが、疲労骨折みたいで野球選手のようでした。また、ある時は平坦な道を歩いていて足をひねり突然歩けなくなりました。その時は靭帯損傷(じんたいそんしょう)。これは相撲取りのようでした。
病名はスポーツ選手のようでも、やっぱり運動不足なんでしょう。まだ水泳は始めていません。でも、代わりに鍼灸(しんきゅう)院、つまりハリと、お灸(きゅう)ならぬマッサージには通い始めました。
6月23日(月)
最近、日本がうるさくなったような気がします。週末の新宿は、脇を通る人、向かいから来る人と、肩、体、荷物をぶつけ合ってでなければ歩けないほど人がたくさん出ていました。梅雨の合間の晴れ日、湿度は一段と高く気温も真夏並に上がりました。人の多さと相まってそれだけでも十分イライラするのに、さらに不快指数を上げている原因は、一人一人が発する声の必要以上の大きさだと気づきました。どうして並んで歩いている人と話すのにそんな怒鳴るような話し方をするのか。みんなの声が大きいから、それ以上の声を出さないと自分の声がかき消されてしまうから…。悪循環の結果です。気づけば、私も大声で話していたのです。大都会、東京のど真ん中、新宿の雑踏で静けさを求めるなんて、日本語学校の学生の中からネイティブ(native)の日本人を見つけ出せと言われるくらい、できっこない注文なんでしょうね。
6月20日(金)
この間受けた企業からの日本語のプライベートレッスン、派遣教師の条件は「若くない男の先生」でした。日本語教師全体をみると女性の占める割合が圧倒的に高いのですが、老若男女そろっているのがベストだと思います。一般に、就職するときには若い人の方が好まれますが、日本語教師に関してはそうとばかりは言えません。多くは成人教育ですから、教師のバックグラウンド、社会経験などは重要な要素です。また、たとえば病院での初診のとき、見るからに若いお医者さんが出てきたら「大丈夫かなぁ、こんな若い先生で・・・」と思いませんか。日本語の先生も同じだと思うのです。つまりは、両方ともプロとしての専門性を求められているからです。中身があれば若くても年をとっていてもいいのですが、第一印象は重要。若い人が、いかにも若い、いかにも頼りないと思われないような努力はしたほうがいいと思います。それは相手がビジネスマンでも学生でも。せっかく中身があっても、見た目で切られてしまうのは悔しいでしょう?
6月19日(木)
極度の方向音痴です。7年前に今住んでいるところに越してきたのですが、引っ越した次の日から3日続けて駅から家までの間で道に迷い、4日めからようやく真っ直ぐ帰れるようになりました。一昨日は目的地に向かって歩いていた一本道の途中で持っていた地図を再確認、逆方向に歩いていることに気づきました。しかし実は傘をさした手にあった地図を歩いているうちに逆さまに持ち替えていただけのこと。5分で行けるところを、雨の中10分も行ったり来たりしてしまいました。けれど、こんな私でも10年前にジャカルタにいたときは、一人でタクシーに乗って企業に日本語の授業を売り歩いていました。ぼやぼやしていたら遠回りし兼ねないドライバーと格闘するような気持ちで、毎回地図首っ引きで後ろの座席から身を乗り出し、迷わせることなくカナンだキリだ(右だ左だ)と言っていました。火事場の馬鹿力みたいなものだったのか、必要が能力を超えた例だと思っています。
6月18日(水)
暑くなってきました。洗髪の手間がかからなくて涼しいのは何たって坊主頭(ぼうずあたま)でしょう。
私が通っていた中学校では、春夏秋冬、男子は坊主頭でなければなりませんでした。女の私には関係ないことなのに、「そういうことを決めるのはおかしい!」と、下野新聞という地元の新聞に意見を書いて送りました。何日かたって学校に行ったら、ものすごく怒っている先生がいて、それで自分の投書が新聞に載ったことを知りました。どこにでもいる加藤さんならよかったのですが、当時はちょっと珍しい大月さんだったので、学校中にこの私だとバレていました。
じめじめ、むしむし…梅雨ですねぇ。自分の意思で坊主頭にしたい人、どうぞしてください。
6月17日(火)
お風呂から出た後、扇風機の風を顔に当てているときが一番幸せと言った人がいました。その気持ち、わかります。癒される(いやされる)っていう感じでしょうか。ここ数年「癒し」が大はやりです。グッズもたくさん売られています。信濃町校の事務所には癒される予定で買ったと思われる、電気を入れると熱帯魚が泳いでいるように見える水槽が置いてあります。もう癒しは必要ないということなのか、ここ数年電気は切られたままなのですが。ところで、足の太い方から2番目の指は、人を差さないのに人差し指と呼んでもいいのでしょうか。昨日、お風呂から出た後、爪を切りながら考えていたことです。
6月16日(月)
何年か前に、ある国のホテルのロビーでソファにボーっとすわっていた時のこと。日本人の男の人たちが次々と集まってきました。その10人ほどの中に添乗員がいて「皆さん、部屋のキーをください」。一斉に彼に向かって大きな黒い札のついた鍵が差し出されたのですが、中に一人だけ・・・・・・、部屋のテレビのリモコンを差し出しているマヌケな奴がいました(解説:彼は部屋の鍵とまちがえて、テレビのリモコンを持ってきてしまったのでした)。私はまったく関係ないのに一緒に大笑いしてしまいました。社員旅行のようでした。
もう10年近く前のことですが、今はもういない総務の女性が私たち皆に向かって「温泉かどこかで一泊の社員旅行しない?」と提案した時、「賛成!」と手を上げたのは、これまた今はもういないチェさんという男性一人だけでした。 そんなわけで、インターカルトに教職員旅行はありません。
6月13日(金)
3年前、高円寺校の隣の建物から火が出ました。幸い大事に至らずにすみましたが、「火事だーっ!」という声に、私は、慌てて使っていたビデオテープをデッキから取り出してケースにしまい、ホワイトボードの文字を消さなければと思いイレイサー(黒板消し)を手に取りました。が、そこで「先生、何してるんですか!」と学生に怒鳴られてしまいました。学生たちはというと、整然と階段を下りて建物の外に出ているのです!本当に起こった火事の現場で、恒例行事ともなっている避難訓練の成果が出た(私を除いて)と改めて感動しました。今年の避難訓練、信濃町校は今日、高円寺校は18日に行います。成果を出す機会はもうこなくてもいいですが、訓練だけはこれからもずっと続けていきます。
6月12日(木)
このホームページ上に私の文章を載せ始めてから、かれこれ3ヶ月半になります。その間私は、誰に向かって書くかをその時どき思い定めながら今日まできました。ある時は日本語学校や日本語教育というものを知ってもらいたいと広く一般の人々に向かって、ある時はインターカルトの卒業生、教職員、そしてまだ私のことをよく知らない新しい先生たちに向かって(ここのところ教師養成の授業から離れてしまっているので)、そしてある時は個人的に懐かしい人や知り合いに向かって・・・。まずいなぁと思いつつ私自身のための独り言もかなりの部分を占めていますが。
韓国でいつもこれを読んでくださっているという私にとってはお父さんのような存在の親しい方から、外国人が理解するには語彙(ごい)がむずかしいのではないかというご意見をいただきました。このページを見る人は日本留学に関心がある外国人の人たちだと思うから・・・。そうでした。外国人の学生たちのことを考えていなかったわけではありませんが、そのために特別にわかりやすい日本語で書こうとはしてきませんでした。その方からは、インターカルトのホームページに外国人のためのこういうシリーズ、コーナーがあったらもっといいといういくつものご提案もいただきました。本当にありがたいと思いました。
インターカルト日本語学校及び日本語教員養成研究所のホームページをどのように改善していくかは今年の課題の一つです。ホームページ委員会というのができ、今メンバーたちが案を出し合っています。今しばらくお待ちください。きっといいものができると思います(これはメンバーたちに向かって)。何かご意見やご希望がありましたらどうぞお寄せください。よろしくお願いいたします(・・・と誰に向かって言っているんだろう)。
6月11日(水)
何日か前に、隣の隣のスポーツクラブのプールで泳ぐことにしたと書きましたが、もちろんまだ行っていません。けれど日曜日にその先のコンビニに行った帰りに寄って案内書と入会申込書だけはもらってきました。第一歩。「天使にラブ・ソング」、「星の王子さま」、ジャッキー・チェンの昔のもの―「蛇拳」「酔拳」の類―のビデオを見ると、そして「勝手にシンドバット」を大きな音で聞くと元気が湧いてきます。この間、前に一緒に仕事をしていた人から食事のお誘いのメールがきて、そこに「加藤先生は“アルプスの少女ハイジ”を思い出させる」と書いてありました。何のことやら・・・なのですが、肩こりが一瞬おさまったような気がしました。
6月10日(火)
昨日の午前中は健康診断で、一年ぶりにバリウムを飲みました。「これはマックシェイク。おいしい、おいしい」と思って毎回飲んでいますが、どんなに頑張って暗示をかけたところで所詮は造影剤。夕方からは高円寺校がある杉並区の日本語学校が集まってのSARS対策会議がありました。そして今日の午前中は信濃町校がある新宿区のSARS連絡委員として(!)、他校の委員と共に新宿区の保健所へ。目に見えぬ敵を相手に脳みそはクラクラ。白い液体のためにいまだに胃袋はムカムカ。・・・もうメチャクチャです。
6月9日(月)
「朝令暮改」は普通いい意味では使われませんが、「過則勿憚改(過ちてはすなわち改むるに憚ることなかれ)」、場合によっては朝令暮改もありかなと思っています。が、天気予報で朝令暮改をやられるのは困ります。朝「今日は真夏のように暑い一日になるでしょう」と言うから薄着で家を出たのに寒い。加えてお昼ご飯を食べに入ったお店のテレビで「今日は日中も気温が上がらず・・・」などと何事もなかったかのように言っているのを聞くと、心底腹が立ちます。これでは朝令昼改。今の季節、予報をする方もされる方も大変です。
6月6日(金)
June bride-6月の花嫁。両国にある某結婚式場では、江戸前寿司(発祥の地だとか)、ちゃんこ鍋(両国国技館・大相撲)、花火(隅田川の花火大会/ケーキからパチパチ火が出る!)の三点セットだそうです。今どき珍しい派手さを前面に出した広告に思わず目を凝らして見入ってしまいました。・・・三々九度の盃で、巫女さんに自分の分を注いでもらう前に夫の残りを飲んでしまった。お色直しで二人揃って退場のとき、夫を引き連れるように先を歩いてしまった。昨日がちょうど20年めでした。
6月5日(木)
今、葉っぱを裏側から見るのが好きです。帰宅途中にライトアップされた大きな木があり、毎日立ち止まって下から見上げています。ライトが当たったたくさんの葉っぱの裏側が、真っ暗の空を背景に黄緑色に浮かび上がって見えます。朝、通勤途中の木を見上げると、木漏れ日がギラギラとまぶしく、葉っぱの裏側から葉脈がさらにくっきり透けて見えます。
さて、昨日の訂正。キノコはくだものではありませんでした。 「~とり」という形になるくだもの、何かありますか。
6月4日(水)
桃がり、梨もぎ、栗ひろい、イチゴつみ、キノコとり。くだものによってその後につく動詞が変わるのでしょうか。けれど、組み合わせを変えてもいいものもあります。つまり、くだものによってではなく、実のなる位置によって、実をどのようにとるかという方法によって動詞が変わるようです。~がりは~狩りですが、紅葉狩りというのもありますね。来月の一泊旅行は桃がりです。何年か前の夏の短期遊学コースでもしたのですが、そのとき学生を引率してきた台北事務所のスタッフS小姐は、なんと23個も桃を食べました。
6月3日(火)
「着メロを聞いて慌てる前にオフ」。京王マナー川柳。テーマは携帯電話、最優秀作品だそうです。ご本人はもちろん大慌てでしょうけれど、聞いているこちらが恥ずかしくなるような着メロの人、結構いますよね。それでも乗客が少ないときはまだいいですが、朝のラッシュ時、しいんとした中でとんでもない音楽が流れているのを黙って皆で聞いているというのは、朝っぱらからまいります。
6月2日(月)
教師になって初めてもった中級のクラスと同時に、上級と初級の漢字のクラスも持ちました。「○○先生は常識だって言うんですけど、今本当にシュツランノホマレって使いますか?」。その一番上のクラスのアメリカ人の学生に唐突に聞かれました。は? はは? ははは? 新人教師であることを隠していたので「え?もう一回言って」と言ったら知らないと思われるんじゃないかと思い、「まあ、若い人は最近あまり使わなくなっちゃいましたけどね」と顔だけはそのままに。「やっぱり、若い先生に聞いてみてよかった」と彼、「ホッ」と私。確か名前はデビッドさん、『青は藍より出でて藍より青し』って言ってくれたらよかったのに・・・。そう、あの頃はいろいろな国の学生がいました。そのクラスにはアメリカ人、フランス人、ドイツ人、フィリピン人、中国人、台湾人。今、皆それぞれ世界のどこかでご活躍なのでしょうね。ここのところ、教師養成でかかわった海外にいる日本人の学生たち(今、日本語教師たち)からもよく連絡をもらいます。私にとっては皆、まさに『出藍の誉れ』です。